主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ5 混迷極める米国のBEPS2.0対応と日本企業の留意点

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ5 混迷極める米国のBEPS2.0対応と日本企業の留意点


米国では、現時点でGloBEルールの国内法制化のメドは立っていません。

2024年11月には大統領選挙もあり、2025年前に導入が検討されることはないと推測されています。2025年以降についても、民主党と共和党のどちらが主導権を握るか、あるいは勢力が拮抗するかで将来のシナリオは異なってきます。では、今後の動向をどのように見ておけばいいのか。米国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。


要点

  • 現時点で米国ではGloBEルールの国内法制化のメドは立っておらず、2025年前に導入が検討されることはないと思われる。2025年以降も動向は流動的。
  • 2017年の税制改正で導入されたFDIIは、現時点で撤廃する動向は見られない。
  • 共和党が過半数を握る下院でGloBEルールへの反発が強くなっているが、打ち手は限られている。


2017年の税制改正から導入された米国のGILTIとFDIIの狙いとは何か

一般にはトランプ前大統領時代の2017年税制改正で導入されたGILTI(グローバル無形資産低課税所得)がGloBEルールのグローバルミニマム課税導入の1つのきっかけになったとされていますが、GILTIは米国特有の背景に基づき導入されたものです。このGILTIを理解するには、GILTIと同時に導入されたFDII(外国稼得無形資産関連所得)と合わせて考える必要があります。

 

そもそも米多国籍企業の国際税務プランニングは、グローバルで稼得する所得は稼得場所にかかわらず、可能な限り多くの金額を合法的に低税率国で認識されるというわかりやすい理論に基づいています。所得の多くが無形資産である経済状況下では、その権利やリスクを弾力的に低税率国へ移管することができるのです。

 

こうしたプランニングの実効性は、米国内外で大きな税率差があること、米国に配当として還流されるまで米国で課税対象とならない「課税の繰り延べ」が可能であることの2点に集約されます。GILTIとFDIIは「セット」でこの2点を是正し、米多国籍企業の国際税務プランニングの考え方を変える目的で制定されたものになります。

2017年の税制改正で米国法人税率は35%から21%と大幅に低減しましたが、この程度では米国内外の税率差を解消することにはなりません。そこで、GILTIとFDIIはセットで機能し、どんなかたちで米国外で所得を得ても、理論的に13.125%の法人税対象となるように設計されています。

そんな背景にもかかわらず2017年税制改正直後から、一般にGILTIはグローバルミニマム課税のお手本、FDIIは有害税制と分けて議論されることが多くありました。現時点でFDIIを撤廃する動向は見られません。


下院でGloBEルールへの反発強く
BEPS2.0の扱いについても不満

米国議会では、共和党が過半数を握る下院でGloBEルールへの反発が強くなっています。それは財務省が議会の権限を差し置いてGloBEルールに同意し、米国を不利な立場に追い込んだと受け止められているからです。また、デジタル・サービス課税などに代わるフレームワークを模索するはずだったBEPS2.0が、その目的とは直接関係のないPillar2にフォーカスされていることにも不満が多くなっています。

また2022年8月、米国で成立した「インフレ削減法(歳出・歳入法)」(IRA)で大幅に拡大された再生可能エネルギー投資に関わる税額控除の恩典を米多国籍企業が受けると、CFC(被支配外国法人)所在国のUTPR(軽課税支払ルール)で恩典額を他国に支払う事態に陥りかねないとして、多くの業界団体からも苦言が呈されています。

さらに、他国がGloBEルールを導入した場合、米国の国家歳入が10年間で1,200億ドル下がるというレポートが公表されたこともあり、財務省とOECDの交渉について共和党から厳しい質問が相次ぎました。そこにはOECDに対する最大の資金拠出国である米国を不利な立場に追い込む税制を世界的に導入しようとするOECDへの不満があるとも言えるでしょう。


2024年の大統領選挙の結果次第では、報復措置も
ただ、いずれにせよ米国の打ち手は少ない

後手に回るOECDとの交渉、財務省と議会との軋轢がある中、米国の打ち手はあるのでしょうか。例えば、QDMTTの導入はGloBEルール対応の視点からは自然な発想ですが、その導入についてはR&Dクレジットを含む米国の従来からの事業関係のクレジットのメリットを打ち消す効果を持つこともあり得、懐疑論も少なくありません。

また、2024年の大統領選挙の結果次第では、UTPRを導入して米多国籍企業の米国内所得に課税する国に対して、報復措置に出る可能性もあります。しかし、報復措置の効果の有無は他国が呼応してUTPRを見送る、あるいは、すでにUTPRを導入している国が法律を改正するかどうかにかかっていると言えるでしょう。

さらにOECDと交渉してGloBEルール自体、特にもともと恣意的なクレジットの取り扱いを変更させるというオプションもありますが、すでに手遅れな可能性があります。ただ、いずれにせよ、米国の打ち手はそれほど多くはありません。


日本企業が米国傘下にCFCを所有することは税務上不利
GloBEルールの導入でその弊害に拍車も

では、日本企業への影響はどうなるのでしょうか。これは米国傘下にCFCを所有しているかどうかで対応は分かれると言えるでしょう。

米国傘下にCFCを所有している場合、CFCの所得は所在国の法人税を負担した後、所在国にQDMTTがあれば、その支払いが優先されます。その後、米国税法基準でCFCに関わるGILTIなどの合算額を米国子会社で算定、最終的には日本親会社でIIR算定、と複数のミニマム税を計算しなければならないという複雑な手続きが必要になります。米国外の多国籍企業が米国子会社傘下にCFCを所有することは、以前から税務上不利と言われてきましたが、GloBEルールの導入でその弊害に拍車がかかったと言えます。そのため事業上可能であれば、米国傘下から日本の直接所有者に付け替える再編を検討する必要があるでしょう。

また米国傘下にCFCを所有していない場合は、GloBEルールで米国子会社の実効税率が15%に満たず、日本でIIRの対象となるリスクを検討しなければなりません。米国では連邦法人税と州法人税があり、実際に15%を切るケースはほとんどないと思われるかもしれませんが、インフレ削減法やR&D税額控除などの恩典で15%を切るケースも出てきています。今後、再生可能エネルギー関連の投資で税務上の恩典を受ける場合は、日本のIIRの取り扱いに注意が必要です。

さらに、インフレ削減法で導入された15%のCorporate Alternative Minimum Tax (「CAMT(代替ミニマム税)」)について、15%という額とミニマム税という名称からQDMTTと類似していると思われる方もいるかもしれませんが、実際にはそうではありません。もし米国子会社がCAMTの対象となる場合、必ずしも日本のIIRがなくなるとは限らず、GILTI、BEAT、CAMT、IIRと多くのミニマム税対応のためにコンプライアンス負担が増えることを忘れてはなりません。



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    サマリー

    日本企業が米国子会社傘下にCFCを所有している場合は米国から日本の直接所有者に付け替えることも検討する必要がある。所有していない場合も、GloBEルールで米国子会社の実効税率が15%に満たず、日本でIIRの対象となるリスクを検討しなければならない。特にR&Dクレジットや再生可能エネルギー関連の投資で税務上の恩典を受ける場合は、日本のIIRの取り扱いに注意が必要。


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