主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ2 他地域とは異なった特徴を持つEUの動向を注視しよう

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ2 他地域とは異なった特徴を持つEUの動向を注視しよう

現在、焦点となっているBEPS2.0について、EUは他の地域と異なった特徴があります。

まずEUはOECDがリードする国際課税ルールの制定プロセスにおいて大きな影響力を持っていること。もう1つが、EUは主権国家ではありませんが、「指令」という形式でEU加盟各国に指令に基づく国内法令を制定することを求め、域内ルールの調和を図っていることです。今回はこのような他地域と異なった特徴を持つEUの動向について解説します。


要点

  • EUでは基本的にOECDのモデルルールに沿っているが、域内の公平性の観点から他地域とは若干のルールの違いが見られる。
  • EU全域、あるいは加盟国によって課税や対象となる企業の事業体が異なる場合もあることに留意すべきである。
  • 欧州委員会が作成する適格IIRの執行国リストを今後注視する必要がある。


EUでは「EU指令」に基づき域内で共通の枠組みが用いられる

EUは2022年12月15日、域内における多国籍および国内大企業に対するグローバルミニマム課税に関する理事会指令、すなわち、「EU指令」を採択しました。このEU指令は、ある国において税負担が15%を下回る場合、親会社にトップアップ税の納税を求める「IIR:所得合算ルール」を2023年12月31日以降に開始される事業年度から適用すること。もしIIRが適用されない場合は、親会社所在地以外での納税を求める「UTPR:軽課税利益ルール」を2024年12月31日以降に開始される事業年度から適用することを求めています。

 

指令の具体的内容については、基本的にOECDのモデルルールに沿っていますが、他方で、域内の公平性の観点から、モデルルールとの若干の違いや加わった点も見受けられます。例えば、EU加盟国は自国内における軽課税事業体へ適格国内トップアップ税を導入することができること。そして、その対象となるのは、親会社の過去4年間の連結財務諸表において、2年以上の年間売上高が7億5000万ユーロ以上である多国籍企業または大規模国内グループの事業体であるとしています。

 

このEU指令の前文では、「指令」というかたちでモデルルールを実施する理由として、EUが緊密に統合された経済体である以上、グローバルミニマム課税が十分な一貫性を持ち、調整されたかたちで実施されることが重要であり、域内で共通の枠組みを用いることで、納税者にルール実施の法的確実性を付与することができると述べています。

EUでは適格国内トップアップ税やIIRの対象についても違いがある

このようにEU指令には、いくつかの特徴があります。まずはグループ企業が国をまたいで存在する多国籍企業だけでなく、1つの国にしか存在しない大規模国内企業も対象にしていることです。これは域内における会社設立の自由の観点から、クロスボーダーの場合と同様に国内の場合でも差別しないという考え方に基づくものです。

また、加盟国は適格国内トップアップ税を導入することができるとしています。これは加盟国が自国内で生じたトップアップ税を徴収することを認めるためのもので、グローバルトップアップ税額に先立って、国内トップアップ税を先取りすることができます。

さらにIIRの対象について、最終親会社の所在するEU加盟国では、最終親会社自身あるいはグループ事業体が軽課税である場合もIIRの対象としています。これもクロスボーダーと国内で差別を生じさせないようにする原則に基づくものとなります。

加盟国によっては適用の延期やルール執行の確認も必要

ほかにも今回のEU指令では、例外としてグローバルミニマム課税の対象とする多国籍企業や大規模国内企業の最終親会社が12社以下しか存在しないEU加盟国については、IIRおよびUTPRの適用を2023年12月31日から6年間延期できるとしています。これは対象となる企業グループが少ない加盟国の税務当局に速やかな新ルール実施を求めるのはバランスを欠いていると考えられたためです。

また、EU域外の第三国に存在する多国籍企業の最終親会社について、適格なIIRの対象になっていない場合には、当該多国籍企業の構成事業体が存在するEU加盟国において、UTPRが適用される可能性があります。その意味では、第三国において適格IIRが執行されるかどうか確認することが重要です。

欧州委員会が作成する適格IIRの執行国リストを注視

これまでEU加盟国は、OECDおよびEUの動きを受けて、2022年からグローバルミニマム課税法制化の活動を行ってきました。

例えば、オランダでは2022年10月に、EU指令採択前のドラフトに基づき、IIRとUTPRを含むグローバルミニマム課税および適格国内トップアップ税を導入する法律案を公表しています。2023年3月6日には、スペイン財務省がグローバルミニマム課税の枠組みを公表し、パブリックコンサルテーションを行い、同月17日にはドイツ財務省も同様に法律に関するディスカッションドラフトを公表。同月31日はアイルランド財務省が法律案や適格国内トップアップ税導入の方向性を示したステートメントを発表しています。

このようにEU加盟国はいずれも2023年末までにグローバルミニマム課税の法制化を推進することを目指しています。その際、多くの加盟国では同時に国内トップアップ税を導入すると考えられます。また、いくつかの規模の小さい加盟国では、グローバルミニマム課税の延期を選択する可能性があります。

今後は欧州委員会の活動として、適格IIRが執行されている国のリストを作成する方向性にあり、これらの動向についても引き続き注視していく必要があるでしょう。



【執筆者】
EY税理士法人 ディレクター
荒木 知

※所属・役職は記事公開当時のものです。


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    サマリー

    EUは主権国家ではありませんが、「EU指令」という形式でEU加盟各国に指令に基づく国内法令を制定することを求め、域内ルールの調和を図っています。そのため、OECDのルールに基づくグローバルミニマム課税についても他国とは若干の違いが見られます。各企業はその違いを見極め、税務対応に当たることが必要です。


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