主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ9 タイではBOI税恩典が十分享受できるよう軽減緩和措置を導入

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ9 タイではBOI税恩典が十分享受できるよう軽減緩和措置を導入


タイでは2023年、BEPS2.0のPillar2に沿って、グローバルミニマム課税を原則として導入することが決定されています。タイに所在する日本企業は、必要に応じて実効税率の計算や国内ミニマム課税(QDMTT)に基づく納税・申告などの新たな対応、優遇税制による法人税の減免メリットを享受する企業は、その影響分析が求められます。今回はタイにおける法人税、優遇税制への影響や留意点を解説します。


要点

  • タイの法人税率は20%であり、グローバルミニマム課税の導入が決定されている。2025年が適用初年度として予定されているものの、現段階では規制の詳細や構成要素はまだ公表されていない。
  • 著名なBOIの税恩典が十分に享受できるよう、BOI税恩典を取得している、あるいは今後取得する予定の納税者に対し、影響を軽減する緩和措置を講じることを発表。
  • その場合、現在享受している100%免税(法人税率0%)のメリットを放棄する代わりに、軽減された法人税率10%を選択することができ、免税期間の2倍に相当する減税期間を享受できる。ただし、減税期間との合計が10年間を上限とすることに留意が必要。


著名なBOIの税恩典があるが、法人税率15%を下回る場合は注意

タイの法人税率は20%ですが、著名なBoard of Investment(以下、BOI)によるインセンティブ制度があり、最長13年間の法人税免除(業種および条件による)などの税制上の恩典や、技術者・専門家の入国・就労許可など税制以外の恩典を付与されることから、より低い実効税率を享受することができます。

 

BOIは高度なテクノロジーをはじめ、各産業の重要性・業種に基づいて税恩典を分類しており、投資優遇の対象となる産業セクターに所属する製造会社などは、BOIによる税恩典を受けています。その場合、パッケージやBOI申請法人の活動内容によって内容や期間が異なるものの、法人税の減免といった恩典が付与されているので、それら企業の税負担率は、15%を下回る可能性があります。しかし、QDMTTおよびPillar2の対象となる企業は、15%を下回る税率で課税されている場合、追加法人所得税を申告・納付しなければなりません。日本企業では、タイ国内に複数の企業を展開しているケースが多いことから、グループ内で製造会社が多い場合、税負担率が15%を下回っていないか注意する必要があります。


BOIは軽減緩和措置を実施
減税期間は最大10年

タイでは2023年3月、BEPS2.0のPillar2に沿って、グローバルミニマム課税を原則として導入することを決定しました。2025年を適用初年度として施行することが予定されているものの、現段階では規制の詳細や構成要素はまだ公表されていない状況です。

グローバルミニマム課税の導入により、税恩典の効果は大きく減じられ、投資誘致の働きかけが奏功しない恐れがあるため、BOIは2023年5月に税恩典の効果を十分に享受できるよう、BOI税恩典を取得している、あるいは今後取得する予定の納税者に対し、当該税恩典に生じる潜在的な影響を緩和するための措置を講じることを発表しています。

この措置により、BOI税恩典を得ている納税者は、免税期間がある場合、現在享受している100%免税(法人税率0%)のメリットを放棄する代わりに、軽減された法人税率10%を選択することができ、その場合、免税期間の2倍に相当する減税期間を享受できるようにしています。ただし、当該納税者が免税期間に加え減税期間も有している場合は、その合計が10年間を超えることができないとしており、留意が必要です。


免税か、減税を選ぶか
免税では10年以上の期間もあり

なお、新たにBOIを申請する納税者は、後日減税制度に転換できる柔軟性を備えた免税制度、または減税制度のいずれかを選択できます。当初から免税制度ではなく、減税制度を選択可能としている趣旨は、免税期間の2倍の減税期間を付与することで、納税者が実質的に享受する税恩典の効果に差異が生じないようにすることにあります。

ただし、新たに減税制度を選択する場合には、減税期間の上限が10年になることに注意が必要です。免税制度を選択した場合は、10年以上の免税期間を付与されることがありますが、減税制度では10年を超える減税期間を得ることはできません。

こうした軽減緩和措置を適用するとき、BOIを新たに申請する企業は、連結収益が280バーツ以上の多国籍企業グループであるか、申請前の会計期間において国別報告書の提出要件の対象であること、また、追加の特別な投資奨励措置(生産効率改善など)を有さず、基礎的BOI投資奨励措置の資格があるか、あるいは現在享受しているといった要件があります。一方、現在BOI税恩典を得ている企業は、免税期間が少なくとも1年間残存しており、かつ法人税免除累積額が上限額に達していないこと、そして関連する申請手続きを順守していることが要件となっています。


実効税率15%を下回る場合はBOIの減税制度を選択する

このようにグローバルミニマム課税の導入によって、BOIが軽減緩和措置を講じたことは、朗報であると言えます。今後、BOIを最大限に有効活用しつつ、企業グループ単位で法人税の実効税率が15%を下回るかどうかをまず確認し、下回ることが予想される場合は、BOIの軽減緩和措置を利用して減税制度に転換する、または、新たにBOIを申請するときは、当初から減税制度で申請するかどうかなどの対応を検討・判断することが肝要だと言えます。

BOIの税恩典は必ずしも企業単位の損益に対してもたらされるわけではなく、事業プロジェクトごとに付与されるため、免税・減税の影響を適切に評価し、検討・判断を効果的に行うためにも税務アドバイザーに相談することをお薦めします。


【執筆者】
EY税理士法人 アソシエートパートナー 古瀬 裕久


関連記事

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ1 GloBEルールに関する各国動向に対応できる体制を構築する

BEPS2.0のGloBEルールは、各国制度の相互作用により納税額や納税地が変化する複雑なルールです。対応するためには各国の動向を常にモニタリングし、変化に即応できる体制を構築することが必要です。そこで今回から主にGloBEルールに関する各国の対応方針、法制化の状況、各国の国内法との相関関係について、特に日本企業が留意する点を解説していきます。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ2 他地域とは異なった特徴を持つEUの動向を注視しよう

現在、焦点となっているBEPS2.0について、EUは他の地域と異なった特徴があります。まずEUはOECDがリードする国際課税ルールの制定プロセスにおいて大きな影響力を持っていること。もう1つが、EUは主権国家ではありませんが、「指令」という形式でEU加盟各国に指令に基づく国内法令を制定することを求め、域内ルールの調和を図っていることです。今回はこのような他地域と異なった特徴を持つEUの動向について解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ3 シンガポールでは優遇税制の有効性が制限されるも交渉で打開を図る

企業にとって魅力的な国であるシンガポールでもBEPS2.0への取り組みが進んでいます。2025年度1月1日以降に開始する会計年度からはIIR、UTPR、DTTが導入され、日本企業にも新たな対応が迫られます。イミグレーション関連では2023年9月からCOMPASSが導入され、新規就労ビザの取得がこれまでよりも厳格化。他にも人件費や賃料を含む経営コストの上昇や、人材の流出や獲得といった課題にも直面しています。今回は、そんなシンガポールのBEPS2.0の法制化状況と、日本企業の留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ4 英国のMTUTとDTUTの適用について今後の動向に注目

英国は2023年4月1日より大企業に対する法人税率を25%に引き上げたものの、依然として先進主要国であるG7の中では、最低税率を維持しており、欧州における日系企業の主要な投資先国であり続けています。そんな英国もBEPS2.0の新たな国際課税ルールについては、2023年財政(No.2)法案において、第2の柱GloBEルールを英国で施行するための法律を改めて公表し、2023年7月11日の国王裁可をもって施行。23年12月31日以降に開始する会計期間から全世界収入が7億5000万ユーロを超える大規模な多国籍企業に適用されます。今回は、こうした英国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ5 混迷極める米国のBEPS2.0対応と日本企業の留意点

米国では、現時点でGloBEルールの国内法制化のメドは立っていません。2024年11月には大統領選挙もあり、2025年前に導入が検討されることはないと推測されています。2025年以降についても、民主党と共和党のどちらが主導権を握るか、あるいは勢力が拮抗するかで将来のシナリオは異なってきます。では、今後の動向をどのように見ておけばいいのか。米国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ6 オランダではGloBEルールによる日本企業への影響は限定的であると考えられる

オランダは日本の多国籍企業が地域統括会社や地域持株会社を設立するために最も好まれるヨーロッパの国の1つとされています。EUの加盟国であることに加え、25.8%といった穏健な法人税率、有利な租税条約ネットワークおよび100%の資本参加免税は、企業がオランダにおいて恩恵を受けることができる重要な税制です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ7 ドイツでのBEPS2.0 Pillar2の法制について-基本的にOECDモデルルールに基づいているが、留意すべき事項もある

ドイツは欧州随一の経済規模を誇り、貿易相手国として日本との経済的結び付きが非常に強い国です。 欧州の中心に位置しているという地理上の利点もある事から、ドイツは日本企業が欧州へ事業展開する際の拠点として非常に重要な国です。そこで、今回はドイツにおけるBEPS2.0 Pillar2(以下「グローバルミニマム課税」)の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ8 ベトナムでは従来の優遇税制に代わる新たな投資支援政策を検討中

現時点では投資支援策は具体化されておらず、個別交渉により支援内容が決定されるケースも想定されます。交渉期間は長期になることも予想され、日系企業では早期の段階で関連当局との交渉を奨励。いずれにせよ、投資支援政策の方向性は打ち出されているものの、明確化されておらず、今後も動向に着目が必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ10  アイルランドでは、標準法人税率が12.5%であり、GloBE上の実効税率が15%を下回る可能性がある

アイルランドはEU加盟国であり、かつ法人税率を12.5%と、魅力的な水準に設定しています。特に米国に本社がある多国籍企業が事業拠点を設ける際の場所として機能してきましたが、日本企業でも情報・通信、製薬やライフサイエンス、そして、航空機リースなどの金融サービス業がアイルランドに進出しており、またキャピタルゲインに係る資本参加免税規定や、さまざまな国や地域と租税条約を結ぶなど税制面で大きなメリットを提供しています。今回はアイルランドでのPillar2の適用を受け、日系企業における留意点について解説します。

なぜ財務諸表上の税率が15%であっても、グローバルミニマム課税の対象になり得るのか

財務諸表上の実効税率が15%以上であっても、BEPS 2.0第2の柱のグローバルミニマム課税を回避できない可能性があります。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ11  ハンガリーは魅力的な投資先だが、トップアップ課税が生じる可能性あり

ハンガリーは、過去数十年にわたり、日本企業にとって人気の高い投資先となっています。ビジネスフレンドリーな法制度があり、税制とインセンティブの環境は非常に魅力的です。その結果、ハンガリーへの外国直接投資は、アジアの投資家を中心に着実に増加しています。そのほとんどは製造業関連ですが、商社や持株会社、ファイナンス会社からも選ばれるようになっています。今回はBEPS2.0第2の柱に対するハンガリーの取組みと導入内容、そしてハンガリーに拠点を置く多国籍企業がどのような影響を受けるかについて解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ12  GloBEルール導入に向けたメキシコ税務当局の対応はまだ明示されていない

メキシコの会計・税務規制は広範かつ複雑に絡み合い、税務当局もGloBEルールに係るガイドラインや規制をまだ公表していません。そのため、日本の多国籍企業は不確実性に対応しなければなりません。今後BEPS第2の柱のモデルルールが及ぼす影響を定量的に予測するとともに、メキシコの法規制の進展をタイムリーにモニタリングしていくことが必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ13 スイスは、2024年1月1日から適用される国内ミニマム課税(QDMTT)を導入したが、所得合算ルール(IIR)と軽課税支払ルール(UTPR)の適用は延期

第2の柱のイニシアチブの導入に関するスイスのアプローチは、世界の課税環境において独特な道筋を示しています。スイスのモデルは、税収の保護と外国での税務手続きから企業保護のバランスを取っており、世界の実施状況が断片的な状況である限り、海外の特定の軽課税構造を維持する機会を保持しています。今後、スイス国内で事業を行う企業は、影響分析を行うことを強くお勧めします。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ14
インドの国内規定は未導入だが、優遇措置を受けている日系企業は影響を検討すべき

インドのPillar2に関する正式な規定は、現時点ではまだ制定されていない。インドの法人税率は高いように見えるが、これを詳細に分析する必要がある。インドで事業を行っている日本企業は、インドの各構成事業体のETRを確認し、OECDのガイダンスに基づく移行期CbCRセーフサーバー規則(TCSH)による効用を評価することで、インドにおいて第2の柱の規定が導入されることに備えるための初期的影響度評価を行うことを推奨する。


    サマリー 

    新たにBOIを申請する納税者は、後日減税制度に転換できる柔軟性を備えた免税制度、または減税制度のいずれかを選択できます。ただし、新たに減税制度を選択する場合には、減税期間の上限が10年になることに注意が必要です。BOIの税恩典は必ずしも企業単位の損益に対してもたらされるわけではなく、事業プロジェクトごとに付与されるため、免税・減税の影響については、税務アドバイザーに相談することをお薦めします。


    この記事について