グローバルミニマム課税がサステナビリティに関する優遇税制措置に与える影響とは

グローバルミニマム課税がサステナビリティに関する優遇税制措置に与える影響とは


世界各国でグローバルミニマム課税の最低実効税率15%が導入されるに際し、サステナビリティに関する優遇税制措置について再考する必要があるでしょうか。


要点

  • ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する優遇税制措置は持続可能なビジネス活動を促進するための主な手段となっており、世界では1,850以上の優遇措置が設けられている。
  • OECDにおいて合意されたグローバルミニマム課税について、各国が最低実効税率15%ルールの導入を決めていることから、近い将来これらの優遇措置の効果が低減する可能性がある。
  • 国・地域および企業グループは、最低税率課税制度(GloBEルール)に即座に対応できるように、今すぐ対策を講じる必要がある。


EY Japanの視点

グローバルミニマム課税がサステナビリティに関する優遇税制措置の適用に際して日本企業に与える影響

ESG観点から企業に対するサステナビリティ対応の要請が高まる中、日本企業でも持続的成長目標に向けた事業構造の変換が求められています。

従来、日本企業の海外進出(特にアジア)では、産業育成と新規進出促進が目的の経済特区と減免税措置の適用が一般的でした。各国での産業保護育成を目的とする優遇税制は、サステナビリティ観点から事業構造変換を促すものにシフトする中、企業の税務部門は従来の責務を超えて優遇税制を適用したファイナンスなど、自社の持続的成長に貢献する役割が求められています。

一方、グローバルミニマム課税は実効税率を引き下げ、トップアップ課税を生じさせるため、優遇税制の効果を薄めます。企業の税務部門では国別実効税率のみならず、実体性のある所得を課税対象の超過利益から控除する、もしくは補助金と同様に実効税率を計算できる適格還付型優遇税制の適用などの考慮が必要です。


EY Japan の窓口
EY税理士法人 ディレクター 大堀 秀樹
※所属・役職は記事公開当時のものです

世界でBEPS(税源浸食と利益移転)2.0の第2の柱が順次導入される中、企業グループや国・地域では、グローバルミニマム課税の最低実効税率15%ルールが既存の優遇税制措置に及ぼす影響を十分に認識することが重要です。

第2の柱は経済協力開発機構(OECD)/G20包括的枠組みによって設計され、優遇税制措置の背後にある目的や意図にかかわらず、国や地域間での税率引き下げ競争を阻止することを目的としています。GLoBEルールの下では、優遇措置の結果、企業グループが所在する国や地域で実効税率が15%を下回った場合には、その差分が企業に上乗せして課税されることになり(トップアップ課税)、多くの優遇措置の財務的メリットが大幅に希釈されてしまう恐れがあります。

こうした状況は、気候危機を背景に厳しい排出削減目標に直面し、ESG目標の促進を助成金や優遇税制措置に頼る多くの国・地域や企業グループに課題を突き付けています。

四半期ごとに実施しているEYグリーンタックストラッカーの最新情報によると、世界の45カ国ではサステナビリティ関連で1,850以上の優遇税制措置が提供されています。優遇税制措置によって企業グループの実効税率を最低実効税率15%未満にする必要はないものの、第2の柱の導入は非常に複雑であるため、多くの企業や国と地域では税務戦略とESG戦略の見直しを迫られることになるでしょう。

 

ESGに関する優遇税制措置:現状への影響の把握

第2の柱の課題を理解するためには、まずは現状を把握する必要があります。サステナビリティに関する優遇税制措置は、「天然資源の消費量削減」「再生可能/代替エネルギーへの切り替え」「低炭素の新製品や製造工程の開発」という3つのカテゴリーに大別されます。

形態についても上記と同様に、「税制上の減価償却年数の短縮(加速度償却)および付加税額控除」「軽減税率および免税期間の設定(工場の建設など大規模な複合プロジェクトが対象)」「研究開発を対象とした大規模な所得控除および税額控除(世界の多くの国や地域で実施)」の、少なくとも3つに分類されます。

カテゴリーや形態にかかわらず、これら全てのサステナビリティに関する優遇税制措置は、第2の柱の影響を受け、GLoBEルールにおける実効税率を引き下げることになるでしょう。OECDによると、税額控除カテゴリーの1つである適格還付可能税額控除(QRTC)は、現金給付に近い形で提供されるため、GloBEルールにおいて実効税率を計算する際に、分子の税金の削減ではなく分母の収入増として扱われ、他の優遇税制措置のように著しい負の影響は受けないものと考えられます。このようなQRTC制度の要件を満たすためには、納税者に4年以内に還付されるか、現金給付に近い形で扱われる必要があります。 

「ESGに関する優遇措置は海外直接投資(FDI)と密接に関連しているため、正確な依存度を測定するのは不可能です」と、EY ASEAN Incentives LeaderであるBin Eng Tanは述べ、次のように続けます。「ESGに関する優遇税制措置が国・地域および企業を支援し、排出制限とカーボンフリー経済への移行を後押しする重要な手段であることは明らかです。重要なのは、企業の実効税率が15%に近いかすでに下回っている国と地域において、最低実効税率15%ルールが企業や国と地域の双方に非常に大きなインパクトを与えるということです」 

第2の柱の影響は世界各国で一様ではなく、企業、業種、国や地域によって異なることが予想されます。

重要なのは、企業の最低実効税率が15%に近いかすでに下回っている場合、最低実効税率15%ルールが企業や国と地域の双方に非常に大きなインパクトを与えるということです

OECDが発表している複合平均実効税率がそれぞれ26%と27%であるフランス、ドイツをはじめとするEU諸国や平均法人税率が28%のアフリカでは、企業グループの実効税率が15%を下回る可能性が低く、第2の柱は大きなインパクトを与えないでしょう。しかしアジアの一部の国など、平均税率が20%近くの軽課税の国や地域では、より顕著な影響が及ぶものとみられます。全体として見ると、世界の180の国・地域の法定法人税率の平均は約24%で、GDPで加重平均すると平均税率は25%強となります。
 

最低実効税率15%を受けて、おそらく一部の企業は事業活動の場を再考することになるとTanは説明しています。「最低実効税率15%ルールにより優遇税制措置が影響を受けるため、多くの企業は事業を行っている国・地域の事業環境を再検討するでしょう。適切な人材を採用できるか、経営環境は魅力的か、現金による助成金やその他のタイプの優遇措置が設けられているか、地価は手頃な価格であるかなどの観点から国・地域を評価するようになります」
 


サステナビリティに関する優遇措置の未来


EY Global Sustainability Tax LeaderであるCathy Kochは、企業グループと政府が持続可能目標を達成するために、サステナビリティに関して何らかの形の優遇措置が引き続き重要であろうと述べています。


「異常気象への懸念が続く中、国・地域が発信する経済的シグナルは常に迅速であり続けることが不可欠です」とKochは言い、「グローバルミニマム課税が特定の税額控除や優遇措置によるメリットを打ち消すような場合は、例えば、給付金やカーボンプライシングなどのような別の仕組みを通して経済的シグナルを送るべきです」と加えています。


持続可能な農業、再生可能/低炭素エネルギー源、エネルギー効率の高い建築物、電気自動車用のインフラなどへのグリーン投資を対象とした、政府による融資や給付金はすでに多数存在しています。各国政府はまた、研究機関、学術機関、民間研究開発会社を対象に、再生可能エネルギー、炭素回収、廃棄物管理、エネルギー効率といった分野において画期的な技術開発や変革を促す補助金や給付金の用意もあります。

異常気象への懸念が続く中、国や地域が発信する経済的シグナルは常に迅速であり続けることが不可欠です

第2の柱の実効税率が独特である理由

企業グループは、サステナビリティにおける税務戦略の再評価にとどまらず、複雑で斬新な実行税率の計算に対処していくことが課題であると、EY Global Tax Policy LeaderであるBarbara Angusは説明します。

他の税額計算とは異なり、実効税率の数値は税務データではなく、財務会計データに基づいて国・地域ごとに一定の調整を経て計算されます。「トップアップ課税のベースとなるのは、今まで見たことがない実効税率の値であり、その計算方法は極めて複雑です」とAngusは述べています。

この実効税率の値を計算するために、企業は国・地域ごとにおよそ200ものデータポイントを収集しなければならず、財務報告にある一連のデータとは異なる情報を含んでいます。これらのデータは、OECD/G20包括的枠組みで「GloBE所得」と呼ばれる値の計算に必要になります。

Angusは次のように述べています。「GloBE所得は、実効税率を計算するための所得ベースです。企業グループは実効税率が低い可能性がある国を大まかに把握していると思いますが、予想外に15%を下回る国や地域があるかもしれません」

トップアップ課税のベースとなるのは、今まで見たことがない実効税率の値であり、その計算方法は極めて複雑です

実効税率の計算は多くの企業グループにとって未知の領域となるため、さまざまな理由から財務モデリングが重要な手段となるでしょう。Angusによると、多くの企業では実効税率が15%を下回ると思われる国を特定してテストすることから着手し、そのモデリングの結果をベースに、その他の国や地域に対象を拡大しています。

「多くの企業にとって、このモデリングは反復的なプロセスです。軽課税国の事業体から始め、範囲を広げて組織全体に拡大します」と彼女は言い、「この反復作業は、企業が第2の柱のルールに準拠するためにどういったデータを作成・維持する必要があるかを検討するためにも非常に有用です」と語ります。

サステナビリティに関する優遇税制措置への依存とGloBE所得計算の複雑さを考えると、OECD/G20包括的枠組みが土壇場でサステナビリティに的を絞った減税措置を導入することを期待している企業もあるかもしれません。Angusによるとその可能性は低いと述べていますが、優遇税制措置の扱いに関する補足的なガイダンスの提供が予定されています。

「OECDと包括的枠組みの加盟国は、このGloBEモデルのルールを最終案とすることを重要視しています。彼らはこのルールを確実に実施したいのです」とAngusは語り、続けて「もし今、彼らが大幅な変更を加えてしまうと、各国の法制化に向けたプロセスの開始が困難になりかねません」と述べます。こうした変更が原因で各国のルール導入方法にばらつきが生じる可能性があり、重複課税や二重課税といった重大なリスクにつながる恐れがあります。

「一方で、一定の解釈に関するガイダンスが必要との認識があります。これには一部の優遇税制措置を適格還付可能税額控除(QRTC)と識別するなど、優遇税制措置の扱いに関するガイダンスも含まれます。OECD/G20の包括的枠組み内での議論の結果、2023年初頭に管理ガイダンスの一部が公表され、補足ガイダンスの提供に向けた準備が進められています」


サステナビリティに関する優遇措置の今後の展開は?

GloBEルールの導入を受けて、国・地域は、持続可能な事業活動への報償となる、優遇税制措置に代わる制度を模索していることから、Tanが言う「ESG現金給付の爆発的増加」をもたらす状態が起きることが考えられます。企業グループは軽減税率を享受する代わりに、ESGに沿った投資を行うことで現金の還付を受けるようになる可能性が高いでしょう。
 

「つい最近まで、多くの政府が優遇税制措置を巧みな報奨制度と捉えていました」とAngusは言います。「一方、第2の柱を実施する際、政府は別の方法でどのように目標を達成できるかを見極めるために、企業からの情報を求めたいと思うかもしれません」


スイス、北欧諸国、シンガポールでは、割合は低いものの、助成金制度はすでに使用されています。米国では多くの州が助成金制度を設けて人材や人材教育への投資を促進しています。


シンガポールやマレーシアなどのASEAN加盟国でも研究開発や能力開発に関連する人材投資への助成金制度があります。また、海外駐在員の個人所得税率を引き下げた国もあることから、企業グループは求める人材をより容易に獲得できるようになっています。通関手続き、付加価値税還付の迅速化、就労ビザなどの分野でも、ESG重視の施策を模索する企業グループにとって魅力的な促進制度が設定されています。


国・地域の選択肢には、金銭のやり取りをせずに持続可能な行動を奨励する方法を模索する可能性もあります。例えば、資本支出型のプロジェクトの場合、割引価格での土地売却または不動産の賃貸、もしくは借り手に非常に有利な条件の融資、いわゆるソフトローンの提供などが考えられます。
 

 

次なるステップ

各国は2023年にBEPS 2.0の第2の柱に関する税制を導入し、2024年の施行に向けてすでに行動を開始しています。そうした中、企業グループおよび国・地域は、サステナビリティに関する優遇措置戦略の再評価を開始すべきです。とりわけ、下記のことが重要と考えられます。
 

  • 企業グループにとって財務モデリングは強力な手段となり得る。企業グループが利用している優遇税制措置の全面的評価が可能となり、その優遇措置によって、企業の実効税率が第2の柱の最低実効税率15%を下回るかどうかを計算するのに役立つ。
  • 国・地域は、セクター、地域、事業ごとの観点から、GloBEルールがサステナビリティに関する優遇税制措置にどういった意味をもたらすのかを評価しなければならない。
  • 国・地域は、持続可能な事業活動に優遇措置を与えるための代替方法を調査する必要がある。一方、企業グループは、代替促進策を実施する国や地域を探し、活動拠点を移す可能性を検討すべきである。
  • 喫緊の課題として、企業グループは第2の柱の具体的な実効税率計算に必要なデータポイントの内容を確認し、それらの情報を収集・精査するための報告プロセスを確立する必要がある。

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    サマリー

    グローバルミニマム課税は、多くの企業グループが持続可能目標の促進を意図した公的な制度の活用を模索する際に、広範な派生問題を起こすでしょう。大部分の優遇税制措置は各国の税法を通して提供されている一方で、GloBEルールの下では、特定の国・地域で企業がトップアップ課税の対象となる場合、その企業にとっての優遇措置の財務的価値は失われてしまいます。助成金やカーボンプライシングなど、その他の形態の代替優遇措置を含めた選択肢の整理・検討が今後の課題となるでしょう。