主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ7 ドイツでのBEPS2.0 Pillar2の法制について-基本的にOECDモデルルールに基づいているが、留意すべき事項もある

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ7 ドイツでのBEPS2.0 Pillar2の法制について-基本的にOECDモデルルールに基づいているが、留意すべき事項もある


ドイツは欧州随一の経済規模を誇り、貿易相手国として日本との経済的結び付きが非常に強い国です。

欧州の中心に位置しているという地理上の利点もある事から、ドイツは日本企業が欧州へ事業展開する際の拠点として非常に重要な国です。事実として、2022年10月1日現在1,918社の在ドイツ日系企業が存在するとの統計結果があります。そこで、今回はドイツにおけるBEPS2.0 Pillar2(以下「グローバルミニマム課税」)の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。


要点

  • 課税ルールについては、基本的にOECDのモデルルール等(以下「GloBEルール」)に沿った内容となっているが、ドイツ独自の規定もある。
  • ドイツでは、全世界所得が課税対象で、法定実効税率は30%前後であるため、ドイツ内の構成事業体合計レベルでトップアップ税額が発生することは限定的。
  • 主に12月末決算、1月末決算、2月末決算の場合、グローバルミニマム課税の適用初年度について、ドイツを含む海外諸国が日本に先行する。


グローバルミニマム課税では一部ドイツ独自の規定もある

(1)ドイツでの法制化の状況

ドイツでは、グローバルミニマム課税に関するEU指令を受け、2023年3月にドイツ連邦財務省が討議草案を公開し、同7月にグローバルミニマム課税実施に係る法案を公表。その他立法手続きを経て、2023年12月に国内法制化が完了しています。

 

(2)ドイツにおけるグローバルミニマム課税の課税ルール

ドイツ法令によれば、下記の課税ルールで構成されており、過去4会計年度のうち2会計年度で連結総収入金額が7億5千万ユーロ以上ある多国籍企業グループに適用されます。なお各課税ルールについては、基本的に、GloBEルールに沿った内容となっています。

 

  • 所得合算ルール(以下「IIR」):2023年12月30日後に開始する会計年度から
  • 軽課税所得ルール(以下「UTPR」):2024年12月30日後に開始する会計年度から
  • 適格国内ミニマムトップアップ課税(以下「QDMTT」):2023年12月30日後に開始する会計年度から
     

なお、国単位の実効税率及びトップアップ税額算定のための計算プロセスについてもGloBEルールに沿った内容となっています。

(3)ドイツにおけるセーフハーバールール

セーフハーバールールについても、GloBEルールに沿った内容となっています。2026年12月31日以前に開始し、2028年7月1日より前に終了する会計年度(会計年度が暦年に対応する場合は2024年から2026年)の場合、国別報告事項(以下「CbCR」)を用いた、簡易的なセーフハーバールール(以下「移行期間CbCRセーフハーバー」)が適用されます。また、QDMTTセーフハーバーも導入されます。

 

(4)ドイツにおける税務コンプライアンス

  • グローバルミニマム課税に係る申告2

    “ミニマムタックスグループ”という概念を基に、対象となる多国籍企業グループのドイツ国内の全ての構成会社のうち、代表会社にグローバルミニマム課税に係る電子申告、納税義務があります。申告期限は、既存のドイツ国内法の規定が適用されます。ただし、ドイツ国内法に従った申告期限が15カ月(適用初年度は18カ月)よりも短い場合は、申告期限は15カ月(適用初年度は18カ月)となります。そして、課税金額が発生する場合の税金の納付期限は、申告期限から1カ月後となります。

    そして、代表会社がグローバルミニマム課税の納税をした場合、他のドイツ構成会社はグローバルミニマム課税の負担すべき額を当該代表会社に補填する義務があるとされています。これはドイツ独自の規定と言われています。
     
  • ミニマムタックスレポート

    各ドイツ構成会社、もしくはドイツ国内の全ての構成会社のうち、代表する1社に15カ月以内(適用初年度は18カ月以内)にGloBE情報申告に相当するミニマムタックスレポートを電子申告する義務があります。なお、海外に所在する最終親会社等がGloBE情報申告を行う場合、ドイツとその最終親会社が所在する国との間に有効な情報交換規定がある限りにおいて、ドイツ国内の全ての構成会社では、ミニマムタックスレポートの提出は不要とされています。
     

(5)その他関連する税制改正事項

2024年ドイツ税制改正によれば、2023年12月31日後に終了する事業年度から、ドイツCFC税制のトリガー税率が25%未満から15%未満に引き下げられました。これはグローバルミニマム課税の基準税額である15%と足並みをそろえる形となります。

日本企業における留意点

最終親会社が日本に所在する多国籍企業グループのドイツ子会社を想定すると、日本国内法では日本の最終親会社が申告主体となるIIRとGloBE情報申告の構成国としての計算要素、ドイツ国内法ではQDMTTの適用が考えられます。ただし、ドイツでは全世界所得が課税対象であり、法定実効税率は30%前後のため、ドイツ内の構成事業体合計レベルで、実効税率が基準税率15%を下回ることはまれであり、トップアップ税額が発生することは限定的であると考えられます。なお、ドイツ国内においてトップアップ税額がない場合でも、ドイツ国内法上、QDMTTに関して電子申告が必要となります。

その他、主な留意点は下記の通りです。

(1)ドイツ構成会社が試験研究活動を行っている場合で、税務インセンティブ制度の適用を受ける場合

ドイツにおける試験研究費に係る税務インセンティブ制度3の適用がある場合、インセンティブの金額や税引前当期純利益、法人税額の金額次第では、実効税率が15%未満となり、ドイツにおいてトップアップ税額が発生する可能性があります。

(2)繰延税金資産の任意計上

HGB(ドイツ商法会計)上、繰延税金資産の計上は任意とされていることから、繰越欠損金等に係る繰延税金資産を保守的に計上しておらず(評価性引当額の控除)、法人税等調整額が計上されない状況が考えられます。GAAP調整がされない場合、グローバルミニマム課税の計算で使用する連結財務諸表作成目的の財務諸表4でも、税金費用が過少となる可能性があります。当該の場合で移行期間CbCRセーフハーバーのいずれも満たさない場合、トップアップ税額算定のための実効税率計算においては、当該繰延税金資産から控除された金額はなかったものとされ、会計上の法人税等調整額に調整がされることにより、影響は是正されます。ただし、法人税等調整額については、GloBEルール上の調整規定に留意が必要となります。

(3)特定多国籍企業グループの連結会計年度が2023年12月31日から2024年3月31日までに開始する場合

日本において、IIRとGloBE情報申告は、2024年4月1日以後に開始する連結会計年度から適用開始となる一方で、ドイツにおいては、IIRとGloBE情報申告、QDMTTは2023年12月30日後に開始する連結会計年度から適用となります。また、その他EU諸国においても、EU指令により、実質的に適用開始時期は2024年1月から開始する連結会計年度になるように設定されています。

つまり、最終親会社が日本に所在する特定多国籍企業グループの連結会計年度がグローバルミニマム課税のドイツ適用開始日と日本の適用開始日前日までの間の2023年12月31日から、2024年3月31日までに開始する(主に12月末決算、1月末決算、2月末決算が想定される)場合、グローバルミニマム課税の適用初年度について、ドイツを含む海外諸国が日本に先行します。この場合、特にIIRとGloBE情報申告に影響があります。すなわち、最終親会社である日本においてIIRが発動していないことから、中間持株会社として機能している海外の構成会社においてIIRが発動する可能性が高くなります。また、最終親会社である日本においてGloBE情報申告を提出していないことから、海外の構成会社が所在する、いずれかの国でGloBE情報申告を提出する義務が生ずることが予想されます5

そのため、海外諸国の適用初年度の申告義務や内容の整理と、日本本社と海外拠点との間の情報収集などの役割分担の準備が求められます。

なお、日本においてIIR、GloBE情報申告について、経過措置によって先行年度の自主申告が認められる可能性もあります6 。そのため、今後のOECDや日本の国税庁のガイダンスに注視する必要があります。

事務負担の増加、予期せぬ申告漏れのリスクが懸念事項となる可能性

グローバルミニマム課税は、世界共通のルールで最低15%の課税を確保しようという画期的な取り組みであり、過度な租税回避を防止や無意味化できる反面、複雑なルールのため申告等の事務処理負担の増加は否めません。会社によっては、グローバルミニマム課税による課税リスク以上に、日本本社、海外拠点ともに税務コンプライアンス作業などの事務負担の増加、予期せぬ申告漏れのリスクが懸念事項となる可能性があります。
グローバルミニマム課税に対する必要十分な対策がとれるよう、まずは海外子会社が所在する国の法制化状況と内容を正しく理解することが必要です。

なお、本稿は、2024年2月20日現在のドイツにおけるグローバルミニマム課税の法令のうち、日本企業グループのドイツ子会社が影響を受けると思われる事項に焦点を当てています。今後の税制改正等により、今回説明した事項に変更がなされる可能性があることにご留意ください。

  1. 令和5年7月11日 外務省「海外進出日系企業拠点数調査」
  2. 2024年2月20日現在のドイツ法令において明記されていませんが、IIR、UTPR、QDMTTに共通する申告であると理解されています。
  3. 2024年税制改正案では、試験研究活動に係る税務インセンティブの額(税額控除、法人税額を超える部分は現金給付)の上限を1百万ユーロから3百万ユーロに引き上げる事が検討されましたが(税務研究会 「月刊国際税務」2023年12月号 記事「BEPS2.0各国の法令化状況と日本企業における留意点 第7回ドイツ」参照)、2024年税制改正において法令化は見送られました。
  4. 2024年2月20日現在のドイツ法令では、ドイツでのQDMTTで使用する会計基準について特別な規定がない事から、ドイツでのQDMTTは、GloBEルールの原則に基づき、基本的に最終親会社等の連結財務諸表と同じ会計基準で作成された財務諸表を使用するものと理解されています。
  5. 2024年2月20日現在のドイツ法令では、当該状況下におけるGloBE情報申告の実務上の個別具体的なガイダンス等は公表されていません。
  6. GloBE情報申告に類似するCbCRでは、平成28年の導入開始時期に、海外子会社が所在する国の適用初年度が日本より先行する場合に、日本の国税庁は日本の適用初年度前の年度におけるCbCRの自主的な提出を認めた実績があります(平成28年10月 国税庁「国別報告事項を自主的に提供した場合の取扱いについて」)。

【執筆者】
EYドイツ デュッセルドルフ事務所 パートナー Jeanine Karen Darling
EYドイツ デュッセルドルフ事務所 ディレクター Andreas Achteresch
EY税理士法人 マネージャー 鈴木 勝玄

※所属・役職は記事公開当時のものです。


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    サマリー 

    ドイツにおけるグローバルミニマム課税に係る法制については、基本的にGloBEルールに沿った内容となっていますが、一部ドイツ独自の規定もあります。ドイツでは、全世界所得が課税対象で、法定実効税率は30%前後であるため、ドイツ内の構成事業体合計レベルでトップアップ税額が発生することは限定的ですが、いくつか留意事項があります。特に、12月末決算、1月末決算、2月末決算の場合、グローバルミニマム課税の適用初年度について、ドイツを含む海外諸国が日本に先行します。


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