主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ10  アイルランドでは、標準法人税率が12.5%であり、GloBE上の実効税率が15%を下回る可能性がある

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ10  アイルランドでは、標準法人税率が12.5%であり、GloBE上の実効税率が15%を下回る可能性がある


アイルランドはEU加盟国であり、かつ法人税率を12.5%と、魅力的な水準に設定しています。

特に米国に本社がある多国籍企業が事業拠点を設ける際の場所として機能してきましたが、日本企業でも情報・通信、製薬やライフサイエンス、そして、航空機リースなどの金融サービス業がアイルランドに進出しており、またキャピタルゲインに係る資本参加免税規定や、さまざまな国や地域と租税条約を結ぶなど税制面で大きなメリットを提供しています。今回はアイルランドでのPillar2の適用を受け、日系企業における留意点について解説します。


要点

  • アイルランドでは、適格国内トップアップ税(以下、QDTT)と所得合算ルール(以下、IIR)は2023年12月31日以降開始事業年度から、軽課税支払ルール(以下、UTPR)は2024年12月31日以降開始事業年度から適用される。
  • アイルランドの企業は、研究開発費税額控除やキャピタルアローワンス(資本支出の損金算入)など特定の優遇措置や永久差異・一時差異を適用して、所得の一部をGloBE所得から除外できる場合もある。
  • アイルランドの法人税率は12.5%で引き上げの予定は無いため、GloBE上の実効税率が15%を下回る可能性がある。一方、非事業受動的所得の税率が25%など、実効税率を引き上げる要因もあり、早めの検討が必要。


GloBEルールの実施に伴い法人税率が15%を下回る状況とは?

アイルランドによるGloBEルールの導入では、GloBEルールを法人税制(既存の法人所得税)に組み込むのではなく、法人税制の上に新しい税制を加えるという形で採用されていることを理解する必要があります。QDTTとIIRは2023年12月31日以降に開始する事業年度から、UTPRは2024年12月31日以降に開始する事業年度から適用されます。
 

現在、アイルランドで事業活動を営んでいる企業にとって気になるのは、GloBEルールの実施に伴い、税制上の魅力が影響を受けるか否かという点と考えられます。
 

アイルランドでは大きく分けて、2つの要素が寄与して実効税率が15%を下回る状況があります。1つは特定の所得または所得全般に適用される法人税率が低いこと、もう1つは課税標準がGloBEルールのもとで認められているものと異なる場合がある点です。これには特定の法人税規定に起因する場合もあれば、GloBEの計算に用いられる会計基準と税務申告で用いられる会計基準の違いに起因する場合があります。


アイルランドの法人税率が要因となり、15%のGloBE最低税率を下回る可能性も

アイルランドでは、事業所得には12.5%の法人税率が適用され、その他の非事業受動的所得には25%の税率が適用されます。そして、実質的に資本取引に該当するキャピタルゲインには33%の税率が課税されます。

よって、アイルランド国内の他の税制と合算すると全体の税率が上昇する、あるいは、他の国・地域の法律のもとで課せられる税金が、GloBEルールの対象であるアイルランドの構成事業体に賦課される(例えば、利息やロイヤリティに係る外国源泉徴収税)、といった事由に該当しない限り、アイルランドの法人税率が要因となり、GloBE上の実効税率は15%の最低税率を下回る可能性があります。

もっともGloBEルールは直前4事業年度のうち、少なくとも2年度について連結収入金額が7億5千万ユーロ以上ある多国籍企業しか適用されません。したがって、連結売上高がこの基準を下回る企業は、今後もこれまでと同様の税務競争力を享受できます。


永久差異・一時差異を適用し対象所得から除外できる場合も

税務上の居住地がアイルランドにある企業には、全世界での所得に課税されます。事業所得は、GAAPに従って計算されます。その他の所得およびキャピタルゲインについては、さまざまな個別の法規定に従って算出されますが、GloBE上の所得計算からの逸脱が生じない場合があります。または、研究開発費税額控除やキャピタル・アローワンスなど特定の優遇措置や永久差異・一時差異を適用して、所得の一部をGloBE所得から除外できる場合もあります。

こうしたアイルランドの税制のうち、法人税率を減らし得る要素について簡潔に説明します。まず財務会計と税額計算の間の永久差異は「繰延」税金を生じさせません。そのため、GloBEルールのもとで別途認められていない永久差異は、それが財務会計上の収益項目に該当するか、費用項目に該当するかに応じて、法人税率の上昇または低下を生じさせます。これには実質的株式持分免税制度、研究開発費税額控除、トン数標準税制、支店参加免税制度などが該当すると考えられます。

一方、特定の資産または負債の税制上の簿価と財務諸表におけるその帳簿価額が合致しない時には一時差異が生じます。そうした差異の代表例としては、キャピタル・アローワンスや年金引当金、発生費用と支払費用のミスマッチによって生じる相違が挙げられます。そうした項目により、最終的には時間の経過とともに解消される一時差異が生じ、繰延税金資産または負債を計上することになる場合があります。


二重非課税を防止するため源泉徴収税の課税対象が広げられた他、免除措置を否定

GloBEルールのもとでは、源泉徴収税も対象租税になります。そのため、利息やロイヤリティの支払人側が徴収した源泉徴収税は、受取側であるアイルランドの事業体の対象租税として扱われます。子会社からアイルランドの企業に支払われる外国配当金については、当該所得が実質的な事業所得とみなされるか、非事業所得とみなされるかに応じて12.5%か、25%の税率で課税されます。

また、アイルランドでは国外への利息、ロイヤリティ、配当金の支払いに対して源泉徴収税が課されますが、これらの税の範囲およびアイルランド国内におけるもろもろの免除措置により、多国籍企業グループはほとんど課税を受けていません。しかし、新たなルールでは二重非課税を防止するために、源泉徴収税の課税対象が広げられている他、適用可能な国内の免除措置が否定されています。

移行期におけるCbCRセーフハーバーでは、アイルランドの制定したルールに盛り込まれており、特定の国・地域における多国籍企業の構成事業体が、デミニマステスト、簡易実効税率テスト、通常利益テストにおける3つのテスト判定のうち、1つでも免除要件を満たした場合は、GloBEルールに係るコンプライアンス義務が最長3年にわたり軽減されます。

以上より、アイルランドの法人税率は12.5%であり、現時点では法人税率の引き上げは予定されていないため、日系企業の構成事業体においても結果的に法人税率が15%を下回る(そのためQDTTでトップアップ税が徴収される)公算が大きい一方、法人税率を引き上げる要因もあることから、その影響について早めに検討することが必要と考えられます。


【執筆者】
EY Ireland パートナー Rory MacIver 
EY Ireland  Divya Kanwar 
EY税理士法人 シニアマネージャー 工藤 保浩


関連記事

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ1 GloBEルールに関する各国動向に対応できる体制を構築する

BEPS2.0のGloBEルールは、各国制度の相互作用により納税額や納税地が変化する複雑なルールです。対応するためには各国の動向を常にモニタリングし、変化に即応できる体制を構築することが必要です。そこで今回から主にGloBEルールに関する各国の対応方針、法制化の状況、各国の国内法との相関関係について、特に日本企業が留意する点を解説していきます。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ2 他地域とは異なった特徴を持つEUの動向を注視しよう

現在、焦点となっているBEPS2.0について、EUは他の地域と異なった特徴があります。まずEUはOECDがリードする国際課税ルールの制定プロセスにおいて大きな影響力を持っていること。もう1つが、EUは主権国家ではありませんが、「指令」という形式でEU加盟各国に指令に基づく国内法令を制定することを求め、域内ルールの調和を図っていることです。今回はこのような他地域と異なった特徴を持つEUの動向について解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ3 シンガポールでは優遇税制の有効性が制限されるも交渉で打開を図る

企業にとって魅力的な国であるシンガポールでもBEPS2.0への取り組みが進んでいます。2025年度1月1日以降に開始する会計年度からはIIR、UTPR、DTTが導入され、日本企業にも新たな対応が迫られます。イミグレーション関連では2023年9月からCOMPASSが導入され、新規就労ビザの取得がこれまでよりも厳格化。他にも人件費や賃料を含む経営コストの上昇や、人材の流出や獲得といった課題にも直面しています。今回は、そんなシンガポールのBEPS2.0の法制化状況と、日本企業の留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ4 英国のMTUTとDTUTの適用について今後の動向に注目

英国は2023年4月1日より大企業に対する法人税率を25%に引き上げたものの、依然として先進主要国であるG7の中では、最低税率を維持しており、欧州における日系企業の主要な投資先国であり続けています。そんな英国もBEPS2.0の新たな国際課税ルールについては、2023年財政(No.2)法案において、第2の柱GloBEルールを英国で施行するための法律を改めて公表し、2023年7月11日の国王裁可をもって施行。23年12月31日以降に開始する会計期間から全世界収入が7億5000万ユーロを超える大規模な多国籍企業に適用されます。今回は、こうした英国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ5 混迷極める米国のBEPS2.0対応と日本企業の留意点

米国では、現時点でGloBEルールの国内法制化のメドは立っていません。2024年11月には大統領選挙もあり、2025年前に導入が検討されることはないと推測されています。2025年以降についても、民主党と共和党のどちらが主導権を握るか、あるいは勢力が拮抗するかで将来のシナリオは異なってきます。では、今後の動向をどのように見ておけばいいのか。米国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ6 オランダではGloBEルールによる日本企業への影響は限定的であると考えられる

オランダは日本の多国籍企業が地域統括会社や地域持株会社を設立するために最も好まれるヨーロッパの国の1つとされています。EUの加盟国であることに加え、25.8%といった穏健な法人税率、有利な租税条約ネットワークおよび100%の資本参加免税は、企業がオランダにおいて恩恵を受けることができる重要な税制です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ7 ドイツでのBEPS2.0 Pillar2の法制について-基本的にOECDモデルルールに基づいているが、留意すべき事項もある

ドイツは欧州随一の経済規模を誇り、貿易相手国として日本との経済的結び付きが非常に強い国です。 欧州の中心に位置しているという地理上の利点もある事から、ドイツは日本企業が欧州へ事業展開する際の拠点として非常に重要な国です。そこで、今回はドイツにおけるBEPS2.0 Pillar2(以下「グローバルミニマム課税」)の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ8 ベトナムでは従来の優遇税制に代わる新たな投資支援政策を検討中

現時点では投資支援策は具体化されておらず、個別交渉により支援内容が決定されるケースも想定されます。交渉期間は長期になることも予想され、日系企業では早期の段階で関連当局との交渉を奨励。いずれにせよ、投資支援政策の方向性は打ち出されているものの、明確化されておらず、今後も動向に着目が必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ9 タイではBOI税恩典が十分享受できるよう軽減緩和措置を導入

タイでは2023年、BEPS2.0のPillar2に沿って、グローバルミニマム課税を原則として導入することが決定されています。タイに所在する日本企業は、必要に応じて実効税率の計算や国内ミニマム課税(QDMTT)に基づく納税・申告などの新たな対応、優遇税制による法人税の減免メリットを享受する企業は、その影響分析が求められます。今回はタイにおける法人税、優遇税制への影響や留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ11  ハンガリーは魅力的な投資先だが、トップアップ課税が生じる可能性あり

ハンガリーは、過去数十年にわたり、日本企業にとって人気の高い投資先となっています。ビジネスフレンドリーな法制度があり、税制とインセンティブの環境は非常に魅力的です。その結果、ハンガリーへの外国直接投資は、アジアの投資家を中心に着実に増加しています。そのほとんどは製造業関連ですが、商社や持株会社、ファイナンス会社からも選ばれるようになっています。今回はBEPS2.0第2の柱に対するハンガリーの取組みと導入内容、そしてハンガリーに拠点を置く多国籍企業がどのような影響を受けるかについて解説します。

なぜ財務諸表上の税率が15%であっても、グローバルミニマム課税の対象になり得るのか

財務諸表上の実効税率が15%以上であっても、BEPS 2.0第2の柱のグローバルミニマム課税を回避できない可能性があります。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ12  GloBEルール導入に向けたメキシコ税務当局の対応はまだ明示されていない

メキシコの会計・税務規制は広範かつ複雑に絡み合い、税務当局もGloBEルールに係るガイドラインや規制をまだ公表していません。そのため、日本の多国籍企業は不確実性に対応しなければなりません。今後BEPS第2の柱のモデルルールが及ぼす影響を定量的に予測するとともに、メキシコの法規制の進展をタイムリーにモニタリングしていくことが必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ13 スイスは、2024年1月1日から適用される国内ミニマム課税(QDMTT)を導入したが、所得合算ルール(IIR)と軽課税支払ルール(UTPR)の適用は延期

第2の柱のイニシアチブの導入に関するスイスのアプローチは、世界の課税環境において独特な道筋を示しています。スイスのモデルは、税収の保護と外国での税務手続きから企業保護のバランスを取っており、世界の実施状況が断片的な状況である限り、海外の特定の軽課税構造を維持する機会を保持しています。今後、スイス国内で事業を行う企業は、影響分析を行うことを強くお勧めします。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ14
インドの国内規定は未導入だが、優遇措置を受けている日系企業は影響を検討すべき

インドのPillar2に関する正式な規定は、現時点ではまだ制定されていない。インドの法人税率は高いように見えるが、これを詳細に分析する必要がある。インドで事業を行っている日本企業は、インドの各構成事業体のETRを確認し、OECDのガイダンスに基づく移行期CbCRセーフサーバー規則(TCSH)による効用を評価することで、インドにおいて第2の柱の規定が導入されることに備えるための初期的影響度評価を行うことを推奨する。


    サマリー 

    アイルランドの法人税率は12.5%であり、現時点では法人税率の引き上げは予定されていません。そのため、日系企業の構成事業体においても法人税率が15%を下回る公算が大きい一方、法人税率を引き上げる要因もあることから、その影響について早めに検討することが必要と考えられます。


    この記事について