主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ1 GloBEルールに関する各国動向に対応できる体制を構築する

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ1 GloBEルールに関する各国動向に対応できる体制を構築する


BEPS2.0のGloBEルールは、各国制度の相互作用により納税額や納税地が変化する複雑なルールです。

対応するためには各国の動向を常にモニタリングし、変化に即応できる体制を構築することが必要です。そこで今回から主にGloBEルールに関する各国の対応方針、法制化の状況、各国の国内法との相関関係について、特に日本企業が留意する点を解説していきます。


要点

  • 多国籍企業はGloBEルールに関する各国の制度導入状況を常にモニタリングし、適切な対応ができる体制を構築する必要がある
  • GloBEルールの適用関係に影響を与える各国のQDMTT、IIR、UTPRの導入状況、CFC税制の改正などについて留意すべき
  • GloBEルールの適用によって、これまで得られていた税務インセンティブが失われる可能性があり、各国との再交渉も視野に入れる


これまでにない大きな影響をもたらすGloBEルールにどう対応すべきか

新しい国際税務の基準となるBEPS2.0は、2つのPillar(柱)で構成されています。Pillar1は多国籍企業の超過利益を全く新しい課税権により各国に分配する制度であり、Pillar2は各国で最低税率(15%)の法人税負担を確保することを目的とした新しいグローバルなミニマム課税制度です。その中核がGloBEルールです。

 

BEPS2.0の特徴は各国が協調して新税制を導入し、各国税制の隙間を利用して合法的に節税を図ってきた多国籍企業に対応することにあります。複雑な制度が各国で段階的に導入されるため、多国籍企業は各国の制度導入状況を常にモニタリングし、適切な対応ができる体制を構築する必要があります。とりわけ、Pillar2のGloBEルールは複雑だと言えるでしょう。

 

このGloBEルールの追加課税額は、主に次の3つステップを経て算定されます。①GloBEルールの対象となる事業体の特定、②追加課税額の計算、③追加課税額を支払う事業体の特定と支払うべき金額の特定です。

 

そもそもGloBEルールは、タックスヘイブン国や低課税国がGloBEルールを導入しないことを前提に、各国での導入状況にかかわらず最低税率15%が達成されるように設計されています。①から③の各ステップにおいて、子会社や地域統括会社の所在地国の現地税制の改正、GloBEルール導入の状況に変化があれば、追加納税額が変わるだけでなく、追加納税する法人や納税先の国も変化するという複雑な税制になっています。

 

EUや英国、韓国などではGloBEルールを2024年1月1日以降の開始事業年度から適用する方針であり、日本でも同年4月1日以降の開始事業年度から適用することが決まっています。ただ、シンガポールなどは2025年からと各国のスタート時期はバラバラで、導入期の混乱が予想され、1年目と2年目で納税先の国が変わることも頻発しそうです。

 

これほど大きな規模で、各国の税制の変動がグローバルレベルで税務コンプライアンスに影響を与える事例はこれまでありませんでした。そのため、本社税務部門が各国の税制改正を集中的にモニタリングすることが必須となっています。特に変動が激しい導入期においては、外部リソースの利用も検討する必要があるでしょう。

各国の税制がGloBEルールに影響を与えるパススルー、CFC税制、QDMTT、IIR、UTPR・・・

ここで各国の税制やGloBEルールの導入状況が、どのように追加課税額に影響を与えるのかを示しておきましょう。例えば、ある事業体の所得が、その所有者の所得として課税される場合(パススルー)には、GloBEルールでは、その所得および税額を当該事業体に振り替えて当該事業体の実効税率を計算します。また、配当に課される源泉税は、配当を受け取る株主ではなく、配当を支払う法人の税金として集計します。配当の源泉税は数が多く、これまでの連結会計プロセスではグループ会社間の取引として認識されていなかった情報であるため、情報をやり取りする仕組みの構築が必要です。

日本のタックスヘイブン税制のように、海外子会社の所得に親会社の所在地国が課税をするCFC税制は子会社の所得に対する課税であるため、GloBEルールでは、一定の調整を経たうえで、子会社の税額に加算されます。日本のCFC税制だけでなく、中間持株会社のCFC税制も対象となるため、関係各国で情報共有の仕組みをつくり、さらに今後の税制改正の動向に注意する必要があります。

また、その国に所在する構成事業体の所得に対する最低課税制度であるQDMTTは今後、追加課税額がGloBEルールと整合して計算されます。子会社所在地国でGloBEルールによるTop-up Taxが生じた場合は、IIRにより最終親会社の所在地国など他国で納税が生じることになります。その際、子会社所在地国としては税源をみすみす他国に移譲する結果になってしまうので、その国に所在する構成事業体の所得に対する最低課税制度であるQDMTTによって追加課税を行うことで、これを防止することができます。子会社所在地国がQDMTTを導入している場合は、Top-up TaxからQDMTTを優先して控除して、その残額がIIRの課税対象となります。低課税国のQDMTT導入状況および各国のIIRの導入状況のモニタリングが必要です。

さらに、最終親会社の事業構成体のうち、第三者が20%以上の持分を保有している構成事業体で、当該最終親会社の構成事業体を所有しているものをPOPEと言います。例えば、第三者から20%以上の出資を受けている現地子会社で、その現地子会社が他国に孫会社を保有している場合、POPE所在地国でのIIR導入状況によって、負担するTop-up Taxの総額と課税される国が影響を受けることになるため、留意が必要です。

このほか、IIRで課税漏れとなったTop-up Taxを取り切るUTPRについても各国の導入状況を注視することが必要となるでしょう。

税制インセンティブの改革とQDMTTの導入を各国が検討中

多くの国が海外企業の対内投資を促進するため、あるいは国内企業の海外投資を抑制し国内投資を推進するため、税務インセンティブを有しています。しかし、GloBEルールにより、税務インセンティブを利用しても税負担が最低税率の15%に引き上げられるため、効果は相殺されます。結果的に税源を海外に流出させることになることから、多くの国がQDMTTの導入とインセンティブ制度の改革を検討しています。

税務インセンティブの動向はGloBEルールの適用に大きな影響を与えますし、これまで得られていた恩典が失われる経済的なインパクトが大きくなる可能性があります。国によっては税務インセンティブが国家と企業との契約になっており、QDMTTの適用には個々の契約の再交渉が必要になる場合もあるでしょう。税務インセンティブを利用している企業は今後の動向を注視し、手遅れとならないよう積極的に関連当局と意思疎通を図る必要があります。

また、当初3年間に適用される移行期セーフハーバーも注目されています。もし判定要件に合致した場合は、その国のTop-up Taxはゼロと推定され、GloBE情報申告の負担が大幅に軽減されることになります。各国の税制やインセンティブ制度の改正により、セーフハーバーの適用可否に影響が生じます。

さらに、国内最低税制度が、GloBE上のQDMTTとして認められるかどうかは、企業グループにとって重要な問題です。今後法制化される各国のQDMTTの制度内容、GloBEルールから乖離しているポイント、QDMTTセーフハーバーが認められる場合には、その適用要件などを早めに把握し、情報収集プロセスや各国担当者の役割分担などGloBEルールへの対応プロセスに組み込んでいく必要があるでしょう。


関連記事

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ2 他地域とは異なった特徴を持つEUの動向を注視しよう

現在、焦点となっているBEPS2.0について、EUは他の地域と異なった特徴があります。まずEUはOECDがリードする国際課税ルールの制定プロセスにおいて大きな影響力を持っていること。もう1つが、EUは主権国家ではありませんが、「指令」という形式でEU加盟各国に指令に基づく国内法令を制定することを求め、域内ルールの調和を図っていることです。今回はこのような他地域と異なった特徴を持つEUの動向について解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ3 シンガポールでは優遇税制の有効性が制限されるも交渉で打開を図る

企業にとって魅力的な国であるシンガポールでもBEPS2.0への取り組みが進んでいます。2025年度1月1日以降に開始する会計年度からはIIR、UTPR、DTTが導入され、日本企業にも新たな対応が迫られます。イミグレーション関連では2023年9月からCOMPASSが導入され、新規就労ビザの取得がこれまでよりも厳格化。他にも人件費や賃料を含む経営コストの上昇や、人材の流出や獲得といった課題にも直面しています。今回は、そんなシンガポールのBEPS2.0の法制化状況と、日本企業の留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ4 英国のMTUTとDTUTの適用について今後の動向に注目

英国は2023年4月1日より大企業に対する法人税率を25%に引き上げたものの、依然として先進主要国であるG7の中では、最低税率を維持しており、欧州における日系企業の主要な投資先国であり続けています。そんな英国もBEPS2.0の新たな国際課税ルールについては、2023年財政(No.2)法案において、第2の柱GloBEルールを英国で施行するための法律を改めて公表し、2023年7月11日の国王裁可をもって施行。23年12月31日以降に開始する会計期間から全世界収入が7億5000万ユーロを超える大規模な多国籍企業に適用されます。今回は、こうした英国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ5 混迷極める米国のBEPS2.0対応と日本企業の留意点

米国では、現時点でGloBEルールの国内法制化のメドは立っていません。2024年11月には大統領選挙もあり、2025年前に導入が検討されることはないと推測されています。2025年以降についても、民主党と共和党のどちらが主導権を握るか、あるいは勢力が拮抗するかで将来のシナリオは異なってきます。では、今後の動向をどのように見ておけばいいのか。米国におけるBEPS2.0の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ6 オランダではGloBEルールによる日本企業への影響は限定的であると考えられる

オランダは日本の多国籍企業が地域統括会社や地域持株会社を設立するために最も好まれるヨーロッパの国の1つとされています。EUの加盟国であることに加え、25.8%といった穏健な法人税率、有利な租税条約ネットワークおよび100%の資本参加免税は、企業がオランダにおいて恩恵を受けることができる重要な税制です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ7 ドイツでのBEPS2.0 Pillar2の法制について-基本的にOECDモデルルールに基づいているが、留意すべき事項もある

ドイツは欧州随一の経済規模を誇り、貿易相手国として日本との経済的結び付きが非常に強い国です。 欧州の中心に位置しているという地理上の利点もある事から、ドイツは日本企業が欧州へ事業展開する際の拠点として非常に重要な国です。そこで、今回はドイツにおけるBEPS2.0 Pillar2(以下「グローバルミニマム課税」)の法制化状況と日本企業における留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ8 ベトナムでは従来の優遇税制に代わる新たな投資支援政策を検討中

現時点では投資支援策は具体化されておらず、個別交渉により支援内容が決定されるケースも想定されます。交渉期間は長期になることも予想され、日系企業では早期の段階で関連当局との交渉を奨励。いずれにせよ、投資支援政策の方向性は打ち出されているものの、明確化されておらず、今後も動向に着目が必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ9 タイではBOI税恩典が十分享受できるよう軽減緩和措置を導入

タイでは2023年、BEPS2.0のPillar2に沿って、グローバルミニマム課税を原則として導入することが決定されています。タイに所在する日本企業は、必要に応じて実効税率の計算や国内ミニマム課税(QDMTT)に基づく納税・申告などの新たな対応、優遇税制による法人税の減免メリットを享受する企業は、その影響分析が求められます。今回はタイにおける法人税、優遇税制への影響や留意点を解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ10  アイルランドでは、標準法人税率が12.5%であり、GloBE上の実効税率が15%を下回る可能性がある

アイルランドはEU加盟国であり、かつ法人税率を12.5%と、魅力的な水準に設定しています。特に米国に本社がある多国籍企業が事業拠点を設ける際の場所として機能してきましたが、日本企業でも情報・通信、製薬やライフサイエンス、そして、航空機リースなどの金融サービス業がアイルランドに進出しており、またキャピタルゲインに係る資本参加免税規定や、さまざまな国や地域と租税条約を結ぶなど税制面で大きなメリットを提供しています。今回はアイルランドでのPillar2の適用を受け、日系企業における留意点について解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ11  ハンガリーは魅力的な投資先だが、トップアップ課税が生じる可能性あり

ハンガリーは、過去数十年にわたり、日本企業にとって人気の高い投資先となっています。ビジネスフレンドリーな法制度があり、税制とインセンティブの環境は非常に魅力的です。その結果、ハンガリーへの外国直接投資は、アジアの投資家を中心に着実に増加しています。そのほとんどは製造業関連ですが、商社や持株会社、ファイナンス会社からも選ばれるようになっています。今回はBEPS2.0第2の柱に対するハンガリーの取組みと導入内容、そしてハンガリーに拠点を置く多国籍企業がどのような影響を受けるかについて解説します。

グローバルミニマム課税がサステナビリティに関する優遇税制措置に与える影響とは

世界各国でグローバルミニマム課税の最低実効税率15%が導入されるに際し、サステナビリティに関する優遇税制措置について再考する必要があるでしょうか。

BEPS2.0対策シリーズ1 「BEPS2.0」で試される日本企業の変革力

税負担の公平性に社会の注目が集まる中、BEPSは新たな見直しを迫られています。100年に1度と言われる国際税務の変化に対し、日本企業はどのように対応すべきかについて解説します。

BEPS2.0対策シリーズ2 Pillar2では、移転価格により15%の実効税率を目指す税務戦略の構築が必要

今後BEPS2.0 Pillar2の施行により15%を下回る実効税率の達成は困難となり、日本企業へのグループ課税に大きな変化がもたらされることになります。そこで対応すべき課題の1つが「移転価格と税務戦略」です。今回は各国の税務当局に対し、どのような戦略をとっていけばいいのかについて、要点を解説します。

 BEPS2.0対策シリーズ3 BEPS2.0申告を円滑に実施するためには、プロセスとシステムの業務改革が必要

BEPS2.0のコンプライアンス確保に向けては、必要な情報の確実かつ効率的な収集がこれまでになく重要になります。そのため、多くの企業は、従来のCbCR、CFC税制などの業務プロセスをそのまま延長するだけではなく、新たな仕組みをつくり上げる必要に迫られています。今後、多国籍企業においては、本社によるデータマネジメントを強化し、グループ全体の税務情報をモニターすることで、全社的な税務業務効率化とコンプライアンス向上が不可欠です。今回は、これらを実現するためのテクノロジーの活用について解説します。

BEPS2.0対策シリーズ4 BEPS2.0では本社による海外子会社の税務関与が拡大

BEPS2.0は、恒久的施設がない多国籍企業に対し、売り上げなど市場国で生み出された価値に応じて市場国で課税されるPillar1と、国際的に最低限の法人税率を設定し、子会社の税負担が最低税率を下回る場合には、最低税率に達する分まで親会社所在地国で課税できるとするPillar2の2つに大きく分かれています。これからBEPS2.0におけるPillar1とPillar2、そして日系企業にどのような係争が想定されるのかを見ていきましょう。

BEPS2.0対策シリーズ5 BEPS2.0とサステナビリティの観点からの税情報開示

SDGsに沿った成長戦略の策定と実行が求められる中、日本企業ではBEPS2.0によるグローバル課税の枠組みの変化とサステナビリティの観点を合わせた税情報の開示の動きが本格化しています。今後どのようにサステナビリティを意識した税情報開示が必要なのか。今回はBEPS2.0導入以降における企業の税情報開示の在り方について解説します。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ12  GloBEルール導入に向けたメキシコ税務当局の対応はまだ明示されていない

メキシコの会計・税務規制は広範かつ複雑に絡み合い、税務当局もGloBEルールに係るガイドラインや規制をまだ公表していません。そのため、日本の多国籍企業は不確実性に対応しなければなりません。今後BEPS第2の柱のモデルルールが及ぼす影響を定量的に予測するとともに、メキシコの法規制の進展をタイムリーにモニタリングしていくことが必要です。

主要国におけるBEPS2.0アップデートシリーズ13 スイスは、2024年1月1日から適用される国内ミニマム課税(QDMTT)を導入したが、所得合算ルール(IIR)と軽課税支払ルール(UTPR)の適用は延期

第2の柱のイニシアチブの導入に関するスイスのアプローチは、世界の課税環境において独特な道筋を示しています。スイスのモデルは、税収の保護と外国での税務手続きから企業保護のバランスを取っており、世界の実施状況が断片的な状況である限り、海外の特定の軽課税構造を維持する機会を保持しています。今後、スイス国内で事業を行う企業は、影響分析を行うことを強くお勧めします。


    サマリー

    新しい国際税務の基準となるBEPS2.0の複雑なGloBEルールに対応するためには、各国の動向のモニタリングや変化に即応できる体制の構築が必要です。
    GloBEルールに関する各国の対応方針、法制化の状況、各国国内法との相関関係について、特に日本企業が留意する点を解説していきます。


    この記事について

    執筆協力者