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EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 大山 文隆
2024年3月期決算に係る有価証券報告書(以下「有報」という。)における円安の進行及び金利上昇に関連する開示状況を知りたい。
2024年3月期においては円安の進行及び金利上昇により、各社においては事業に与える影響の有報への記載や決算数値への影響を検討されたものと思われる。そこで、有報における次の項目について、円安及び金利上昇に関連する影響を調査した。
調査対象会社(192社)のうち、有報の【事業の状況】における事業等のリスクに為替又は円安に関するリスクを記載している会社を業種別に調査した。調査結果は<図表1>のとおりである。
<図表1> 事業等のリスクに為替又は円安に関するリスクを記載している会社数(業種別)
(注1)事業等のリスクにおいて、「為替」を含む会社を集計している。 |
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調査対象会社(192社)のうち、146社(76.0%)が為替に関するリスクを記載していた。化学及び電気機器は海外販売比率が高く為替相場の変動が重要であることから、記載している会社の比率も高いと考えられる。銀行業においてはすべての調査対象会社で記載されていた。
また、電気機器及び小売業では原材料等の輸入や海外における生産活動などにおいて円安がリスクとなる点を記載していた。銀行業では円安による取引先の業績悪化に伴う信用リスクの悪化などを記載していた。
なお、調査対象会社(192社)のうち、2024年3月期から新たに為替に関するリスクを記載している会社は1社(0.5%)、円安に関するリスクを記載している会社は3社(1.6%)であった。為替又は円安の影響がある会社は円安進行以前より、事業等のリスクに記載している会社が多いことが分かる。
続いて、調査対象会社(192社)のうち、有報の【事業の状況】における事業等のリスクに金利に関するリスクを業種別に調査した。調査結果は<図表2>のとおりである。
<図表2> 事業等のリスクに金利に関するリスクを記載している会社数(業種別)
(注1) 事業等のリスクにおいて、「金利」を含む会社を集計している。 |
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調査対象会社(192社)のうち、86社(44.8%)が金利に関するリスクを記載していた。銀行業、その他金融業及び不動産業は金利水準の変動が事業に及ぼす影響が大きいため、記載している会社の比率も高いと考えられる。
なお、2024年3月期から新たに金利に関するリスクを記載している会社は2社(1.0%)のみであった。金利の影響がある会社は元々、事業等のリスクに記載している会社が多いことが分かる。
事業等のリスクにおいては、多くの会社がデリバティブ取引を為替相場及び金利水準の変動に関する事業等のリスクへの対応策として記載していた。
デリバティブ取引については重要性の乏しいものを除き、ヘッジ会計が適用されていないデリバティブ取引及びヘッジ会計が適用されているデリバティブ取引のそれぞれについて、連結決算日における契約額や時価などの事項を注記する必要がある(連結財務諸表規則第15条の7)。
そこで、調査対象会社(192社)のうち、【経理の状況】の【注記事項】デリバティブ取引に関する注記において通貨関連又は金利関連のデリバティブ取引(為替予約取引、金利スワップ取引など)を記載している会社の開示例を調査した。調査結果は<図表3>のとおりである。
<図表3> デリバティブ取引に関する注記において通貨関連又は金利関連のデリバティブ取引を記載している会社数
(注1)2024年3月期の有報のデリバティブ取引に関する注記において、2023年3月期又は2024年3月期のいずれかにデリバティブ取引が記載されている会社を集計対象としている。 |
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調査対象会社(192社)のうち、デリバティブ取引を記載している会社は133社(69.3%)であり、多くの会社が通貨関連又は金利関連のデリバティブ取引を実施していることが分かる。また、当該133社のうち、2024年3月期から新たな種類のデリバティブ取引を記載している会社は20社該当した。円安の進行や金利上昇に伴い新たに導入したものと考えられる。
デリバティブ取引を記載していない会社59社のうち、主な業種はサービス業(10社)、小売業(8社)、情報・通信業(8社)であった。
為替換算調整勘定とは在外子会社等の財務諸表の換算により生じる調整項目であり、在外子会社等への投資に係る未実現の為替の含み損益を示す項目である。すなわち、在外子会社等の資本がプラスであることを前提に、決算時の為替相場が円安になると為替換算調整勘定はプラス方向へと変動する。
2024年3月期における為替相場の急激な変動は在外子会社等を有する会社にとって、為替換算調整勘定に影響を及ぼしたと考えられる。このため、調査対象会社(192社)のうち、2024年3月期の有報の連結貸借対照表に為替換算調整勘定を計上している171社を対象として、2023年3月期と2024年3月期の連結貸借対照表における為替換算調整勘定の業種別平均残高及び為替換算調整勘定が純資産合計に占める比率を調査した。調査結果は<図表4>のとおりである。
<図表4> 為替換算調整勘定の業種別平均残高及び為替換算調整勘定が純資産合計に占める比率
(注)2024年3月期の為替換算調整勘定の業種別平均残高が高い順に表示している。 |
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連結貸借対照表に為替換算調整勘定を計上している会社においては、全体的に為替換算調整勘定の残高が増加している。銀行業、保険業及び海運業は海外展開が多く、かつ、在外子会社の純資産額(資本)も大きいことから為替換算調整勘定の残高も大きくなっていると考えられる。
また、輸送用機器(自動車メーカー)は海外比率が高いものの、為替換算調整勘定の残高が2023年3月期においては少額になっている。輸送用機器(自動車メーカー)においては、在外子会社等への投資のタイミング(海外進出のタイミング)が主に1970年から1980年代であり、当時の為替レートが1ドル200~300円台の水準であったことから、昨今の円安進行により為替換算調整勘定の残高が少額になっていると考えられる。一方で、銀行業や保険業においては為替レートが1ドル150円以下になった1990年代以降に海外進出を拡大していることが多く、為替換算調整勘定の残高が大きくなっているものと考えられる。
(旬刊経理情報(中央経済社)2024年9月20日号 No.1721「2024年3月期「有報」分析」を一部修正)
2024年3月期 有報開示事例分析
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