EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
気候変動をはじめとする社会課題の顕在化によって、サステナビリティ経営を求める動きは加速しています。非財務情報の開示義務化が進められる一方、“グリーンウォッシュ”のような取り組みの形骸化が新たな課題になっています。一橋大学寄附講義の第10回では、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの尾山耕一が講師となり、サステナビリティを企業経営に組み込む際の要件について解説しました。
尾山 耕一
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト パートナー。自動車・製造業を中心に、新規事業企画、技術開発構想、マーケティング戦略立案などに従事する。近年では、SDGsを起点とした中期経営計画策定、社会課題解決に向けた新規事業構想、TCFD対応など、サステナビリティ視点を組み込んだ経営戦略の立案支援に取り組む。
産業革命以来の経済発展の代償として、1950年代から気候変動、森林破壊、工業化、パンデミックなどの社会課題が深刻化しています。とりわけ気候変動への対応は急務で、企業にはサステナビリティ経営への変革、開示義務化の動きが世界的に広がっています。
「自社のパーパスに基づき、財務・非財務双方の価値向上を目指すサステナビリティ経営に正解はない」と尾山は話します。企業経営には、「非財務価値の向上が財務価値の追及につながるのか」という根本的な問いと常に向き合うことが求められます。
「切迫している地球環境の危機への対策と、営利企業としての利益最大化をいかに両立するか。サステナビリティ経営は理論的にも実践的にもいまだ発展途上であり、EYもクライアント企業と議論を深めながらうまくアウトプットするためのチャレンジを続けています」
サステナビリティ推進部門を創設し、チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)を任命する企業も増えています。全社的なESG活動を推進する“参謀”としての役割を期待した組織改革ですが、「非財務価値を高めるために、サステナビリティ推進部門にはプロモーション機能(開示・広報活動)の他、インテリジェンス機能(データ収集・分析)、戦略立案機能、エバンジェリスト機能(社内啓発)など多岐にわたる役割を担うことが求められます」と尾山は話します。
“グリーンウォッシュ”のような形骸化を避けるべく、経営の近くにESG専門組織を編成する企業も増えています。実態を伴ったサステナビリティ経営は、今後ますます拡大していくことでしょう。
非財務価値を高めるには、財務価値と同様に組織内のPDCAサイクルを確立させることが重要です。そのためには定量的な追跡が不可欠ですが、ネイチャーポジティブや人的資本といったサステナビリティ・アジェンダは定量化が難しく「国際基準を満たすための開示に終始しがち」と尾山は指摘します。
「サステナビリティ経営は守りと攻めのバランスを考えることが大切です。ルールにのっとったパッシブな取り組みはステークホルダーに安心感を与えるでしょう。そこから一歩先に進んだ信頼関係を築くためには、自社の事業に合わせたアクティブな取り組みが求められます」
「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」や「ISSBサステナビリティ開示基準」など、世界的なルール整備は始まったばかりです。今後、ルールに基づいた開示が一般化していく中で、「現在のアクティブな取り組みが数年後にはパッシブな取り組みと受け止められ、プラスアルファを要求される可能性がある」と尾山は言います。
「サステナビリティ経営の潮流が『今どのようなフェーズにあるのか。そして、今後どのようなフェーズに移行していくのか』を長期的な視点で考える必要があります。サステナビリティ推進部門の設置がグローバル・スタンダードとなった時には、すでに組織改革を終えているのが理想です」
非財務価値の向上を経営に組み込む上で、最新のテクノロジーを活用した情報収集・分析や、専門的技能を有した人材の登用は効果的です。特にAI技術を用いたツールは画期的で、リアルタイムでの情報収集が可能となります。
現在の一般的な開示モデルにおいては、年次ないしは半期ごとにサプライチェーン全体の膨大なデータを整理します。そのため、日別や部署別といった細部にわたる分析まで手が回らないことが課題となっています。テクノロジーによってデータがリアルタイムに“見える化”されることで、サプライチェーン内の負担や比重の把握が容易になるでしょう。
「最新テクノロジーを用いた分析ツールは、世界的に乱立している基準を“標準化”する役割も担うと予想されます。企業の取り組みがシステム内で比較しやすくなれば、求められるハードルも高くなっていくでしょう」
最後に、「企業はなぜESGに取り組むのか」「企業は誰のためのものか」という2つのテーマで受講者とのディスカッションを行いました。その中から、次のような意見が挙がりました。
【企業はなぜESGに取り組むのか】
【企業は誰のためのものか】
「それぞれのテーマを自社の内部で問い直すことが、サステナビリティ経営につながります。非財務価値が紆余(うよ)曲折を経て財務価値に転換されるように、あるステークホルダーの利益は他のステークホルダーの利益にもプラスに作用します。ポイントは、自社がどこから着手するかを定めることです」と尾山はまとめました。
気候変動をはじめとする社会課題の顕在化により、サステナビリティ経営を求める動きが高まっています。義務としてではなく、意味あるものとしてサステナビリティに取り組むためには、「なぜESGに取り組むのか」「誰のための企業経営か」を考えた上で、適切な組織改革や事業に合わせた取り組みを推進していく必要があります。