EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
自動車業界はヒト・モノの移動といった社会全体の産業基盤を形成しており、サステナビリティ経営の潮流においても大きな影響力を持っています。一橋大学寄附講義の第12回では、企業間物流の課題解決に取り組む株式会社Hacobu代表取締役CEOの佐々木太郎氏と、自動車・モビリティ業界のコンサルティングに携わる早瀬慶がサステナブルな物流サービスの構築についての講義を行いました。
佐々木 太郎 氏
株式会社Hacobu 代表取締役社長CEO。博報堂コンサルティングを経て、米国留学。グロッシーボックスジャパンや食のキュレーションEC&店舗「FRESCA」の創業を経験した後、B to B物流業界の現状を目の当たりにする出来事に直面し、物流業界の変革を志して株式会社Hacobuを創業。
早瀬 慶
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー。スタートアップや外資系コンサルティング企業での経験を経て、EYに参画。商用車・物流業界や、複数産業をまたがるモビリティ社会の構築に注力。近年は、中央官庁の自動車領域のアドバイザーやスマートシティー等の国際会議のプレゼンター・プランナーとして社会創生にも携わる。
カーボンニュートラルの実現を目指す上で、自動車業界のインパクト・果たす役割は大きいと考えられています。自動車自体がヒト・モノの移動という経済活動全般の基盤であることに加え、サプライチェーンは巨大かつ広範であることから、CO2排出の過程に深く関わっている業界と言えるからです。
早瀬は、自動運転や電気自動車、シェアカーなどの業界トレンドを挙げ、「乗用車の時代から商用車の時代へと“再帰”しつつある」と指摘します。乗用車を業務に使用する配達プラットフォーマーなどの登場や地域や個人間での乗用車保有・利用促進という、乗用車の“商用車化”が加速しており、乗用車メーカーやメガサプライヤーがBtoB領域への参入を強化しています。
「ポイントは“再帰”という点です。自動車の歴史は紀元前までさかのぼりますが、乗用車の所有が一般化したのは20世紀に入ってから。つまり、自動車業界は『商用車から乗用車へ』というビジネスモデルの転換を過去に1度経験しています。過去のモデルチェンジに学ぶことは現状を整理する有効な手段となります」
日本では、働き方改革関連法の施行によって物流の停滞が懸念される“2024年問題”がメディアで取り上げられ、企業間の「モノの移動」に注目が集まっています。乗用車の“商用車化”が進む中、自動車産業にとって、車そのもの、だけではなく、ヒトやモノの移動に関連するカーボンニュートラルやドライバー不足、などのサステナビリティ・アジェンダは真剣に取り組まなければならないテーマです。
「一企業が考える最適は自社にとっての最適であって、部分最適です。自動車産業は輸送の多角化や効率性など解決すべき課題が多く、世界経済や地球環境ともダイレクトに関係する業種なので、『部分最適』ではなく、業界一丸となって『全体最適』を目指さなければなりません。ステークホルダーからも『社会全体の最適化』を求める声があがっています」
実際にサプライチェーン全体を最適化するためにはどのような業務改革が必要なのでしょうか。サプライチェーンの話では人流に焦点が当たることが多いですが、荷主や下請けなどが関わる物流も重要です。
佐々木氏の経営する株式会社Hacobuは、物流情報プラットフォームの構築によってドライバーの荷待ち時間を減らす取り組みなどを行っています。卸売業のコンサルティング・プロジェクトに携わった際に、企業間物流の実態を目の当たりにしたことが創業のきっかけだと話します。
「宅配の“ラストワンマイル”は社会問題として注目されています。しかし、ラストワンマイル市場の規模は約3兆円で、企業間物流の約30兆円と比べると大きな差があります。現在、この企業間物流の崩壊が、世界各国で問題となり始めています。企業間物流が機能不全となりスーパーの棚から商品が消えるという事象が、2021年にイギリスで、その翌年にスペインで起きました」
企業間物流は複数回にわたって運送されることが多く、「工場から倉庫へ」「倉庫から流通事業者へ」「流通事業者から小売事業者へ」といったフェーズごとに事業者が異なることも珍しくありません。
「企業間物流のやり取りはFAXや電話が主流で、デジタル化の遅れが目立ちます。情報が各企業の内部にとどまってしまうことが、業界全体の最適化を阻んでいます」と佐々木氏は話します。
ここに着目して開発したのが物流DXアプリケーションを基盤とする物流情報プラットフォームです。発荷主と着荷主の密なコミュニケーションを実現し、ドライバーの時間外労働削減やトラックの積載率向上を可能にします。
「多くのお客さまに同一のプラットフォームをご利用いただくことで、『どこから、どこに、誰が、いつ、どのようにモノを運んでいるか』というデータが蓄積されます。その“物流ビッグデータ”を分析することで、全体最適の見通しも立てられると考えています」
“物流ビッグデータ”は、近い将来に実用化が予想される自動運転トラックによる輸送サービスの土台としての活用も期待されます。一方で、プラットフォームの拡大には「いかに経営的な説得力を持たせるかという点に課題がある」と佐々木氏は話します。
「サステナビリティに関する投資全般に共通して、『共感は得られるが、導入にはつながらない』ことがよくあります。人類のために社会課題を解決しようという巨視的な視点だけでは、担当者も社内稟議(りんぎ)を通すことができません。
サステナブルな社会を構築する過程において、『全体最適が実現したのちに、部分最適も達成される』という構図は説得力を持ちにくいと考えられます。各社の部分最適と社会の全体最適を同時に組み立てていくアイデアが必要です」
「サステナビリティ投資に関する社内承認を取るためにはどのようにアプローチすべきか」というテーマで行った受講者とのディスカッションでは、次のような意見が出ました。
佐々木氏はいずれも有効な策としつつ、「投資対効果の考え方を『何人削減できるか』から、『投資しなかった場合に損失する現在価値はどれほどか』に置き換えることが、サステナビリティ投資においては重要だ」と話します。
「投資しなければ、ビジネスの根底にあるヒト・モノ・環境といった資源が減っていきます。それに伴い売上が減少し、その分だけキャッシュフロー減少につながっていきます。『自社にとってどのようなメリットがあるか』ではなく、『自社にとってどのようなリスク回避につながるか』を考えることが、サステナビリティ投資の核心ではないでしょうか」
自動車産業は人流・物流を支えると同時に、サプライチェーンのすそ野が広いため、世界経済や地球環境などへの影響が大きくサステナビリティ・アジェンダに取り組まない、という選択はあり得ません。経営者がサステナビリティ投資を判断する際は、新たな事業機会とリスク回避という両方の視点で判断することが重要です。