第8回 一橋大学寄附講義 企業変革に向けたデジタル活用可能性①

一橋大学寄附講義

デジタルを活用してイノベーションを起こす先進事例とEYの取り組み


第8回 一橋大学寄附講義
企業変革に向けたデジタル活用可能性①

デジタル化は自動化や効率化をもたらすだけではなく、ビジネスモデルにも影響を及ぼします。今後は、ただデジタル化の波に飲まれるのではなく、明確な指針を持って取り組んでいくことが必要です。一橋大学寄附講義第8回では、チーフ・イノベーション・オフィサーの松永達也と、デジタルソリューションの開発に携わるKevin Wongが企業におけるDXの活用について講義を行いました。



松永 達也

松永 達也

EY Japanチーフ・イノベーション・オフィサー。2018年まで大手コンピューター企業の常務執行役員として、コグニティブ・ソリューション事業、新規事業開発などを担当。2020年7月にEY Japanに入社。AIやWeb3.0の技術を活用し、EY自身のサービスの生産性向上、お客さまのDXの支援をリード。


Kevin Wong

Kevin Wong

EY Japan データ・アナリティクスプラクティス シニアマネージャー。EY入社以前は、大手コンピューター企業のグローバル・ビジネス・サービスに10年以上勤務。2016年よりEYオーストラリアに勤務し、2020年にEY Japanに異動。オーストラリア、米国を含む複数の国において、データおよびアナリティクスに関する20年以上のテクノロジーコンサルティング経験を有する。




要点
  • 有意義なDXを成し遂げるために、目標の明確化が必須である。EYは、未来のビジネスについての洞察を提供するという目標を掲げている。
  • 今後の経営では、既存の企業を深化させると同時に、テクノロジーを活用して自社のコア能力を生かした新規事業の探索も行う必要がある。
  • サステナビリティ領域など新たな分野においてもテクノロジー活用していくことで、非財務情報の開示が容易になり、ステークホルダーの信頼獲得することにつながる。



1. DXの成否を分ける「目的の明確化」

DXの成否を分ける「目的の明確化」



DXの成否を分ける「目的の明確化」

VR・AR技術を利用した分散型のデジタルプラットフォームや、生成AIによるデータ分析ツールなどの登場により、ビジネスの世界は変革期を迎えています。多くの企業がDXプロジェクトを推進し、テクノロジーの進歩に対応した動きを見せています。

松永はDXの成功事例として、日本酒の販売促進事業におけるブロックチェーン運用や、福岡市にある鳥飼八幡宮のメタバース化を紹介しました。2つの事例は最新のデジタル技術を「生産性の向上」「新規体験の創出」というそれぞれの目的に沿って、創造的に運用したことが成功の要因だと考えられます。

「一方で、DXに成功しているのは3分の1程度というリサーチ結果もあります。成否を分けるのは『目的の明確化』ができているかどうかです。明確化された目標に向かって、デザイン思考で業務を変革していく――今、行っている仕事を単純にデジタル化するのではなく、デジタル化の過程で仕事の在り方そのものを見直すことが重要です」

コンピューターが普及しはじめた1970年代は、多くの企業において「ルーティンワークの自動化」が進みました。それから約50年がたち、現代のテクノロジーは業務の効率化に寄与するだけでなく、より抜本的にビジネスモデルを変革します。

「EYにおいても、テクノロジーの進化により、プロフェッショナル・サービス・ファームとしての提供価値に変化が現れています。以前はデータの収集や整理、分析業務にサービスの価値がありました。現在はAIツールを活用することでデータを分析できます。今後は、データ分析に基づくインサイトや、未来を予測することに提供価値がシフトしていきます。
こうした変化に対応するため、EY新日本監査法人では、2020年7月に「アシュアランスイノベーション本部」を設置し、リアルタイム監査やリスク識別の自動化などを可能とするアルゴリズム「Assurance 4.0」の導入を進めています。複数のデータソース(司法、福祉、警察、社会サービス、医療など)から得た情報を複合的に解析し、未来のビジネスについての重要な洞察を提供する“デジタルサービス変革”を目指しています」



2. ケーススタディ:“両利きの経営”理論でDX成功企業を分析する

ケーススタディ:“両利きの経営”理論でDX成功企業を分析する



松永は、チャールズ・A・オライリー氏とマイケル・L・タッシュマン氏の共著(渡部典子訳)『両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』(東洋経済新報社、2019年)に登場する“両利きの経営”という理論を紹介し、受講者とディスカッションを行いました。“両利きの経営”はDX移行の文脈で盛んに論じられ、世界のイノベーション研究において注目を集めています。

「“両利きの経営”は『既存事業の深化』と『新規事業の探索』という二兎を追う経営戦略を指します。興味深いのは、『二兎を追わなければイノベーションは起こらない』と指摘している点です。既存事業によって短期業績を達成しつつも、新規事業の探索によって長期的なビジネス変革に備えなければ、加速するデジタル社会を生き抜くことは難しいということでしょう。
『今後、すべての企業がソフトウェア開発に何らかの形で参画することになる』とも言われており、企業にとって新規事業への参入は切迫した課題となっています」

受講者は「一つの企業または組織を選び、“両利きの経営”のフレームワークで現状や将来の取り組みについて解説する」という課題に、ストリーミングサービスの提供企業やeスポーツ運営企業など、DX化によって大きく業績を伸ばした企業について発表を行いました。

取り上げた企業に共通していたのは、自社のコア能力を新しいマーケットにうまく適合させたことです。既存事業が高めた専門的な能力は、新規事業においてイノベーションを生み出す大きな原動力となります。そして、既存事業で培ってきたノウハウが外部に放出されることで、社会全体にイノベーションが波及する可能性もあります。

「テクノロジーはイノベーションを創出します。それには、テクノロジー自体のパワーだけでなく、企業のコア能力と新しい市場の要求をいかに合致させるかも重要です。組織変革やビジネスモデルの変革においては、まず『なぜデジタル化するのか』を明確化するところから始めましょう」



3. サステナビリティ 領域にもテクノロジーがソリューションを提示する

サステナビリティ 領域にもテクノロジーがソリューションを提示する



サステナビリティ 領域にもテクノロジーがソリューションを提示する

最後に、サステナビリティ領域にテクノロジーを活用した事例をKevinが紹介しました。
サステナビリティへの取り組みは世界的に拡大の一途をたどっており、情報開示の義務化も各国で進められています。しかし、急速に制度化が進んだことの弊害として、上部だけの開示(グリーンウォッシュ)にとどまっている企業が存在することも事実です。

この状況を打破するべく、EYはMicrosoftと提携を結び、サステナビリティ・ソリューションの開発を進めています。クラウドサービスを利用した“Microsoft Sustainability Manager”は、カーボンや産業用水の排出量を一元的に管理するためのツールです。煩雑なサステナビリティ情報を“必要な時に必要な分だけ表示する”ための機能を多く搭載しています。

サステナビリティへの取り組みで障壁となるのは、欧州や米国など地域ごとに基準が乱立していることです。“Microsoft Sustainability Manager”はサプライチェーン全体のデータを収集することで、自社におけるカーボンや産業用水の排出状況を分かりやすく可視化し、各国の基準に合わせた達成状況を一覧化できるため、非財務情報の開示に役立ちます。

また、「テクノロジーによって集約したデータは、情報開示のためだけでなく、組織のどこに環境負荷が掛かっているか、何を改善すれば負荷を減らせるのかを知る手掛かりにもなり、ビジネスモデルや組織構造を見直す上でも重要」とKevinは話します。

整理されたデータに基づく明白な開示によってステークホルダーの信頼が得られ、組織の目標も明確化されます。さらに、環境への付加価値を考慮した新規事業の見通しを立てることにもつながり、一つのテクノロジーの導入が組織内のイノベーション循環にまで波及します。

松永は、「経営者がサステナビリティに取り組もうとしても、現場にデータの蓄積がないことがよくある」と言います。「ビジネスにおいては、先立つデータがなければ何事も始まりません。『どうやってデータを集めるか』という課題に、テクノロジーは明確なソリューションを提供します」として、講義を締めくくりました。


サマリー

最新のテクノロジーを活用するDXでは、目的を明確にして投資対効果を見極めることが重要です。生産性向上が目的なのか、お客さまの満足度を高め売り上げ向上を期待するのか、新たなビジネスモデルを構築するのかなどの目的を明確にすることで推進力が高まります。



一橋大学大学院 経営管理研究科「サステナビリティ経営」に関する寄附講義

 

一橋大学大学院 経営管理研究科 経営管理専攻ならびに商学部にて、2023年度春夏学期に開講した寄附講義「サステナビリティ経営(Sustainability Management)」の講義レポートをお読みいただけます。



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