EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
世界のテクノロジー産業をけん引するMicrosoftは、時代と共に変わる使命に合わせて企業変革と組織運用を行ってきました。一橋大学寄附講義第9回では、日本オラクル、米国オラクルなどでの勤務経験を持ち、現在は日本マイクロソフト株式会社で最高技術責任者を務める野崎弘倫氏を迎え、デジタルを活用した企業変革に関する講義を行いました。
野崎 弘倫 氏
日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務 最高技術責任者。株式会社エービック(現:NTTデータエービック)に入社し、システムエンジニアとして勤務。日本オラクル株式会社、米国オラクル本社、米国Symphony Communication Servicesを経て、2023年1月に現職として入社。
松永 達也
EY Japanチーフ・イノベーション・オフィサー。2018年まで大手コンピューター企業の常務執行役員として、コグニティブ・ソリューション事業、 新規事業開発などを担当。2020年7月にEY Japanに入社。AIやWeb3.0の技術を活用し、EY自身のサービスの生産性向上、お客さまのDXの支援をリード。
テクノロジーの進歩は目覚ましく、2022年11月にOpenAIが公開した「ChatGPT」をはじめとするAI技術は、今後のビジネスに大きな影響を与えることが予想されます。組織構造やビジネスモデルにも変革が求められるでしょう。
創業以来、世界のテクノロジー産業をけん引してきたMicrosoftはどのように組織を運用し、時代に合わせて変革を行ってきたのでしょうか。
野崎氏は「Microsoftの歴史はミッションによって分けられる」と言います。1975年の創業時にビル・ゲイツ氏が掲げたミッションは「すべての机とすべての家庭にコンピューターを(A computer on every desk and in every home)」でした。デジタル黎明(れいめい)期の当時においては挑戦的な課題でしたが、約40年の時を経て一定の成果を出しました。現在は、2014年にCEO就任を果たしたサティア・ナデラ氏によって「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする(Empower every person and every organization on this planet to achieve more)」とアップデートされています。
「Microsoftはミッションを変更しましたが、変わらないのは“every”という単語です。以前からダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を重視しており、特に、高いシェアを誇るWindowsは、さまざまな方が使うことを想定して製品開発を行っています」
変化の速いIT業界では、市場の動きを捉えて新しい波をつくれるか否かが業績を左右します。野崎氏は「一つのテクノロジーが登場するたびに、それ以前の製品にもアップデート作業を行うことがよくある」と話します。
「常に確固たるビジョンを有していたからこそ、市場に合わせた変革を繰り返し、過去20年間、時価総額トップ5以内を維持することができました」
米国のソフトウェアエンジニアであるマーク・アンドリーセン氏は、テクノロジーとビジネスの関係について「ソフトウェアは世界を飲み込む(Software is eating the world)」と表現しました。現在ソフトウェア開発をしていない企業も、今後M&Aなどによって開発に関与することを示しています。
市場が新たなテクノロジーを受け入れる速度は増しています。1億ユーザーを獲得するまでの期間を指標として見ると、2004年にローンチされたFacebookは12カ月、対して2022年に登場したChatGPTは2カ月です。
「ソフトウェアの内製化が進み、Microsoftの使命は変化しています。プラットフォームとアプリケーションの開発というシンプルなビジネスから、クラウドサービスやエンターテインメントなど多様で広範なビジネスへ。その実現のためには、社内オペレーションや企業風土を見直す必要がありました」
Microsoftの開発チームは巨大であるが故、それぞれのセクションが独立した組織のように動いており、ノウハウがセクション内でのみ共有されるという状況が課題でした。
「その課題を解決するため、グループとして統合された開発環境をつくるという組織変革を行いました。合わせて、大規模な働き方改革も実施しました。改革にはもちろんテクノロジーを活用しました。メールの送信数やCC数、ミーティングの出席時間など、個人と組織の働き方をAIによって細かく算出して分析するところから始め、10年かけて不要なタスクを削減し、効率化を図りました。その結果、業績は140%アップしました」
人事と業績評価についても、個人がもたらす「インパクト」を基準とする独自のシステムが組まれています。「個人の成果」「他者の成功への貢献」に加え、特徴的なのは「他者の知見の活用」が含まれている点。組織内のコミュニケーションを促し、ギブ&テイクのカルチャーを醸成する狙いです。
「『常にお客さまを第一に考える』『D&I』『Microsoftは一つ』という3つの柱に基づいた成長マインドセットは、組織により良い変化をもたらします。その変化を社会全体に波及させることが、私たちの目標です」
ここで「AIをはじめとするテクノロジーの進歩が、社会にどのような変化を及ぼすか」というテーマでディスカッションが行われました。受講者からは次のようなアイデアが寄せられました。
野崎氏は「あらゆる業界でAIの導入はポジティブに検討されている」と話します。AIは人類が生み出してきたテクノロジーの中でも、人類の営み全般におよぶ大きな影響力を有しています。
Microsoftは2019年4月、本格的な「AI時代」を見据えOpenAIとパートナーシップを締結しました。OpenAIのミッション――「人工一般知能が人類に利益をもたらすようにする」は、Microsoftのミッションとも相通ずるものがあります。
「現在、Microsoftは既存のあらゆる製品にAI機能を搭載する方向で開発を進めています。キーワードは“Copilot”です。ビジネスを主導する操縦士としてではなく、お客さまのビジネスをサポートする副操縦士としてAIをデザインします」
Microsoftは、年次カンファレンス『Microsoft Build 2023』において、50以上の新製品を発表しました。そのうちの多くがAIを搭載しています。松永は「AIは分析のツールであり、『導入=ゴール』ではありません。いかにしてデータを収集・活用するかという点が重要です。また、非財務情報のような新しい領域のデータを、組織内でどのように扱うかということも探っていく必要があります」と総括しました。
Microsoftは「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」をミッションに掲げ、デジタルを活用した組織改革を行ってきました。確固たるビジョンを基に変革を重ねることでトップランナーの地位を確立しています。現在は、お客さまのビジネスをサポートする新しいAI機能の開発を進めています。