EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
営利企業にとって経済的な成長は最も重要ですが、サステナビリティを度外視していては現代の経営は成り立ちません。経済的な成長とサステナビリティの両立を追求するのが、サステナビリティ経営です。一橋大学寄附講義の第13回では、産業の枠組みを超えたモビリティ社会の構築支援に取り組む早瀬慶が登壇し、サステナビリティ経営の在り方について解説しました。
早瀬 慶
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン ストラテジー パートナー。スタートアップや外資系コンサルティング企業での経験を経て、EYに参画。商用車・物流業界や、複数産業をまたがるモビリティ社会の構築に注力。近年は、中央官庁の自動車領域のアドバイザーやスマートシティー等の国際会議のプレゼンター・プランナーとして社会創生にも携わる。
18世紀の産業革命以来、人類の経済活動が地球環境に及ぼした影響は甚大です。1962年にアメリカの生物学者、レイチェル・カーソン氏が『沈黙の春』で環境問題を告発したことを皮切りに、1997年の京都議定書、2015年のパリ協定と、脱炭素社会に向けた国際的なコンセンサスが形成されていきました。
世界中で脱炭素に向けた動きが加速する中、自動車業界ではエネルギー資源を石油から電気・水素などに切り替えるシナリオが検討されています。しかし、「『電気自動車(EV)にさえすればカーボンニュートラルが実現する』という簡単な話ではなく、カーボンニュートラル=EVという簡略化された図式が名目と実態の乖離(かいり)を招く危険性もある」と早瀬は話します。
自動車を走らせるための電気や水素をどのように生産しているのか、リチウムを採掘する際に環境に悪影響を与えていたり人権侵害に相当する労働基準を設けたりしていないかなど、運用面において考慮すべきことは数多くあります。
「社会全体として真のカーボンニュートラルに向かっているか、エコシステムを構築できているのかを問い直すことが必要です」
アメリカの経済学者、ジョセフ・E・スティグリッツ氏は『欲望の資本主義』(丸山俊一著、東洋経済新報社、2020年)において、経済成長の本質を変え、物質至上主義の経済を脱却する必要があるといった趣旨のことを述べています。
「営利企業として、『経済的に成長をしない』という選択肢はあり得ません。だからこそ、サステナビリティ経営においては“どのように成長していくか”を議論していくことが重要となります」
早瀬は「人新世(アントロポセン)と言われるような新たな時代のサステナブルな経営には、言葉の定義を捉え直し、新しい観点から物事を考えることが必要」と言います。自動車業界における“モビリティ”という単語は、「人が社会的活動のために空間的移動をすること、もしくはその能力」とされ、乗用車を指す場合がほとんどでした。しかし、近年は「多目的の移動手段をつなぐ最適化」「都市計画やその持続的運用の中心としての移動」といった、社会や生活を創り、維持する役割を包括する概念として認識を1つにしなければなりません。
「社会全体の最適化において、外部との積極的なコミュニケーションやエコシステムの形成は必須です。変化していく時代においては、言葉の定義を共有し、目線を合わせながらWin-Win-Win-Happyの実現に向けて議論・実践することが求められます」
一方で、言葉に振り回されて本質を見失うリスクも考えられます。 例えば“Mobility as a Service(MaaS)”は新しい概念ではなく、元来、運送事業者やバス運営者はそれをなりわいとしておりグローバルで見ても、日本こそが最も得意とする領域です。これをバズワードとして、あたかも新たな事業機会=万能な処方箋のように捉えられていることがあまりにも多すぎます。国・地域、業界、個社・個人をまたがった事業モデルや社会モデルを構築する必要があるからこそ、冷静にかつ同じ目線で平仄(ひょうそく)を合わせていかなければなりません。
「“取りあえず連携する”だけでは何も生まれません。どのような世界・社会を創りたいか?創るべきか?を1つにしながら、参画する産官学民それぞれの、WinとHappyを具体的に実現することが、手段型・体験型から、価値提供者分配型のマネタイズモデルへの移行の本質です。欧州などで小さいながらも成功モデルが出始めているように、サステナビリティ経営はボランティアでもプロボノでもないのです」
コンセプトやアイデアが先行し、実際の運用には至らないケースも多くあります。業界の枠を超え、時には競合企業が協力してサステナブルな社会を構築していくために、どのような合意形成が必要なのでしょうか。
社会全体の合意形成に関する3つのケーススタディでは、受講生からは、これまでの学びを踏まえたふかんした視点や出身企業ならではの具体的な切り口、また、メンバー間で議論された斬新なアイデアをベースにしたアプローチが導き出されました。
早瀬は「社会課題を解決すること=サステナビリティ経営、ではありません。社会課題の解決には長い年月と多大な費用がかかります。社会課題の存在を前提にしながら、よりよい社会・世界をいかに創造していくか、そのために自分(たち)はどのような価値提供ができるのか?と捉え直すことが経営者の役割です」と述べ、「サステナビリティ経営においても、ビジネスの原理・原則は変わりません。まずは自社・他社の目標やお客さまのニーズを捉え、Win-Winの取り組みになるよう協議していくことが重要です。コンセプトレベルではなく、現場のファクトや実データを軸に話し合うと、『競合だと思っていた会社の事業と実は協調領域があった』『まったく接点がなかった業界だったが、強い補完関係が作れる』ということがあります」と締めくくりました。
人新世(アントロポセン)と言われる新時代のサステナビリティ経営でもビジネスの原理・原則は同じ。目指す社会像・世界像や言葉の認識を共有し、複数のステークホルダーと産官学民をまたがったWin-Win-Win-Happyの価値提供者分配型のマネタイズモデルを構築することが求められます。