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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を機に、サステナビリティに関する取り組みが本格化しています。米国や中国はすでにクリーンエネルギーをはじめとするサステナビリティ事業に関する国家プロジェクトを策定しており、グローバルな開発競争がスタートしています。一橋大学寄附講義の第11回は、BNPパリバ証券の中空麻奈氏をお招きし、国際情勢や競争力の育成に必要なことについて解説いただきました。
中空 麻奈 氏
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長。1991年慶応義塾大学経済学部卒業、野村総合研究所に入社。1997年からは野村アセットマネジメントでクレジットアナリストとして、社債や国債の分析を行う。モルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券を経て、2008年10月にBNPパリバ証券クレジット調査部長に就任。2020年2月より現職。
サステナビリティへの取り組みは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを機に勢いを増しています。過去10年間のサステナビリティに関する金融市場の動向を見ると、2023年は6月時点ですでに2019年を上回っています。
「サステナビリティ・アジェンダの中でも、とりわけ気候変動の取り組みが活発化しています。企業や金融機関の経営コストに炭素税や排出量規制が加わったことで、クリーンエネルギーなどの供給主体が重要なステークホルダーとして認識されるようになりました」
自動車産業の例を考えてみましょう。2015年の第21回気候変動枠組条約締結国会議(COP21)で採択された「パリ協定」を基に、欧州では「2035年EV化法案」を推し進めています。2035年までにガソリン・ディーゼル車から電気自動車(EV)への乗り換えを進め、2035年以降はガソリン・ディーゼル車の新車販売を禁止する計画です。日本国内においても「新車販売は再生可能エネルギーを用いた電気自動車に限定し、順次ガソリン・ディーゼル車の販売を制限すべき」といった議論も行われています。
しかし、世界中の人々が一斉に電気自動車へ移行するためには、充電時間や充電スタンドの数・場所の最適化など数多くの課題があり、推進の障壁となっています。
2050年までのカーボンニュートラルを目指す上で、迅速な電気自動車への移行という「理想」と、産業全体での運用に残る課題という「現実」に挟まれつつ、自動車産業は歴史的な転換点を迎えています。
「脱炭素の流れによって、自動車産業のビジネスモデルは大きく変容を遂げるでしょう。水素自動車のように、課題解決のためのイノベーションも求められます。現在の“勝ち組”が果たして10年後も勝ち続けられるか、まったく予想がつかない状況です」
サステナブル市場における国同士の競争も激化しています。例えば、EV用バッテリー部材の国別シェア(2023年)は、中国が80%以上と圧倒的です。さらに中国は、2021年からの第14次5カ年計画において、2060年までに実質的な脱炭素化を実現する計画を発表しています。
「日本や欧州は現在、中国からバッテリーを購入しなければ電気自動車を作れない状況です。中国は、先進企業に手厚い支援を行い、早期にコミットメントしたことで、数十年先までの利益を担保するのに成功したと言えます」
また、米国においてはインフレ抑制法(IRA)予算のうち1,610億米ドルを自国の企業に限定したクリーン電力の税控除に割り当てています。
「気候変動問題は一企業で解決できるものではありません。TCFDの提言において、カーボンニュートラルへの移行は企業のコストアップによる価格転嫁を招き、長期的なインフレ要因になることも指摘されています。気候変動問題の解決のためには、国・企業・金融の3者による協力関係を構築することが必要です」
「日本が世界的に突出している分野は水素産業」と中空氏は期待を示す一方、課題を指摘します。
日本政府は2017年にはすでに「エネルギー安全保障、経済効率性、環境への適合と安全性(3E+S)」の実現を目標とする水素基本戦略に着手しています。グローバル規模で国家水素戦略の策定が相次いだことを背景に、2023年6月には水素の導入量など目標値を改定しました。競争が激化する中で、“一日の長”を生かし、イニシアチブを取っていくことが期待されます。日本の水素産業の成功は、「いかにしてトップ企業の技術力を高めていくか」に懸かっていますが、ここに日本の文化的なウィークポイントがあると中空氏は話します。
「日本は平等意識が根強く、業界でトップに位置している企業への国家的な支援は好まれない傾向があります。1社を選んで強化するということを良しとしません。これはさまざまな分野において米国や中国に後れを取る理由の一つでしょう」
エリート企業の不在は、分野全体の戦略の曖昧化を招き、国際的な競争力の低下につながります。サステナビリティ領域で先進国に対抗するためには、テクノロジーの最前線を担う技術的・科学的エリートが率先して強化領域を提示していくことが必要です。
「サステナビリティ領域において、日本は欧州や中国、米国に比べ後れを取っています。しかし、日本はもうダメだと悲観的になることはありません。『どんな強みを育てるか』をエリート企業が提示し、一丸となって取り組めば、競争力は自然と付いてくるはずです」
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を経て、気候変動に関する取り組みを中心としたサステナビリティ市場は急速に拡大しています。先行する米国や中国などに対し、日本が競争力を高めるためには、国・企業・金融の協力体制の構築、業界リーダーによる戦略の明示と業界統率が必要です。