EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
経営にサステナビリティが求められるようになった昨今。しかし、「サステナビリティ」と「企業利益」は、相反するものと考えられがちです。一橋大学寄附講義の第1回では、EY Japanの瀧澤徳也が講師となり、資本主義におけるサステナビリティ経営の立ち位置とサステナビリティ経営への道のりについて解説しました。
瀧澤 徳也
EY Japan マネージングパートナー/マーケッツ兼EY Japanチーフ・サステナビリティ・オフィサー。キャリアの前半は主に日・米の上場企業の監査業務に従事。現在はJapanリージョンのマーケッツリーダーおよび主要なアカウントリーダーとしてJapanリージョンのマーケッツ部門をけん引し、世界中のEYメンバーファームのオフィスと緊密に連携することで、国を越えたマーケットの課題に対応している
世界でトレンド・キーワードに挙がっているサステナビリティ経営。瀧澤は現代の潮流を考える上で、「そもそもなぜ、サステナビリティ経営が世界で必要とされているのか」について理解を深めることが重要だと話します。
「“サステナビリティと利益追求は二律背反の概念である”という考え方からスタートします。つまり、“社会や環境に良いことをしよう”“自社の利益を最大化しよう”という2つの方向性は、これまで資本主義経済において基本的に相反する価値観と考えられてきました」
瀧澤はサステナビリティと利益追求の関係について、自己の利益と社会貢献の2軸で4通りに分けて解説します。社会や環境への配慮よりも自社の売上・利益を優先する「利益偏重」型、利益を度外視して社会・環境課題への貢献を行う「社会貢献」型、自社・社会共に価値創造・提供に失敗してしまう「価値なし」型、そして事業・経営を通じて社会・環境課題への貢献を行う「価値創造」型です。
サステナビリティ経営のためには最後の「価値創造」型を目指さなければなりません。そのためには、サステナビリティへの取り組みが利益につながる必要があります。
「例えば、脱炭素を目的に“ペットボトル製品をリサイクル缶製品にリニューアルしよう”というアイデアがあるとします。経営層が気にするのは、コストを要するリニューアルが売上にどのくらい貢献するのか。ここで“社長、売上にはつながりませんが、社会や環境に良いことです”と主張するのはやはり厳しいと言わざるを得ません。そのため、サステナビリティの理念と営利企業の目的が合致している必要があります」
資本主義は株主価値の最大化を目指します。そのため、伝統的な経営においてはそれ以外のことを考える必要がない、もっと言えば考えるべきではないとも、言われてきました。しかし、近年はサステナビリティ議論の高まりが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響と相まって消費者や従業員のマインドが変わり、その枠組みが変わり始めています。“株主資本主義からステークホルダー資本主義へ”ということが言われており、企業はステークホルダー(利害関係者)の要求に従って、自社のパーパスと長期的価値を市場に提示しなければなりません。
「ポイントは2つあります。1つは、株主資本主義とステークホルダー資本主義を図式的に対比した時に、あたかも後者に株主がいないかのように見えますが、それはあり得ないということです。資本主義である限り、最も重要なステークホルダーは株主です。
もう1つは、資本主義の枠組みを使っているということです」
重要なのは「従業員・消費者」「機関投資家」「基準設定機関および団体」「社会全体の要望」の4者で、現在のグローバル市場においてはいずれのステークホルダーも企業のサステナビリティに向けた取り組みに注目しています。
EYが行っている消費者向けの定点調査では、“割高でもサステナブルな商品を購入する”割合がグローバルにおいて年々高まっており、日本国内に限っても上昇傾向が見られます。実際の数値以上に、継続的な上昇傾向にあることが事業展開を考える上で重要だと瀧澤は解説します。
つまり、“サステナビリティに配慮した商品でなければ売れなくなる”可能性が明らかになってきている、ということです。これからは、前述のペットボトルから缶へのリニューアルが売上に貢献するか否かといった議論の際に、“缶にする方が儲かります”と進言できるようになっていきます。
サステナビリティ事業によって企業が生み出す長期的な価値(Long Term Value)には、一般に無形価値と呼ばれるものが多く含まれています。この無形価値は、現状の財務諸表に載らず、非財務的価値と呼ばれます。企業の評価における無形価値の比重は年々高まっており、2023年度からサステナビリティ情報の開示が義務化されました。しかし、「日系企業の多くが具体的な記載方法に悩んでいる」と瀧澤は話します。サステナビリティの導入に関して、EYが150社以上の大手企業経営層と議論を行う中で浮かび上がってきた課題は4つに大別できます。価値と典型的な論点は次の通りです
多くの企業が開示について悩みを抱えているのが現状です。しかし、ステークホルダーが着目しているのは長期的なビジョン。脱炭素を掲げるのであれば、CO2排出量の現状と目標、今後の改善点などを具体的に提示していかなければなりません。
取り急ぎの開示から着手した経営層の多くも、1年たたないうちに「経営計画から始めた方が良い」ということに気が付きます。これは、1年目の開示を終えた段階で2年目以降の開示が視野に入るためであると考えられます。
そのような中・長期的な視点で取り組むにあたっては、マテリアリティの策定が必要になってきます。SDGsの17の目標すべてに取り組むのは、莫大(ばくだい)な導入コストで経営を圧迫されることが明らかなため、営利企業として現実的ではありません。
「戦略の再構築というのは、17の目標のうちのまず3つだけ決めましょうという場です。ただ、その3つをどのように選定するかが大切。場当たりの計画では実質的にも名目的にも効果がありません。サステナブルな社会構築に寄与できず、ステークホルダーも納得しないでしょう。
ビジネスの業態に応じてマテリアリティは変わります。プラントやファームを有する企業であれば生物多様性、洋上風力発電の羽根を取り扱う企業であればエネルギー開発など、自社が寄与できる目標を定めて、適切に実施することが長期的に見て意味のある開示につながります。そして、その開示はステークホルダーと信頼を構築するのに必ず役立つでしょう」
「サステナビリティ経営」と「利益追求」は、ステークホルダーの要求によって資本主義の枠内で合致します。企業は無形価値(非財務情報)と呼ばれるサステナビリティ経営の生み出す長期的価値を効果的に実現・開示するために、まずは自社の業態に合わせたマテリアリティを策定する必要があります。