EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
CFO(最高財務責任者)は財務価値に基づいて経営戦略を立案・実践できる経営者であり、企業価値を高めるにあたって重要な役割を担います。京都大学寄付講座第13回では、三菱重工業株式会社の代表取締役 副社長 CFOとして財務基盤の強化を実現した小口 正範氏を招き、CFOの役割やCFOに求められる能力などについての講義を行いました。
小口 正範 氏
北海道大学法学部卒。1978年に三菱重工業株式会社に入社。
同社資金部長、経理総括部長、執行役員グループ戦略推進室長、取締役副社長執行役員・最高財務責任者(CFO)などを歴任し、同社の財務基盤を長年に亘り支えながら、経営改革を推進した。
2022年4月国立研究開発法人日本原子力研究開発機構理事長、2023年6月一般社団法人日本CFO協会理事長に就任。
要点
企業価値向上を考える上で、その前提となる「企業経営」について小口氏は次のように定義します。
「企業経営の本質はバランスシート(BS)をコントロールし、最適化することです。ただし、ここでいうBSは財務諸表の貸借対照表にとどまらず、企業が価値を生むための事業基盤を指します」
経営の目的とは社会が求める価値を実現するためにあり、社会が求める価値は相対的なもので常に変化を続けています。「企業価値を向上するには、社会が求める価値を正しく認識し、実現のために自社の方向性を柔軟に変えなければなりません」と小口氏も言うように、求められる価値に合わせて価値提供の手段、ひいては企業経営の基盤であるBSの最適化が重要です。
現在の日本企業は、欧米企業に大きな差をつけられています。その背景として「企業が価値を創造する方法や考え方が本質的に変化したからだ」と小口氏は分析します。
「かつて日本企業はリソースを武器に企業価値を高めていきましたが、リソースが世界的に流動化している現代では、世界の“持たざる者”がアイデアによって価値を創造し勝利する場面が増えています。現代の日本企業に決定的に欠けているのは『経営技術』であり、従来のQCD中心主義(管理中心の経営、成功体験に基づく経営)から脱却して経営技術の高度化を進められるかどうかが成功と失敗の分岐点になるでしょう」
では経営技術とは何か。小口氏は経営技術を「本来は目には見えない経営を“見える化”することです。具体的には、①事業をありのままに理解する、②事業で目指すべきゴールを探して合理的なビジネスプランをまとめる、③ゴール達成に向けた最も効率的な手段を見つける(ベスト・プラクティスの発見)の3点に分けられます。そして、これらを可視化するための手段が財務諸表や各種指標などの数値です」と解説します。
では、企業経営においてCFOはどのような役割を担っているのでしょうか。小口氏は「CFOの最大の役割は企業価値の向上です。経理担当役員とは本質的に異なり、企業価値を高めるために動的に経営の進むべき方向性を社内外に示す必要があります。財務の知識に基づき経営状態を数値・指標で見える化する役割を担っており、経営技術の改善において中心的な役割を担うポジションです。財務業務の延長線上にCFOがあるわけではありません」と話します。
①資本市場と事業市場のつなぎ役
②事業継続(循環)を担保する財政の維持・健全化
③事業ポートフォリオの最適化(リソース配分)
④リスクマネジメント
⑤経営水準の高度化
⑥経営状況の社内外への発信(①の一部)
まず「①資本市場と事業市場のつなぎ役」について、CFOは資本市場に自社の企業情報を発信し資金調達を促すとともに、資本市場からの見え方を社内に反映させ、事業と財政のバランスを維持する役割を担っています。
「資本市場と事業市場をつなぐには、事業や経営成績を客観的に見るための適切な内部事業評価制度が不可欠です」と小口氏は話します。
続いて「②事業継続(循環)を担保する財政の維持・健全化」について、小口氏は自身の経験を基に次のように述べました。
「三菱重工はリーマンショック後に極端に悪化した財政を立て直すために、それまでのPL重視の経営からキャッシュ・フロー重視の経営へ転換を図りました。キャッシュ・フローを早期に改善するために実施したのがBSの効率化です。運転資金とキャッシュ・コンバージョン・サイクルを見直し、安定的なフリー・キャッシュ・フローを創出しました。まさに経営技術を活用して革新した例といえます」
また、「③事業ポートフォリオの最適化(リソース配分)」もCFOの重要な役割です。製品事業には必ず寿命があり、時間の経過とともに劣化します。しかし、長期的にリソースを投入してきた歴史や携わる社員のことを考えると新陳代謝は簡単ではなく、周囲を納得させて、適切なリソース配分を行い、事業ポートフォリオを最適化していくことが重要です。
「最適化するためには事業の“見える化”が必須であり、そのために導入したのが『戦略的事業評価制度』です。戦略的事業評価制度は各事業を点数化して客観的に格付けするための仕組みで、マーケットの状況や自社のポジションなどから算出した『事業性』と、事業ごとのBS・PL・CFから財務状況や投資の投入先と返済リスクなどを分析した『財務健全性』の両軸で事業を数値化。このマトリクスをもとに、ポートフォリオの組み換えを推進し、財務基盤を確かなものにしていきます」(小口氏)
経営の見える化は企業がその後のアクションを選択するために必須であり、またキャッシュの状況まで可視化できれば株主や投資家に対して財務戦略を説明する際にも非常に有用と小口氏は話します。
小口 氏 京都大学 EY Japan 寄付講座講演資料「企業価値向上とCFOの役割」より抜粋
「企業価値の維持・向上はリスクマネジメントにかかっています」と小口氏も話すように「④リスクマネジメント」も重要な役割です。
リスクマネジメントですべきことは、リスク因子をできるだけ早く察知する手段を用意することと、独自のリスク分析手段を持っておくことの2つです。事業リスクは企業のストラテジー・カルチャー・プロセスの各レベルに存在し、そのレベルによって対処するメンバーの階層が異なります。これまでの一般社員がメインのリスクマネジメントから脱却し、リスクによって適切な階層が対応できるよう、リスクプロファイルを明確化しておく必要があります。
最後に「⑤経営(技術)水準の高度化」について。「企業の経営状況を把握するには、数値化が不可欠です。企業ごとに着目すべき点は異なるため、自社を適切に評価するKPIを見つけることが重要です」と小口氏は話します。
「三菱重工では約10年間かけて、経営水準の指標を高度化してきました。経営水準の指標は将来に向けた課題を知るためのものです。そもそもPLは過去の経済活動の状況を示す指標に過ぎず、CFは2、3年先まで伺い知ることができるものの、課題を必ず指し示すものではありません。将来の課題を知るにはBSの分析が大切ですが、良いBSと悪いBSの判断がつかず分析するのが困難です」
そこで小口氏が生み出した指標がTOP(Triple One Proportion)です。TOPでは「売上」「総資産」「時価総額」の3つが1:1:1の関係でバランスを取れていれば成功している状態、崩れていれば課題があると判断します。
「この指標は顧客、従業員・パートナー、投資家といった各ステークホルダーと社会のニーズに持続的・調和的に応えるためのものであり、事業市場・資本市場・自社(経営基盤)に対する“新しい三方よし”の考え方といえます」
ではCFOになるためにはどうすればよいでしょうか。
「企業価値向上のために有力な経営者として自立し、結果に対する責任を負うことがCFOとしての第一歩です。財務のみを突き詰めて守りに入り、経営への抵抗勢力となる状態から脱却できるかが大きな分かれ目です」と小口氏は話します。
その上でCFOとして必要な資質は「経営を数値で語れる」「不都合な事実から目をそらさない」「不要な忖度をしない」の3点。CFOはマイナス面を指摘する機会が多く、 “嫌われ者”になりやすいポジションです。だからこそ社内をリードするためには、周囲を納得させるための武器が必要となります。
「私の場合は、①事業を客観的に見るための『戦略的事業評価制度』、②適切なリソース配分をするための『リソース配分委員会』、③財政を健全化するための『CF重視の経営』の3つを三種の神器として活用していました」と小口氏。
最後に「経営改革を成功させる秘訣は、他のコーポレート部門や事業部門のことを理解し、多くの人たちから信頼してもらうことです。そのためには物事の本質を見極める能力(How to Think)、課題・対策を多くの仲間と共有する能力(How to Communicate)、課題解決のためのアクションを起こす能力(How to Execute)の3つが必要です」と述べ、講演を締めくくりました。
制度設計と現実の違いを知り、資本主義の殻をかぶった本邦株式会社制度の虚構を認識することで、サステナビリティやパーパス経営といった非財務関連施策の成否もおのずと見えてくると思います。
一方、企業内部では理論的な基礎をベースとしつつも、人間的な要素や情勢判断を加えることが経営手腕の発揮しどころとなります。