第2回 京都大学寄附講義 顧客価値:顧客価値のグローバルトレンド

京都大学寄附講義

顧客価値の6つのトレンドと、今後の顧客価値向上に必要な3つの視点


第2回 京都大学寄附講義
顧客価値:顧客価値のグローバルトレンド

企業は今後、顧客価値、人材価値、社会価値、財務価値を開示していくことで、自らの会社の価値を示していく必要があります。4つの価値を正しく理解することが、適切な開示を行う上で必要不可欠です。京都大学寄附講義第2回では、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの戦略コンサルタントである小林暢子が、4つの価値の一つである顧客価値のグローバルトレンドについて講義を行いました。



小林 暢子

小林 暢子

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダー。クロスボーダーを強みとする戦略コンサルタントとして活躍し、戦略コンサルティングの立場からEYの提供価値を高める役割を担う。また、執筆、メディア出演、外部会議への参加を通じて、EYの見解の発信も行う。




要点

  • 嗜好(しこう)の多様化、時間価値の向上、社会的責任の意識、デジタル化の加速の影響を受けて日々変化する消費トレンドが、顧客価値の変化につながる。
  • 顧客価値は、パーソナライゼーション、新たな顧客体験の訴求、「私に良いこと」から「皆に良いこと」、Life Time Value、マルチチャネルの活用、ダイナミックブライシングの6つの視点から分析できる。
  • 顧客価値の向上を目指すには、機械化と人間性のバランス、コミュニティ型の顧客体験、時間の使い方の二極化を考慮する必要があると思われる。



1. 現代における「顧客価値」をどのように読み解くか

現代における「顧客価値」をどのように読み解くか



1 現代における「顧客価値」をどのように読み解くか

企業の価値を決める顧客価値、人材価値、社会価値、財務価値という4つの価値。中でも企業価値にダイレクトに関わってくるのが「顧客価値」です。近年、「顧客価値」に影響を与える生活者トレンドは大きく変化しており、「その根底には『嗜好(しこう)の多様』時間価値の向上』『社会的責任の意識』『デジタル化の加速』という4つ傾向がある」と小林は指摘します。

「例えば、皆が同じ流行歌を覚えていた時代から一人一人好みのアーティストを探すという『嗜好(しこう)の多様化』が1点目。2点目は、忙しい現代社会の中でどのように充実した時間を実現するかという『時間価値の向上』。3点目は、自己の欲求を満たすだけでなく、社会にとってより良い消費を志向する『社会的責任の意識』。4点目は、『デジタル化の加速』によるサービスや購買行動の変化です」

その上で小林は、現在の顧客価値のグローバルトレンドを探る上で重要な視点が6つあると言います。それは、「パーソナライゼーション」「新たな顧客体験の訴求」「“私に良いこと”から“皆に良いこと”へ」「Life Time Value」「マルチチャネルの活用」「ダイナミックプライシング」です。



2. 顧客価値のグローバルトレンドを探る6つの視点

顧客価値のグローバルトレンドを探る6つの視点



パーソナライゼーション — 生活者個々のニーズに応える“あなただけの”商品・サービス

2000年頃の生活者マーケティングでは、フィリップ・コトラー氏が唱えたSTP理論などを基に性別や年齢、収入、居住地など、大きなセグメンテーションで分類することが基本でした。

しかし、時代と共に生活者の価値観は多様化し、ライフスタイルやパーソナリティー、趣味や志向など、より細分化して顧客を捉える考え方が生まれました。そして現在は、テクノロジーを活用しデジタルデータから生活者個々の好みやニーズを捉えることが理想的であるという考え方に変化してきています。

「バックグラウンドも個性も異なる個々の生活者をマーケティングの都合でひとくくりにしてしまうことの限界と言えます。近年は、企業が顧客個人のニーズや悩みに直接アプローチしていくパーソナライゼーションが主流となり“あなただけのために”という商品やサービスが増加しています。

とはいえ、究極的にパーソナライズしていくことが必ずしも正解ではありません。人には、人と違いすぎるものを避け、他者と同じものを欲しがるといった習性があるからです」
 

新たな顧客体験の訴求 — 体験価値を重視する“コト消費”

いわゆる“モノからコト”への変化で、モノの機能的価値よりも情緒的価値や自己表現価値を重視するという流れです。2010年頃にタバコやお酒、ゲームなどの業界から端を発し、現在、「自らの経験価値に対し今後はより多くのお金を払っても良い」と答える人の割合は、グローバルで増加しています。中でもミレニアル世代やZ世代は、特に体験価値を重視するという調査結果もあります。
 

“私に良いこと”から“皆に良いこと”へ — 社会的価値を優先する消費

「良いモノをより多くの人に届けることで企業も人も豊かになる」という考えから、短期的な利潤を追求する従来の企業経営の副作用は2000年頃から指摘されていました。その在り方を見直す動きに伴い、企業の商品やサービスは環境や社会に良い影響を与えるものへ、生活者の消費傾向は社会全体の幸福を考える傾向へとシフトしています。

「次の世代に、より良い地球を残すという大きなパーパスの下、企業も生活者も社会的価値を優先する機運が高まっています。これを顧客価値に置き換えると、『自分の欲求を満たす短期的な喜びから、他者や次世代も含めた長期的な幸福を考える』という“利己から利他”へと意識が変化していると言えるでしょう」

とはいえ、人は意識と行動に差が出てくるもので、意識はしていても消費行動が変わるかというと必ずしもそうではありません。しかし、グローバル調査の結果では、若者を含めた全世代の多くの回答者が、「環境や社会への影響が商品を選択する大きな理由になる」と回答しており、消費行動が変わり始めています。

自然環境や社会課題に対する生活者の意識の変化を受け、日用品を扱うある企業は、サステナビリティを中心としたパーパスを掲げ、商品をコアとしたイベントやキャンペーンなどを通じて消費行動につなげようと取り組んでいます。

「ただ、こうした社会的価値や環境的価値を重視する取り組みは、投資家へのリターンと両立するかどうかという根源的な難しさに直面しています」と小林は指摘します。
 

Life Time Value — 企業と顧客の持続的な関係づくり

Life Time Valueは、保険やクレジットカードのような継続性のある商品・サービスの業界では以前からある考え方でしたが、近年はデジタル技術の進化を背景に消費財等の業界でも注目されています。

また、サブスクリプションサービスは、企業にとっては顧客と長期的に関係を築きながら安定的な収入を確保しデータを蓄積できるというメリット、生活者にとっては個人だけでは得られないサービスを安価に得られるというメリットがあり、企業・生活者双方で利活用が広がっています。

「サブスクリプションサービスは、利用者の購入金額が他の販売チャネルの顧客より多い傾向があることなど、企業にとって大きなメリットがあります。一方で、利用を止めた利用者に対する理由の調査や再アプローチといったフォローアップは不十分な企業が多い点は課題です」
 

マルチチャネルの活用 — 顧客との接点を逃さない

現代のマーケティングは、オンライン対オフラインという構図ではなく、顧客がさまざまなチャネルを通して商品との接点を持てるマルチチャネルという考え方が主流です。

スマートフォンの普及により、常にオンラインとオフラインの両方から情報を得ている生活者に対して、どのようにリーチしていくかは多くのBtoC企業の課題です。カスタマージャーニーにおいては、認知、試用・体験、購入、顧客ロイヤルティーの向上まで全てのステップでオンラインとオフラインの強みや特徴を活用しながら顧客価値の向上を図っていく必要があります。
 

ダイナミックプライシング — リアルタイムの需給状況に応じて価格を最適化

ダイナミックプライシングは、固定価格ではなく需給の変化に合わせて価格を最適化させるというものです。日本では “良いものを安く売る(買う)”ことが重視されるため、日本企業が苦手とする手法とされています。

「日本には、“良いものを安く”という価値観が深くまで浸透しています。しかし、“適正価格”をより重視しなければ、海外先進国との経済的な格差は今後ますます広がっていくでしょう」と、小林は危機感を示します。

ダイナミックプライシングは、遊園地の入場料やコンビニの電子タグでの価格表示などで導入例がある一方、値上げとして捉える生活者も多く、導入に慎重な企業が多いのが現状です。



3. 顧客価値向上に必要な3つの視点とは

顧客価値向上に必要な3つの視点とは



「顧客価値」の6つのグローバルトレンドを踏まえた上で、小林は、今後の顧客価値向上に必要な視点として次の3つを挙げます。

1つめは「機械化と人間性のバランス」。AIなどの進化により、人間にしかできないことや人間性の価値を突き詰めて考える必要が出てくるでしょう。

2つめは「コミュニティ型の顧客体験」。共感した顧客同士がオンラインでつながり、メッセージを発信したり行動を起こしたりしていく。そのようなデジタルに支えられたコミュニティ型の顧客体験が盛り上がっていくと考えられます。

3つめは「時間の使い方の二極化」。今後、時間を掛けずに効率的にやりたいことと、あえて時間を掛けたいことの分別が進むと考えられます。例えば、食事の時間の使い方として、完全食やスローフードのような極端なトレンドが生まれる可能性があります。
 

ワークショップ — 清涼飲料自販機の売上回復施策を考える

受講者とのワークショップのテーマは、「清涼飲料メーカーの自動販売機チャネルの売上回復施策を考える」。コロナ禍で外出が減り、自動販売機の売上が減少したものの、顧客と直接つながる高収益な販売チャネルとして維持したい。新たな自動販売機の在り方や顧客価値の創出方法について、現状の自動販売機市場に関するデータを基に考えていくというもの。

受講者からは「アニメなどとコラボしたオリジナルドリンクの販売をする」というパーソナライゼーションを導入したアイデアや、「季節ごとのデータを集めて、季節によって価格を変動させることで、コンビニとの差別化を図る」というダイナミックブライジングを導入したアイデアが出ました。小林は賛同するとともに、「日本企業全体がもっとそれらのアイデアを導入すべき」と付け加えます。

「データを収集することと活用することには大きな差があります。膨大なデータからどのようにインサイトを得て開発に生かすのかという“収集後の道”を整備していくことは、多くの企業にとって課題です」



サマリー

顧客価値は、企業の価値を決める4つの価値の一つです。顧客価値のグローバルトレンドを把握するには、パーソナライゼーション、新たな顧客体験の訴求、『私に良いこと』から『皆に良いこと』へ、Life Time Value、マルチチャネルの活用、そしてダイナミックプライシングという6つの視点が重要となります。



京都大学経営管理大学院「パーパス経営」に関する寄附講義

 

京都大学経営管理大学院にて2023年度前期に開講した寄附講義「パーパス経営」の講義レポートをお読みいただけます。


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