第7回 京都大学寄附講義 社会価値:プロボノ活動が企業や従業員にもたらす付加価値

京都大学寄附講義

財務・非財務価値の両面から企業価値向上に貢献するプロボノ活動


第7回 京都大学寄附講義
社会価値:プロボノ活動が企業や従業員にもたらす付加価値

社会貢献活動の一つであるプロボノ活動。近年では、活動自体の成果だけではなく、活動を通して従業員や企業価値への効果もあることが明らかになっています。京都大学寄附講義第7回では、EYのCSRプログラムである「EY Ripples」でJapan Sponsoring Partnerを務める日向野 奈津子がその効果について講義を行いました。



日向野 奈津子

日向野 奈津子

EY Ripples Japan Sponsoring Partner。外資コンサルティングファームのITコンサルタントを経て、2006年よりEYに従事。総合商社のコンサルティング業務を行いつつ、2018年にEYのCSRプログラムであるEY RipplesのJapan Sponsoring Partnerとして日本の社会貢献活動の組織を立ち上げる。




要点
  • 企業のプロボノ活動は非財務資本の価値を向上させ、企業価値向上に貢献することができる。
  • プロボノ活動に参加する従業員は企業に対するエンゲージメントを高めることから、生産性や利益率を改善させ、結果的に財務資本の価値向上にも貢献する。
  • 社会貢献活動のアウトカムは、社会的投資収益率(SROI)やロジックモデルを使って測定することができる。



1. プロボノとボランティアの違い

プロボノとボランティアの違い



「プロボノ」と「ボランティア」は、どちらも社会貢献活動を表す言葉ですが、その範囲は異なります。

ボランティアは自らの意思で志願して行う活動のことで、日本では一般的に公共性の高い社会への奉仕活動に対して用いられます。「チャリティー」と言われることもあり、必ずしも高い専門性が必要ではなく、比較的参加ハードルの低い活動を指します。

プロボノは、ラテン語で「公共善のために」を意味する「Pro Bono Publico」の略で、各分野の専門家が職業上有している知識やスキルを無償で提供し、社会に貢献するボランティア活動を指します。

つまり、プロボノは、専門的な知識やスキルを用いるボランティアということです。


プロボノとボランティアの違い


2. プロボノが企業価値にもたらす効果とは

プロボノが企業価値にもたらす効果とは



企業価値は、事業の価値を金額で表したもので、事業価値と非事業価値に分けられます。また、企業価値は、有利子負債と株式時価総額の合計と一致します。これらはいずれも会計数値で説明できるものです。しかし近年は、会計基準に基づく財務諸表の数値だけでは企業価値を把握するには不十分と言われ、非財務資本(知的資本、製造資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)の重要度が高まっています。書籍「BARUCH LEV , FENG GU , The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers(Wiley,2016)」では、過去100年ほどで財務報告書が資本市場の意思決定においてあまり役に立たなくなったと主張しています。また、「2017年のIMA(Institute of Management Accountants)の機関紙では、S&P500マーケットバリューにおける無形資産価値の割合は、1975年の約2割から大幅に増加し、2015年には約8割に達したというデータを掲載しています。このような流れは、非財務価値革命やESGブームを引き起こしていると考えられます」

ESGと企業価値の正の相関関係は、企業の実感とも一致します。2015年のアンケート調査では、ESGと企業業績の関係をポジティブに捉えている企業が48%と約半数を占め、ネガティブと回答した企業はわずか10%です。プロボノを含むE・S・Gそれぞれのカテゴリーにおいても約55〜60%が企業業績にポジティブであると捉えており、4〜9%のネガティブ派を引き離しています。

「しかし、ただやみくもにESGを実行すれば業績が上がるのかというと、そうではありません」と日向野は話します。例えばESGの一部であるCSRに中途半端に取り組む企業は、市場の評価もそれほど期待できないため、CSRに費やしたコストも回収できないという非効率な状況に陥ってしまいます。CSRに取り組むのであれば、しっかりと長期的な視点を持った上で活動を続けなければ、期待する成果を得ることはできません。

長期的な視点でプロボノ活動に取り組むことで、非財務資本の価値を向上させ、企業価値向上という流れを生むことができます」



3. EYが実践する4つのプロボノ事例

EYが実践する4つのプロボノ事例



EYは、以前からプロボノ活動に積極的に取り組んでいます。

「EY Ripples」は、「2030年までに10億人の生活にプラスの影響をもたらす」という目標を掲げて活動しています。全世界の人にとって社会的に公正で、経済的に誰も取り残さず、環境的に再生可能な未来に向けて、3つの領域――「次世代教育・就労支援」「社会的に影響力のある起業家との協働」「持続可能な環境への取り組み」にフォーカスして取り組みを推進しています。これらの活動は、基本的にEYメンバーの知見・スキル・経験を生かして行われることがポイントです。

EYの取り組み実績の一例として、ケニアのBOP(Bottom of the Pyramid)と呼ばれる貧困世帯に向けて太陽光ライトを提供する社会起業家の「M-KOPA(エムコパ)」社に対する支援事例があります。彼らは、ケニアの識字率の向上、学習機会の増大、貧困の再生産の抑制などを目的として、所得が低くても太陽光ライトを低額で購入できるようにするマイクロファイナンスを行い、EYはその運用の合理化やコスト削減などを支援しました。

同じく、起業家への支援では、女性アスリートの引退後のセカンドキャリアとしてビジネス分野への挑戦をサポートする「Women Athletes Business Network(WABN)」や、次世代教育支援としては、米国の低所得層学生向けの高等教育支援を行う「カレッジMAP(Mentoring for Access and Persistence)」というプロジェクトを作り大学進学を応援するメンタリングを行っています。

また、日本でもEYは毎年、ビジネスの専門家として中高生向けに起業体験プログラムを提供するなどの活動をしています。

「生徒たちは会社設立のために事業計画書を作り、大人に向けてプレゼンしファンドを得て架空の会社を起業します。文化祭では生徒たちが考えた商品をこの会社を通じて販売し、その後に決算処理をします。最後に株主総会で解散決議をするところまでやり抜きます。この起業体験をした生徒の中から、学生のうちに起業した方も輩出していて、私たちは大変やりがいを感じています」



4. 従業員にとっても価値があるプロボノ活動

従業員にとっても価値があるプロボノ活動



「プロボノは社会だけでなく、従業員にとっても価値があります」と日向野は話します。

「EY Ripples」に参加した従業員を対象に実施したアンケートでは、「プロボノ活動に参加することで自社のパーパスへの理解が深まり、自身や他者の生活へポジティブなインパクトを与えられた」と約9割が回答しました。具体的には、「活動において自身のスキル・知見・経験を生かせた」「活動を通じて、通常業務では得られないコミュニケーションスキル、ネットワーク構築スキルなどの新たなスキルを身につけられた」といった意見が挙がりました。全体としては、プロボノ活動を通じてEYのメンバーそれぞれが自分より大きな価値に対する責任感、誰かの役に立ち必要とされているという自己効力感を得ているということが分かりました。

アンケートの結果からは、プロボノ活動が従業員の会社に対するエンゲージメント向上に大きな効果があることが分かります。そして、エンゲージメント向上は、離職率の低減や採用コストの削減などにつながります。欧州の大手IT企業の発表では、従業員の定着率が1%変動することで営業利益に8,100万米ドル(この企業の年間の営業利益の約1.6%)の影響があると見積もっています。またギャラップ社は2020年の調査で、最もエンゲージメントが高い企業グループと低い企業グループの間では、利益率で23 %、生産性で18 %の違いがあると報告しています。

つまり、プロボノ活動は非財務資本の価値を向上させるだけでなく、従業員のエンゲージメント向上を通じて財務資本の価値も向上させ、財務/非財務の両面で企業価値向上という効果をもたらします。



5. 社会貢献活動の効果を測定する方法

社会貢献活動の効果を測定する方法



では、社会貢献活動によって生み出された便益も、定量的に測定することができるのでしょうか。

社会貢献活動が最終的にもたらすインパクトの大きさは、社会的投資収益率(SROI)を使って測定することができます。SROIを求める際、社会貢献活動によって達成された社会成果アウトカム(総便益)を、その投入コストであるインプット(総費用)で割ります。これは米国のベンチャーフィランソロピーファンドであるRoberts Enterprise Development Fund(REDF)が、非営利組織が創出する社会的価値を評価し、資金助成や支援活動の指標とするために開発した手法です。

インプットやアウトカムを具体化する方法としてロジックモデルを紹介します。まず社会貢献事業が目的とする変化や効果を「アウトカム」とします。そのアウトカムを生み出すモノやサービスを「アウトプット」とし、そのモノやサービスを提供する「活動」を行い、その活動に必要な資源(ヒト・モノ・カネ)を「インプット」として算出します。

「ロジックモデルを作成する場合は、事業目標を基点に考え、目標達成のためのアウトカムから最終的に必要な資源であるインプットを明確にする流れとなります。また、アウトカムがアウトプットの受益者本人以外におよぶケースもあるため、インパクトの大きさをふかんしてロジックを組む必要があります」

このように、社会貢献活動の効果を定量化することは、限られたインプットでもアウトカムを最大化するにはどの活動を優先的に行えば良いか、意思決定に役立てることができるのです。



6. ケーススタディ:地域に根差した大学スポーツイベントのアウトカムは?

ケーススタディ:地域に根差した大学スポーツイベントのアウトカムは?



受講者とのワークショップのテーマは、「大学スポーツ定期戦にはどのようなアウトカムがあるか?」。その事業目的を「スポーツ文化が社会に根付き、社会課題の解決に貢献する」と設定し、アウトカムを具体化しました。

受講者からは、「地域の学生の健康・体力の向上だけでなく、エンターテインメントとして地域社会の活性化やビジネスによる経済効果が期待できる」「地域の知名度を高めることができ、居住者の呼び込みにつなげることができる」「スポンサー企業のイメージ向上になる」などのさまざまな効果に対する発言がありました。

「このような地域イベントは、ソーシャルキャピタルという地域コミュニティにおける人々の信頼関係を高めることができます。ソーシャルキャピタルは、プロボノによって価値を高められる企業の非財務資本と同様に、地域そのものの価値を高める点で活用が期待されています」



サマリー

プロボノ活動は非財務資本の価値向上につながるだけでなく、従業員のエンゲージメントを向上させることから、離職率の低減によるコスト削減につながり、結果的に利益率、生産性の改善をもたらします。社会貢献活動のアウトカムは測定することが可能であり、アウトカムの大きさを比較することにより、どの活動に資源(インプット)を投入するか判断します。



京都大学経営管理大学院「パーパス経営」に関する寄附講義

 

京都大学経営管理大学院にて2023年度前期に開講した寄附講義「パーパス経営」の講義レポートをお読みいただけます。


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