EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス)は、人的資本経営において重要な意味を持ちます。しかし日本では、女性や障がい者、LGBTQ+などのキャリア課題に対する理解や活躍支援が十分ではありません。京都大学寄附講義第10回では、15年以上にわたってDE&Iに取り組む梅田惠が、日本におけるDE&I実現に向けての講義を行いました。
梅田 惠
EY Japan DE&I リーダー。新卒で外資系IT企業に入社し、広報や人事を経験した後、2007年からDE&Iを専任で担当。フレックス短時間勤務、女性管理職向けリーダーシッププログラムなど、さまざまな先進的な人事制度やプログラムの開発を行う。2019年10月 EY Japan株式会社入社。
要点
世界経済フォーラム(WFF)が発表するジェンダーギャップ指数で、日本は2023年、125位とワースト記録を更新しました。この指標からもわかる通り、日本のDE&Iは後れています。
DE&Iは、D&IにEquity(公正)を加えた考え方で、ここ10年は特にInclusiveness(受容)が重視されています。このインクルーシブネスに関する調査でも、日本は韓国と並んで最下位層に位置しています。今回は、どうすれば日本のDE&Iが進むのかを考えます。
歴史をひも解くと、DE&Iの取り組みが始まったのは1990年代前半の米国です。IT革命による市場の劇的な変化によって、多くの巨大企業が変革や再編に追い込まれたことに端を発しています。背景には1960年代の公民権運動の影響もあり、「Blue eyes, brown eyes」から「Black Lives Matter」まで続く人権問題が、DE&Iの考え方や概念に組み込まれていきました。
「業績の落ちていたIBMは、1993年に経営トップに就任したルイス・ガースナーが従業員を30万人から11万人に削減する大規模な人員整理を行いました。そして、男性中心で同質的な組織を変革するため、DE&Iを意識した採用を行うことで組織を再編し、立て直しに成功しました」
現在、日本が国を挙げて推進している人的資本経営はDE&Iそのものです。人を資源(リソース)から資産(タレント)へと転換する人的資本経営の代表的指標の多くが、DE&Iマネジメントに関わる指標と同じだからです。
人的資本経営の最大の目標はイノベーションの創出です。また、DE&Iの価値は多様な人材が活発な議論や多彩なアイデアを生み出すことで、これはイノベーションに不可欠なものです。この点からも、DE&Iと人的資本経営は密接な関係にあると言えます。
しかし、イノベーション能力を分析・評価するグローバル・イノベーション・インデックス(GII)の世界ランキングで、日本は13位と低い水準にとどまっています。DE&I発展途上国である日本が人的資本経営を推進するためには、本気でインクルーシブネスに取り組む必要があることがわかります。
イノベーション創出においては日本企業が持つ次のような「強み」が裏目に出ていると言われています。
梅田は、「『日本のDE&Iが進めば人材交流が活性化し、日本企業は必ず成長する』。諸外国はそう認識しています」と話します。
DE&Iを進める上で特に重要なのが、人権の尊重です。これまで日本企業の多くは人権問題にしっかりと向き合ってきませんでした。
現在、グローバル企業には、従業員の人権はもちろん、サプライチェーンに関わるすべての人の人権を尊重することが求められます。自社が人権を侵害しないというだけでなく、人権侵害を引き起こしたり助長したりしている国や地域、企業と取引しないことも責任の一つです。
また、10年ほど前からグローバル企業を中心に、女性や障がい者、LGBTQ+の当事者が経営する企業からの調達を推進する「サプライヤーダイバーシティ」という取り組みが進んでいます。マイノリティがリードする会社を積極的に育成することで、女性やマイノリティの起業家を増やす狙いがあります。
障がい者への対応も変化しています。今までは、障がい者が日常・社会生活で受ける制限の原因は個人の心身の障害にあるとする「医学モデル」が一般的でしたが、現在は、個人の障害だけでなく、社会のさまざまな障壁と相対することによって生じるという「社会モデル」にシフトしています。このような考え方がさらに広まることで、特定のマイノリティだけをサポートするのではなく、マジョリティを含む多様性に対応できる社会が見えてきます。
「DE&Iの意味するところや位置付けが変化する中、DE&I推進担当に求められるものも高度化・複雑化しています。経営企画(ストラテジスト)として、採用・人材育成・労務担当として、広報・マーケティング・営業担当として、さらにはLGBT理解増進法への対応といった法務担当としてなど、その役割は多岐にわたります。
今後はより多くの企業がDE&Iを経営課題と認識するようになり、チーフ・ダイバーシティ・オフィサー(CDO)といった専任の役員を置くところも出てくるでしょう」
日本にはDE&I推進を阻むさまざまな課題があります。
女性の社会参画に関しては、2023年に発表された最新のジェンダーギャップ指数は世界146カ国中125位で、特に政治や経済分野で活躍する女性の割合が低いのが特徴です。労働者に占める女性の割合は44.5%と半数近いものの、非正規社員の割合が54.5%と高く、生涯賃金(大卒)の男女の差は5,600万円というデータもあります。
「日本ではかつて、四年制大学で学ぶ女性は少なく、男女で初任給が違うのは当たり前、女性従業員は“25歳寿退社、30歳定年”などと言われていたそうです。そうした状況を変えるきっかけとなったのが、1985年の男女雇用機会均等法制定です。それ以降、四年制大学で学ぶ女性を企業が積極的に採用するようになり、それに応じて四年制の大学に進学する女性も増えていきました。
この一例からわかるのは、LGBTQ+の当事者が法律の改正や制定を求めているのは、法律の影響力を認識しているからだということです。法律の未整備は課題の一つです」
世界人口の15%を占め、「世界最大のマイノリティ」と言われる障がい者の問題も大きな社会課題の一つです。彼らの平均月収は健常者の約半分で、企業の雇用率は2.15%、大学在籍率も全体の約1%と低い水準となっているのが現状です。
「以前、米国人の上司に『日本はなぜ障がい者に対して国家的差別をしているのか?』と問われたことがあります。世界から見ると、それほどまでに日本の障がい者を取り巻く状況は深刻です」
LGBTQ+に関する課題も重要度が高まっており、最大の問題はその存在が国に認められていないという点です。ほかにも、議論をする上での適切な日本語がなかったり、世代によってLGBTQ+に対する理解度が大きく異なっていたり、LGBTQ+に対する平等法がなかったりと課題は枚挙にいとまがありません。その結果、海外の優秀な人材が日本で働くことを敬遠したり、日本の優秀な人材が海外に流出してしまったりといった事態が起きており、これらはいずれ人的資本経営の大きな障壁になるはずです。
また、これらの課題が複雑に絡み合うインターセクショナリティについても議論になっています。米国で黒人女性が人種差別と性差別を理由に不当に解雇されたとして起こした裁判では、企業が黒人男性労働者も白人女性も雇用していると主張し勝訴しています。このように複数の問題が交差した場合についても考慮に入れる必要があります。
ただし、ダイバーシティの裾野が広がるほど価値観は多様化し、その結果、生きづらさや違和感を覚える人も増えていくというアンケート結果もあります。DE&Iは特定のマイノリティのためだけでなく、あらゆる人に対応するための概念であることを再認識することも重要です。
EYが掲げるDE&Iは、Inclusiveness(受容)をゴールと位置付けています。高いパフォーマンスを発揮する上で、チームメンバーの違いを生かす環境と、一人一人のメンバーが尊重される心理的安全性を重視しているため、“状態”を示すインクルーシブネスをゴールとしています。もしゴール設定をダイバーシティとしてしまうと「意思決定層を多様化するために女性管理職を増やす」という目標が、単に「女性管理職を増やす」というミスリードにつながるので注意が必要です。
また、ダイバーシティとは「違い」のことであり、EYは外見から認識できる違いだけでなく、目に見えない違いも含めたあらゆる「違い」をダイバーシティの対象として捉え、社員全員に「違い」があると認識しています。
その「違い」をインクルーシブネスな状態にすることは、調和、同調、同化させることとは異なります。インクルーシブネスは、それぞれの「違い」を尊重し合い、それを生かせる環境や状態を意味します。つまり、混ざり合って一つの味を作るミックスジュースではなく、個々の食材の味わいが生きるミックスサラダが理想の状態です。
見落とされがちですが、インクルーシブネスの実現には個性の発揮を支援するエクイティも必須です。以前はすべての人に平等な機会や支援を提供することが重要とされていましたが、今はそれぞれの人の個性に合ったサポートが求められる時代になりました。
EY内で管理職を希望する人は男女ほぼ同率です。ただし、将来到達したい職位は女性の方が低いという結果が出ています。この結果には、ロールモデルが存在しないことや難易度の高い仕事を任されていないと感じていることなど、さまざまな要因があります。
女性がキャリアアップにつながる「ホットジョブ」に就いたとしても、男性と女性で予算が異なったり、男性がリードするプロジェクトの方がメンバー数や役員との接点が多かったりするのも現実です。
職場にこのような人権問題が存在することが日本の労働力や競争力を落としている一因です。直接的な差別だけでなく、構造的差別や文化的差別からも目を背けず、きちんと理解して対応していく必要があります。
また、差別は悪意のない人々によって生み出されているケースも多く、これはアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)やマイクロアグレッション(無意識の差別)と呼ばれています。多くの場合はマジョリティ側の人間が自らの立場を自覚していない、つまりダイバーシティを理解していないことによるものなので、マジョリティの人が無自覚に得ている特権を可視化することが大切です。
「差別をなくし、真にDE&Iを実現するには、自らチェンジリーダーとなって行動を起こすことが重要です。その行動が30年後、50年後に世の中を変える力となります」
DE&Iが組織に真に浸透することによって、人的資本経営の実現、ひいてはイノベーションの創出につながります。そのためには、特定のマイノリティだけではなく、あらゆる人の違いを認識し、それぞれの個性を生かす環境を実現することが鍵となります。それには文化的差別、構造的差別を生み出しているマジョリティ集団が労なくして得ている特権の存在を理解し、その特権を格差是正のために使うことが必要です。