EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
多国籍企業において、各国で異なる税制への対応は大きな課題の一つです。近年は、ESGやサステナビリティの観点から税務にもサステナビリティが求める動きも見られます。京都大学寄附講義第12回では、30年以上企業への税務支援を行う関谷が税務とサステナビリティの関係について講義を行いました。
関谷 浩一
EY Japan メディア・エンターテインメントセクター・タックスリーダー 兼 タックス・ポリシー・アンド・コントラバーシーリーダー、EY税理士法人 パートナー。30年以上にわたる本邦税務および国際税務の経験を持つ。1993年から1997年にかけてはEYの New York Officeに在籍し、世界の多国籍企業に対して日本税務に関するアドバイザリーを提供。
要点
多国籍企業の経営において、国ごとに異なる税率・税法への対応を決める税務プランニングは重要です。例えば、売上高3,000億円・実効税率40%の企業で簡単に損益計算をすると、売上が500億円増えた場合の利益が315億円であるのに対し、そのままの売上高で税務プランニングによって実効税率を10%下げた場合の利益も315億円となります。つまり、この企業では実効税率を10%低下させる税務プランニングは、売上高を500億円増やすのと同じキャッシュ・フローインパクトのある戦略だということがわかります。
米国のベンチャー企業が急速な海外展開で成功しているのは、国際税務プランニングに長(た)けている点も理由の一つです。低税率国で課税されるような取引や仕組みを構築することは、国際税務の基本です。
一方で、多国籍企業が税率の低い新興国などに生産拠点を設けたり、研究開発部門を移したりすることで、日本など税率の高い先進国では産業の空洞化が社会問題となっています。また、米国のチェック・ザ・ボックス規制などの税制度を利用することで、どの国でも課税されない利益が生み出されるという問題も起こっています。
こうした問題や、機能不全に陥っていた国際課税原則や各国内税法に対応するべく、OECDが提案したのがBEPS(税制浸食と利益移転)プロジェクトです。
2013年にBEPS1.0として 15の行動計画が公表され、各国はここで提言された国際ルールに従って国内法や租税条約の見直し、改正を行いました。そして、各企業は行動計画や法にのっとった税務プランニングを実施することになりました。
その後、経済社会全体のDXとともに、BEPS1.0で継続的な検討事項とされたデジタル経済における課税上の課題が顕在化し、国際課税ルールや公平性に関する新たな懸念が生じてきました。こうした流れを受けて2020年に策定されたのがBEPS2.0で、2024年から各国で順次導入が予定されています。関谷は「約100年続いた国際課税の仕組みを抜本的に変え、市場国により多くの課税所得を配分できる画期的な国際課税」と評価します。各国でBEPS2.0に対応した税制改正が行われ、日本は令和5年度税制改正大綱において法制化を規定しました。
BEPS2.0は2つの柱で構成されます。
第1の柱として、多国籍企業の経済活動に関して、物理的拠点の有無にかかわらず市場国で生み出された価値に応じた課税権を市場国に付与することが検討されています。この検討が進めば、低税率国に販売会社を置いてECサイトなどで日本向けに販売するビジネスに対して、日本での課税が可能になります。
第2の柱として、多国籍企業が活動拠点をどの国に置くかにかかわらず、 最低限の税負担を保証することが検討されています。その中核を担うグローバル税源浸食防止(GloBE)ルールは最低課税制度と呼ばれ、世界各国で最低税率(15%)を保証する仕組みです。各事業体の所得と税額を計算して国・地域ごとに合算して実効税率を算定し、実効税率と最低税率の差を追加課税します。年間売上高1,000億円以上の企業が対象となるため、多くの多国籍企業に適用されます。
GloBEルールは、世界中で同じ税制を導入するという点で画期的です。ただ、事業部単位ではなく国ごとに合算する必要があるため、計算過程が複雑になること、収集すべき財務情報量が膨大になることなどが懸念されています。本社がグループ各社の情報を一元的に収集・計算するシステムが必要になるでしょう。
「国際税務プランニングが不十分な日本の多国籍企業にとって、GloBEルールへの対応は大きな課題となるでしょう」
世界共通の新しい税制の導入に向けた動きが進む中、「企業は税の支払い状況を公表すべき」という考え方が出てきました。ESGやサステナビリティ関連の情報開示と同様、開示を義務化する国も増加しています。
税情報の開示が求められる背景には、税務ガバナンスがESGの領域に入ってきたことが挙げられます。従来の税務の役割は税務リスクの低減で、コンプライアンスの遵守や適切な申告納税など限定的でした。ここに税務プランニングという税務コストの最適化が加わり、さらに、税情報の開示など透明性の確保も税務ガバナンスの範囲に入ってきました。つまり、税務はパーパスに基づく企業行動の一つという位置付けです。
「炭素税やプラスチック税などは、脱炭素や生物多様性といったサステナビリティ経営のテーマと深い関係があります。関税や付加価値税など法人税以外の国別納税情報からは、社会に対する貢献度が見えてきます。このように税金とESG・サステナビリティは密接につながっており、企業は税務ガバナンスをサステナビリティ戦略の一つに位置付けることが重要です」
包括的な税務ガバナンスを適切に実行するポイントは次の3つです。
①業務プロセス
グループ全体の業務プロセスやシステムの課題を調査・分析し、業務プロセスを標準化・最適化する。
②組織と人材
税務ガバナンス体制に必要な関係者の組織権限規定を整理するとともに、関係部門のタスクや利害調整を行い、コンプライアンスリスクを低減する。
③テクノロジー
テクノロジーを導入し、人員工数の削減やデータの真正性を担保する。また、最適化された業務プロセスおよび組織体制の下でテクノロジーを導入することで、情報収集から申告、分析に至る一貫したテクノロジー活用が可能となる。
「ESGの観点では、過度な節税をしないことも大切です。経営者は、『過度な節税と許容される節税の違いは何か』『税金の削減による財務価値の最大化と、ESGを考慮した税務ガバナンスによる長期的価値の最大化を両立する戦略は何か』ということを考える必要があります。適切な税務ガバナンスは、中長期的な企業価値向上や持続的な成長の実現につながります」
多国籍企業における税務をESGの一部として捉え、情報開示を求める動きが広まっています。企業の税に関する開示情報は環境や社会に対する取り組み姿勢を表します。そのため、企業は目標や戦略に基づいて税務プランニングを行い、適切な情報開示と持続的な成長や価値向上を目指していく必要があります。