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ESGへの投資家の注目度は年々高まっています。しかし、企業がESGの取り組みを財務的価値につなげていくのは容易ではありません。京都大学寄附講義第11回では、同大学院でファイナンスと企業経営の研究を行う砂川伸幸氏がESG経営の目的と効果について講義を行いました。
砂川 伸幸 氏
1989年神戸大学経営学部卒業、証券会社勤務、神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2016年より京都大学経営管理大学院・経済学部教授。専門は、コーポレートファイナンスとESG経営。主な著書として「コーポレートファイナンス入門」、「ゼミナール コーポレートファイナンス」(共著)など。国内外に学術論文を多数執筆。最近の活動として「週刊経営財務」への連載「ESGと経営財務」(2022年10~12月)がある。日本証券アナリスト協会検定試験員、上場企業の社外取締役、京都大学ESG経営実装研究会座長、一般社団法人ESG情報開示研究会特別会員などを兼任。
要点
2000年代初頭まで、企業と投資家の間にあるのは資金調達と利益還元という財務数値のつながりのみでした。その後、企業と一部の機関投資家が対立する時代を経て、近年は企業と投資家が対話をしながら価値創造を目指す方向に進んでいます。
コーポレート・ファイナンスの伝統的なスタイルでは、形式が決まった有価証券報告書を提出することで情報発信の責務を果たしていると見なされました。しかし現在は、有価証券報告書とは別に非財務情報やガバナンス、社会的責任などをまとめた「統合レポート」を発行する時代になっています。投資家は統合レポートのアワードやランキングにも注目しており、また、有価証券報告書におけるサステナビリティ関連情報の開示義務化などもあり、非財務情報の重要度は今後も高まっていくことが予想されます。
このように、コーポレート・ファイナンスは、ESGやサステナビリティという新たな要素を取り入れた形へと変化しています。
財務的な企業価値評価(バリュエーション)は、経営成果(資本利益率)を投資家の期待(資本コスト)で割るDCF法で計算します。この方法は以前から「サステナブル成長モデル」と呼ばれており、数兆円規模のM&Aの現場を含め世界中で使われています。
サステナブル成長モデルでは、次の3つのファクターが企業価値や株式価値を決定します。
①収益性:キャッシュ創出力、資本利益率
②成長性:長期継続的な成長性、サステナブル・グロース、年平均成長率(CAGR)
③安定性:キャッシュフロー(利益)の安定性(リスク)は割引率(資本コスト)に反映
投資家にとっての理想は、資本利益率が期待を上回ることです。しかし、そのプロセスにおいてESGやサステナビリティが考慮されていなければ、成長性や安定性に影響が出ます。かつては、3つのファクターがすべて良い方向に動くと考えることは現実的ではなく、トレードオフの関係にある各ファクターのバランスを考慮するのが一般的でした。
しかし、そのトレードオフを解消する可能性の一つとして「ESG経営」が考えられます。ESG経営は成果が出るまでに時間がかかるものの、3つのファクターが同時に良い方向に動き、中でも成長性と安定性に良い影響を与えると考えられています。また、もう一つの策としては「ブランド価値の向上」があります。ブランドは非財務価値の一つで、収益性、安定性、成長性のすべてにポジティブな影響を与えると言われています。
DCF法で算出される企業価値は、株価純資産倍率(PBR)と相関関係にあります。昨今、日本企業のPBR1倍割れが問題となっており、砂川教授は、「経営陣は、長期的に資本コストを上回る利益を生む企業こそが価値創造企業であると再認識する必要があります。DCF法における分母(投資家)と分子(企業)の交わりが企業価値創造につながります」と述べられています。
ESG経営においては、情報開示により投資家の理解や期待を得て資本コストを下げ、長期的に資本利益率を高めていくことになります。
資本コストはビジネスリスクと事業を行う国や地域のリスクによって決まります。日本企業の資本コストの平均値は5.8%で、ハイリスクとされる海外企業やベンチャー企業などと比べ低い水準です。
また資本利益率に関して、5フォースで分析すると5つの脅威が存在し、その脅威を回避するための方法としてM&Aがあります。経営統合により、次の4つの効果が見込めます。
企業価値創造の原則は、資本利益率が資本コストを上回ることです。そして、この原則の範囲内で投資や別のアクションを起こし、資本利益率を高め企業を成長させていくことが重要です。
近年は、ESGと財務パフォーマンスの関係についての研究も進んでいます。ハーバード・ビジネス・スクールの基礎科目にインクルージョンやパーパスといったESG関連科目が加わるなど、アカデミックな領域にもESG経営のトレンドが広がっています。
ESG経営は、その実践による社会的な影響が財務パフォーマンスに反映されなければ成り立ちません。ESGの実践がどのように財務パフォーマンスに反映されるかは解明されていないものの、「ESGのレーティングが高い企業は資本コストやリスクが低い」「温室効果ガスや産業廃棄物の排出量が減少すると投資資本利益率(ROIC)が向上する」といったデータから、ESGの取り組みと企業価値向上の関連性は証明されつつあります。
ESGの取り組みに関するアンケート結果からは、企業側の意識の変化が見て取れます。ESGに取り組む目的を「企業価値向上のため」と回答した企業は、2021年は約70%、22年は約80%と増加しています。
「この結果は、『ESGに取り組まないと市場から退出させられる』という危機感の高まりを表しています。現在は、資金の使途をESGやSDGsの活動に限定したSDGs債やグリーンボンドを発行する企業も増えています」
投資家の意識も変化しており、ESG評価の高い銘柄を選定するMSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数の評価と株価の相関関係を指摘するデータもあります。投資家も企業も「ESGへの取り組み=企業価値向上」と認識していることがわかります。
また、ESGと財務パフォーマンスに関するさまざまな研究によると、パーパスが明確なほどパフォーマンスが高く、企業価値に良い影響を与えるという結果も出ています。
「パーパスは企業にとって重要な役割を果たしますが、パーパスを声高に叫ぶだけでは意味がありません。データに基づいてターゲットと目的を定め、社内外に浸透させる必要があります。データに基づいた理論の構築と、理論に基づいた実践が必要という意味ではESGも同じで、パーパス経営やESG経営は企業と大学の共同研究には格好のテーマと言えるでしょう」
近年、コーポレート・ファイナンスにESGやサステナビリティという新たな要素が加わっています。中でもESG経営への取り組みは企業の収益性、成長性、安定性を向上させ、財務的価値をアップさせるという認識が広まっています。財務的価値向上のための理論を構築するにはデータ分析も必要で、企業と大学の共同研究に最適です。