EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
世界的な食料問題や国内水産業の衰退といった社会課題の解決に向けて残された時間はそう多くありません。その状況に、大学で開発された技術で立ち向かうのが京都大学発のスタートアップであるリージョナルフィッシュです。京都大学寄附講義の第4回では、同社の代表取締役社長の梅川忠典氏が現在のパーパスを定めるに至った経緯、顧客価値の設定の仕方に関して講義を行いました。
梅川 忠典 氏
京都大学発スタートアップ、リージョナルフィッシュ株式会社 代表取締役社長。京都大学経営管理大学院卒業後、大手企業に対する経営コンサルティングや、バイアウト投資および 投資先の経営に従事。2019年4月にリージョナルフィッシュ株式会社を設立し、22年にはEY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤージャパン 関西地区 Challenging Spirit 部門大賞を受賞。
要点
「ゲノム編集された魚を食べてみたいですか?」と梅川氏は受講者に問いかけます。リージョナルフィッシュは、ゲノム編集された食品にネガティブなイメージを抱く人が多い中、顧客価値やブランド力、競争力の向上に取り組んでいます。
しかし現在、私たちが口にするほとんどの食材は、長い歳月の中で交配を繰り返すことで品種改良を重ね、味や生産効率などを向上させてきました。
従来の品種改良は放射線や薬剤を用いてDNAを変異させますが、どの遺伝子が変異するかはランダムであり、目的の性質を有する個体が出現するまでに平均で30年もの時間がかかっていました。その課題を解決したのが京都大学の開発したゲノム編集技術です。ゲノム編集では、DNAの狙った部分だけを正確に変異させることが可能で、品種改良にかかる時間を従来法の10分の1以下に短縮することに成功しました。
梅川氏はこのゲノム編集技術にいち早く着目し、品種改良のスピードアップと食品安全性・生産効率性を両立させた魚介類を開発。そこに近畿大学の最先端養殖技術を組み合わせ、「世の中に安全・安心でおいしい水産物を提供する」というビジネスを創案しました。2つの先端技術を組み合わせることで技術をビジネスに昇華させ、これまでに「可食部が多いマダイ」や「少ないエサで育つトラフグ」などを開発し市場に流通させることに成功。新たな品種の開発にも取り組んでいます。
リージョナルフィッシュは会社のミッションに、「2025年から30年にかけて起こるとされている世界的タンパク質不足(タンパク質クライシス)の解決」と「衰退する日本の水産業を復活させて地域を盛り上げること」を掲げています。特に、日本の水産業に危機感を抱いていると梅川氏は話します。
「この30年で世界の水産物の生産量は倍増したにもかかわらず、日本の生産量は3分の1にまで大きく減少しており、日本の水産業界は衰退傾向です。その大きな原因は、世界と競争できる技術がないことにあります。ゲノム編集やスマート養殖といった高度な技術を水産業に取り込めれば、確実に世界と戦えると考えています」
タンパク質クライシスをはじめとする食料問題や、日本の水産業の衰退といった課題解決に残された時間は多くありません。梅川氏は、スピード感のあるゲノム編集技術が「いま地球に、いま人類に、必要な魚を。」というパーパスの実現に向けた突破口になると期待しています。
「日本の水産業が世界の課題であるタンパク質クライシスをいち早く解決する。そんな未来を創るのが私たちの使命です」
受講者とのディスカッションでは、リージョナルフィッシュの企業価値を最大化する「顧客の定義」「顧客価値のデザイン」「効果的な販売方法」という3つのテーマについて、受講者に考えてもらい、それをもとに議論が行われました。受講者からの案としては、次のような意見が出ました。
顧客の定義(受講者案)
顧客価値のデザイン(受講者案)
効果的な販売方法(受講者案)
また、販売方法に関する議論の中で、「天然ものと、ゲノム編集してスマート養殖した魚とを食べ比べるセットを販売する」といった具体的なビジネスモデルの提案もありました。
梅川氏は、これらのアイデアを評価した上で、「実現するためには、ゲノム編集された食品が受け入れられる土壌があることが重要」と指摘します。調査によれば生活者の受容度は高まってきてはいるものの、まだ十分な水準ではないことが課題となっています。
将来のビジョンについて梅川氏は、「果物や野菜のように機能的な付加価値のある水産物を流通させたい」と語ります。
「例えばトマト。スーパーには甘いトマト、リコピンやギャバなどの栄養素を強化したトマトなど、品種改良によってさまざまな機能的付加価値を持った商品が並んでいます。一方、魚にはそのような選択肢がほとんどありません。リージョナルフィッシュが目指す未来は、アレルゲンのないエビやカニ、プリン体のない白子やイクラなどが並び、生活者がニーズに合った魚を選べる鮮魚店が現れることです。
リージョナルフィッシュが目指す未来や世界観、パーパスを世の中に浸透させたいと考えています」
リージョナルフィッシュは、ゲノム編集技術と最先端の養殖技術を組み合わせたビジネスを展開します。新しいビジネスにおいて、顧客価値もゼロから創造していく必要があります。同社は、「いま地球に、いま人類に、必要な魚を。」というパーパスを掲げ、個々人が自分のニーズに合った魚を選べることを目指しています。