高まるTNFDの機運――自然・生物多様性の視点がビジネスに不可欠となる理由

高まるTNFDの機運――自然・生物多様性の視点がビジネスに不可欠となる理由


自然資本に関するリスクと機会を開示していく枠組みであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)。このTNFDを理解する上でポイントになるのが、自然がなぜビジネスに重要なのかを理解することです。

今後、企業経営において自然資本の情報開示がより必要になっていく中で、TNFDの本質を理解するためにも、押さえておくべきポイントについて解説します。


要点

  • TNFDは企業がビジネスを進める上で“依存している生態系サービス(=自然の恵み)”の情報開示を要求している。
  • これまで多くの企業では、アウトプット、つまり影響の側面ばかりに目を向けてきたが、TNFDでは依存というインプットについても見ていく必要がある。
  • サプライチェーンの「見える化」、また、自社のビジネスが何に依存しており、何に影響を与えているか、またどれ程のリスクがあるのかについて情報収集し、分析する必要がある。


自然劣化がビジネスに大きな影響を及ぼす

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、自然資本に関するリスクと機会を企業が把握し行動していくための情報開示フレームワークです。

なぜ自然がビジネスにとって重要なのでしょうか。自然資本とは世界の自然資産のストックであり、地質、土壌、大気、水や全ての生物のことを指しますが、そのストックから利益や生態系サービスのフローが生み出され、人々と経済、そして広く社会に価値が提供されています。TNFDは企業がビジネスを進める上で自然に対して与える影響(インパクト)だけではなく、“依存している生態系サービス(=自然の恵み)”の開示をも要求し、自然関連の財務リスクと機会の開示を求めるものなのです。

愛知県名古屋市で2010年に開催された国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)において、2020年までの生物多様性に関する国際目標である愛知目標が定められました。しかし、愛知目標が目標未達に終わった結果を受け、2022年にカナダ・モントリオールで開催された第15回締約国会議(COP15)で、愛知目標に次ぐ2030年までの新たな目標として「ポスト2020生物多様性枠組み(Post 2020 GBF)」が採択されたことで、生物多様性、そしてTNFDが注目されるようになりました。

その背景には自然環境の劣化に対する深刻な懸念がありました。この劣化が進行することは企業活動の持続可能性に直接的な影響をもたらすという認識が広がっており、自然環境の破壊がビジネスへの実質的な影響をもたらすという事実が、国際的に重要な議論のテーマとなっているのです。

 

企業が原材料や燃料、水や電気などに依存していることを見極める必要がある

ビジネスはさまざまな面で生態系サービスに依存しており、OECDの調査※1で示されているように、その年間での推定価値は140兆米ドルだと評価されています。2020年のWWFのレポート※2では、地球上の生物多様性の豊かさは1970~2016年の間に平均で68%減少し、最近までに人間の消費は地球の生産力を超え、地球1.6個分ほどの自然資源が必要だとされています。世界経済フォーラムでも「自然へのリスク増大」が指摘※3されているように、世界の全GDPの半分以上に相当する44兆米ドルがグローバルで毎年リスクにあり、すでに5兆米ドルが毎年消失していると言われています。

企業が自然や生物多様性への関わりを評価し開示するためには、自社が持つ自然との接点――自然への依存とインパクトを把握する必要があります。それには、ビジネスオペレーションにとってのインプット(原材料や水、燃料やエネルギーなど)――がどのような自然資本に依存しているのかという理解と、オペレーションを通したアウトプット(製品、廃棄物、大気放出、排水、騒音・振動、悪臭、意図せぬ漏えいなど)から自然環境にどのような影響(インパクト)を与えているのかを見極めることが欠かせません。

これまで多くの企業では、アウトプット、つまり影響の側面ばかりに目を向けてきました。しかし、TNFDでは依存というインプットについても見ていく必要があります。サプライヤーからの農産物、木材、水産物、生物由来の素材、あるいは、採取、加工、流通によって得られる原材料や燃料、水や電気などに依存していることを見極めていくことがTNFDの新しく持ち込んだコンセプトなのです。

TNFDでは先住民族や地域社会、影響を受けるステークホルダーの人権方針についても開示を求めていることに注目すべきです。例えば、工場を建てた場合、現地において依存しているものと影響するものがあります。もしその土地に先住民族がいれば、彼らが代々受け継いできた文化的自然資産(文化的サービス)を壊してはなりません。それらを含めて生態系サービスであり、責任を負うべき範囲だとTNFDでは定義しているのです。

 

サプライチェーンの「見える化」が今後大きな課題となる

TNFDは耳慣れない新たなジャンルであり、企業にとってその理解と採用には一定の課題が伴うかもしれません。また、気候変動対策の成果はGHG排出量に集約されますが、自然資本や生物多様性は環境汚染をしない、森を削らない、土地改変をしないといった目標が23項目 もあります。気候変動対策よりも格段に難しくなるわけです。そのため、集めるべきデータも格段に増えます。特に自社のバリューチェーンの範囲や事業が行われる場所など、ロケーションに注目していることが大きな特徴と言えるでしょう。

しかし企業にとって、自社のサプライチェーンに関する網羅的な情報を把握するのは多くの場合困難です。情報を集めようにも商社などが介在している場合が多いため、サプライチェーンの「見える化」は、今後大きな課題となっていくでしょう。また、自社のビジネスが何に依存していて、それにどれ程のリスクがあるのかについて情報収集し、分析する必要があります。

現在は地球の自然資本の「貯金」を食いつぶしている状況にあります。特に生態系については、あるターニングポイントを超えると、再生せずに劣化して消滅してしまう可能性もあります。そうした状況に陥らないようにするためにも、私たちはどうすればいいのか――それが今、さまざまなビジネスに携わる人々に問われていると言えるでしょう。

 

TNFD、将来的な情報開示の義務化に向けCOP16がマイルストーンになるか

現状、自然関連の財務情報開示について明示している国際的ガイドラインは、TNFDしかありません。TNFDは2022年3月に「TNFDベータv0.1版」が公開され、さまざまな意見の反映を経て改訂され、23年9月に最終版である「TNFDベータv1.0」がリリースされました。

TNFDの開示動向について結論から言えば、日本国内ではまだ開示の義務化はされていない状況にあります。

その一方、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は東証プライム市場の上場企業を対象に開示が義務化されています。すでにTCFDが開示義務要件となっていることを踏まえると、いずれTNFDも企業に大きな影響を与えることが考えられます。

実際、日本企業でも将来的なTNFDの情報開示に向けて準備が進められており、今後どこかのタイミングで義務化されることは必至な状況となっています。カナダ・モントリオールでのCOP15で採択された「ポスト2020生物多様性枠組み(Post 2020 GBF)」を受けて、2024年10月にコロンビア・カリで開催されるCOP16では、各国のGBFに関する取り組みについて協議される予定です。その中で、GBFの要求事項がどのように各国で取り組みとして反映されているのかも判明するでしょう。TNFDの日本での情報開示についても、そこで今後の行方が明らかになる見込みです。

※1 Biodiversity: Finance and the Economic and Business Case for Action, OECD, 2019, www.oecd.org/en/publications/biodiversity-finance-and-the-economic-and-business-case-for-action_a3147942-en.html(2024年9月24日アクセス)

※2 「 生きている地球レポート2020」 , 2020年, WWF www.wwf.or.jp/activities/data/lpr20_10.pdf(2024年9月24日アクセス)

※3 「自然へのリスク増大」 , 2020年, World Economic Forum, www3.weforum.org/docs/WEF_New_Nature_Economy_Report_2020_JP.pdf(2024年9月24日アクセス)


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    サマリー 

    TNFD導入の背景には、自然環境の劣化に対する深刻な懸念がありました。この劣化の進行は企業活動の持続可能性に直接的な影響をもたらすという認識が広がっており、自然環境の破壊がビジネスへの実質的な影響をもたらすという事実は、国際的に重要な議論のテーマとなっています。2024年10月にコロンビアで開催されるCOP16では、TNFDの日本での情報開示に関する今後の動向が明らかになる見込みです。


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