企業・金融機関の自然関連の依存・インパクトに関する参考書ともなる本報告書について注目ポイントを解説

IPBES「ビジネスと生物多様性評価報告書」ドラフト版発行:

企業・金融機関の自然関連の依存・インパクトに関する参考書ともなる本報告書について注目ポイントを解説


IPBESが、2024年7月24日に「ビジネスと生物多様性評価報告書」ドラフト版を発表し、外部レビューを実施しています。ビジネス活動の生物多様性への依存とインパクト、そしてそれらの測定方法や、企業と金融機関の役割等について整理した本報告書は将来的にあらゆる政策決定の参考になることが予想されます。

IPBESの設立経緯とこれまでの評価報告書を紹介し、「ビジネスと生物多様性評価報告書」について企業が注目すべきポイントを解説します。


要点

  • IPBESは2024年7月24日から9月17日まで「ビジネスと生物多様性評価報告書」ドラフト版に対する外部レビューを実施している。
  • 世界的トップレベルの専門家グルーブの執筆協力の下、IPBESはこれまで政策決定者向けに多くの生物多様性関連の評価報告書を発表してきた。
  • ビジネス活動は生物多様性への依存とインパクト、それらの測定方法、企業と金融機関の役割等について整理した「ビジネスと生物多様性評価報告書」も、将来的にあらゆる政策決定の参考にされると予想される。
  • ビジネスの実情が反映できるよう、本報告書の外部レビューは行政の政策決定者や研究者に限らず、実務者と有識者からも意見を幅広く募集している。

2024年7月24日にIPBESは、「ビジネスと生物多様性評価」報告書のドラフト版を発表しました。これは、政策決定に役立つ科学的知見の参考とする目的として、企業や金融機関を含むビジネス活動の生物多様性へのインパクトと依存の測定方法、企業と金融機関の役割等について整理した報告書です。IPBESは2024年9月17日まで当報告書に対して外部レビューを実施し、各界からの意見を募集しています。

本記事では、IPBESの設立経緯とこれまでの評価報告書を紹介し、「ビジネスと生物多様性評価報告書」について企業が注目すべきポイントを解説します。


1. IPBESの概要

IPBES(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム、「イプべス」と読む)は、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォームとして、2012年4月に設立されました。「生物多様性版のIPCC」とも呼ばれるIPBESは、UNEP、UNESCO、FAO、UNDPといった4つの国連機関のパートナーシップによりその設立が発案され、当時94カ国の加盟支持を受け、ドイツ国政府の協力の下、同国のボンに事務局が設置されました。2024年8月現在、日本を含む147カ国が加盟しています。

生物多様性の喪失が進み深刻化している中、自然環境政策に限らず、経済政策など他分野においても生物多様性の保全およびその対応の主流化が求められています。それらの政策の策定にあたり、最新の科学的知見に基づき生物多様性・生態系の現状や変化を把握し、科学的根拠に基づいた政策をとることが重要です。こうした認識を背景として設立されたIPBESは、科学と政策のインターフェースの強化を目的として、これまで多くの生物多様性に関する評価報告書を発表し、国際条約や各国政府をはじめとしたさまざまなレベルの政策決定者に有用な科学的知見を提供しています。

おおむね年に一回開催される総会(IPBES Plenary)において、各加盟国政府はIPBESの作業計画に基づく活動の進捗状況について事務局より報告を受け、活動に関する意志決定について協議、承認します。次回の2024年12月11日から16日までナミビアで開催されるIPBES 11 Plenary総会では、現在進行している2019年から30年までの第2期作業計画の活動について協議されます。


2. IPBESの科学的評価(アセスメント)

世界の生物多様性と生態系サービスを科学的に評価するIPBESの評価報告書の作成は、公募により選ばれた研究者や有識者から構成される各報告書の「専門家グルーブ(Experts Group」」が担います。3~4名の共同議長(Co-Chairs)の主導の下、各章では統括執筆責任者(Coordinating Lead Authors: CLAs)、主執筆者(Lead Authors: LAs)、IPBESの能力養成プログラムの一環として選ばれた若手研究者のフェロー(Fellows)が執筆します。専門家グループには入りませんが、特定の情報を追加で執筆する協力執筆者(Contributing Authors: CAs)も参加できます。また、IPBES事務局の一部である技術支援機関(Technical Supporting Unit: TSU)が、報告書ごとに加盟国政府、国連機関、国際研究機関の支援の下で設置され、専門家グルーブに報告書作成に関する技術的支援を提供します。ちなみに、一部の発展途上国出身の専門家には執筆者会合(Authors Meeting)への旅費が補助されますが、すべての専門家は無償で執筆活動に参加しています。

これまで発表された評価報告書、評価実施中のもの、また評価が予定されているものは下記(表1)の計15の報告書です。特に2019年「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」により特定された生物多様性喪失の5 つ要因(インパクトドライバー)は、各国の生物多様性国家戦略やTNFD等の自然関連情開示にも採用され、生物多様性に関する政策決定に大きく貢献しています。


表1 IPBES報告書

発表年

発表済みの報告書

2016

花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するテーマ別評価報告書(花粉媒介評価)

2016

シナリオとモデルの方法論に関する評価報告書

2018

土地劣化と再生に関するテーマ別評価報告書

2019

生物多様性と生態系サービスに関する地域評価報告書(アフリカ地域、アメリカ地域、アジア・オセアニア地域、欧州・中央アジア地域)

2020

生物多様性とパンデミックに関するワークショップ報告書

2021

生物多様性と気候変動に関するIPBES-IPCC合同ワークショップ報告書

2022

野生種の持続可能な利用に関するテーマ別評価報告書

2022

自然の多様な価値と価値評価の方法論に関する評価報告書

2023

侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書

開始年

実施中の報告書

2021~

生物多様性、水、食料及び健康の間の相互関係に関するテーマ別評価(ネクサス評価)

2021~

生物多様性の損失の根本的要因、変革の決定要因及び生物多様性2050ビジョン達成のためのオプションに関するテーマ別評価(社会変革評価)

2023~

生物多様性及び自然の寄与に係るビジネスの影響と依存度に関する方法論評価(ビジネスと生物多様性評価)

2024~

生物多様性と自然の寄与のモニタリングに関する方法論評価(モニタリング評価)

2024~

生物多様性と生態系サービスに関する第2次地球規模評価(第2次地球規模評価)

開始年

実施予定の報告書

2025~

生物多様性を考慮した統合的空間計画と生態系の連結性に関する方法論評価(空間計画・連結性評価)


3. ビジネスと生物多様性評価

「ビジネスと生物多様性評価(Business and biodiversity assessment)」報告書(正式名「生物多様性及び自然の寄与に係るビジネスの影響と依存度に関する方法論的評価」Methodological assessment of the impact and dependence of business on biodiversity and nature‘s contributions to people)は、2023年より作業開始し、25年の総会(IPBES 12 Plenary)採択に向けて2年間をかけて取りまとめます。通常のIPBES報告書作成は3回の執筆者会合と2回の外部レビューを経て3~4年間がかかりますが、「ビジネスと生物多様性評価」報告書は2回の執筆者会合、外部レビュー1回のみを実施する、ファストトラックアプローチ(fast-track approach)の報告書となります。報告書のTSUはUNEP-WCMCとコロンビアのHumboldt Instituteが共同支援しています。筆者(ユー)も主執筆者(Lead Author)として、EYブルガリアのメンバーは協力執筆者として、コンサルBig 4社からは唯一EYが本報告書の執筆作業に参加しています。

本報告書の政策決定者向け要約(Summary for Policy Makers)とメインテキストのドラフト版に対して、IPBESは2024年7月24日から9月17日まで外部レビューを実施しており、政策決定者や研究者に限らず、ビジネスと生物多様性と関連する実務者や有識者からも幅広くコメントを募集しています。IPBESのウェブサイトにてアカウント登録をすれば誰でも即時に資料へのアクセスができますが、閲覧権は登録者に限定し、その展開・転送が禁じられます。そのため、報告書ドラフトの内容は詳細に解説できませんが、レビュー対象となる7つのドキュメントの主な内容構成は下記(表2)のとおりです。各章における企業・金融機関と関連するポイントについて簡易的に紹介させていただきます。

 

表2 IPBES「ビジネスと生物多様性評価報告書」ドラフト版の内容構成の概要

ドキュメント1

政策決定者向け要約

概要

全6章の評価結果を要約した、政策決定者に向けてのキーメッセージを記載。

関連ポイント

主要な調査結果、政策提案が集約された全報告の要約版

ドキュメント2

第1章 Setting the scene (シーンの設定)

概要

ビジネスの定義とさまざまなビジネス分野の類型を提示し、さまざまな種類と規模のビジネスが生物多様性及び自然の寄与に及ぼす依存と影響の関係を明らかにする。

関連ポイント

ビジネスと生物多様性の関連性、重要性について解説

ドキュメント3

第2章 How does business depend on biodiversity? (ビジネスはどのように生物多様性に依存しているのか?)

概要

生物多様性及び自然の寄与に対するビジネスの依存関係と相互依存関係を特定するために使用できる、または使用されてきたさまざまな  既存の方法とアプローチについて説明する。

関連ポイント

経済活動による依存関係の種類、ビジネスにとっての重要性、特定方法について解説

ドキュメント4

第3章 How does business impact on biodiversity?(ビジネスは生物多様性にどのようなインパクトを与えますか?)

概要

生物多様性および自然の寄与に対する事業のプラスとマイナスの影響を特定するために使用できる、または使用されてきたさまざまな  既存の方法とアプローチについて説明する。

関連ポイント

経済活動によるインパクト関係の種類、ビジネスにとっての重要性、特定方法について解説

ドキュメント5

第4章 Approaches for measurement of business dependencies and impacts on biodiversity(事業への依存と生物多様性へのインパクトを測定するためのアプローチ)

概要

事業が生物多様性及び自然の寄与に及ぼすインパクトと依存関係の記述に関連する、測定のためのアプローチを評価する。これには、枠組み、指標、指標、モデル、データ、ツールが含まれる。

関連ポイント

第3章と第4章の特定方法を踏まえ、依存とインパクト関係の評価方法、それらより発生するリスクと機会の特定方法について解説

ドキュメント6

第5章 Businesses as key actors of change: options for action by business(変化の主要な担い手としての企業:企業による行動の選択肢)

概要

2050年生物多様性ビジョンを達成するために、変革的な変化と持続可能な開発に貢献する上での企業の役割と責任について述べる。また、行動を起こす際に、異なるセクターの企業が直面する動機、課題、機会について説明する。

関連ポイント

企業として生物多様性を考慮した経営の戦略に転換するために取るべきアクション、果たすべき役割と責任について解説

ドキュメント7

第6章 Creating an enabling environment for business: options for actions by Governments, the financial sector and civil society(ビジネスを可能にする環境の構築:政府、金融セクター、市民社会による行動の選択肢)

概要

政府、金融セクター、市民社会、先住民、地域社会、その他の人々が、依存と影響の尺度を用いて事業活動と業績を促進・評価する方法について、また、そのような測定アプローチの成果を持続可能性の他の側面にどのように統合できるかについて、潜在的な選択肢を説明する。

関連ポイント

企業及び金融機関のネイチャーポジティブへの転換を促すための環境の構築に対して、政策的または社会的に支援する多様な主体の役割と取るべきアクションについて解説


4. 企業・金融機関が注目すべきポイント

IPBES「ビジネスと生物多様性報告書」は上述したように事業活動と生物多様性の関連性について理解を深めるため信頼性の高い参考書になりえると考えられます。加えて、企業・金融機関が注目すべき理由としては下記が挙げられます。

  • 各界の政策決定の根拠および参考となる

    ―これまでのIPBES報告書は多くの政策決定の科学的根拠として参考され、その提案が取り入れられています。ビジネスをテーマとした初の報告書として、環境関連の行政機関に限らず、経済産業関連の省庁やビジネス団体、または情報開示や基準設定の組織にも参考になると想定されます。
     
  • 依存とインパクトに関する理解の向上に役立つ

    ―ビジネスと生物多様性の依存とインパクト、その測定方法について理解を深めた上で、自社のビジネスに関してより適切なリスクと機会の特定にも役立つと考えられます。
     
  • 企業と金融機関の期待される役割

    ―多くの優良事例を参考に企業と金融機関が担うべき役割や、ネイチャーポジティブへ転換するため取りうるアクションについて提案されています。
     
  • ステークホルダーエンゲージメントの参考となる

    ―企業と金融機関のネイチャーポジティブへの転換を支えるための体制づくりや機運醸成に、政府、金融セクター、市民社会、先住民、地域社会の役割といった多様な主体の役割と貢献可能性が明らかになることで、エンゲージメントの在り方の参考となりそうです。

上述の点から、今後ビジネスと生物多様性の関連性について参考にされる報告書となりますので、ビジネスの実情にも合った内容としてお役に立てるよう、ぜひ外部レビューを通して多くの企業や金融機関の事務ご担当者にもご意見をいただければ幸いです。


5. 今後のスケジュール

2024年11月開催予定の第2回執筆者会合では、外部レビューのコメントを踏まえた加筆修正の作業を行う予定です。順調に行けば、2025年後半(日程未定)の総会にて採択を目指します。


6. まとめ

IPBESとして初となるビジネスと生物多様性をテーマとした評価報告書は2025年後半の採択(予定)に注目が多く集まると考えられます。われわれEYの気候変動・サステナビリティサービスユニット(CCaSS)は、世界的トップレベルの研究者と共に、民間団体の一員として本報告書に参加しております。日頃の皆さまへの生物多様性・自然資本関連の支援から得た経験および」知識を生かし、IPBESの活動をはじめ、生物多様性・自然資本関連の国際的な研究や議論についても貢献していきます。生物多様性関連で迷うことやお悩みがあれば、お気軽にお問い合わせいただければと存じます。


関連資料
Business and biodiversity assessment,IPBES,ipbes.net/business-impact/fod/notification(2024年8月9日アクセス)


【共同執筆者】

イヴォーン・ユー(Evonne Yiu)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス) マネージャー

シンガポール出身。東京大学農学博士。15年以上の政府機関と国連機関の勤務を経て、2022年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、生物多様性の保全、評価や情報開示などの業務を担当。

10年以上にわたり、SATOYAMAイニシアティブや世界農業遺産(GIAHS)などの国連の取り組みを通じ生物多様性、持続可能な農林水産業に関する業務に従事。2024年4月より農林水産省が設置する「世界農業遺産等専門家会議」委員として就任。生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)のフェローとしても選出され、2019年から23年までIPBES Values Assessment(価値評価)、2023年より主執筆者としてIPBES Business and Biodiversity Assessment(ビジネスと生物多様性)の国際研究書の共著にも参加。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

IPBESは、2024年9月17日までビジネス活動による生物多様性への依存とインパクト、それらの測定方法、企業と金融機関の役割等について整理したビジネスと生物多様性評価報告書」ドラフト版に対する外部レビューを実施しています。本記事は、本報告書について企業が注目すべきポイントを解説します。


EY ネイチャーポジティブ(生物多様性の主流化に向けた社会変革)

EYはクライアントと共にビジネスにおける生物多様性の主流化を目指し、ネイチャーポジティブのための変革をサポートします。

この記事について


EY Japan Assurance Hub

時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、非財務情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 

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