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EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 清水 裕介
「OTC医薬品」とは、医師による処方箋を必要とせず、薬局やドラッグストアなどで市販され、一般の人が自らの判断で直接購入できる医薬品です。店頭でカウンター越しに医薬品を販売することから、オーバー・ザ・カウンター(Over The Counter)の略で「OTC医薬品」と呼ばれています。従来、大衆薬や市販薬と呼ばれていましたが、現在は、OTC医薬品に統一されています。
OTC医薬品は医師の処方箋を必要としないため、自分自身で健康管理を行い、軽い病気の症状緩和などに活用することでいろいろな疾病や症状の改善が期待されています。かぜ薬、点眼薬、かぜ薬、ビタミン剤、胃腸薬、点鼻薬、下痢止め、発毛剤、痔疾用薬など様々な疾病や症状のためのOTC医薬品が販売されており、その含有する成分等により、要指導医薬品と一般用医薬品に分類されています。
要指導医薬品とは、医療用医薬品から一般用医薬品に移行して間もなく、一般用医薬品としてのリスクが確定していない薬や劇薬等が該当します。取扱いに十分注意を要し、ネット販売はされておらず、薬剤師が対面で情報提供および指導を行うことが義務付けられています。
原則3年間安全性に問題なければ、一般用医薬品に移行され、ネット販売が可能となります。
一般用医薬品は以下の3つに分類されています。
第1類医薬品 |
副作用等により日常生活に支障をきたす程度の健康被害を生じるおそれがある医薬品であって、その使用に関し、特に注意が必要なものとして厚生労働大臣が指定するものです。薬剤師による情報提供が義務づけられています。なお、従来は対面販売のみでしたが、現在では、ネット販売も可能です。 例えば、一部の解熱鎮痛薬、鼻炎用薬、発毛剤、胃酸分泌抑制薬などがあります。 |
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第2類医薬品 |
副作用等により日常生活に支障をきたす程度の健康被害を生ずるおそれがある医薬品であって厚生労働大臣が指定するものです。薬剤師又は登録販売者による情報提供は努力義務とされています。 例えば、一部の解熱鎮痛薬、水虫治療薬などがあります。 |
第3類医薬品 |
第1類および第2類医薬品以外の一般用医薬品であり、薬剤師又は登録販売者による情報提供は不要です。 例えば、一部のビタミン剤、消毒液などがあります。 |
従来、第1類医薬品は薬剤師による対面販売のみでしたが、現在はネット販売も可能であり、第2類および第3類医薬品を含む全ての一般用医薬品がネット販売可能です。
医薬品に含まれないものとして、医薬部外品があります。医薬部外品は、厚生労働省が認めた効果・効能に有効な成分が配合されており、予防や衛星を目的にした製品であり、例えば、薬用化粧品や育毛剤などがあります。
OTC医薬品の市場規模はおよそ7,500億円であり、医療用医薬品を含む医薬品市場全体の約1割程度です。※1医療用医薬品に比べると市場規模は小さいものの、昨今では、品質の高いOTC医薬品をもとめる中国を中心とした訪日外国人による需要が増加傾向にあり、また、スイッチOTCの推進やセルフメディケーション税制の導入など、OTC医薬品の普及を後押しする動きがみられます。
スイッチOTCとは、医療用医薬品から一般用医薬品へ移行することを言います。日本における高齢化に伴う医療費負担の増加による財政逼迫を背景として、軽度な身体の不調には、身近な一般用医薬品を利用するセルフメディケーションという考え方が推進されており、「日本再興戦略改訂2014」において、スイッチOTCを促進することが盛り込まれました。また、2016年から「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」が継続的に行われています。昨今では、行政や業界関連団体で実施されている「規制改革推進会議 健康・医療・介護ワーキング・グループ」においても、スイッチOTCの促進が進められています。ここでは、海外ですでにOTC化されているものの、日本ではまだ承認されていないというスイッチラグの解消やスイッチOTCの承認審査の迅速化などについて議論されています。
また、2017年にスイッチOTC医薬品を購入した際に、その購入費用について所得控除を受けることができるセルフメディケーション税制が導入されました。セルフメディケーション税制においては、1年間の支払ったその対価の額の合計が1万2千円を超えるときは、その超える部分の金額(その金額が8万8千円を超える場合には、8万8千円)について、その年分の総所得金額等から控除することができます。2021年の税制改正ではスイッチOTC医薬品以外もセルフメディケーション税制の対象に追加され、適用期間も令和4年1月1日から令和8年12月31日まで5年延長されました。セルフメディケーション税制の対象となる医薬品の品目は2023年12月時点で、スイッチOTC医薬品が2,761品目、非スイッチOTC医薬品が4,117品目あります。※2このような政策がOTC医薬品業界の追い風となっています。
OTC医薬品業界には、主に、原材料の供給企業、OTC医薬品を製造・販売する製薬企業、消費者への販売を行う薬局やドラッグストアなどの小売企業、製薬企業から小売企業への販売や物流を担う医薬品卸企業が存在します。
OTC医薬品業界における主な商流は以下の通りです。
以下では、OTC医薬品の製造・販売を行う製薬企業について、取り上げます。
OTC医薬品業界では、製薬企業が医薬品卸企業や小売企業に対してリベートを支払う商慣習があります。リベートは、売上割戻しとも呼ばれ、あらかじめ契約で定められた一定期間の取引数量、取引金額等の一定条件に基づいて製薬企業から医薬品卸企業や小売企業に対して支払われるものであり、様々な種類があります。
収益認識に関する会計基準(以下、「収益認識会計基準」)および収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益認識適用指針」)によると、リベートは、顧客から企業に支払われるものではなく、逆に企業から顧客に支払われるものであり、顧客に支払われる対価は、顧客から受領する別個の財またはサービスと交換に支払われるものである場合を除き、取引価格から減額するとされています(収益認識会計基準第63項)。
また、リベートの支払う金額は医薬品卸企業に対して販売した時点は確定していないことも多く、その場合には、変動対価として見積った金額を収益から減額することが考えられます。なお、変動対価の見積りにあたっては、発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額(最頻値)による方法又は発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額(期待値)による方法のいずれかのうち、企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用います(収益認識会計基準第50項、51項)。
売上高10,000であり、1,000のリベートの支払いが見込まれる場合
値引きや割戻しなどにより対価の変動の可能性がある取引については、以下の法人税法基本通達2-1-1の11で定められた要件を全て満たす場合に限り、引渡し等の事業年度の確定した決算において収益の額を減額し、又は増額して経理した金額は、引渡し等事業年度の引渡し時の価額等の算定に反映するものとされています。
OTC医薬品業界においては、医薬品という性質上、安全性を確保する必要があり、使用期限が切れた商品や品質に問題がある商品などは市場から排除する必要があるため契約などにより、小売企業等へ販売した商品を無条件で販売価格により引き取る行為も商慣行として存在しているといえます。また、製薬企業による商品のパッケージ変更等の場合も返品を受け入れることがあります。一方で、近年は返品された商品の廃棄による環境負荷を軽減するためにも返品を抑制する動きや取り組みが見られます。
現行の収益認識会計基準においては、従来の返品調整引当金の計上は認められず、将来発生すると予想される返品金額を見積って、当該返品金額を売上から控除することが求められます(収益認識適用指針第85項)。
また、商品又は製品を回収する権利を資産として認識します。その資産の額は、当該商品又は製品の従前の帳簿価額から予想される回収費用(当該商品又は製品の価値の潜在的な下落の見積額を含む。)を控除し、各決算日に当該控除した額を見直します(収益認識適用指針第88項)。
売上高10,000のうち返品率10%が見込まれ、売上総利益率が10%である場合
収益認識会計基準の導入に伴い、法人税法上の返品調整引当金制度は廃止されました。ただし、平成30年4月1日に医薬品の製造業等の返品調整引当金制度の対象事業を営む法人については、経過措置が設けられており、令和12年3月31日までの間に開始する各事業年度までは従来の損金算入限度額に対して1年ごとに10分の1ずつ縮小した額の引当てが可能です。
OTC医薬品を扱う製薬企業の特徴として、医療用医薬品を扱う製薬企業に比べて、広告宣伝費が多く発生する傾向にあります。これは医療用医薬品とは異なり、薬価制度の対象とならず、各企業は販売価格を決めることができ、また、消費者はドラッグストアや薬局等で自らの意思で商品を決めて購入することができるため、OTC医薬品を取扱う製薬企業にとっては、企業ブランドや商品の認知度の向上が重要となるためです。そのため、テレビCMやデジタル広告など広告宣伝費に多くの資金を投下する製薬企業が多い傾向にあります。
広告宣伝費は、前払いや分割払いのケースがありますが、広告宣伝が行われた時点や期間で費用計上します。そのため、広告宣伝が行われたタイミングを把握することが重要です。
なお、店舗での自社製品を優先的に陳列してもらうために手数料として棚代(たなだい)を支払う場合があります。上述の通り、収益認識基準では、顧客に支払われる対価は、顧客から受領する別個の財またはサービスと交換に支払われるものである場合を除き、取引価格から減額するとされています(収益認識会計基準第63項)。一般的に棚代は、区別できる別個の財またはサービスではないため、広告宣伝費や販売促進費として費用計上するのではなく、収益から減額することが考えられます。
OTC医薬品業界では、今後国内での人口減少が想定され、外部環境が厳しくなる中、より広い健康ニーズに対応する製品ラインナップの拡充や、海外市場等の成長が見込まれる販路の構築等が求められており、メーカー各社は、その手段の一つとして買収やアライアンスなどを行うことがあります。また、OTC医薬品事業をノンコア事業として位置づけている海外大手製薬企業による事業の売却ニーズが生じることもあります。
企業結合において、取得した企業の被取得企業又は取得した事業の取得原価は、原則として、取得の対価(支払対価)となる財の企業結合日における時価で算定します(企業結合に関する会計基準(以下、「企業結合会計基準」)第23項)。この取得原価は、被取得企業から受け入れた資産及び引き受けた負債のうち企業結合日時点において識別可能なもの(識別可能資産及び負債)の企業結合日時点の時価を基礎として、当該資産及び負債に対して配分し、受け入れた資産に法律上の権利など分離して譲渡可能な無形資産が含まれる場合には、当該無形資産は識別可能なものとして取扱います(企業結合会計基準第28項、第29項)。
「法律上の権利」とは、特定の法律に基づく知的財産権(知的所有権)等の権利をいい、例えば、産業財産権(特許権、実用新案権、商標権、意匠権)、著作権、半導体集積回路配置、商号、営業上の機密事項、植物の新品種等が含まれます(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針第58条)。
OTC医薬品業界は一定程度成熟した市場であり、また、風邪薬、胃腸薬、鎮痛剤等の各医薬品カテゴリの中で各社のブランドが確立されていることから、OTC医薬品業での買収では商標権の取得が重視され、商標権が無形資産として識別される傾向があります。そのため、過去の買収事例の多くでは、無形資産に占める商標権の割合が大きくなる傾向があります。
時期 |
買収企業 |
買収金額 |
計上された無形資産金額(内容) |
のれん金額 |
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2014/10 |
A社(独) |
112億ユーロ |
54億ユーロ(商標権) |
51億ユーロ |
2017/1 |
B社(仏) |
62億ユーロ |
38億ユーロ(非開示) |
22億ユーロ |
2019/5 |
C社(日) |
379億円 |
263億円(商標権) |
193億円 |
2019/7 |
D社(日) |
1,651億円 |
497億円(商標権) |
1,058億円 |
2019/7 |
E社(英) |
114億ポンド |
124億ポンド(商標権) |
39億ユーロ |
一般的には、以下の方法が多く用いられています。
超過収益法 |
評価対象となる無形資産に関連して生み出される将来キャッシュ・フローから、当該将来キャッシュ・フローの獲得に貢献する評価対象資産以外の資産(貢献資産)の寄与する部分(キャピタル・チャージ)を控除して超過収益を求め、超過収益の現在価値で評価する方法 |
---|---|
ロイヤリティ免除法等 |
評価対象となる無形資産を耐用年数にわたり第三者からライセンスされた場合に支払うロイヤルティ・コストを推計し、その現在価値をもって評価する方法 |
耐用年数については、例えば以下のような考慮要素を勘案して決定することが考えられます 。
実務的には、割引後キャッシュ・フローの累計が一定割合(90%等)に達する期間をもって耐用年数とする方法が採用されることがあります。
取得後の期末の減損会計においては、以下のような論点を検討する必要があります。
キャッシュ・フローの見積りに当たっては、例えば以下のような仮定を用いることが考えられます。
また、見積り期間については、主要な資産の経済的残存使用年数を用いることになりますが、企業結合で識別された無形固定資産(商標権等)が主要な資産となるか、それ以外の資産が主要な資産となるか、資産グループの状況に応じて適切に検討する必要があります。
※1 厚生労働省HP「令和3年薬事工業生産動態統計年報統計表 第3表 医薬品薬効分類別用途区分別生産・輸入金額」、www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450151(2023年12月アクセス)
※2 厚生労働省HP「 セルフメディケーション税制(特定の医薬品購入額の所得控除制度)について セルフメディケーション税制対象品目一覧(2023年12月時点)」、www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124853.html#hinmoku(2023年12月アクセス)
参考文献・参考ウェブページ
厚生労働省HP セルフメディケーション税制(医療費控除の特例)について www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124853.html#hinmoku
厚生労働省 医薬食品局 総務課 『一般用医薬品のインターネット販売について』(平成26年7月) www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/sinseido.pdf
日本OTC医薬品協会HP くすりについて www.jsmi.jp/what/index.html
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