EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 鈴木 真策/飯田 圭一
「医療機器」とは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(以下、「薬機法」)第2条第4項により、「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であつて、政令で定めるもの」と定義されています。医療機器は薬機法同条第5項から第7項において「高度管理医療機器」、「管理医療機器」、「一般医療機器」に分類されています。これは、日米欧豪加の5地域が参加する「医療機器規制国際整合化会合(GHTF)」において2003年12月に合意された医療機器のリスクに応じた四つのクラス分類の考え方を取り入れたものです。
薬機法分類 |
具体例 |
規制 |
国際分類 |
---|---|---|---|
一般医療機器 |
体外診断用機器 |
届出 |
クラスⅠ |
管理医療機器 |
MRI装置ワークステーション |
第三者認証 |
クラスⅡ |
高度管理医療機器 |
中空糸型透析器 |
大臣承認 |
クラスⅢ |
植込み型心臓 |
クラスⅣ |
||
出典:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 『医療機器の承認・認証に関する基本的考え方について』を基に執筆者作成
米国・EU諸国・中国など、海外にて販売を行う場合には、各地域における規制に基づいて認可を取得する必要があります。
医療機器メーカーはサプライヤーから必要な部材を調達し、医療機器を製造します。製造にあたっては自社工場での製造のほか、国内及び海外の子会社や外部業者への製造委託の場合もあります。完成品は自社倉庫あるいは外部倉庫にて保管し、販売業者を通じて最終顧客(医療機関等)に販売されることになります。
販売形式としては、通常の製品販売のほか、リース形式での販売も存在します。また、製品メンテナンス契約や複数年の保証契約を締結する場合もあります。また、医療機器業は技術の進化速度が比較的速く、製品について多額の研究開発費が投じられる傾向にあります。
医療機器業においては、上記の各プロセスにおいて、関連する地域の法規制を遵守することが求められます。
近年、医療機器業は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとそれに伴う新しい非画像診断及び研究関連機器のニーズに牽引され、好調に推移してきた側面もありますが、一方で、地政学的な混乱、商業やサプライチェーンの混乱回復の遅れ、規制環境の変化、世界的な根強いインフレの状況などが、業界に不確実性をもたらす一因となっています。
世界における高齢化とそれに伴う十分な医療サービスを受けられない慢性疾患患者数の増加は、長期的な成長のための強力な基盤となると考えられています。さらに、人口知能(AI)の台頭によるデータ分析技術の新たな進歩による業界全体のデジタル化の加速は、業界の未来の新たな可能性を示しています。
医療機器はCTやMRIなど大型で高性能のものもあり、単に販売するだけでなく、据付や設定等まで製造業者が行うこともあります。また、機器のなかには高額なものもあり、機器の保証も合わせて提供しているケースも多くあります。こうした特徴を有する医療機器製造販売業の収益認識においては主に履行義務の識別、製品保証の会計処理が論点となります。
「収益認識に関する会計基準」(以下、「収益認識会計基準」)のステップ2では、顧客との契約に含まれる財又はサービスのうち個別に会計処理すべき財又はサービス(つまり履行義務)を識別します。収益認識の5ステップのなかでも履行義務の識別は重要な要素です。なぜなら履行義務は収益を認識する会計単位を示しているからであり、識別した履行義務ごとに変動対価の見積り等といった収益の測定方法や収益の認識時期を決めることになるからです。従って、この判断は収益認識の金額と時期に影響が及ぶことになります。履行義務の識別に当たっては、顧客との約束である複数の履行義務をまとめて一つのグループとして会計処理すべきか、それとも別個に会計処理すべきかを決定することになりますが、これには重要な判断が要求されます。例えば、医療機器製造業者であるA社が、顧客であるB社との間で、医療機器Xの販売と据付サービスを提供する契約を締結したとすると、医療機器Xの販売と据付サービスを単一の履行義務とするか、別個の履行義務とするかによって、収益の認識時期やそれぞれの収益の金額に相違が生じる可能性があります。
収益認識会計基準では、契約における取引開始日に、顧客との契約において約束した財又はサービスを評価し、次のa又はbのいずれかを顧客に移転する約束のそれぞれについて履行義務として識別することとされています(収益認識会計基準第32項)。
a 別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)
b 一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)
財又はサービスが別個である場合にはそれらは別個の履行義務であると判断されますが、この判断に際しては、「個々の財又はサービスレベルで区別ができること」、「契約の観点から区別ができること」のいずれも満たす必要があります(収益認識会計基準第34項)。
まず、個々の財又はサービスレベルでの区別の要件に関しては、顧客がその財又はサービスからの便益を、それ単独で享受することができること、又は顧客にとって容易に利用可能な他の資源と組み合わせて便益を享受することができることとされています(収益認識会計基準第34項(1))。また、容易に利用可能な資源とは、当該企業や、他の企業が独立に販売している財又はサービス、顧客がすでに企業から得ている資源、又は、他の取引や事象から得ている資源です。通常、市場で経常的に単独で販売されている財又はサービスは、この要件を満たすと考えられます。次に、契約の観点から区別できるか否かに関しては、財又はサービスを顧客に移転する約束が、契約に含まれる他の約束と区分して識別できることが要件とされています(収益認識会計基準第34項(2))。この判断に際しては、区分して識別できないことを示す要因として、次の三つが例示されています。
a 当該財又はサービスをインプットとして使用し、契約において約束している他の財又はサービスとともに、顧客が契約した結合後のアウトプットである財又はサービスの束に統合する重要なサービスを提供していること
b 当該財又はサービスの一つ又は複数が、契約において約束している他の財又はサービスの一つ又は複数を著しく修正する又は顧客仕様のものとするか、あるいは他の財又はサービスによって著しく修正される又は顧客仕様のものにされること
c 当該財又はサービスの相互依存性又は相互関連性が高く、当該財又はサービスのそれぞれが、契約において約束している他の財又はサービスの一つ又は複数により著しく影響を受けること
以上を踏まえて、医療機器製造業者であるA社が、顧客であるB社との間で、医療機器Xの販売と据付サービスを提供する契約を締結した場合の履行義務の識別について検討します。
まず、医療機器Xと据付サービスが個々の財又はサービスの観点から区別できるか否かを検討します。この点、B社は、医療機器Xの使用又は廃棄における回収額より高い金額で医療機器Xを売却することにより、医療機器X単独で便益を享受するができるのか、また、例えば、A社以外の企業から購入できる据付サービスなど、B社が容易に利用できる他の資源と組み合わせて医療機器Xの便益を享受することができるのかを検討していくことになります。医療機器Xの据付はA社しか提供できない技術であるとすると、医療機器X単独では売却もできず、他社の据付サービスと組み合わせても医療機器Xの便益を享受することができず、要件を満たさないことになります。他方で医療機器Xが単独でも売却可能であり、A社以外の企業においても据付サービスが提供されているとすると、要件を満たすものと考えられます。
次に、契約の観点からの区別可能性を順に検討していきます。まず、aの要件について、本件では、A社は、医療機器Xを引き渡し、その後に据え付けることを約束しており、医療機器Xを移転する約束を、その後に医療機器を据え付ける約束とは別に履行できるため、重要な統合サービスを提供していません。従って、A社の約束は、医療機器Xと据付サービスをインプットとして使用し、結合後のアウトプットとするように統合することではないと判断することが考えられます。
また、bの要件に関しては、A社の提供する据付サービスが医療機器Xを著しく修正したり顧客仕様にカスタマイズしたりするものであるかを検討していきます。
さらに、cの要件に関しては、例えば据付サービスが医療機器Xの販売に著しい影響を与えるものであるか否かを検討します。検討の結果、医療機器Xと据付サービスは、それぞれ他方に対し著しい影響を与えないのであれば、相互依存性及び相互関連性は高くないと判断できます。
実務においては、同じような財とサービスを移転する契約でも、契約内容によって別々の履行義務に分けられるものと分けられないものがあります。履行義務の識別においては、契約の内容を吟味し検討していくことが重要になります。
医療機器は高価で精密な機器が多いことから、販売後の一定期間、製品が正常に機能することについて企業が保証することがあります。例えば、1年以内に故障した場合、企業が無償で修理することがあり、さらに一定の対価を支払うことにより、これを5年保証に延長する契約が行われることがあります。このような場合における会計処理を検討するにあたっては、企業の提供する保証が、製品とは別個の履行義務として単独で独立したサービスを提供するものなのかが論点となります。この「別個の履行義務か」については、保証サービスの内容によって判断することになります。
その判断基準として、「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、「収益認識適用指針」)第34項によれば、保証サービスの内容が、製品が「合意された仕様に従っている」という保証のみである場合には、保証部分は製品とは別個の履行義務としては識別しません。この場合、保証に関連して発生する費用については、企業会計原則注解18に従って引当金の計上を検討することになります。一方、その保証又はその一部が、当該財又はサービスが合意された仕様に従っているという保証に加えて、顧客にサービスを提供する保証を含む場合には、この保証サービスを別個の履行義務として識別します(収益認識適用指針第35項)。この場合、取引価格を、製品販売と保証サービスに配分することになります(同項)。製品保証が別個の履行義務として識別された場合には、取引価格を配分した上で、保証サービスの提供に応じて、収益を認識することになります。この収益認識のパターンは取引ごとに判断する必要があります。例えば、修理は1回までと決められていた場合には、サービスの提供時に収益を認識することが考えられます。また、一定期間内であれば何回でも無料で修理することができるような場合には、時の経過に応じて収益を認識していくことが考えられます。
財又はサービスが合意された仕様に従っているという保証に加えて追加的な保証サービスを含むかどうかの判断(ただし、顧客が製品に対する保証を単独で購入するオプションを持っている場合は別個のサービスとされる(収益認識適用指針第38項)ため、顧客がそのようなオプションを持っていない場合に限る。)にあたっては、例えば以下のような要因を考慮します(収益認識適用指針第37項)。
一つ目は、保証が法律で要求されているかどうかです。法律で要求される場合には、通常、欠陥のある製品を購入するリスクから顧客を守るものですので、追加的な保証サービスではない可能性が高いと考えられます。
二つ目は、保証の対象となる期間の長さです。期間が長いほど、追加的な保証サービスである可能性が高いと考えられます。
三つ目は、企業が履行を約束している作業の内容です。例えば作業内容が、欠陥のある製品を返品してもらうための配送サービスである場合には、当該配送サービスは合意された仕様に従った保証を行うための作業であり、追加的な保証サービスではない可能性が高いと考えられます。
このような要因を考慮して判定した結果、追加的な保証サービスに該当する場合には、別個の履行義務として識別し、取引価格を配分することになります。また、追加的な保証サービスに該当しない場合には、別個の履行義務を識別せず、引当金として処理します。
また、合意された仕様に従っているという保証と追加的な保証サービスの両方を含む場合で、それぞれを区分できない場合には、一括して単一の履行義務として処理します(収益認識適用指針第36項)。この場合には、取引価格の一部をこの単一として取扱った履行義務に配分し、収益を認識することになります(同項)。
医療機器のなかには、例えば製品を滅菌加工するものもあり、そうした製品においては使用期限が定められていることもあります。使用期限を過ぎたものは製品としての価値がゼロとなり、廃棄を行わざるを得ず、使用期限の管理が非常に重要になってきます。使用期限を過ぎたものについては評価減の対象になることから、使用期限内における販売見込みによる棚卸資産の評価が論点になります。
また、医療機器には保険償還価格が定められています。保険償還価格とは、公的医療保険制度において医療機関が診療報酬として保険機関(一部は患者)に請求できる保険診療に使用した医療機器の費用です。2000年以降、厚生労働省が定める特定保険医療材料の保険償還価格の改定が基本的に2年に1度実施されています。この改定によって、保険償還価格は全体として低下傾向にあり、販売価格が保険償還価格の影響を受ける製品については正味売却価額も低下することがあります。こうした状況を踏まえた棚卸資産の評価も重要になります。
その他、医療機器業界特有の論点としては、製品ライフサイクルを踏まえた過剰在庫の評価、販売後に医療機器の規制に照らした製品不具合が検出された場合の評価切り下げ等も考えられます。
医療機器の開発は、その失敗リスクや開発成功までの期間の長さを考慮し、大手企業自らが手掛けるのではなく、初期開発はベンチャー企業※1に委ね、ある程度実用化の目途が立った段階でベンチャー企業を買収するといったビジネスモデルも取られています。また、有望なベンチャー企業に幅広く少額の投資を行うケースも増えてきております。こうしたことから、医療機器業界においては、ベンチャー投資の評価が論点となることが多くあります。
上場していないベンチャー企業の株式は、取得原価をもって貸借対照表価額とします(金融商品に関する会計基準(以下、「金融商品会計基準」)第19項)。しかし、当該株式の発行会社の財政状態(1株当たりの純資産額)の悪化により実質価額が著しく低下(50%程度以上低下した場合)したときは、相当の減額を行い、評価差額は当期の損失として処理しなければならないとされています(金融商品会計基準第21項、金融商品会計に関する実務指針(以下、「金融商品実務指針」)第92項)。なお、実質価額が著しく低下したとしても、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、期末において相当の減額をしないことも認められています(金融商品実務指針第92項、第285項)。
通常は、この1株当たりの純資産額に所有株式数を乗じた金額が当該株式の実質価額となりますが、会社の超過収益力や経営権等を反映して、1株当たりの純資産額を基礎とした金額に比べて相当高い価額が実質価額として評価される場合もあります(金融商品実務指針第92項)。
ベンチャー企業の新規設立時に投資を行う場合、開発の初期段階は研究開発を行っているため、売上が計上されず、開業後まもなく実質価額が50%以上低下することがあります。しかし、投資家は、数年後に製品が上市され、販売されることによって利益が計上されることを期待しています。この場合においては、実質価額がおおむね5年以内に取得原価まで回復するかどうかという、回復可能性の判断が重要なポイントとなります 。
他方、設立時からの投資ではなく、ある程度開発が進んだ段階で、将来の製品販売等を見越して、投資時の1株当たり純資産額に比べて高い価額で当該会社の株式を取得することもあります。この場合においては、超過収益力等を反映した実質価額が著しく低下していないか、すなわち、投資後の評価時点において超過収益力が毀損していないかどうかがベンチャー投資の評価に際しての重要なポイントとなります。
このように、医療機器業界における投資の評価においては、実質価額の回復可能性や超過収益力の毀損といった判断が必要とされる場面が多いことが特徴として挙げられます。
※1 医療機器業界におけるベンチャー企業は、一般的に、投資家から出資を受け、主に医療機器の開発を担っているような会社であり、その多くはIPOや大手企業によるバイアウトを目標にする設立間もない企業です。
ライフサイエンス