She is experiencing agriculture in an organic farm and learning to respect the Mother Nature
AIによりサステナビリティの変革を加速させる方法とは

AIによりサステナビリティの変革を加速させる方法とは


AI(人工知能)が持つ持続可能な価値創造の可能性を引き出すには、AIへの信頼を構築し、包括的なアプローチをとり、人々の能力を高める必要があります。


要点

  • ステークホルダーはAIを、持続可能でない慣行を加速させるものとしてではなく、より良い結果を生み出す技術として理解し、信頼する必要がある。
  • ビジネスリーダーはサステナビリティへの取り組みにおいてAIを活用することで、変革・変化の速度や規模、複雑さに対処し、大胆な措置を講じることができる。
  • 生成AIは、誰もが平等にデータやインサイトにアクセスし、持続可能な変化を推進し加速することを可能にする。

サステナビリティの主な課題は時間と規模、そして複雑さです。人間による地球の自然体系の破壊は、急激な変化や連鎖的な影響という臨界点に達しようとしています。それにもかかわらず、世界規模での対応は徐々にしか進まず、一体的、組織的、そして個別の対応はさらに後れを取っているのが現状です。このギャップを埋めるにはどうすればいいのでしょうか。

AIは、複雑な自然体系と経済システム、社会システム全体にわたって、必要とされているサステナビリティへの対応の加速を促すことができます。学び、分析し、イノベーションを起こし、予測し、決定を下す、といった人間の能力を飛躍的に高めることで、私たちの行動を必要なペースと規模で手助けしてくれます。

AIを、単一のソリューションとして利用するのではなく、さまざまなサステナビリティの課題へのアプローチに取り込むことで、幅広い体系・システムの変化・変革を補うことができます。

しかし、持続可能な価値創造のためにAIの潜在能力をフルに引き出すには、意図的な対応が必要です。EYのAIに関する基本的な考え方(PDF、英語版のみ)で述べているように、このテクノロジーがもたらすリスクとチャンスに対処し、AIを確実に善の力とするためには、これを開発する業界と、導入する企業、そしてこれを規制する行政における責任あるリーダーシップが不可欠です。

この視点を発信しているのは、AIの特定の要素に焦点を当てたり、基礎となるテクノロジーを深く掘り下げたりするためではありません。ここでは、AIの活用により、リーダーが自信と責任を持って思い切った行動を起こし、持続可能な価値創造のチャンスとリスクに対応することを可能にするための3つの重要なポイントを提案し、実証したいと思います。

  1. 持続可能な開発・導入により、AIに対する信頼を構築する。
  2. AIを活用してサステナビリティに包括的に取り組み、大きな価値を創造する。
  3. 人の可能性を高め、誰もが平等にサステナビリティに取り組めるようにする。
第1章  持続可能な開発と導入でAIに対する信頼を構築
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第1章

持続可能な開発と導入でAIに対する信頼を構築

AIの開発と導入にあたっては、AIが環境サステナビリティに貢献することを実証し、人的価値を中心に据えることに変わりがないことを示さなければなりません。

「ステークホルダーが、持続可能でない慣行を加速させるものとしてAIを活用するのではなく、より良い結果を生み出す技術としてAIを信頼しなければ、人にポジティブな影響を与え、持続可能なアウトカムを加速させるAIの能力をフルに引き出すことはできません」と、 Sheri Hinish(EY Global Consulting Sustainability Technology and Ecosystems Leader)は話します。「そのためには、AIに対する信頼を構築し、すべての人に価値をもたらすための人を中心に据えた責任あるアプローチを取り入れた、リプリゼンテーション(多様性の表出)とインクルーシブな設計原則が必要となります」

しかし、AIの開発や導入の仕方が、持続可能でないシステムや経済を強化したり、意図しない悪い結果を招いたりするリスクもあります。

最近の調査データから、一般の人々の間に不安が広がっていることが明らかになりました。米国では成人の52%が、日常生活でAIの果たす役割について、期待する気持ちより、不安が大きいと答えています7。欧州の10カ国と米国で実施された別の調査の結果からは、回答者の72%がAIは慎重に管理する必要があると考えていることが分かりました。EY CEO Outlook Pulseを見ると、世界各国の最高経営責任者の65%が、AIは善の力であるが、取り組みを強化し、リスクと意図せぬ結果が生じる可能性に対処する必要があると回答しています。

こうした懸念に対処し、AIへの信頼を構築するためには、AIの開発と導入において、AIが環境サステナビリティに貢献することを実証し、人間の価値を中心に据えることに変わりがないことを示さなければなりません。


持続可能なAIインフラの構築

AIの普及による、エネルギー、資源、インフラ面の問題への対処は不可欠と考えられます。生成AIの利用に伴い業務量が新たに発生することを受けて、超大規模データセンターの処理能力は今後6年間で3倍に増強されることが予想されます8


データセンターとデータ伝送ネットワークは世界の電気消費量の2~3%、また世界のGHG排出量の約1%を占めています9。この数字は、ワークロードの急激な増加にもかかわらず、わずかしか上昇していません。その背景にはグリッドのグリーン化に加え、再生可能エネルギーに投資をし、高効率化を実現した超大規模クラウドプロバイダーへのシフトがあります。とはいえ、ネットゼロ実現に向けた取り組みを順調に進めるには、2030年までに、排出量を増やすのではなく半減させなければなりません10


AIのエネルギー使用量曲線と排出量曲線の下降に今後大きく貢献すると思われるのが、新しい効率的な半導体構造と冷却方法です。研究室で誕生したこうしたイノベーションは、チップ温度を制御し、性能を維持するために必要なエネルギーを大幅に削減する見込みです。人間の脳のニューロンとシナプスを模したニューロモルーフィックチップ構造のプロトタイプは、エネルギー消費量を1,000分の1に削減したと報告されています11。データセンターの運営者は、気温の低い地域への拠点設置や、廃熱を利用した住宅地区の暖房から、水の代わりとなる液体の利用まで、さまざまな戦略を採用し冷却エネルギーの削減に取り組んでいます。少ないながら、データセンターを宇宙空間に設置することを検討する企業もいくつか出てきました。


生成AIの脱炭素化の成否は、データの効率性にも左右されることになります。大規模言語モデル(LLM)が拡大すればするほど、その学習に使用するエネルギーも多くなります。パラメータ数が1億1,000万のあるLLMは、学習段階で0.64トンのCO2を排出しました。これは米国で1世帯がエネルギー関連で1年間に排出するCO2の量の約80%です。一方、パラメータ数が750億の別のLLMは、学習段階でのCO2排出量が550トンでした。こちらは、米国で70世帯が1年間に排出する量に相当します12


それでも、排出量の60~90%は、ライブデータでモデルに推論を実行させることで発生します(例えば、生成AIのプロンプトなど)。これを受けて、研究者はモデルの小型化と、学習スピードとエネルギー消費量のトレードオフの最適化を進めているところです。


水、生物多様性、エンボディドカーボン(運用段階の設備によるエネルギー消費量を除く、建築物のすべての段階におけるCO2排出量)など環境面の課題の重要性は今後、ますます高まることが予想されます。最大規模のデータセンターは、規模が9万平方メートルに達し、冷却用に1日2,000トン近くの水を消費するようになるでしょう。

ネットインパクトとネットアウトカムの透明化

テクノロジーの開発と導入がもたらすネットインパクト(純インパクト)に関する情報開示の透明化を図ることで、AIに対する信頼を構築できると考えられます。AIへの投資の仕方は現在、企業によりそれぞれ異なります。それがサステナビリティに今後与えるインパクト(ネガティブとポジティブの両方)も異なるものになるでしょうが、そのインパクトについては、パリ協定に沿った気候目標や、モントリオール枠組みに沿った生物多様性目標、国連の持続可能な開発目標など主要な世界的ベンチマークに照らして、バランスの取れた評価をしなければなりません。

AIがモノやサービスの開発と提供に浸透するにつれ、スコープ4の排出量など、幅広い持続可能性への影響を測定する確かな尺度の重要性はますます高まるでしょう。新指標「スコープ4」では、モノやサービスがGHG排出量に与えるインパクトを、それが存在しない状況と比較して推計します13。例えば、電気自動車(EV)の生産を始めると、メーカーはレアアースの採掘や工場の新設などにより新たな温室効果ガス排出を引き起こすことになりますが、消費者の間でEVが普及すれば、輸送に伴う純CO2排出量は現状より減るはずです。

ステークホルダーが、社会を良くするための飛躍的に進化するテクノロジーとしてAIを信頼しなければ、人にポジティブなインパクトを与え、持続可能なアウトカムを加速させるAIの能力をフルに引き出すことはできません。

人を中心に据えた、インクルーシブなAI

持続可能な善の力としてのAIに対する信頼は、人に幅広いメリットをもたらすことを実証することで生まれます。AIは今後、ヒューマンエクスペリエンスを高め、持続可能な経済で新たな雇用を創出し、かつ、既存の格差を広げたり、職場で人に取って代わったりしないという約束を果たすことが求められるものと思われます。

これは、先ごろのG7の合意のAIに関する国際指針と国際行動規範(PDF、英語版のみ)でも明確に示されました。この国際指針と国際行動規範は、AIを利用して現在の最大の課題に対処するとともに、社会、安全、セキュリティ面のリスクを軽減する必要性を強調する内容です。

各国政府とビジネスリーダー、市民社会は、AIにより加速する各種移行を予想し、それが人に及ぼす影響を把握し、自らが公正な移行の推進者となるよう取り組まなければなりません。エネルギーの脱炭素化から自律型モビリティの実現や自然環境を活用した気候変動対策の策定、価値の低いホスピタリティ業務の自動化に至るまで、AIは、既存のシステムに依存する労働者と地域社会に幅広い影響を及ぼすことになるでしょう。影響を受ける労働者と地域社会が、AIによって生み出される新たなチャンスと、そのチャンスをものにするうえで必要なスキルに確実にアクセスできるよう対策を講じなければなりません。

AIをめぐっては、偏見を助長するとの懸念がかねてからありましたが、生成AIがかつてないほど爆発的に普及していることで、この問題への対応がさらに急務となってきました。LLMは膨大な百科事典のような学習データから新しいコンテンツを確率的に生み出すので、結果的に文化や社会を映す鏡となります。

AIが生成した画像は私たちの偏見を露呈することが多く、例えば、高報酬の仕事に就いているのは白人男性といったイメージを醸成することで、構造的な不平等に根差した固定概念(ステレオタイプ)を加速させ、その認識に反するシナリオを描くよう促されているときであっても苦労することがあります14。クリエイションや意思決定で果たす生成AIの役割が大きくなっており、対策を講じなければ、性別、民族、年齢、収入などの要素に関わる既存の不平等を助長しかねません。

こうした課題は、ハルシネーション(「でっち上げた」結果を返すこと)や、アウトプットを特定の学習データに結びつけることがほぼ不可能であること、LLMに新しい特性(予測不能な新しい能力)が出現する可能性があることなど、確率的モデルに内在する信頼性を損なう固有の問題によって複雑になっています。

私たちが直面する最大の課題の解決をAIに期待しているのですから、アクセスやスキル面だけでなく、学習データ内の知識とインサイトの面でも、AIを確実にインクルーシブなものにしなければなりません。例えば、地球に残された生物多様性のほとんどを自らの暮らす土地で保護している先住民族のコミュニティの知識は、サステナビリティの課題に対処するうえで重要な役割を果たすとの認識が高まってきました。ところが、そのような知識は口頭や経験的なものであることが多く、AIの学習データには含まれていません15。生成AIの開発を続けるなかで、伝承の知識など、取り上げられることの少ない視点をモデルに取り込み、多様な考え方やサステナビリティの価値を反映させることが重要になってくると考えられます。

結局のところ、AIにおけるシステム的な現状維持バイアスを防ぐことが必要です。持続可能なアウトカムをもたらすには、人々の考え方の転換とビジネスモデルの革新、基本的システムの見直しが必要となるためです。
 

信頼を構築する

AIの開発と導入に対するステークホルダーの信頼を構築することが、どの組織にも求められます。

クラウドを活用するプロバイダーに依存する企業の大半にとって、AI関連の取り組みは、スコープ3の排出量と、類似の生物多様性への影響を招くことになります。信頼の構築にあたっては、社会的インパクトに加え、こうした環境インパクトを数値化し、開示することが重要になるでしょう。同じように重要になると思われるのは、組織によるAIの利用がもたらすポジティブな影響の測定と評価です。それにより、ネットポジティブなアウトカム(例えば、スコープ4など)を実証することができます。

信頼は、AIモデルの設計、導入、学習および利用に伴う組織的リスクの把握と評価からも生まれます。

第2章  AIを活用したサステナビリティ活動への包括的な取り組みと価値創造
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第2章

AIを活用したサステナビリティ活動への包括的な取り組みと価値創造

AIは自然環境や社会、経済が持つ大きな価値を引き出すために、必要なインサイトをタイムリーに創出するための手助けができます。

今後、今日より「遅い日」は二度と来ません。自然体系の変化の加速に、人間側のシステムの変革・変化の加速が重なり、データは増える一方で、テクノロジーの開発と導入も加速を続けています。自然体系と人間側のシステムの相互作用が複雑化を招き、新たな価値創造の大きなチャンスとリスクをもたらしています。
 

「サステナビリティは、一筋縄ではいかない複雑な問題です。従来の直線的な手法では、サステナビリティの課題を理解し、解決することはできません。だからこそ、テクノロジーとイノベーションが極めて重要になるのです」とDavid Rae(EY Global Technology and Innovation Lead, Climate Change & Sustainability Services)は述べています。


変革・変化の速度や規模および複雑さが増す状況に直面するビジネスリーダーにとって、データと意思決定は課題の1つとなっています。より迅速で責任ある意思決定をサポートするために、チームはどのようにすれば素早く洞察(コンテクストやコンテンツ、アクセス)を得ることができるのか。どのようにデータを活用すれば、必要な期限内に新たなサステナビリティ・ソリューションを生み出すことができるのか。


検出と予測、生成にAIを活用すれば、リーダーはタイムリーな洞察を生み出すことができます。その結果、サステナビリティへの取り組みに自信を持って思い切った措置を講じ、自然環境や社会、経済が持つ多大な価値を飛躍的に高めることができます。


AIが持つ多大な力は、1つのブレークスルーで生まれたものではありません。生産性と効率性の向上の複合効果と、徐々に加速してきたイノベーションのたまものです。(テキストプロンプトにより)あらゆる種類のコンテンツとインサイトを創出する時間とコストを基本的にゼロにすることで、生成AIは、私たちがより多くのアイデアをより迅速に生み出すことを可能にしました。生成AIモデルは、日常的な業務を自動化して研究開発プロセスを加速させ、研究者が観念化と複雑な問題解決に集中することを可能にし、仮説と新規設計の研究・調査や試験、反復改良のさらに一歩先へと仕事を拡大させることができます16。これが、新製品や新サービス、新手法の開発における自己強化の加速につながるはずです。

2023年度のEY Sustainable Value Studyのインサイト

変革的CSuO(最高サステナビリティ責任者)は、データやテクノロジー、AIを価値創造を加速させる原動力と位置付ける人が多い傾向にあります。

2023年度のEY Sustainable value Studyのインサイト

520名のCSuO(または、それに相当する業務を担当する経営幹部)を対象にしたEYのグローバル調査


資源スチュワードシップ:ネットゼロ社会の実現に向けて

ネットゼロ経済に移行し、地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)内にとどまれるかどうかは、持続可能な新しい製品とテクノロジーの開発、既存のビジネスモデルから持続可能なビジネスモデルへの脱却、さまざまな新しいビジネスエコシステムの構築にかかっています。

資源スチュワードシップでは、あらゆるAI技術が果たす、以下のような役割がますます大きくなってきました。

  • 公平な循環型サプライチェーンの実現
  • 資源消費量の削減
  • エネルギーとモビリティの脱炭素化
  • 持続可能な製品とサービスのイノベーションの加速
  • 素材科学の進歩
  • 生物多様性の保護と向上

例えば、炭素回収・利用・貯留向け先端材料の発見を加速するためにAIを活用したツールが利用されています。AIは、材料の使用量を20%減らすことができ、亜酸化窒素を吸収する道路インフラ用コンクリートブロックの設計にも役立てられています17

EY Space Tech Labは、コンピュータビジョンを衛星画像に適用し、1日5万トンの水の損失を招いていた水道システムの水漏れ箇所を特定しました。より広い視点で見ると、AIと地球観測データは、幅広い資源スチュワードシップの問題とチャンスに対応しています(オーストラリアのEY.com経由)。具体的には、GHG排出源のマッピングや生物多様性の把握、森林破壊の防止、自然環境を活用した炭素除去に対する信頼の向上などです。

生成AI「Copilot」は、現在のような状況をもたらした、持続可能でないビジネスパラダイムを見直す手助けにもなります。『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌が論じているように、AIはより優れた問題提起をし、より革新的になり、より大きな問題を解決するサポートができます。

サステナビリティは、一筋縄ではいかない、複雑な問題です。従来の直線的な手法では、サステナビリティの課題を理解し、解決することはできません。

レジリエンスとリスク管理:適応し、備える

気候変動による多大なインパクトが短・中期的に続くと予想されるなか、地域社会のレジリエンスを高め、将来の気候に合わせたインフラ整備を確実に進めることで、人的コストと、予測不能なカスケード効果のリスクを軽減できると考えられます。

ほとんどの経済システムやインフラ、法的契約、事業経営上の前提は、今となっては時代遅れとなった気候や資源の可用性についての前提を基に確立されたものです。気候インパクトが私たちの予想を打ち砕き続ける今、AIは、都市やエネルギー、資源ネットワーク、グローバルなサプライチェーンの自然体系をモデル化し、予測的に適合する新しい能力を備えています。

ディープラーニングは、複雑な自然体系の変動や、アマゾンの砂漠化、グリーンランドの氷床融解、北極圏の海氷消失によるメタンガスの放出など、不可逆的で壊滅的な環境変化への初期シグナルを把握する方法について、新しいインサイトを創出しています18

このようなマクロリスクについてのインサイトを提供するだけでなく、AIはローカル規模でレジリエンスを構築することもできます。EYの2024 Open Data Challengeで焦点を当てているのは、利用できるデータの乏しい国・地域における、AIを活用した地域沿岸レジリエンスの構築です。参加者は、衛星データと機械学習のアルゴリズムでインフラとエコシステムを識別する分類モデルを使い、こうした環境の基準データを構築します。次に、これらのモデルと生成AIを利用して、地域沿岸の脆弱性に対処する気候リスク計画を策定します。

「企業は今後、事業を展開する地域社会が繁栄しないかぎり、成功を収めることができなくなるでしょう。持続可能な開発を目指すべき指針とし、このようなAIとデータサイエンスを活用したイノベーションにより、地域社会のレジリエンスを高めることができ、ひいては長期的な経済的レジリエンスを構築できます」とHinishは言います。

 

環境・社会・ガバナンス(ESG)情報開示:測定し、報告する

サステナビリティのバリュードライバーとしての役割が大きくなってきました。透明性の向上と実証可能な行動といったステークホルダーの要求に応えることは、今後ますます急務になるでしょう。

新しい経済の構築に必要となる、持続可能な企業と資産への投資を呼び込むうえで、信用と透明性の向上は欠かせません。

EY Corporate Reporting and Institutional Investor Surveyによると、投資家の99%がESG情報開示を意思決定プロセスに取り入れている一方で、76%は提供する情報の種類を企業が取捨選択していると感じています。

今後は、ESG情報開示の枠組みや規制(例えば、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)、EUの企業サステナビリティ情報開示指令、気候関連財務情報開示タスクフォースなど)の世界的なすり合わせが拡大し、透明性と統一性、比較可能性が高まり、情報開示のさらなる厳格化が求められ、グリーンウォッシングだと非難されるリスクも高まるでしょう。

こうしたすり合わせの取り組みとして、気候リスクや生物多様性インパクト、資源利用の一元化、包括的な環境へのアプローチのほか、スコープ3の排出量や、サプライヤーが地域の生態系や地域社会に与える影響など、サプライチェーンの重視などが挙げられます。

その結果、企業は厄介なデータの課題に直面しています。その場所固有の気候リスクの推定値から、森林破壊、水の利用、トレーサビリティに関する表示まで、あらゆる種類の膨大なデータを合成しなければなりません。

すべての枠組みや規制の内容を合致させなければ、さまざまな速度でサステナビリティの規制が導入される現状が続くことになり、グローバル企業は、複数の機関と国・地域に情報を開示する必要があります。複数の国・地域で事業を展開する大企業は往々にして、それぞれ異なる要件を満たすために、同じレポートをグローバル版と各国版にまとめなければなりません。

変動が激しく、不確実で、複雑かつ曖昧(VUCA)なビジネス環境において、生成AIと他のAI技術は、組織がESG情報開示に対応し、新たな価値を実現するのに役立ちます。例えばAIの活用により、以下を行えます。

  • ESGに関わる、多様かつ複雑で大量のデータ(例えば、内部ソース、公的記録、ソーシャルメディア、ニュースなど)を処理・解析し、企業のESGパフォーマンスについて包括的な視点を持つ。
  • 過去のデータを使って今後のESGの傾向とアウトカムを予測し、それを参考にリスクを予測、軽減し、状況の変化に対応し、情報に基づく意思決定を行う。
  • ESGデータの収集と処理、報告を自動化し、効率化を図り、人為的ミスが生じる可能性を減らし、急速に変化する社会でより頻繁かつタイムリーな情報開示を可能にする。
  • データを活用したインサイトを得、主観的な解釈をできるだけ減らし、投資家や規制当局、一般の人々などのステークホルダーとの信頼関係構築に不可欠な、ESGレポートの透明性と正確性を高める。
  • シナリオ分析とストレステストを行い、さまざまな状況の下で、ESGが組織に与える影響がどのように異なるかを把握して、複雑さと曖昧さに対処する。
  • 膨大なデータを解析し、その結果を参考に、従来の解析方法では明らかにならない可能性のあるESG関連のリスクと機会を把握する。
  • 同業他社の実績や業界基準に照らしてESGパフォーマンスのベンチマーキングを行い、組織の立ち位置と、改善が必要なのはどこかをより明確に把握する。
  • 新たなデータと経験から学び、適応力が鍵を握るVUCAなビジネス環境で分析・解析力と情報開示能力を継続的に向上させる。

「生成AIは、リーダーが大量の異なるデータに容易にアクセスし、インサイトを得、ESG情報開示の要件をより動的な形で満たすことを可能にします。不安定なビジネス環境において、企業はサステナビリティ課題の加速と変化に対処しています。今後は手作業で作成したESG開示情報では、ステークホルダーのニーズに応えられなくなる可能性があります。自動的に生成される、ESGの動的なインサイトとESG対策へのシフトをAIが可能にすると考えられます」とRaeは述べています。

 

AIを活用して包括的に取り組み、持続可能な価値を引き出す

サステナビリティに貢献するAIの価値をフルに引き出すには、組織で一本化した、トップダウン型の幅広いAI戦略にそのことを盛り込まなければなりません。AI関連の取り組みは、技術チームが単独で担当し、既存のプロセスの向上に重点を置くケースがあまりに多く、経営幹部が主導し、より幅広いビジネストランスフォーメーションの着手につなげられる事例はまだ少ないのが現状です。

サステナビリティ戦略は事業戦略に沿ったものにすべきです。AIがもたらす持続可能な価値創造の機会は、そうすることで生まれます。ビジネスリーダーは何がバリュードライバーであり、どのようなビジネスアウトカムが得られるかを自問しなければなりません。

昨今の話題の中心は生成AIですが、別の形態のAIがこれに取って代わられるわけではないことを忘れてはなりません。生成AIはむしろ、パターン認識から機械学習、真の認知力まで、「もうひとつのAI」へのアクセスポイントなのです。他の種類のAIは引き続き幅広い用途を備え、生成AIにインプットを提供することができます。

デジタルトランスフォーメーションと同様、テクノロジーの獲得は比較的容易にできるでしょう。中心的な課題は、テクノロジーの価値をフルに引き出すうえで必要な、人を中心に据えた幅広い組織変革(行動や職場文化、インセンティブ制度)の実現です。

ビジネスリーダーは、サステナビリティへの取り組みにAIを活用することを模索していますが、そのためには、生成AIの戦略と取り組み全体という文脈で、組織全体のサステナビリティの課題とその各々に適したAI技術を検討する必要があるでしょう。

第3章  誰もがサステナビリティに取り組むことを可能にする
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第3章

誰もがサステナビリティに取り組むことを可能にする

生成AIは、誰もがサステナビリティのデータやインサイトにアクセスし、個人で、また連帯してサステナビリティに対応する可能性をもたらします。

サステナビリティはすべての人の問題であり、生成AIはこれに対応する新たな可能性を人に提供します。

ビジネスリーダーは、組織のデータについてより優れた問題提起をし、より迅速かつより責任ある意思決定に必要なインサイトが得られる新たな能力を手にしました。生成AIはチームが各メンバーの創造力と情熱を触発し、組織やクライアントのサステナビリティ・ソリューションを生み出す手助けにもなります。

生成AIが爆発的に普及する前から、市民団体ではすでに、企業や政府に対する影響力を強める目的で、機械学習など、アクセス性が増すAIツールを利用していました。例えば、非営利の世界的な気候変動対策連合Climate TRACEは、AIを利用して衛星観測データを解析し、それを他の複数のデータセットと組み合わせ、気候を最も汚染させる資産の世界的なインベントリーを作成しました。今後は生成AIを活用することで、サステナビリティ・ソリューションを構築するとともに、公共セクターと民間セクターの責任を問う新たな能力を市民団体は得られるでしょう。

地域社会も、リスクを評価し、その場所固有のソリューションを設計する新たなケイパビリティの恩恵を受けられると考えられます。Queryable Earthは、地域社会が気候リスクを低減し、環境正義を増進し、再生的なアウトカムを生むために利用できる、非常にローカルな持続可能性データの洞察を与えてくれます。

個人は、生成AIにより、サステナビリティに資するイノベーションを起こし、協力し合い、活動を活発化させる新たな可能性が得られるでしょう。生成AIがスキルギャップを解消し、不平等を軽減することを裏付ける新たなデータもあります。LLMやCopilotの適用により、誰もが価値のあるスキル(例えば、ソフトウェアエンジニアリング、設計、芸術創作、論文の草稿など)にアクセスできるようになり、非熟練労働者のスキルを高めることで参入のハードルを下げることができます。

その一方で、AIソリューションを開発するための基本的なモデルと教育へのアクセスは依然として重要です。例えば、女性は国を問わず、AIのスキル面で男性に後れを取っています19。生成AIの開発の加速に伴い、先進国と新興国の住民の間で、あるいはその他の社会的階層間で、既存の情報格差(デジタルデバイド)が拡大しかねません。

生成AIは、サステナビリティのデータやインサイトに誰もがアクセスすることを可能にします。またビジネスリーダーが組織のデータについてより優れた問題提起をし、地域社会がその場所固有のソリューションを設計し、個人がスキルギャップを解消することを可能にします。


スキルアップと職場文化、マインドセットが鍵

生成AIが持つ、トランスフォーメーションの可能性を組織で引き出すためには、従業員がこのテクノロジーにアクセスし、活用する環境を整えなければなりません。しかし、それには単に生成AIを利用できるようにする以上の対応が必要です。

EYのチームとオックスフォード大学が共同で行った調査の結果から、人を中心に据えたトランスフォーメーションへのアプローチにより、優れたアウトカムが得られる確率を2.6倍高められることが分かりました。近年のデジタルトランスフォーメーションは、当初は緩やかに、その後急速に進みましたが、管理職や現場の従業員に職場文化や考え方の転換を促さなければ、テクノロジーとスペシャリストチームへの投資は容易に頓挫しかねないことを教えてくれました。

AIの持つ可能性をフルに引き出すには、新たなテクノロジーだけでなく、新しい働き方の面でも、幅広いスキルアップが必要です。EYでは、40万人を超えるスタッフのスキルアップを図っており、全員が当社独自のLLM「EY.ai EYQ」にアクセスできるようになりました。EYのチームを、生成AIのサステナビリティユースケースの最初のクライアントと位置付けるようメンバーに促すことで、ユースケースを作り込んだ後に、クライアントに提示することができます。

第4章  サステナビリティへの取り組みを加速させる行動
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第4章

サステナビリティへの取り組みを加速させる行動

AIの活用によってサステナビリティへの取り組みを加速しましょう。

「私たちは今、自然体系の変化の加速に合わせ、人間側のシステムも責任を持って多大な変化を遂げなければならないという大きな変曲点を迎えています。同じような対応を続けていては、人間と地球のネットゼロ達成に向けた進展の格差を埋め、私たちが必要としている、未来に適合する(フューチャーフィットな)レジリエンスを構築することはできません」とHinishは指摘します。

AIは、生産性と効率の複合的な加速と、イノベーションの迅速化により格差・ギャップを解消する一助となります。その鍵を握ると思われるのは、生成AIを活用して、インサイトをより迅速に得、より早く、かつより責任を持って決定を下す能力です。

この可能性を実現するには、AIに対する信頼を構築し、人を中心に据えた責任あるアプローチをとることで、すべての人に価値をもたらさなければなりません。具体的には、AIを活用してサステナビリティの課題にAIを適用するための包括的なアプローチをとり、誰もが平等に生成AIにアクセスできる環境を整備して、持続可能なインパクトをもたらす人々の可能性を高めることが必要です。

サステナビリティへの取り組みを加速させるこの取り組みをAIの活用から始めるにあたっての、ビジネスリーダーのアジェンダは以下のとおりです。

  1. まず、始める:生成AIは成熟したテクノロジーなので、サステナビリティの課題への対処に今すぐ活用することができます。座して待っていては、目標達成が遅れ、競合他社に後れを取り、AIがサステナビリティへの取り組みにもたらすことができる複合的な加速を遅らせるだけです

  2. 注力する:過去10年間のデジタルトランスフォーメーションは、表面的な対応やサイロ化した取り組みの維持がもたらす落とし穴を明らかにしました。生成AIだけでなく、このテクノロジーが持つ価値をフルに引き出すために、組織文化の変革や考え方の転換、新しい人材、スキルアップにも投資をしましょう。

  3. 共創する:複雑な自然体系や経済・技術システムの変化や変革には、クライアントやビジネスパートナー、政府、市民社会、学界、クリエイティブ業界との幅広い連携が必要です。一方、その変化や変革を効果的かつ公正なものにするには、影響を最も受けるステークホルダーと共同でサステナビリティ・ソリューションを開発する必要もあります。

  4. 巻き込む:組織全体が生成AIにアクセスできるようにし、サステナビリティの取り組みに向けた従業員の創造力と情熱を引き出しましょう。LLMに多様なインサイトと実体験が確実に取り込まれるよう対応してください。

  5. 試行する:生成AIは、より迅速に問題を提起し、反復改良することを可能にします。これを活用して、アウトカムを明確に描こうとするのではなく、より優れた問題提起や試行、学習に注力しましょう。

  6. イノベーションを起こす:AIを活用して価値の低い調査業務を自動化し、その能力を利用して大量のデータを処理し、イノベーションチームが観念化と複雑な問題解決に集中できるようにして、持続可能なイノベーションを推し進めましょう。

  7. 統治する:AI関連の取り組みの中心に人的価値を据え、社内外で信頼を構築し、持続可能なアウトカムを実現しましょう。

  8. リスクを低減する:確率モデルであるLLM固有のリスク(例えば、偏見、ハルシネーションなど)を理解し、このモデルのライフサイクル全体を対象としたリスク管理アプローチで信頼を構築しましょう。

  9. 報告する:AI関連の取り組みによってもたらされた持続可能性への影響を測定し、報告しましょう。スコープ4などの指標で、ネットインパクトを評価してください。

  10. 共有する:AI関連の試みや取り組み、その成否、学んだ教訓を包み隠さず発信しましょう。

 


本稿の執筆に関し、EY.aiEY Sustainabilityチームのメンバーである、以下の人たちの貢献に深く感謝します:Rouzbeh Amini、John de Yonge、Ben Falk、Seth Flory、Sheri Hinish、Mary-Ivy Mbayah、David Rae、Swathi Sivaraman、Prianka Srinivasan。



【共同執筆者】
EY Japan・EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 アドバイザー  松永 達也


サマリー

気候変動と生物多様性は相互に関係し、その影響は加速しています。それにもかかわらず、世界的規模での対応はなかなか進まず、企業の取り組みも失速しつつあります。

AIは、複雑さに対応し、より早くインサイトを得て、責任ある意思決定を下すことでサステナビリティへの取り組みの格差を解消する一助となります。これが、自己強化の、ポジティブな加速につながるはずです。

この可能性を実現するには、AIの持続可能な開発と導入に対する信頼を築き、サステナビリティの課題にAIを適用するための包括的なアプローチをとり、誰もが平等に生成AIにアクセスできる環境を整備して、持続可能なインパクトをもたらす人々の可能性を増大させることが重要です。



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