- 世界全体のIPOは、前年同期比で件数が5%、調達額が32%の減少
- 新興国が世界全体のIPO件数の77%、調達額の75%のシェアを占める
- ユニコーンIPOは、件数および調達額ともに前年同期比80%減という著しい落ち込み
EYは、2023年第3四半期(以下、3Q)のIPOに関する調査結果を発表したことをお知らせします。世界のIPO市場では、2023年1Qから3Qにかけて、968件のIPOが行われ、調達額は合計1,012億米ドルとなりましたが、これは前年同期比でそれぞれ、5%と32%の減少でした。こうした状況にもかかわらず、新規株式公開後の株価の推移が、1Qおよび2Qと比べて3Qには目立って改善しているなど、マーケットは勢いを取り戻しつつあります。世界のIPO市場は、2023年1Qから3Qの間に、市場ダイナミクスの転換を経験しました。具体的には、株式市場の投資家心理が主要先進国で向上したこと、米国では今後も注目を集めるIPOが行われる見込みであること、新興国のIPO市場は堅調であること、中国のIPO市場が冷え込む状況となったことが挙げられます。これらを含む調査結果は、EYの四半期レポート EY Global IPO Trends Q3 2023(以下、「本調査」)で公表しています。
新興国では、経済成長のスピードが先進国より早いことが主因となり、IPO市場は過去10年間で件数、調達額ともに30%以上の増加となりました。2023年の現時点までに行われた世界全体のIPOのうち、件数の77%、調達額の75%を新興国が占めています。インドネシア、マレーシア、インドなどすでにIPOが好調な新興国に加えて、トルコ、ルーマニアなどの国々が、活発なIPOシーンに新たに加わりました。先進国では、米国で規模のより大きなディールの件数が増えた一方で、日本とイタリアでは規模のより小さなディールが成長を見せました。
テクノロジーセクターは、2023年の世界のIPO活動を引き続きけん引しています。しかし、今年最大となる半導体設計会社アーム社のIPOを除外した場合、テクノロジーセクターは全体で調達額の減少となります。人工知能(AI)スタートアップのIPOにおいては件数の大きな増加は見られませんでしたが、IPOパイプラインには登場し始めています。そして、2位の座に輝いたのが、サブセクターのほとんどが堅調な拡大をしている製造業でした。その一方で、ユニコーンIPOは、件数、調達額ともに前年同期比80%以上の減少と大幅な落ち込みとなりました。この傾向は、テクノロジー、ヘルス&ライフサイエンスといった従来の成長セクターで顕著でした。
エリア別パフォーマンスの概要:すべてのエリアでIPO後の株価が上向きに
Americas(北米・中米・南米)では、2023年1Qから3Qまでの調達額が193億米ドルに達し、前年同期比159%の大躍進となりました。2023年の現時点までに行われた113件のIPOのうち、96件が米国で行われたものでした。米国はまた、クロスボーダーIPOが増加した唯一のマーケットであり、待望の超大型のIPOが複数行われる舞台となる見通しです。SPAC(特別買収目的会社)によるIPO活動は、2023年現時点で、調達額が7年ぶりの低水準に達し、2016年以来見られなかったレベルまで落ち込んでいます。伝統的なIPOの市場が回復基調にあるのに対して、SPACによるIPO活動は、ここしばらくは静かな状態が続く可能性があります。なぜなら、SPACにおける焦点が、目標企業との合併が終わっていないSPACの合併を完了させること、またはそうしたSPACを解散することへシフトしているからです。
Asia-Pacificの2023年9月末までのIPO活動は、前年同期比で件数が8%、調達額は41%の減少となりましたが、世界全体のIPOの約60%がAsia-Pacificで行われるという、プラスとマイナス要素が混在した複雑な状況となっています。Asia-Pacificの大多数の国では、印紙税の低減などの施策を通して、政府が経済成長やIPO活動の活性化を引き出すため努力を続けています。また、Asia-Pacific主要国でIPO活動が弱まっているため、Asia-Pacificで過去2年間に行われたディール数はそれまでと比べて減少しています。しかし全体的には、大規模ディールがパイプラインにあるというプラスの見通しが存在しており、2023年4Qまたは2024年初頭にはIPO活動がわずかに増加することが期待されています。
EMEIA(欧州・中東・インド・アフリカ)では、2023年現時点までに、286件のIPOが219億米ドルを調達しました。これは、前年同期比で、件数で2%の上昇、調達額で44%の減少となっています。EMEIA内にある証券取引所は、金融情勢と市場の流動性の引き締めという「ニューノーマル」に適応しており、投資家の信頼が高まっていることで、驚くほど堅調で安定した状態を保っています。EMEIAで目立った傾向として挙げられるのが、エネルギーセクター企業のESG(環境、社会、ガバナンス)関連のエクイティストーリーを受けて、投資家のIPOへの関心が高まっていることです。
2023年4Qの展望:新たな金利環境
EY Global IPOリーダーのGeorge Chanのコメント:
「投資家は、流動性の引き締めと資本コストの高騰に直面しているため、ファンダメンタルズが盤石で、収益性の高い企業へ目を向けています。その結果、IPOを検討している企業は、財務の健全性と適正な企業価値を創造する可能性を実証する必要があります。上場した企業の公募価格と現在の価格のギャップが狭まるにつれ、投資家は新たに株式公開した企業の株価の推移を検討し、その結果が好ましいものである場合は、IPO市場への信頼を新たにできる可能性があります」
主要先進国では、中央銀行が長引くインフレを目標レベルまで引き下げる施策を行っているため、金利が高止まりすることが見込まれます。その結果、資本コストが高くなる状態が続き、信用状況が引き締められ、資金調達がさらに難しくなっています。
投資家は、企業がいかに速く成長し、いかに評価額が高まるかということよりも、経済が弱い状況でも強固な財務状態、健全なキャッシュフロー、そしてレジリエンスを維持しているかなどのファンダメンタルズにより関心を持つ状況が続くでしょう。また、投資家は、ESGの概念を持つ企業や、自社のビジネスモデルとオペレーションにAIアプリケーションを活用していることを実証できる企業により興味を示すでしょう。
IPO候補企業は、革新的なビジネスモデルを素早く導入し、サプライチェーンの制約やマクロ経済的課題に直面してもレジリエンスを維持する必要があります。また、豊富な手元資金を有し、テクノロジーやAIアプリケーションを活用することで、新しいビジネスの進め方に適応する柔軟性を持つ必要もあるでしょう。」
EY Japan IPOリーダー/EY Startup Innovation共同リーダー/EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター長の齊藤 直人(さいとう まさと)のコメント:
「日本のIPOマーケットでは、IPO件数、資金調達額、さらには公募時時価総額ともに回復傾向にあります。3Qまでで、IPO件数は66件と昨年の52件を上回る推移となっています。調達資金が100億円超の案件は10件となり、昨年の3社から大幅に増えております。公募時時価総額が1,000億円を超える案件は4社となり、昨年の2社と比べても倍増しています。このような足元の推移から、IPOマーケットの力強さが増してきており、本年度のIPO件数は100件前後となるものと予想されます」