行動ターゲットとビジネス
GBFが最も注目されるのは重点的に取り組む2030行動ターゲットです。
2010年から2020年までの「愛知目標」は20個のターゲットだったのに対し、GBFでは2個増え、7月現在22個のターゲットが協議されています。それらのターゲットは主に3つの分野に分かれ、今後それぞれの進捗状況をモニタリングするための指標なども設定される見込みです。
(1) 生物多様性への脅威の削減(ターゲット1~8)
これらのターゲットはCBDの目的(1)「生物多様性の保全」に該当し、生態系の維持、回復および再生によって生物を保全するとともに、外来種侵略や汚染物などによる悪影響を減少させることを目指します。最も注目を集めているのは、ターゲット3「陸・海の重要地域を保護」であり、2030年までに陸域と海域とともに生態系の保護面積を30%にすることを目指す目標(30by30)の検討です。また2021年から2030年までは「国連の生態系回復の10年」と定められており、生態系の維持、回復、再生に関わるターゲット1と2も重点的に進められることが期待されています。また、ターゲット7において「プラ廃棄物削減」が生物多様性の汚染源として指定されたことも注目点です。近年日本国内においても大きく関心が寄せられている海洋ごみ、プラごみの生物多様性への影響を明確に示すことは、これからプラスチック廃棄物削減に取り組む企業にとっても大きな追い風になると考えられます。
(2)持続可能な利用と利益配分を通じて人々のニーズを満たすこと(ターゲット9~13)
これらのターゲットは、CBDの目的(2)「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」と(3)「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」に該当し、持続可能な利用を通じた生物多様性の保全を提唱し、生態系サービスなど生物多様性から得る恩恵と利益を全ての当事者に公平に分配することを目指します。特に先住民族および地域コミュニティ(Indigenous Peoples and Local Communities: IPLCs)の伝統知識、文化、権利を尊重し、彼らの意思決定参加と合意を通じて遺伝資源へのアクセスを促進し、遺伝資源や伝統的知識から生じる利益を公平に分配することが重視されています。特にターゲット10では農林水産業セクターが言及され、この業界の責任と役割が提示されています。今後はサプライチェーンにおいて農林水産業と関連する事業者は持続可能性に関して一層留意することが求められると考えられます。
(3)実施と主流化のためのツールと解決策(ターゲット14~22)
これらのターゲットは、上記のターゲットを含めたGBFの達成に必要な消費転換、政策導入、能力開発と多様な主体の参画に関するもので、パートナーシップの強化などに関連しています。具体的には各国の政府によるバイオセーフティー措置の確立、生物多様性にとって有害な補助金の改革や撤廃、能力開発、技術移転と科学協力を強化するための資金計画勘案と途上国への国際的な資金協力の促進を求め(ターゲット17、18、19)、また、啓発、教育および研究を推進し、女性、若者を含め多様な主体の意見や伝統的知識を生物多様性の意思決定に取り入れるよう公平な参加を確保し、各主体の権利を尊敬することとしています(ターゲット20、21、22)。企業・事業者には、生物多様性の依存状況と影響を評価、報告し、負の影響を低減し正の影響を増加させ、ビジネスへの生物多様性に関連するリスクを削減し、生産活動とサプライチェーンにおける完全な持続可能性を目指すこと(ターゲット15)と、消費者に持続可能な消費の選択肢を提供すること(ターゲット16)が求められます。
このように、GBFの22ターゲットのうち、4ターゲット(7,10,15と16)はビジネスに直接に関連しています。特にターゲット15はビジネスセクター向けのターゲットとして単独に掲げられるほど、愛知目標と比較しても、これまでにない程ビジネスの役割が著しく強調され、生物多様性保全への貢献が大きく期待されていることが伺えます。企業・事業者に対しては、生産過程から商品・サービスの提供までサプライチェーンのあらゆる過程において、原材料調達だけではなく、製造、運送、販売、消費、廃棄物処理においても、いかに生物多様性への負の影響を減らし、そして可能であれば正の影響(バリュー)を生み出すことがこれから当たり前のようにスタンダードになります。そして社会変革を起こすために、ビジネスのバリューチェーンを根本的に見直すことが求められます。
GBFの実施・達成に向けて国内の動向
日本国内では、30by30目標やGBFなどの次期国際目標・国内戦略の達成に向けてさまざまなステークホルダーの参画と連携を促進し、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する取り組みを推進するための「2030生物多様性枠組実現日本会議」(J-GBF)が2021年11月に設立されました。この会議は主にビジネスフォーラム(経済3団体が中心)、地域連携フォーラム(自治体などが中心)、行動変容ワーキンググループ(有識者・NPOなどが中心)で構成され、事業者が中心となって生物多様性の保全への貢献を高めることが期待されています。
経団連は生物多様性宣言イニシアチブ(2009年制定、2018年、2020年改訂)を実施しており、これに取り組む、あるいは全体の趣旨に賛同する企業と団体は2022月3月時点で256社・団体となっています。また2020年11月に環境省と経団連は「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」を立ち上げました。これは日本企業がGBFの各目標の達成に寄与する技術、製品・サービスを有していることや優れた取り組みを国内外への戦略的に発信することを目的としたものであり、現時点では金融、建設、不動産、運輸、化学工業、生命保険、製造などの54社が参加しています。
一方、環境省では、次期生物多様性国家戦略の策定準備も進んでおり、GBFが採択された後数カ月以内に決定する予定となっています。これまでの報告では、ビジネスと生物多様性との好循環、そしてライフスタイルへの反映などが言及されており、企業・事業者には自然資源利用における持続可能性の確保や社会変革を推進することが求められる見込みです。また、TNFDの設立などの動きを受けた日本企業による生物多様性保全への取り組み状況に関する影響評価や情報開示に係るガイドラインの充実や、投資市場への適切な情報開示を支援する情報基盤の整備も必要と考えられます。
このように国際的な動向に応じ国内では産官学民が連携した生物多様性保全の取り組みがすでに本格的に動き出しており、日々加速しています。
企業・事業者活動とGBF
企業・事業者はまず、自社の事業活動における生物多様性と自然資本への依存と影響など、リスクの把握、整理が必要です。企業・事業者は事業活動が直接的または間接的に自然環境に悪影響を及ぼしている場合、評判の低下、法的措置、または経済的損失を通じて事業と企業自身にも影響を与える可能性があります。一方、自然環境の持続可能性を配慮した事業活動に取り組めば、環境、経済、社会によいインパクト(影響)を与えることも可能です。また、資源の依存、企業・ブランドの評判、財務的影響、保険金高額請求、政策や法律規制への対応などのリスクを回避、軽減するための新たなビジネスプロセスやイノベーションの創出、新商品やサービスの開発、運営改革による企業イメージの向上などは、ビジネスを伸長させる機会にもなり得ます。
TNFDなどの国際的な生物多様性関連の取り組みやパートナーシップは、GBFの採択後に急速に進展することが予想されます。特にTNFDに関しては、グローバルな目標設定はGBFの目標を参考とするなど、GBFの基本理念に沿って生物多様性だけではなく社会面へ考慮する視点も含んでおり、TNFD自体がGBFターゲットの達成ツールやインジケーターになる可能性もあります。