BEPS2.0最新情報と実務対応(後編) ②BEPS2.0 Pillar1 Amount B(利益B)に関するアップデート

情報センサー2024年5月 Tax update

BEPS2.0最新情報と実務対応(後編) ②BEPS2.0 Pillar1 Amount B(利益B)に関するアップデート


わが国では新たな国際課税ルールへの対応として、2021年10月の国際合意の実施に向けた取組みが進められています。経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策と呼ばれるBEPS2.0は、わが国の国際課税のみならず投資環境に大きな変化をもたらすことが想定されます。本稿では4月の前編に引き続き、その最新情報と実務対応を紹介します。


本稿の執筆者

EY税理士法人  国際税務・トランザクションサービス部  パートナー  矢内 卓人

2023年4月よりEY税理士法人にてパートナーを務めている。18年から22年までは、他Big 4の移転価格部門のパートナー、自動車部門のアジアパシフィック税務担当パートナーを務めた。15年から4年超、大手自動車メーカーの経理本部へ出向/常駐支援をし、社内で国際税務のプロジェクトリーダーとしてBEPS1.0導入、CFCや国内外の税務調査対応、知財管理等の各種案件をリードした経験を有する。京都大学大学院修了。


要点



Ⅰ はじめに

2021年10月に、140を超える国・地域が参加するOECD/G20 BEPS包摂的枠組みにおいて、新たな国際課税のルールとなる経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策(BEPS2.0)の国際合意が取りまとめられました。この国際合意は、市場国への新たな課税権の配分(第1の柱)とグローバル・ミニマム課税(第2の柱)の2つの柱から構成されています。

このBEPS2.0は既存の国際課税制度のみならず、クロスボーダー投資に大きな影響を与えるところであるため、前編(4月公開分)と後編(5月公開分)に分けてBEPS2.0の最新情報と実務対応を紹介しています。さらに、後編は2本の解説に分かれています。

後編②となる本稿では、第1の柱のうち移転価格税制の見直し(利益B)の概要と留意点を解説します。後編①では、納税者の実務対応上重要となる移行期CbCRセーフハーバー(TCSH)が適用できなかった場合の実務対応における留意点を解説しています。

なお、前編では、BEPS2.0の最新動向、令和6年度(2024年度)税制改正大綱の概要、そして第2の柱の実務対応上重要となる移行期CbCRセーフハーバー(TCSH)に関して2023年12月にOECDより公表された執行ガイダンスを踏まえた留意点を解説しています。

 

Ⅱ 利益Aと利益Bについての解説

昨今、OECDによる国際課税の新ルールとして、紙面を騒がせるものは、第2の柱(大規模多国籍企業がどの国で事業運営していても15%の実効税率を適用することを保証するもの)ですが、ここでは第1の柱(特に利益B)についての最新のアップデートをご紹介します。

第1の柱には、利益Aと利益Bの2つの考え方が存在します。

利益Aとは、市場国が、一定以上の売上規模と一定以上の利益率を誇る多国籍企業に対して課税権を得るものです。つまり、多国籍企業が市場国内の消費者に向けて事業を行い、一定以上の高い利益を得ている場合、当該多国籍企業の残余利益の一部に対して市場国が課税権を得るというものです。

利益Aの重要な点は、当該課税権と引き換えに、市場国はDST(デジタルサービス税)やその他の類似の一方的措置を撤回することに同意し、国際課税ルールの秩序を保つことにあります。

他方で、利益Aの導入には多国間条約(MLC)が必要であり、OECDが現在も議論と検討を重ねているところではありますが、いまだにその全容は見えていません。

第1の柱を構成するもう一方、利益Bとは、基本的な販売活動に対して、独立企業原則を簡潔に適用するための考え方です。簡潔に言えば、販売会社にはOECDが定めた一定の利益を保証する制度です。

ここで対象となる販売活動とは、小売、製造や研究開発等の非販売活動をほとんど又は全く行わない、有形資産の卸売活動のことを指します。基本的な販売活動には、再販のための商品の購入、アフターサービスの提供、倉庫管理、物流、請求書の発行・回収等の、基本的な販売活動が含まれます。これらは、ユニークで価値のある無形資産を生み出し、事業リスクを負うような活動には当てはまらない機能です。

利益Bを簡潔に言えば、ある国の販売会社が一定利益を得ていない場合に、当該国の税務当局が簡単に所得更正を行えるようにする制度です。

当該国は、取引単位営業利益法(TNMM)を適用する手順を踏む必要はなく、比較対象企業のリサーチ等を行う必要もありません。

利益Bの背景にある考え方は、基本的にはステークホルダーの時間と労力を節約し、移転価格課税、税務調査等に関する納税者と税務当局間の紛争を減少させることで、概念は単純ですが、実際に提案されているアプローチの仕組みには複雑さが残ります。

 

Ⅲ 対象企業の選定

利益Bアプローチには以下のような具体的な手順があります(<図1>参照)。

まず、卸売業者やコミッショネアのような単純な販売活動に従事する企業のみが対象となります。販売先が第三者の取引が対象となり、コモディティ商品やデジタル商品を扱う企業や販売先が関連者である企業等は対象外となります。

図1 Amount Bの対象となるケース(適格取引: Transactions in-scope)

図1 Amount Bの対象となるケース(適格取引: Transactions in-scope)

次に、定量基準を満たすかどうかの検討を行います。売上高営業費用率(OES)が3%以上、20%~30%未満である場合に利益Bの対象となります。なお、20%~30%の間のどの水準が適用されるかは各国の国内法に委ねられています。

ここで、OES比率が一定範囲内に収まるかどうか確認することで、特殊な機能を持つ販売企業を対象外とするように、つまり、基本的販売活動以外の活動を行う企業を対象外とするように配慮しています。

 

Ⅳ 保証すべき利益水準

利益Bを適用した場合、販売企業が獲得すべき利益水準は<表1>のマトリックスによって定められます。マトリックスの利益率は、EBIT、つまり税引き前利益を売上で割ったもので、縦軸は営業資産と営業費用の多寡で分類、横軸は産業グループで分類をしています。

表1 要求される利益水準

表1 要求される利益水準

(EYにて作成)

縦軸と横軸の組み合わせに応じて、1.5%から5.5%の範囲で、売上高営業利益率が定めてあり、販売企業が保証すべき利益水準は、当該マトリックス内の数値のプラスマイナス0.5%とされています。

地理的影響と機能の高低に対処するための処置も行います。具体的には、<表1>のマトリックスと比較して、利益水準に大きな違いがある国や地域については、カントリーリスクに応じて利益水準を加算調整します。加え、機能の高低に対処する調整としては、<表1>のマトリックスで定めた利益水準を分子として、分母に対象となる販売企業の営業費用の実績値を当てはめた場合に、一定の比率内(10% ~40 or 60 or 70%又は10% ~ 45 or 70 or 80%)であれば調整なし、比率外であれば、当該比率のエッジまで分子の利益を加減算調整します。ここでの考え方は、販売企業が保証すべき利益が、当該企業が事業活動において投下する営業費用から見て不均衡でないことを確認するものです。

 

Ⅴ 利益B導入国に関する見通し

利益Bの導入は各国の国内法の制定に委ねられています。つまり、各国は、自国の納税者に対して、利益Bの適用を義務化する、利益B適用について選択権を与える、もしくは利益Bを導入しないか、のいずれかで国内法を制定すると現時点では考えられています。

OECDによれば、24年3月末までに利益Bの導入国のリストを公表するとのことでしたが、現時点でいまだそのようなリストは開示されていません。

利益Bの導入が、各国で任意となる場合、実際に利益Bによる所得更正が起きた時の対応的調整がどのようになるのかが、企業にとっては重要なポイントとなります。つまり、あるアフリカ諸国で利益Bが義務化され、当該アフリカ諸国に所在する日系企業の販売子会社が利益Bによる所得更正を受けた場合、日本本社との取引がメインであれば、(義務化か選択制かは不明だが)利益Bを導入する見込みの日本国では、(今後租税条約の25条の改定が予定されているため)これまでよりも円滑な対応的調整が利益Bの新ルールに従って行うことができると見込まれます。

しかし、日本本社との取引がメインではなく、仮にアジア統括会社との取引がメインであるような場合で、当該アジア統括会社の所在国では利益Bが導入されないケースでは、利益Bによる所得更正があったとしても円滑な対応的調整が当該アジア国ではなされずに、通常の条約25条に基づく相互協議がなされることになると考えられます。

つまり、利益B更正は、利益B導入国同士であれば円滑な対応的調整が望めるものの、利益B導入をしない国がサプライチェーンに入る商流において利益B更正が行われる時には、紛争解決は複雑化する可能性があることを示唆しています。

現時点では、ニュージーランドが利益Bは導入しないことを表明しており、オーストラリアやインドも導入しないことを明確にしているわけではありませんが、それぞれ選択制を支持することや、対象会社の選定に定量基準だけでなく定性基準も入れるべきという意見を有していると言われています。

 

Ⅵ 今後の動き

OECDによる24年2月の公表ではOECD移転価格ガイドラインの付録として利益Bが組み込まれました。そして、OECDは、前述のとおり、24年3月末までに利益Bの導入国のリストを公表するとのことで、今後のさらなる発表から目が離せない状況が続きます。

そして、もう一点の重要なポイントは、OECDモデル税制条約の第25条が、利益Bを適用する場合の円滑な対応的調整に踏み込むために、変更される可能性があります。これはまだOECD理事会の承認が必要だと理解していますが、今後の公表の中で明らかになってくることを期待しています。




サマリー 

わが国では新たな国際課税ルールへの対応として、2021年10月の国際合意の実施に向けた取組みが進められています。経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策と呼ばれるBEPS2.0は、わが国の国際課税のみならず投資環境に大きな変化をもたらすことが想定されるところ、本稿では4月の掲載に引き続き、その最新情報と実務対応を紹介しました。


関連コンテンツのご紹介

税務サービス

日本国内外の企業・個人に対して、税務アドバイザリーおよび税務コンプライアンスにおいて、EYの豊富な実績とテクノロジーを最大限に活用し、クライアントの期待に応えるサービス提供を心掛けています。


税制改正特集

税制改正に関してEY税理士法人が発信した最新の税務ニュースやウェブキャスト情報を掲載しています。戦略分野国内生産促進税制、イノベーションボックス税制、外形標準課税などの法人課税や、グローバルミニマム課税を含む国際課税など、注目のトピックを解説します。


情報センサー

EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。

EY Japan Assurance Hub

時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、非財務情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 

詳細ページへ

EY Japan Assurance Hub

この記事について