BEPS2.0最新情報と実務対応(前編)

情報センサー2024年4月 Tax update

BEPS2.0最新情報と実務対応(前編)


日本では新たな国際課税ルールへの対応として、2021年10月の国際合意の実施に向けた取組みが進められています。経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策とよばれるBEPS2.0は、日本の国際課税のみならず投資環境に大きな変化をもたらすことが想定されるところ、本稿ではその最新情報と実務対応を紹介します。


本稿の執筆者

EY税理士法人 国際税務・トランザクションサービス部 移転価格アドバイザリー 野々村 昌樹
移転価格税制、過大支払利子税制、タックス・ヘイブン対策税制等の国際租税に関するアドバイザリー業務に従事。また、経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策(BEPS2.0)に係るサービスチームのメンバー。

EY税理士法人 国際税務・トランザクションサービス部 白井 浩
日系企業を中心に金融機関、化学、商社、重工業、消費財等、多様な業種に対する税務アドバイザリー業務及びBEPS 2.0 Pillar2に関するアドバイザリー業務に従事している。



要点

  • 本稿は前後編から構成(後編は5月公開予定)。
  • 前編となる今回では、BEPS2.0の最新動向、令和6年度(2024年度)税制改正大綱の概要、及び納税者の実務対応上重要となる移行期CbCRセーフハーバーに関して2023年12月にOECDより公表された執行ガイダンスを踏まえた留意点を解説。


Ⅰ はじめに

2021年10月に、140を超える国・地域が参加するOECD/G20 BEPS包摂的枠組みにおいて、新たな国際課税のルールとなる経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策(BEPS2.0)の国際合意が取りまとめられました。この国際合意は、市場国への新たな課税権の配分(第1の柱)とグローバル・ミニマム課税(第2の柱)の2つの柱から構成されています。

このBEPS2.0は既存の国際課税制度のみならず、クロスボーダー投資に大きな影響を与えるところ、本稿では、前後編に分けて、BEPS2.0の最新情報と実務対応を紹介します。

4月公開の前編においては、BEPS2.0の最新動向、令和6年度(2024年度)税制改正大綱の概要、及び第2の柱の実務対応上重要となる移行期CbCRセーフハーバー(TCSH)に関して2023年12月にOECDより公表された執行ガイダンスを踏まえた留意点を解説します。

また、5月公開予定の後編においては、第2の柱においてTCSHが適用できなかった場合の適用初年度対応の留意点及び第1の柱のうち移転価格税制の見直し(利益B)の概要と留意点を解説する予定です。


Ⅱ BEPS2.0の最新動向

1. 第1の柱の動向

BEPS2.0においては、第1の柱と第2の柱のそれぞれに2つずつ、計4つの新しいルールを導入することが合意されています。

まず、第1の柱は、大規模多国籍企業に対しみなし残余利益を連結財務諸表に基づき計算させ、その一定割合を多国籍企業の仕向地別の売上高に基づき市場国・地域に再配分する利益Aとよばれる制度と、基礎的なマーケティング・販売活動に対する移転価格税制の執行を簡素化する利益Bとよばれる2つの制度の導入が合意されています。

利益Aは、多国間条約の締結により導入することとされており、当初は、2022年中に署名を開始し、2023年から発効することとされていました。しかし、交渉が難航した結果、現在は、2024年3月までに条約案を最終化し、2024年6月末までに署名式典を実施することとされています。また、利益Aの導入に伴い、既存・新規問わずデジタル・サービス税(DST)を廃止することが合意されています。既存のDSTに関しては、米国と英国等の導入国との間で2023年末までの経過措置の合意がなされていましたが、2024年2月に2024年6月末まで経過措置を延長する合意がなされました。新規のDSTに関しては、2023年末までに米国等が条約へ署名することを条件として、2024年中の新規の導入停止の合意がなされていましたが、2023年末までに条約案が最終化されなかったため、当該合意は失効しました。ただし、当該合意が失効したにせよ、利益Aが成立した場合はDSTの廃止が合意されているため、今後新規のDSTを導入する国が出てくるかどうかは利益Aの交渉の進展状況によると考えられます。

利益Bは、当初2022年末までの作業の完了が予定されていましたが、最終的には、2024年2月に報告書が公表されました。こちらはOECD移転価格ガイドラインに組み込まれ、各国は2025年1月以降に開始する事業年度に対して導入することが認められています。こちらの内容は、後編において解説します。


2. 第2の柱の動向

次に、第2の柱は、多国籍企業グループが支店や子会社等を有する国・地域ごとに、財務会計上の利益及び税金費用を基に実効税率を計算し、それが国際的に合意された最低実効税率である15%に満たない部分を追加で課税するグローバル・ミニマム課税(GloBEルールともいわれる)と、関連者間における利子・ロイヤルティ等取引に関して、対価の受取国において課せられる税の名目税率が9%を下回るときに、支払国において追加の課税を行うことを認める特典否認ルール(STTR)から構成されています。

グローバル・ミニマム課税は現在各国における導入フェーズにあり、OECDからは執行ガイダンス(Administrative Guidance又はAG)が順次公表されています。当該執行ガイダンスは、現在までに、3回公表されていますが(直近は2023年12月)、この先も適宜公表されるものと考えられます。

また、グローバル・ミニマム課税においては、具体的な課税方法として、①15%に満たない部分が発生した国・地域で先取りして課税を行う国内ミニマム課税(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax又はQDMTT)、②15%に満たない部分が発生した国・地域でQDMTTが導入されていない場合や、QDMTTが導入されていてもそのQDMTTで課税しきれない部分がある場合に、親会社等で課税を行う所得合算ルール(Income Inclusion Rule又はIIR)、③親会社等所在地国でIIRが導入されていない場合や、親会社等所在地国で15%に満たない部分が発生した場合に、第三国で課税を行う軽課税支払(所得)ルール(Undertaxed Payment (Profit) Rule又はUTPR)の3つが存在します。このうち、各国において、QDMTTの導入が広がっており、おおむね欧州においては連結会計年度の2024 年度から、シンガポール等においては連結会計年度の2025年度から適用開始される見込みです。

特典否認ルールは、2023年10月に多国間条約の署名が開始されています。ところで、特典否認ルールは、途上国に求められた場合には導入することが国際合意となっています。日本は、途上国が追加の課税することとなる日本が対価の受取国になる状況において、名目税率が9%を下回る状況が想定されないことから、参加しない見込みです。


Ⅲ 令和6年度(2024年度)税制改正大綱の概要

1. 日本の取組み

日本においては、BEPS2.0に関する国際合意の実施に向けた取組みが進められています。

第1の柱については、多数国間条約の早期署名に向けて、国際的な議論に積極的に貢献することが重要とされており、今後策定される多数国間条約等の規定を基に、わが国での課税のあり方等について検討される見込みです。

また、第2の柱については、グローバル・ミニマム課税の法制化が進められています。現時点では、わが国の実効税率の水準、BEPS包摂的枠組みでの議論の動向等を踏まえて、グローバル・ミニマム課税のうちIIRのみが、令和5年度(2023年度)税制改正で導入されています。QDMTT及びUTPRに関しては、令和7年度(2025年度)税制改正以降で導入が検討される見込みです。


2. 令和6年度(2024年度)税制改正大綱での改正事項

令和6年度(2024年度)税制改正大綱では、グローバル・ミニマム課税に関して、令和5年度(2023年度)税制改正に引き続き、国際合意に則った法制化が行われています。この背景として、グローバル・ミニマム課税を導入する国・地域は、BEPS包摂的枠組みで策定されたルールに準じることが求められていることがあります(コモン・アプローチとも言います)。

令和6年度(2024年度)税制改正大綱では、2023年7月に公表された執行ガイダンスやGloBE情報申告に関する報告書等を反映させる形での改正案が記載されています。当該改正案の概要に関しては、EY税理士法人「Japan tax newsletter 令和6年度税制改正大綱(詳細版)」の10~11ページをご覧ください。

また、前述の通り、BEPS包摂的枠組みでは、第2の柱に関する執行ガイダンス等を順次策定しているため、わが国においては、その内容に適合するための税制改正等が引き続き行われるものと考えられます。実際に、2024年2月に公表された所得税法等の一部を改正する法律案においては、令和6年度(2024年度)税制改正大綱後に公表された12月の執行ガイダンスの内容が取り込まれています。


IV 12月AGを踏まえた移行期CbCRセーフハーバー適用上の注意点

OECD/G20包摂的枠組みは、2023年12月18日に第3弾執行ガイダンス(Administrative Guidance)(以下、12月AG)を公表しました。12月AGでは、①財務諸表に反映されたパーチェス会計(Purchase Price Accouting)調整(以下、PPA調整)の取扱い、②移行期CbCRセーフハーバーの適用、③GloBEルールの適用に関する補足、④ブレンドCFC税制に係る対象租税の配分、⑤報告対象事業年度が短い企業グループのための移行期申告期限、⑥非重要な構成事業体に関する簡易計算セーフハーバーが含まれていますが、本稿では、①と②に絞ってその概要を解説します。


1. 財務諸表に反映されたPPA調整の取扱い

持分の取得を通じて構成事業体となった会社等の資産及び負債に帰せられるPPA調整は、一般に、親会社の連結修正仕訳を通じて反映されるか、当該構成事業体の個別財務諸表に適用される会計基準に準拠して反映されているか又は親会社の連結財務諸表の基礎となる財務諸表(例:連結パッケージ等)に直接反映されることとなります。

モデルルール及びそのコメンタリー※1では、GloBE所得の計算において、「取得した事業に対するパーチェス会計の適用により帰せられる収益又は費用に対する調整を考慮しない」としています。また、適格財務諸表は、「(モデルルール3.1.2の要件を反映するため)最終親事業体の連結財務諸表の作成に使用される勘定」とされています。

一方で、12月AG2.3.3※2では、コメンタリーや執行ガイダンスで特別に認められたものを除きGloBEルールの計算と整合的な内容であるか否かを問わず、適格財務諸表に由来する財務数値に調整を加えることは、その国又は地域についてセーフハーバーの適用対象から除外する、すなわち、セーフハーバーの適用を受けられないとしています。

したがって、PPA調整が連結修正仕訳を通じて反映されている場合は特段の問題は生じませんが、各構成事業体の個別財務諸表又は連結パッケージに反映されている場合、GloBEルール上はPPA調整の影響を除外するとしている一方で、移行期間CbCRセーフハーバーの基礎となる適格財務諸表には原則として調整をしてはいけないとされているため、移行期間CbCRセーフハーバーの適用上、PPA調整の影響をどのように取り扱うのかが論点となります。

この点について、12月AGでは以下の2要件を満たす場合に限り、PPA調整が反映された構成事業体の個別財務諸表を適格財務諸表として移行期間CbCRセーフハーバーに使用することを認めています。

(要件1:一貫性要件)

2022年12月31日後に開始する事業年度のCbCRを、PPA調整を含まない連結パッケージ又は個別財務諸表に基づいて作成・提出をしていないこと(ただし、その国又は地域法令等によりPPA調整を含める要請がある場合を除く)

(要件2:のれんの減損調整要件)

2021年12月1日以降に締結された取引に起因するのれんの減損に起因する利益の減少額を税引前当期純利益(Profit before tax)に加算し、通常利益テスト及び簡易実効税率テスト(財務会計上、のれんの減損に係る法人税等調整額がない場合に限る)を適用すること


移行期CbCRセーフハーバーの適用に向けて、まずは連結子会社等の個別財務諸表又は連結パッケージにおいて、PPA調整が反映されているか否かの確認をすることが推奨されます。


2. 移行期CbCRセーフハーバー

12月AGでは、移行期CbCRセーフハーバーの適用に使用する財務データに関して、移行期間CbCRセーフハーバーの適用が認められない、すなわち、非適格(Disqualified)となる事例を明記しています。そのため、これまでのモデルルールや本邦法令で示されてきた事項よりも、詳細な検討や対応が必要になると言えます。12月AGで示された移行期CbCRセーフハーバーの適用に関する追加規定は、以下の通りです。

セクション

項目

概要

2.2

セーフハーバーの検証対象の国又は地域の考え方

➡構成会社等グループ、共同支配会社等のグループごとに判定

  • 移行期CbCRセーフハーバーは、検証対象の国又は地域に所在するすべての会社等及び恒久的施設等のデータに基づいて適用される。
  • 構成会社等のグループ(構成会社等の恒久的施設等、被少数保有構成会社等を含む)と共同支配会社等グループは、移行期CbCRセーフハーバーの適用上、異なる国又は地域として取り扱われる。

2.3.1a

適格財務諸表の要件(使用するデータソースの一貫性:個社単位)

➡個社単位で同一種類の適格財務諸表を使用すること

  • 移行期CbCRセーフハーバーに使用される各構成会社等/恒久的施設等の財務データが異なる種類の適格財務諸表の数値を使用している場合、原則として、その各構成会社等/恒久的施設等の所在地国のセーフハーバーの計算は「非適格(Disqualified)」となる。
  • 税前利益を連結パッケージから、税金費用を個別財務諸表から取得する場合。
  • 例外として、連結財務諸表において認識された個社の税前利益に係る対応する税効果会計については、連結財務諸表の税効果を個社へ割り当てて、移行期CbCRセーフハーバーの計算を行う。

2.3.1b

セーフハーバーに使用されない項目は、従前のCbCR作成要領に基づくこと

  • 移行期CbCRセーフハーバーに使用されないその他項目<納付税額、発生税額、資本金、利益剰余金、従業員数、有形資産(現金同等物を除く)>は、既存のCbCR作成要領に基づいていればよく、必ずしも適格財務諸表から集計する必要もなく、また、データソースの整合性も求められない。

2.3.1c

適格財務諸表の要件(使用するデータソースの一貫性:国又は地域単位)

➡検証対象の国又は地域単位で、同一種類の適格財務諸表を使用すること

  • 国又は地域単位で、移行期CbCRセーフハーバーに使用される各構成会社等/恒久的施設等の財務データが異なる種類の適格財務諸表の数値を使用している場合、原則として、その法域のセーフハーバーの計算は「非適格(Disqualified)」となる。
  • A国に所在するA社は連結パッケージから、A国に所在するB社は個別財務諸表から取得する場合。
  • 例外として、規模・重要性等により非連結子会社については、他の構成会社等と異なる適格財務諸表(例:個別財務諸表)の数値を使用することも許容される。

2.3.2

異なる会計基準の適用可能性

➡2.3.1cに踏まえると国又は地域単位で異なる会計基準の適用可能性あり

  • 多国籍企業グループは、検証対象の国又は地域ごとに異なる種類の適格財務諸表を使用することができることから、国又は地域ごとに異なる会計基準が適用され得る。

2.3.3

適格財務諸表の数値への調整の要否

➡原則、適格財務諸表への調整不可

  • 原則として、適格財務諸表に記載された数値に関して、GloBEルールに整合的な内容の調整であったり、各種取引に関する財務会計上の数値を税務上の数値に置き直す調整を行うことは認められない。

2.3.4

国別報告(CbCR)を作成していない多国籍企業グループの取扱い

➡適格CbCRを作成すると擬制する(=追加作成義務なし)

  • 適格財務諸表の各種財務数値を適格CbCRとして報告するとみなしてセーフハーバーの適用を行う。

2.3.5

恒久的施設等等の適格財務諸表の取扱い

➡原則、恒久的施設等の個別財務諸表を使用するが、本店個別財務諸表/連結財務諸表の恒久的施設等帰属分も使用可能

  • 原則として、恒久的施設等の個別財務諸表を使用することが求められる。ただし、連結財務諸表に使用されている本店の個別財務諸表又は本店の現地個別財務諸表から、当該恒久的施設等への案分したものを使用することも認められる。後者の場合、本店又は恒久的施設等の損失を二重計上とならないように留意することが求められる。

2.4.1

簡易的な対象租税額の意義

➡過年度の追徴税額(確定分に限る)を考慮する

  • 簡易実効税率の分子に相当する対象租税額には、当期に計上された過年度の追徴課税額(見積計上を除く)が含まれる。

2.4.2

構成会社等間での対象租税額の配賦

➡対象租税の配賦は考慮しない

  • 本店-恒久的施設等、株主-CFC子会社、株主-ハイブリッド会社の間では、対象租税額の配賦を行わない。

2.5

通常利益テストに使用する割合

➡本則と同じ割合を使用

  • モデルルール5.3.3の規定に従い、2024年(適格人件費: 9.8%、適格有形資産: 7.8%)、2025年(適格人件費: 9.6%、適格有形資産: 7.6%)、2026年(適格人件費: 9.4%、適格有形資産: 7.4%)を適用する。

2.6

ハイブリッド金融商品の取扱い

➡一定のハイブリッド金融商品の調整を実施

  • 2022年12月15日以降に発行されたハイブリッド金融商品(Tier1資本対応を除く)に関しては、税前利益から当該金融商品に係る利子費用・損失を除外し、重複認識される税額を除外する調整が求められる。

移行期CbCRセーフハーバーの適用のためには、既存CbCRで収集している情報の精緻化が求められるため、現状把握・追加対応事項の洗い出しを行うことが推奨されます。

※1 『Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy – Global Anti-Base Erosion Model Rules (Pillar Two)』(OECD、2022年)パラグラフ3.1.2、法人税法施行令第155条の16第10項、法人税法施行規則第38条の15第1項及び同第2項
※2 『Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy – Administrative Guidance on the Global Anti-Base Erosion Model Rules (Pillar Two), December 2023』(OECD、2023年)



サマリー

日本では新たな国際課税ルールへの対応として、2021年10月の国際合意の実施に向けた取組みが進められています。経済のデジタル化に伴う課税上の課題への解決策とよばれるBEPS2.0は、日本の国際課税のみならず投資環境に大きな変化をもたらすことが想定されます。


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