ライフサイエンス企業の税務部門が今すぐサステナビリティに取り組むべき理由

ライフサイエンス企業の税務部門が今すぐサステナビリティに取り組むべき理由


多くのサステナビリティ関連税制が導⼊されるのに伴い、ライフサイエンス企業は税務コンプライアンスとその戦略について熟考する必要があります。


要点

  • 政府や国際機関はサステナビリティ関連税制への注目をますます高めており、世界では65ものカーボンプライシングの取り組みが実施されている。
  • ライフサイエンス企業は、ステークホルダーと協力してサステナビリティ関連税制がビジネスに与える影響を評価し、定量化すべきである。
  • 税務部門も、サステナビリティ戦略の立案に参加する必要がある。


EY Japanの視点

日本のライフサイエンス企業はサステナビリティレポートにおいてESG(環境、社会、ガバナンス)のうち、社会の観点から健康への貢献を掲げ、税に関する開示は最小限とする傾向にありました。そのような中、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対処を契機に、企業のサステナビリティに関する期待値が高まっています。新薬開発や医療テクノロジーによって健康に貢献するだけでなく、研究開発や事業活動により優遇税制や補助金の適用を受けることで社会的な価値を提示できます。

ライフサイエンス企業は炭素排出量やプラスチックなどの環境負荷の削減と、税額を尺度とした削減効果の測定が求められています。日本のライフサイエンス企業の税務部門においても同様です。従来の税務申告や調査における税務コンプライアンス、タックス・プランニングによる税金コストの削減に加え、サステナビリティに資する優遇税制の適用、炭素削減やプラスチックの使用に対し税額を尺度とした影響力の可視化、その取り組みや定量効果の開示について企業の持続的な価値向上への貢献が求められているのです。


EY Japanの窓口

EY税理士法人
パートナー 金成  龍秀
ディレクター 大堀 秀樹
※所属・役職は記事公開当時のものです

各国政府が率先してサステナビリティに取り組む中、環境に配慮した活動や行動を促進する「アメとムチ」的アプローチの一環として、新しい税制、優遇措置、財政支援プログラムが世界中で実施されています。

EYが「サステナビリティ関連税制」と総称している税の観点からは、さまざまな領域でライフサイエンス企業に影響を与えています。税務ポリシー、税務コンプライアンス、サプライチェーン脱炭素化の税務への影響、当局との関係、税務開⽰、新しいサステナビリティ関連税制ならびに優遇措置などです。

EUでは既に気候法とプラスチック税が導入されており、初のプラスチック包装税(PPT)が2022年4月1日に英国で施行されました。

また一方で、企業には「グリーン」優遇措置や財政支援プログラムを活用して、関連設備への投資のリターンを強化できる可能性があります。こうした優遇措置の目的は、企業が代替エネルギーへの切り替えを行い、低炭素化や製品イノベーションに重点的に取り組むことで世界規模での排出量削減と天然資源の消費抑制を行うように促すことにあります。2022年8月に米国議会が可決したインフレ抑制法1には、再生可能エネルギー使用の加速、建物のエネルギー効率の向上、電気自動車(EV)技術の普及を推進するための優遇措置が規定されています。

サステナビリティ税の今後の展開に備え、ライフサイエンス企業は次の行動を起こす必要があります。

 

1. 社内機能の最適化に注力する

  • エンド・ツー・エンドのガバナンスを構築する:ライフサイエンス企業では、従業員とステークホルダーに対してコンプライアンスに基づいた倫理的な⽅法で接しているかについて、コーポレートガバナンスに基づいた監視がなされています。これは規制産業であるライフサイエンス業界では極めて重要です2。ここで不可欠となるのが、税務ガバナンスとコーポレートガバナンスの構造に⽭盾のないよう調整することと、両者が明確に統制権を持つことです。コーポレートガバナンスとコミュニケーションフレームワークにおけるプロセスは、サステナビリティに関連する課題において、税務上の意思決定とその管理を支えるものであるべきです。
  • ⻑期的価値と持続的な企業価値の向上を優先する:2021年のグローバルデータの調査によると、回答者の70%が、製薬業界は環境の持続可能性に貢献する取り組みを十分に行っていないと考えています3, 4。企業は⻑期的価値と持続的な企業価値の向上を事業戦略の中⼼に据え、予測不可能な変動リスクに対応できるように、万全に準備しておく必要があります。ライフサイエンス企業は、株主やステークホルダーに対する⾃社の価値を測定する上のサステナビリティ指標とベンチマークを確⽴しつつあります。企業がサステナビリティへの取り組みを拡大させている要因としては、規制を巡る環境、気候変動科学が発する緊急性の高まり、顧客やステークホルダーからの期待、テクノロジーがコスト要因からコスト削減のための手段に移行していることが挙げられます5
  • 世界のサステナビリティ関連税制における、企業の現在および将来の課題をモデル化する:ライフサイエンス企業は、ますます複雑化する税務シナリオや世界の税制変更の影響をモデル化して税務戦略を更新する必要があります。サステナビリティ関連税制は、ライフサイエンス企業にとって適用可能性の高い免税措置を含むことが予想されます。この免税措置は国や地域によって異なり、医薬品や医療機器のプラスチック包装税の免除、⽶国内国歳⼊法(IRC)第48条が規定する投資税額控除(ITC)、2022年に⽶国で成⽴したインフレ抑制法(IRA)の電気⾃動⾞(EV)、エネルギー効率の⾼い技術、クリーン燃料の提供に対する優遇措置が含まれます。
  • 企業のカーボンフットプリント(CO2排出量)をモデル化する:製薬会社では、医薬品有効成分の原材料調達を起点として、サプライチェーンの全ての段階でカーボンフットプリントを考慮する必要があります6。サステナビリティレポートにおいて炭素に関連する影響を定量的に把握し、その緩和に向けて重点を置くべき領域を識別する上で、⾃社のカーボンフットプリントとその構成内容を認識することが重要であり、⾃社独⾃の財務モデリングとシナリオが有効なツールになると考えられます7。ライフサイエンス業界では、サプライチェーン全体に新しいテクノロジーが展開され、新技術、新薬品の開発がイノベーションの転換を伴って進められています。モデル化により、税制の変化がライフサイエンス企業のサプライチェーンに間接的に与える影響を測定することが可能となります。

 

2. 優遇措置、免税措置、財政支援プログラムを活用する

ライフサイエンス業界では、クリーンルームの使用が必要不可欠であるため大量のエネルギーを消費しており8、⽶国のライフサイエンス企業が使⽤するエネルギーは年間約10億⽶ドル相当にも上ります9。税制の進化とエネルギーコストの上昇が続く中、環境とエネルギーに関連して世界で取られている税制優遇措置は、ライフサイエンス企業にとってますます重要になっています。この税制は変化を続けており、それに対応するべく、ライフサイエンス企業は⾼度なエネルギーマネジメントとサステナビリティ戦略を確⽴してきました。現在、⼤⼿製薬会社10社がSchneider Electric社と協力し、再生可能エネルギーの利用拡大を図っています10。また、企業には「グリーン」な行動を促進する効果が認められた特定の製品、用途、納税者を対象に政府が実施している環境税の免税措置を活用する方法もあります。現在40カ国以上で、環境保護への取り組みを推進し、コスト削減による経済成長を促進する目的でサステナビリティ優遇措置が実施されています11

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カーボンニュートラルの達成には、PPA(Power Purchase Agreement、電力購入契約)も活用できます。PPAはスコープ2の排出量(他者から購入した電力の使用による排出)を削減することで企業のカーボンニュートラル達成を後押しし、スコープ3の排出量(バリューチェーンによる排出)の削減にも貢献します12。例えば、あるグローバル企業は2025年までに電力の100%再生可能エネルギー化を目指しており、自社の取り組みを加速させるために合計で年間37万MWh(メガワット時)超となる4件のPPAを2019年に締結しました13。また、売り上げが500億米ドルを超える別のグローバル企業は、2020年に物理的なエネルギー取引を伴わないバーチャルPPA(VPPA)5件を締結し、合計で275メガワットのクリーン電力を調達しました。これにより、同社はライフサイエンス企業として初めて、VPPAを通して国内事業電力の100%再生可能エネルギー化を達成する見込みとなりました14

 

3. サードパーティーのポリシートラッキングを活用する

サードパーティーのポリシーツールからは、政府の施策を含め、世界各国の炭素、環境、サステナビリティに関連する税制、優遇措置、免税措置など、カーボンニュートラルや排出量削減の目標達成を果たすために活⽤できる最新情報が入手できます。例えば、EYのグリーン・タックス・トラッカーでは、税額控除、免税措置、助成⾦、融資を含め、世界の3,700以上のサステナビリティ優遇措置が特定されています。こうした優遇措置は通常、次の3つのカテゴリーに分類されますが、この3つが混合しているプログラムも多数あります。

  • 天然資源の消費量削減を促進する
  • 再生可能/代替エネルギーへの切り替えを促進する
  • 低炭素の新製品や製造工程の開発を促進する

4. サステナビリティ関連の税制立案に当たり積極的な役割を果たす

サステナビリティ関連税制は広範に変革を促すのに有用であり、企業が持続的成長の⽬標達成に向けて、幅広いビジネスや税制立案との関わりの中で積極的な役割を果たすことは良い結果をもたらします。
 

ライフサイエンス企業は、国、州、地方レベルで政策立案者と関わり、政策のフレームワークの進化に貢献しています。あるグローバル企業は、炭素に真の価格を設定することが気候変動緩和の効果的な手段となるという考えに基づき、さまざまな提唱団体の主張を支持しました。この企業は、気候変動の真のコストを提示し、エネルギーコストに適切に反映させるために、炭素に1t-CO2e(二酸化炭素相当量1トン)当たり100米ドルの「影の価格」を設定して活用しています。また、最近米国で「炭素配当」のフレームワークを推進する方針策定機関が設立され、その創設メンバーに米国の大手ライフサイエンス企業から多数加わっています。


5. サステナビリティ関連税制の変更と、その潜在的影響を注視する

世界では、36の国や地域が炭素税を導入しており、その中には中国、日本、シンガポール、欧州の一部(18カ国が国レベルで炭素税を導入)、英国など、ライフサイエンス企業の重要市場も含まれます15。その他に、29カ国がカーボンプライシングのフレームワークを検討しています。既に導入されている使い捨てプラスチック(SUP)指令や拡大生産者責任に加え、プラスチック包装への課税も各国で開始されています。

このようなライフサイエンス企業を取り巻くサステナビリティの現在および将来の影響に税務部⾨としても対応するため、環境を阻害する事業活動の阻⽌を⽬的とした環境税やグリーン税に今すぐ備えることが求められています。例えば、新たに導入されるプラスチック包装税では、企業にはデータや⽂書の更新に関する対応が求められ、事業内のさまざまなステークホルダーと連携することが不可⽋となります。加えて、欧州各国のプラスチック包装税のようにサステナビリティの規則に整合性が⽋ける場合には、複雑な検証が必要になることにも注意するべきです。

 

本稿の執筆に当たり、ご協力いただいた次の方々に感謝の意を表します。

Dheeraj Gour, Senior Analyst, Health Sciences and Wellness, EY Knowledge

Kaveri Mahajan, Assistant Manager, Health Sciences and Wellness, EY Knowledge

  1. “Unprecedented Changes to Medicare Programs Leave Many Questions Unanswered for Pharmaceutical Manufacturers”, Unprecedented Changes to Medicare Programs Leave Many Questions Unanswered for Pharmaceutical Manufacturers | Insights | Sidley Austin LLP, accessed on 30 August 2022
  2. “WHY PHARMA SHOULD BE FOCUSING ON ESG”, https://datwyler.com/files/pages/data/downloads/esg-report-2022-esg-in-pharma/b366277519-1651479943/datwyler.com_esg-report_2022_esg-in-pharma.en.pdf, accessed on 23 September 2022
  3. 同上
  4. “ESG (Environmental, Social, and Governance) in Healthcare – Thematic Research:”, https://www.globaldata.com/store/report/esg-in-healthcare-theme-analysis/, accessed on 23 September 2022
  5. “Pharma’s sustainability trifecta”, https://www.pharmamanufacturing.com/articles/2022/pharmas-sustainability-trifecta/, accessed on 14 February 2022
  6. “Cutting the carbon footprint of pharma’s supply chain”, https://www.pharmaceutical-technology.com/analysis/cutting-carbon-footprint-pharma-supply-chain/, accessed on 23 September 2022
  7. “Why calculating your company’s carbon footprint matters”, https://www.ey.com/en_us/tax/why-calculating-your-company-s-carbon-footprint-matters, accessed on 23 August 2022
  8. “Taking on life sciences’ big energy costs”, https://pharmaceuticalmanufacturer.media/pharma-manufacturing-news/pharmaceutical-sustainability-news/taking-on-life-sciences%E2%80%99-big-energy-costs/, accessed on 21 September 2022
  9. “ENERGY MANAGEMENT IN PHARMACEUTICAL INDUSTRY”, https://www.araner.com/blog/energy-management-in-pharmaceutical-industry, accessed on 22 September 2022
  10. “Schneider Electric Will Help These 10 Drug Companies Source More Of Their Energy From Renewables”, https://www.environmentalleader.com/2021/11/schneider-electric-will-help-these-10-drug-companies-source-more-of-their-energy-from-renewables/, accessed on 10 November 2022
  11. EY「環境関連の優遇措置と制裁措置に企業はどのように対応すべきか」、https://www.ey.com//ja_jp/tax/how-businesses-need-to-navigate-environmental-incentives-and-penalties(2022年2月18日アクセス)
  12. “Power purchase agreements”, https://www.greeninvestmentgroup.com/en/what-we-do/power-purchase-agreements.html, accessed on 17 August 2022
  13. “Organization A- Climate Change 2020 report”, accessed on 17 August 2022
  14. “Organization B- Climate Change 2021 report”, accessed on 17 August 2022
  15. “What Countries Have A Carbon Tax?”, https://earth.org/what-countries-have-a-carbon-tax/#:~:text=There%20are%20currently%2027%20countries,%2C%20the%20UK%2C%20and%20Ukraine, accessed on 21 February 2022

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    サマリー

    社会的な要請と政府の動きに後押しされ、ライフサイエンス企業は天然資源の消費量削減から代替エネルギーへの切り替え、低炭素製品の開発など、さまざまなサステナビリティの課題に対応する戦略を実行しています。こうした変化は効率性向上と設備運用費の削減をもたらし、ひいてはプロセスとオペレーションの改善、リスク低減、コスト削減につながる可能性があります。ライフサイエンス企業の税務部⾨には、変化するビジネスの優先事項に対応し、サステナビリティ関連税制や税コストのモデル化、優遇措置や財政⽀援プログラムの評価、新しい開示要件の把握といった税務コンプライアンスと税金コスト削減という従来の税務部門の機能と目的を超えた持続的成長への積極的な貢献が求められています。


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