サステナビリティ開示の最新動向に見る2年目の課題と対策とは

サステナビリティ開示の最新動向に見る2年目の課題と対策とは


2023年3月期より、有価証券報告書(有報)におけるサステナビリティ情報に関する開示が義務化されました。初年度開示分析を踏まえ、サステナビリティへの取組みを企業の価値向上に向けた戦略とつなげて開示することなど、2年目以降の対応ポイントを解説いたします。


要点

  • 情報開示において重要なのは、サステナビリティと企業価値向上の結びつきを伝えることであり、中長期的な戦略と各課題・施策を一貫させた視点が求められる。
  • 企業理念やパーパスとの整合性を意識しながら、現状の取組みの列挙にとどまらない、経営戦略を実現するための具体的なストーリーを描くことが期待される。
  • 2年目以降は、サステナビリティ課題を全社的な課題と捉え推進体制を整備することや、連結ベースの開示に向けた情報収集体制の構築などがポイントになると考えられる。

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有報サステナビリティ開示の全体像

2023年の企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により、有価証券報告書等において「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、サステナビリティ情報の開示が義務化されました。この「サステナビリティに関する考え方及び取組」においては、各企業が識別したサステナビリティ課題について、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4つの柱で記載することが求められます。このうち「ガバナンス」「リスク管理」は、全ての項目において記載が必須です。一方、「戦略」「指標及び目標」は、項目の重要性に応じて記載する形となります。

サステナビリティに関する考え方及び取組みの開示の概観

サステナビリティに関する考え方及び取組みの開示の概観

出所: 金融庁「第7回 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度) 事務局説明資料」、 www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20220324/01.pdf (2023年9月6日アクセス)を基に作成


ただし「人的資本」については、全ての企業に対して「戦略」の項目として「人材育成方針」や「社内環境整備方針」の記述が求められ、それらの戦略に対応する「指標及び目標」の開示も要求されます。また、「従業員の状況」においては、多様性に関する3つの指標となる「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」について開示することも必要です(※公表義務の要件は労働者数によって異なります)。

従業員の状況における多様性の指標の開示について

従業員の状況における多様性の指標の開示について

EY新日本は2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正を適用(早期適用含む)している会社の有報開示から、経営戦略及び企業価値向上との関連性、図解などの利用、定量的な情報、経営戦略上の意味などの総合的な視点から、好事例を選定しました。ここからは、好事例の分析を通じて得られた情報開示のポイントを、「多様性」「人的資本」「サステナビリティ全般」「気候変動」に分けて見ていきます。


「多様性」に関する開示のポイント

多様性の項目において重要なのは、単に要求されている指標の開示にとどまらず自社における現状の課題と将来のあるべき姿を示し、どのようにアプローチするかを丁寧に説明することです。

好事例の中には、「管理職に占める女性労働者の割合」や「男性の育児休業取得率」について、国内の各連結子会社の数値を表で示す企業が見られました。同事例では、単に数値を示すだけでなく、女性管理職者数と女性管理職比率の推移をグラフで表現し、さらに数値改善の背景も明確に分析・説明されています。男性の育児休業取得率については、給与の4週間までの保障、連続2週間以上の休業取得など、取得日数の長期化を図るための施策も記載されており、その成果を示すために平均取得日数も併記されています。このように、取組みと数値の因果関係を示すことは、効果的な情報開示といえるでしょう。

別の事例では、多様性に関する「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」の3つの指標に加えて、「正社員に占める女性比率」も示されており、女性管理職比率が男女比率と比較して、どの程度乖離しているかを把握できるように工夫されていました。また、これらを連結子会社ごとに数値化するだけでなく、「当社及び連結子会社」「当社及び国内連結子会社」に分類した開示を併記することで、海外子会社が含まれている場合の指標に与える影響も伝えています。各データの対応関係を明示している好事例です。

また、その他のポイントとして、投資判断に有用として望ましいとされている、連結ベースでの開示が挙げられます。加えて、数値の背景、過年度からの推移、目標に関する追加的な情報など、単年度の指標にとどまらない時間軸の開示も有益な情報になるでしょう。
 

一連の好事例を踏まえると、2年目の開示に向けて注目される取組みは、以下がポイントになると考えられます。

  • 単年度指標にとどまらない、連結ベースでの開示
    「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」という3つの指標については、単年度の指標の開示だけでなく、複数年での推移、数値の背景や改善に向けた取組み状況など、追加的情報の充実が期待されます。特に「男女間賃金格差」については、その発生原因や解消のための施策の開示が重要になると考えられます。
    また、1年目は単体ベースの開示が中心でしたが、2年目以降は連結ベースでの開示がどれだけ増えてくるかが注目されます。そのためには、連結ベースの開示に向けたグループの集計ルール、データ収集プロセスの構築が実務上の対応ポイントになるでしょう。

2年目の開示に向けた、多様性に関する課題と取組み

2年目の開示に向けた、多様性に関する課題と取り組み

「人的資本」に関する開示のポイント

次に、人的資本の開示ポイントを見ていきます。人的資本については、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のような開示の枠組みがないため、2023年3月期においては、各社の動向が特に注目されました。

そうした中で重要なのは、人的資本価値を向上させるための人材戦略が、経営戦略と連動した内容になっているかです。人材のあるべき姿を実現する人材戦略は、基本的に企業固有のものです。そのため、特に「指標及び目標」の開示で、企業固有のビジネスモデルに沿った独自性のある指標と、比較可能性のある標準的な指標を、バランスよく開示することが有効だと考えられます。

好事例の1つに、「人的資本経営」を、グループビジョンや中期経営計画と統合し、その実現に向け、経営戦略と連動した人材戦略を策定・実行することで、持続的な価値向上に取り組むことと定義している企業がありました。その上で、実現に向けた重要課題を明確にしてKPIを設定し、実績に基づく進捗や目標を開示することで、アウトカムにつながるストーリーを説明しています。

別の事例では、経営理念やパーパスの実現が、人的資本の価値を高めることにより達成できるというストーリーが明示されていました。人材投資額については具体的な規模感を開示しながら、フローチャートにより人材強化とパーパスの関連を可視化するなど、企業活動における人材資産の位置付けを明確に示しています。

人材戦略は中長期的な経営戦略と連動すべきものであるため、短期的な効果が出にくいと言えます。そのため各戦略は、中長期的な視点からモニタリングされる必要があります。事例の1つに、経営計画と連動した人材戦略について、「獲得」「育成」「活躍」の3つの視点から方針を示し、重点施策と共にストーリーを明確化しているといった企業が見られました。また、キャリアパスと教育プログラムについて、新人から管理職に至るロードマップを図解で示し、人材の成長を可視化する事例もありました。とくに、従業員が自律的に成長できるような育成環境の構築は、多くの企業においても課題になるところです。こうした事例は、中長期的なビジョンを一目で伝える際の参考になるでしょう。

また、人材戦略の各施策について進捗をモニタリングするためには、KPIの設定も不可欠です。KPIは企業固有の経営戦略と関連性の深い指標に設定する必要がありますが、好事例の中には人的資本の価値について、付加価値に基づく独自の指標を定義することで、戦略との連動性を強調している開示も見られました。人的資本の価値をどのように高めていくかの考え方をわかりやすく示すことは、投資家だけでなく労働市場にも有用な情報を提供することとなり、優秀な人材獲得を通じて、企業価値の向上を導きます。

2年目の開示に向けて注目される取組みは、以下がポイントになると考えられます。

  • 経営理念やパーパスとの関連における、あるべき施策の実施
    人的資本施策を、経営理念やパーパス、企業価値向上のストーリーの中で、整合性のある形で開示することがポイントになります。ダイバーシティ推進、従業員エンゲージメントの向上、健康経営などのキーワードを挙げているものの、それらに具体性がなく、経営戦略との関係性が不透明な場合は、戦略設計からの見直しが必要になるかもしれません。

  • 「指標及び目標」と「戦略」の対応関係の明確化
    「指標及び目標」に示された数値と、「戦略」に示された施策の対応関係が、明確に一致し、分かりやすい形で開示されることが理想的です。人材戦略の設計において、人事部門だけでなく、経営部門を含む部門横断型の議論を進めるなど、企業の全体課題と照らし合わせた策定プロセスが必要になるでしょう。

2年目の開示に向けた、人的資本に関する課題と取組み

2年目の開示に向けた、人的資本に関する課題と取り組み

「サステナビリティ全般」に関する開示ポイント

サステナビリティ全般に関する開示においても重要なのは、サステナビリティへの対応が企業価値向上とどのように結びつくのかを、分かりやすく魅力的に伝えることです。中期経営計画との整合性を意識するなど、企業成長のストーリーを組み立てながら、自社にとって重要と考える項目を中心に情報を充実させることが好ましいといえます。

好事例では、パーパスを明確化した上で、将来に向けた実現すべき重点領域を示しながら、課題ごとの目標を細分化して開示する企業が見られました。図解によりストーリーを視覚的に伝えることで、他社との差別化を図ることができると考えられます。

また、サステナビリティの推進体制を図表で説明する事例も見られました。サステナビリティ関連の「戦略」や「リスク管理」に対し、担当部署や会議体がどのように役割を果たしているかを伝えており、アドバイザリーコミッティーの構成メンバーや開催頻度を明示している点も特徴的でした。
 

2年目の開示に向けて注目される取組みは、以下がポイントになると考えられます。

  • 重要課題、リスクと機会の整理
    サステナビリティ全般の項目においては、重要課題(マテリアリティ)の決定プロセスやサステナビリティ経営の推進体制を開示したり、識別された各課題に対するリスクと機会を整理して開示したりと、工夫のある事例も多く見受けられました。企業価値向上のためのストーリーを共有しながら、具体的な取組みを明確化していくことが、今後においてもポイントになるでしょう。

2年目の開示に向けた、サステナビリティ全般に関する課題と取組み

2年目の開示に向けた、多様性に関する課題と取り組み

「気候変動」に関する開示のポイント

気候変動に関しては、まずはTCFDのフレームワークに従い「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4つの柱に沿って開示することが大きなポイントになります。特に、財務情報とのつながりを意識し、財務的要素やリスク・機会に関する定量的な開示、サプライチェーン排出量に当たるScope1、Scope2、Scope3のGHG排出量に関する積極的な開示を充実させることが期待されています。

「戦略」に関しては、企業が識別した気候変動に関するリスク・機会を記載することになりますが、その背景にあるシナリオ分析のポイントを示せるかも重要になります。将来の気候変動シナリオを考慮しながら、企業戦略のレジリエンスを記述する開示は、好事例となるでしょう。

ある事例では、TCFDに関するシナリオ分析結果から、影響の大きな主要インパクトを定量的な金額で開示し、その算定根拠を詳細に説明していました。さらに、リスクだけでなく機会獲得のポイントや高まることが想定されるニーズ、グループ各社の事業機会について、時間軸と共に開示されていました。リスクと機会について定量的な測定がされている好事例だといえます。

別の事例では、気候変動リスクに対処する戦略として、特定の事業のシナリオ分析が投資計画の討議につながっていることを開示していました。また「指標及び目標」では、目標に対する進捗として、セグメント別の排出量を前年度との比較により開示するとともに、集計範囲について連結財務諸表の報告範囲と差異が生じていることや、その差異が排出量実績数値に与える影響に重要性がないと判断していることなども、詳細に記載していました。
 

2年目の開示に向けて注目される取組みは、以下がポイントになると考えられます。

  • 長期的視点に立った戦略の開示
    2050年カーボンニュートラルなど、長期的な視点に立った戦略と、それに対応したGHG排出量の実績と目標、レジリエンスについて、分かりやすく開示することが期待されます。複数年の実績値の推移や目標を視覚的に伝えることも有効でしょう。

  • TCFDへの準拠
    今後はTCFDに準拠した開示が充実していくことが予想されます。そうした中で、企業価値創造のストーリーと一致した戦略策定や、将来の世界観を明確に描くための活発かつ継続的な討議、リスクだけでなく機会にも着目したシナリオの開示が期待されます。加えて、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)からリリースされたIFRSサステナビリティ開示基準のS2号「気候関連開示」の基準、及び、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が2024年3月に公開草案を公表予定である日本版S2基準にも着目していく必要があるでしょう。

2年目の開示に向けた、気候変動に関する課題と取組み

2年目の開示に向けた、気候変動に関する課題と取り組み

今後の情報開示に向け、企業が持つべき着眼点

サステナビリティ情報開示において、連結ベースのサステナビリティ方針を定める企業は今後も増えてくると思われますが、推進体制の確立は未着手という企業も少なくありません。情報開示の前提として、会社の目指すべき方向とサステナビリティ課題の対応関係を明確化し、それらが連動した施策を推進しながら、グループ横断的な浸透を図ることが先決です。同時に、連結ベースでの情報収集体制を整えるなど、財務報告を通じた知見を有する財務・経理との連携も含め、適切な開示に向けた準備も必要になるでしょう。また、企業価値向上との関連において効果的なKPI、時間軸を意識した目標を設定し、特にアウトカムにつながる企業独自の方針を検討していくこともポイントになると考えられます。

始まったばかりのサステナビリティ情報開示では、企業において開示内容にばらつきがある段階です。経営戦略から各施策までを一貫させ、視覚的に分かりやすく開示することは容易ではありません。一方で適切な開示を行うことは、投資家、アナリスト等のステークホルダーの期待と信頼の獲得にもつながります。

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室では、本記事で紹介した好事例やポイントをまとめた「2023年3月期 有報サステナビリティ開示分析」を公開しています。各企業の具体的な開示内容や図版を一覧できるほか、サプライチェーンにおける人権尊重や原材料調達リスクなど、本記事では言及していない項目についても紹介しています。

本件に関するお問い合わせは、サステナビリティ情報推進室にて受け付けております。貴社のサステナビリティ情報開示の最適化のために、ぜひご相談ください。


馬野 隆一郎

EY新日本有限責任監査法人
サステナビリティ開示推進室 室長 パートナー 公認会計士
馬野 隆一郎

大石 晃一郎

EY新日本有限責任監査法人
サステナビリティ開示推進室 パートナー 公認会計士
大石 晃一郎


サマリー 

2023年3月期より、有価証券報告書(有報)におけるサステナビリティ情報に関する開示が義務化されました。サステナビリティへの取組みは企業の経営アジェンダであり、企業価値向上に向けた戦略を適切に開示することは、各企業の課題となっています。そこで本記事では、日経225銘柄の構成会社、及び、金融庁の「記述情報の開示の好事例集2022」に掲載された企業の開示情報を分析し、見えてきた課題と2年目以降の対応ポイントについて解説いたします。


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気候変動・サステナビリティ・サービス

多様な経験と専門性を持った私たちCCaSSチームが、企業の気候変動を巡るリスクや機会への対応、更にはサステナビリティと経営戦略の統合をサポートします。


この記事について

執筆者


EY Japan Assurance Hub

時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、非財務情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 

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