また、以下の ① ② の概念は、救済措置ではありませんが、ISSB基準の最終化に当たって特定の開示要求事項に関して導入された、「プロポーショナリティ(proportionality)」に関連するものです。プロポーショナリティ(企業の成熟度に比例した規定の原則)は、新興国の企業や中小企業など、経営資源の限られた企業への配慮として、今回の基準公表に併せてISSBが導入した考え方です。
① 過大なコストや労力をかけずに報告日に利用可能な、合理的で裏付け可能な情報
ISSBは、IFRS S1およびS2において、「報告日現在において過大なコストや労力をかけずに利用可能な、合理的で裏付け可能な情報」(以下、合理的で裏付け可能な情報)という概念を導入しました。この概念は、企業が測定や結果の不確実性が高い開示要求事項を適用する際の助けとなることを意図して導入されたものです。経営資源が限られた企業にとって、情報入手にかかるコストが、経営資源に制限の少ない企業よりも高くなる可能性を踏まえて、資源に制約のある企業は、その情報が合理的で裏付け可能な場合に限り、入手コストがより低い情報を用いて開示を作成することを可能とする概念です。
IFRS S2では、合理的で裏付け可能な情報の概念は、「戦略」における、気候関連のリスクと機会の識別の開示(IFRS S2.10)、バリューチェーン上の気候関連リスクと機会の影響の開示(IFRS S2.13、IFRS S2. BC43)、気候関連のリスクと機会の予想される財務影響(IFRS S2.15(b))、「指標と目標」における、気候関連のリスクと機会によって影響を受ける資産や事業活動の割合の開示(IFRS S2.29(b)-(d))、また、シナリオ分析に対するアプローチの決定、において導入されています。
比較的経営資源の制約の少ない企業であったとしても、取引先企業等などが新興国の企業や中小企業であるといったケースでは、合理的で裏付可能な情報を利用する可能性が高くなります。合理的で裏付け可能な情報には、過去の出来事、現在の状況、将来の状況の予測に関する情報が含まれ、さらには、定量的または定性的な情報、外部ソースから入手した情報、内部で所有または開発した情報も含まれます。(IFRS S2.B9)実務上の運用については今後検討を重ねていく余地がありますが、合理的で裏付け可能な情報の運用方針を社内で検討・決定し、その方針に沿って情報の取得を行っていくという進め方が想定されます。
② 企業にとって利用可能なスキルや能力、リソースに見合ったアプローチ
上記①と同様に、一部の経営資源の制約がある企業の存在を念頭に、利用可能なスキルや能力、リソースに見合ったアプローチに基づき情報開示を行うという考え方です。
例えば、IFRS S2では、戦略の章における、気候関連のリスクと機会の予想される財務影響の開示(IFRS S2.15(b))、企業の気候レジリエンスを評価する際のシナリオ分析のアプローチの決定方法(IFRS S2.22)、においてこのアプローチが導入されています。
また、以下の③は、企業のIFRS S2適用を支援するための追加的な取り扱いです。
③ 財務的影響について定量情報を開示するべきか否かの判断方法
このほかにも、気候関連のリスクと機会の財務的影響の定量的な開示において数値に幅を持たせた開示が可能である旨(IFRS S2.17)や、さらには、財務的影響を個別に識別できないと判断される場合(IFRS S2.19(a))、財務的影響を見積もる際の測定の不確実性のレベルが非常に高く、その結果として得られる定量的情報が有用でないと判断される場合(IFRS S2.19(b))には、財務的影響の定量的な開示を行う必要がない旨が示されています。また、上述②に関連してスキルや能力、リソースが不足している企業については、気候関連のリスクと機会の予想される財務的影響の開示において、定量情報を開示しなくてもよい(IFRS S2.20)と記載されています。これらの定量情報開示に関する一連の取り扱いも、グローバルベースラインとしてのISSB基準準拠に向けた企業の準備をよりスピードアップさせるためにISSBが導入した考え方です。