なお、以下の説明はTCFDやプロトタイプから追加された情報を中心に、すでに公表している「企業の気候変動対応の⾼度化を促進する新しい情報開⽰基準とは ― IFRSサステナビリティ開⽰基準:気候関連開示要求事項のプロトタイプ」を再構成したものです。
(1)ガバナンス
公開草案における「ガバナンス」の開示の目的は、一般目的財務報告の利用者が、気候変動に関連するリスクと機会を監視・管理するために企業で用いられるガバナンスのプロセス、統制、手続きを理解できるようにすることされています。TCFDと同様、気候変動リスク・機会についての企業の取締役会による監視体制および経営者の役割についての開示を要求しています。
今回公表された公開草案は、TCFDにおける推奨開示事項を強化した内容となっていたプロトタイプから大きな変更点はありません。具体的な記載事項としては、気候変動関連のリスクと機会に対する責任を有する企業内の部署や個人、およびこれらの部署や個人の責任を規定した企業方針(例:付託条項、取締役会の権限、その他の関連政策)、取締役会における、気候関連の事案についての報告プロセスやその頻度、さらには、これらの監督責任を遂行する上でのスキルと能力をどのように確保しているのかといった点についての開示が求められます。
また、引き続き企業戦略や主要取引の意思決定における気候リスク・機会の検討方法や経営陣に気候関連の方針、戦略、目標の実施についての責任を求める方法、さらには気候リスク・機会に対応するための目標と関連するパフォーマンス指標が経営陣の報酬方針に組み込まれているかも含めた記載も求められています。
なお、実際の開示に当たっては、上記の気候関連リスク・機会の管理に適用されているプロセスが、企業のその他のガバナンス機能とどのように統合されているかについて開示した上で、これらがその他のサステナビリティ関連リスクと機会とともに統合的に管理されている場合、統合的なガバナンスの開示を行い、重複を減らすよう取り組むこと、と公開草案に記載されています。
(2)戦略
公開草案における「戦略」の開示の目的は、利用者が、気候変動に関連する重大なリスクと機会に対処するための企業の戦略を理解できるようにすることとされています。TCFDと同様、1)企業が識別したリスクと機会についての記載、また、これらのリスクと機会が、2)企業のビジネスモデルおよびバリューチェーンに及ぼす影響、3)企業の移行計画(注3)を含む戦略および意思決定に与える影響、4)企業の財務情報(財務状態、財務パフォーマンス、キャッシュフロー、財務計画)、および、5)企業の戦略のレジリエンス、についての開示を要求しています。
公開草案では、TCFDにおける推奨開示事項を強化した内容となっていたプロトタイプの要求事項を、以下①~③の点でさらに明確するものとなっています。
①移行計画の透明性の向上とカーボンオフセット(注4)
ISSBはGHG削減目標を含む企業らの低炭素経済への移行に向けた戦略である移行計画について、その進捗状況をモニタリングするための目標期日、範囲、対象範囲も提示すべきだと提案しています。さらに透明性を高めるために、基礎となる仮定や不確実性も含めて開示するべきとの投資家らの意見を踏まえ、今回公表した公開草案の第13項で、移行計画に関するさまざまな具体的な開示項目を提案しています。例えば、ビジネスモデル、戦略、資源配分、生産プロセス、製品、労働力などの変更を含めた、気候リスク・機会への直接的な対応策、顧客やサプライヤーとの協力を含めた間接的な対応策、および、これらを実施するに当たってのリソースの調達方法などがあります。
中でも、GHG削減策としてのカーボンオフセットの利用については、その技術的な根拠、前提となる政策や法規制、将来の価格変動など、利用可能性における不確実要素が多いため、気候リスク・機会の識別が必要となることから、公開草案ではオフセットの手法(注5)とオフセットの第三者検証または認証スキームについての開示の要求を盛り込んでいます。
②財務インパクト
ISSBは、2021年10月に公表されたTCFDステータスレポート*4において気候リスクと機会の財務的影響額の開示がほとんど行われていない分野であると指摘された旨に触れています。定量評価の実施におけるデータ収集、算定、評価、社内での承認プロセスなど、企業にとっては課題が多い分野であることに理解を示しつつも、公開草案の第14項で、気候リスク・機会の財政状態、財務パフォーマンス、キャッシュフローに与える影響と、短期・中期・長期に予想される影響について、原則、定量的な情報を開示しなければならない、としています。また、定量的な情報を提供する場合に、企業は単一またはレンジで影響額を開示することができるとして、定量評価における不確実性を考慮したものとなっており、定量評価をめぐる課題に対応する姿勢を示しています。なお、定量評価が困難な企業に対しては、公開草案の第14項 (e) で、その理由を開示することを要求しています。
③気候レジリエンス(回復力)
ISSBは、気候リスク・機会のシナリオ分析が、将来のさまざまな気候変動シナリオにおける、企業の戦略、ビジネスモデル、将来のキャッシュフローのレジリエンス(回復力)を投資家らが理解するためのツールとして、ますます確立されつつあることについて言及した上で、公開草案の第15項でレジリエンスの開示に当たっては、シナリオ分析の実施を必須と記載しています。また、シナリオ分析を実施することが難しい企業に対しては、代替的な手法を用いてレジリエンス評価を実施することを要求し、第15項(b)iiにおいて、一点予測、感度分析、定性的分析などの代替的手法についてのより明確なガイドラインを追記しています。
(3)リスク管理
公開草案における「リスク管理」の開示の目的は、利用者が気候変動に関連するリスクと機会を、特定・評価・管理するためのプロセスを理解できるようにすることとされています。これは、気候関連リスクの識別、評価、管理についての開示を推奨するTCFDおよびそれに基づいて策定されたプロトタイプから、気候関連の「機会」についてもリスク管理における不確実性評価の一環として検討することを求めている点で異なっています。
機会についてもリスクと同様に検討対象とするこの提案について、ISSBは本公開草案の結論の根拠において、リスクと機会が同じ不確実性のもとに関連もしくは生じ得るという見解と、一般慣行においてもリスク対応プロセスに機会を組み込むように進化してきているという側面を反映したものであると述べています。
上記の通り、気候変動のリスクと機会の双方が検討対象になったという点以外では、公開草案はTCFDにおける推奨開示事項を強化した内容となっていたプロトタイプから大きな変更点はありません。小さな変更点として、リスクと機会の識別や評価、優先順位付けを行う際のプロセスや、これらの測定方法、また、重要なリスクと機会ごとに、モニタリングや管理、リスク軽減などの対応方針を公表することが求められており、利用者が企業のリスク管理プロセスの成熟度を理解することを後押しするものとなっています。
なお、実際の開示に当たっては、(1)ガバナンスと同様に、上記の気候関連のリスクと機会の管理に適用されているプロセスが、企業のその他のリスク・機会の管理プロセスとどのように統合されているかについて開示した上で、これらがその他のサステナビリティ関連リスク・機会とともに統合的に管理されている場合、統合的なリスク管理の開示を行い、重複を減らすよう取り組むこと、と公開草案に記載されています。
(4)指標および目標
公開草案における「指標および目標」の開示の目的は、利用者が企業の重要な気候リスクと機会をどのように測定・監視・管理しているか、また、企業が設定した目標に対する進捗を含むパフォーマンスをどのように評価しているかについて理解することができるようにすることとしています。公開草案では、TCFDガイダンスと同様に、業界横断的な気候関連指標(注6)の開示が要求されているほか、プロトタイプで追加された業種別の開⽰要求事項および指標についても盛り込まれています。
業界横断的な気候関連指標のうち温室効果ガス排出量については、TCFDガイダンスやプロトタイプと同様、公開草案も温室効果ガス算定のグローバルスタンダードであるGHGプロトコルを使用し、総量および原単位ベースの排出量指標を開示することと、以下①~②の点を追加で開示することが要求されています。
①スコープ1およびスコープ2(注7)
公開草案では、排出量を (1) 連結会計グループおよび (2) 連結会計グループに含まれない関連会社、共同支配企業、非連結の子会社およびその他関係会社について別途開示することが求められています。この追加的な開示要求については、GHGプロトコルではさまざまな算定アプローチが認められており、企業ごとに適用方法も異なることから、ISSBは公開草案の結論の根拠において、開示情報の比較可能性を高めるために公開草案に要求事項を追加したとしています。なお、(2) 連結会計グループに含まれない関連会社、共同支配企業、非連結の子会社およびその他の関係会社については、その組織範囲を決定するために用いた方法(例:GHGプロトコルの支配力または出資比率基準)についても併せて開示すること、ならびに、用いた方法を選択した理由についても記載することが求められます。
②スコープ3(注8)
公開草案では、スコープ3の排出量開示が要求されています。ISSBは公開草案の結論の根拠において、スコープ3排出量が多くの企業にとってカーボンフットプリントの大部分を占めるため、企業の低炭素移行計画の妥当性の判断に役立ち、投資リスク分析の重要な要素になるといった認識の高まりが背景にあると言及しています。なお、このスコープ排出量の測定に、取引先など他社から取得した情報が含まれる場合、その測定根拠を説明すること、および、他社から取得した情報によるスコープ3排出量を除外する場合には、除外する理由(例:信頼できる測定根拠を入手できないため)を説明することが求められます。
業種別の開⽰要求事項および指標については、プロトタイプ同様、付録 B*5として11の業界と68の業種について開示項目が設定されています。これらの各開示項目に対し、要求される指標や適用における技術的なプロトコルが関連付けられています。付録Bは、SASBの産業別スタンダード(以下、SASB基準)から派生したものです。ISSBは今般、公開草案の公表に向けて、国際的な互換性に向けた対応、重複の排除、金融セクター向けの対応などの追加作業を行っています。意思決定に有用な情報であり、かつ費用対効果が高い基準としてすでに利用者や企業に評価されているSASB基準を基に、ISSBは今後、業種別の開⽰要求事項および指標の基準を策定することを表明しています。
公開草案の第23項では、企業が設定したGHG削減目標の開示要件が述べられています。具体的には、そのGHG削減目標が設定された背景(例:緩和、適応、セクターや科学的知見に基づく目標設定イニシアチブ)、また、目標設定が気候変動に関する最新の国際協定に基づくものであるかの開示が要求されています。この国際協定とは、気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCC)締約国会議(いわゆるCOP○○)で合意される削減目標などを指し、本公開草案発表時点では、パリ協定(2016年4月)が直近です。本協定によれば、地球温暖化による気温上昇を産業革命以前と比べて2℃より十分に低く抑えること、および産業革命以前の水準より1.5℃まで温暖化を抑える努力を追求することに沿った目標であるかを開示する必要があります。