ISSBが最初の基準である「IFRSサステナビリティ 開示基準」を公表:IFRS S1「サステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項」

ISSBが最初の基準である「IFRSサステナビリティ開示基準」を公表:IFRS S1「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」


2023年6月26日、国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board、以下ISSB)は、最初のIFRSサステナビリティ開示基準として、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(以下、S1基準または本基準)とIFRS S2号「気候関連開示」(以下、S2基準)を公表し、企業報告の新しい時代を開きました。本稿では、S1基準について解説します。


要点

  • 企業のサステナビリティ関連財務情報開示の主たる利用者である、既存および潜在的な投資家、融資者、その他の債権者の情報ニーズを対象としている。
  • 企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のすべてのリスクと機会に関する重要性のある情報を開示することを要求している。
  • 開示すべき情報の種類は、気候関連の財務情報開示に関するタスクフォース (TCFD) 提言における4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿ってその要求事項が定められている。
  • IFRS S1号とIFRS S2号は、2024年1月1日以降に開始する年次報告期間から有効となる(経過的な救済措置あり)。ただし、規制報告において両基準の適用が要求されるかどうかは、各法域の承認または規制プロセス次第である。

S1基準およびS2基準は、企業のサステナビリティ関連財務情報開示の主たる利用者である、既存および潜在的な投資家、融資者、その他の債権者の情報ニーズを対象としています。

そして、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」は、完全な一組のサステナビリティ関連財務情報の開示に関する主要な要求事項を定めており、企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のすべてのリスクと機会に関する情報を開示することを要求しています。企業の見通しに影響を与えるとは、短期、中期、長期にわたる企業のキャッシュ・フロー、資金調達へのアクセスおよび資本コストに影響を与えるものです。

また、ISSBが公表する最初のテーマ別の基準であるIFRS S2号「気候関連開示」では、企業に対して、気候関連のリスクと機会に対するエクスポージャーに関する情報を提供することを要求しています。


Ⅰ. 目的 (OBJECTIVE)

本基準の目的は、一般目的財務報告の主要な利用者※1が企業への資源提供に関する意思決定を行う際に有用となる、企業のサステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報を提供することを企業に求めること、とされています。[S1.1]

また、本基準では、企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のすべてのリスクと機会に関する重要性がある(※「重要性」の定義に関しては第IV章2参照。)情報を開示することが要求されています。「企業の見通しに影響を与える」とは、短期、中期、長期にわたる企業のキャッシュ・フロー、資金調達へのアクセスおよび資本コストに影響を与えるものである、とされています。[S1.3]


Ⅱ. 範囲 (SCOPE)

企業は、サステナビリティ関連財務情報の作成および開示において、本基準を適用することになります。[S1.5]

また、企業は、関連する一般目的財務諸表をIFRS会計基準またはその他の一般に公正妥当と認められる企業会計の原則または慣行(例:日本基準や米国会計基準)に準拠して作成するいずれの場合でも、このIFRSサステナビリティ開示基準を適用することができる旨が明確にされています。[S1.8]


Ⅲ. サステナビリティ関連財務情報の開示に至るまでのプロセス

本基準の求める、将来の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する重要性がある情報の開示に至るまでのプロセスは以下の2つのステップに分解することができます。また、本基準は、ステップごとのガイダンスとなる情報源についても定めています。


1. サステナビリティ関連のリスクと機会の識別 (Identifying sustainability-related risks and opportunities)

そもそも、企業が短期、中期、長期にわたりキャッシュ・フローを生み出す能力は、企業のバリューチェーン※2全体におけるステークホルダー、社会、経済および自然環境との相互作用に密接に関連しています。その結果、企業と、そのバリューチェーン全体の資源と関係は、企業の活動において相互的に作用します。したがって、サステナビリティ関連のリスクと機会は、企業の資源と関係への依存、および企業の資源と関係への影響から生じます。[S1.2]

そのような資源と関係には、人的資源などの企業のオペレーションに関わるもの、企業の供給、マーケティングおよび流通チャンネルに関わるもの、ならびに企業がオペレーションを行う財務的環境、地理的環境、地政学的環境、規制環境などが含まれます。企業に関連性のあるサステナビリティ関連財務情報は、企業の活動または属する産業、企業の所在地、製品および製造プロセス、従業員およびサプライ・チェーンへの依存の性質など、多くの要因に依存しています。[Appendix.A] そのため、サステナビリティ関連のリスクと機会は、例えば、気候変動、水の利用、土地の利用、職場の健康と安全、バリューチェーンにおける労働条件、データセキュリティなどから生じる可能性があります。

企業は、その見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会を識別するに当たり、次のことが求められます。[S1.54]


【適用される基準がある場合】

  • 適用されるIFRSサステナビリティ開示基準(現時点ではS2基準のみ)を参照(適用)する必要があります。[S1.54]

【適用される基準がない場合】

  • 産業別のSASB基準※3における開示トピック※4の適用可能性を考慮する必要があります。なお、企業はそれらの開示トピックを企業の状況においては適用しないと結論付けることもあります。[S1.55(a)]
  • 気候変動開示基準委員会(CDSB)フレームワークの「水」や「生物多様性」関連開示の適用ガイダンスや、一般目的財務報告の利用者の情報ニーズを満たすように要求されている他の基準設定機関による最新の公表物、もしくは同じ産業または地理的地域で活動する企業によって識別されたサステナビリティ関連のリスクと機会などを考慮することができます。[S1.55(b)]

また、企業は、重大な事象や重大な状況の変化が生じた場合(例えば、供給者が温室効果ガス排出量を変化させる重要な変更を行った場合や、企業が事業を買収してバリューチェーンを拡大した場合、または企業のサステナビリティ関連のリスクと機会に対するエクスポージャーの重要な変化があった場合など)、バリューチェーン全体を通じて、サステナビリティ関連のリスクと機会の範囲を再評価しなければなりません。[S1.B11]

なお、サステナビリティに関連するリスクと機会であっても、企業の短期、中期、長期にわたる見通しに影響を与えることが合理的に予想し得ないものは、IFRSサステナビリティ開示基準の適用範囲外となります。[S1.6]


2. 開示要求事項の識別 (Identifying applicable disclosure requirements)

特定のテーマ別のIFRSサステナビリティ基準が存在する場合は(現在のところ、気候関連のリスクと機会に関するS2基準のみ存在する)、企業は、当該基準の特定の開示要求も適用しなければならないとされています。つまり、ISSBが気候関連以外のサステナビリティ項目についてさらなる基準を公表するまでは、気候関連以外の企業のサステナビリティ関連のリスクと機会の開示は、IFRS S1の全般的要求事項に従い開示要求事項を検討することとなります。


【適用される基準がある場合】

前述した、1.のリスクと機会の識別のステップの後、企業は、その見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する開示要求事項を識別するに当たり、まず最初に、当該サステナビリティ関連のリスクと機会に特に適用されるIFRSサステナビリティ開示基準を参照する必要があります。[S1.56]

【適用する基準がない場合】

関連するIFRSサステナビリティ開示基準がない場合(現在のところ気候関連のトピックを定めるS2基準以外については存在しない)、一般目的財務報告の利用者の意思決定に関連し、かつ、サステナビリティ関連のリスクと機会を忠実に表現する情報を識別するために、企業は判断を用いる必要があります。[S1.57, C1]

具体的には、

  • まず、SASB基準における開示トピックに関連する指標の適用可能性を考慮する必要があります。なお、企業はそれらの指標を企業の状況においては適用しないと結論付けることもあります。[S1.58(a)]
  • また、IFRSサステナビリティ開示基準と矛盾しない範囲で、CDSBフレームワークの適用ガイダンスや、一般目的財務報告の利用者の情報ニーズを満たすように要求されている他の基準設定機関による最新の公表物、もしくは同じ産業または地理上の地域で活動する企業によって開示された情報(含む指標)を考慮することができます。[S1.58(b)]
  • さらに、本基準の目的に合致し、かつ、IFRSサステナビリティ開示基準と矛盾しない範囲でGRI基準と欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)を参照し、それらの適用可能性を考慮することができます。[S1.58(c), C2]

以上のとおり、上述の2つの各ステップにおいて、SASB基準の参照を必須とするなど、産業特有の開示を要求している点に特徴があります。


Ⅳ. 概念的基礎 (CONCEPTUAL FOUNDATIONS)

サステナビリティ関連財務情報が有用な情報であるためには、関連性と忠実な表現が求められます。これらは、有用なサステナビリティ関連財務情報の基本的な質的特性です。また、当該情報は比較可能性、検証可能性、適時性、理解可能性を確保することでその有用性が高められるとされています。[S1.10]


1. 適正表示 (Fair presentation)

完全な一組のサステナビリティ関連財務情報の開示は、企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のすべてのリスクと機会を適正に表現していなければならないとされています。[S1.11]

適正表示には、企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する、関連性のある情報の開示と本基準の原則に従った忠実な表現が求められ、忠実な表現を達成するために、企業は、サステナビリティ関連のリスクと機会を完全で中立的かつ正確に描写しなければなりません。[S1.13]

2. 重要性(マテリアリティ)(Materiality)


「重要性のある」情報とは、開示すべき情報として何が省略できるかという観点から述べられています。

本基準では、企業は、将来の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会に関する重要性がある情報を開示することが要求されています。

「重要性がある情報」の定義は、IFRS会計基準に適用される「重要性がある」の定義と整合的です。つまり、情報は、その情報を省略したり誤表示したり覆い隠したりしたときに、一般目的財務報告の主要な利用者が、特定の報告企業の企業報告(財務諸表とサステナビリティ関連財務情報開示を含む)に基づいて行う意思決定に影響を与えることが合理的に予想し得る場合に、重要性があるとされています。[S1.18]

ISSBは投資者にとって重要性のあるものに基づいて基準の範囲を設定しているため、より広範なステークホルダーのニーズを満たすように設計された他の開示フレームワーク(例:GRI基準やESRS)の下では重要性があると考えられる情報の一部が、IFRSサステナビリティ開示基準の下では重要性がない可能性があります。

重要性は、情報が関連する項目の性質や規模(あるいはその両方)に基づく、または企業固有のものという側面があり[S1.14]、本基準では重要性の閾値(しきいち)について明示されていません。

また、重要性の判断は、変化した状況と仮定を考慮するために、各報告日に再評価されなければならない点が定められています。[S1.B28]

3. 報告企業 (Reporting Entity)

サステナビリティ関連財務情報の報告企業は、関連する財務諸表と同一でなければならないとされています。[S1.20] すなわち、連結財務諸表に含まれる親会社と子会社が開示対象に含まれます。[S1.B38]

しかし、その他のIFRSサステナビリティ開示基準において、上述の範囲を超えて関連会社、ジョイントベンチャーおよびその他の投資ならびにバリューチェーンなどに関する、サステナビリティ関連のリスクと機会の測定または開示要求が定められる場合があります。例えば、S2基準では、関連会社およびジョイントベンチャーなどのスコープ1・2やバリューチェーンのスコープ3の温室効果ガス排出量に関する要求事項を定めています。


4. 結合された情報 (Connected information)

企業の一般目的財務諸表とそのサステナビリティ関連財務情報開示は一体となって、企業の一般目的財務報告の一部を構成します。一般目的財務報告の主要な利用者(現在および潜在的な投資家、融資者、その他の債権者)は、この情報を使用して、企業への資源の提供に関する意思決定を行います。このため、S1基準では、企業は以下のような情報項目間の関係を記述し、利用者がこれらの項目間のつながりを理解できるようにする必要があります。[S1.21]

情報項目間の関係

また、サステナビリティ関連財務開示で使用された財務データと仮定は、財務諸表の作成に適用される会計基準の要求事項を考慮した上で、企業の財務諸表を作成する際に使用された対応する財務データと仮定と、可能な限り整合的でなければならないとされています。[S1.23]


V. コアとなる要素 (CORE CONTENT)

IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認めるまたは要求する場合を除き、以下に記述している4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)について開示することが求められます。[S1.25]

それらの要求事項は、以下の図に要約されているように、気候関連の財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD) 提言における4つの柱に基づいています。

4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)

以下、4つの各要素について、本基準の要求事項を詳述します。


1. ガバナンス (Governance)

一般目的財務報告の利用者が、企業がサステナビリティ関連のリスクと機会をモニタリングおよび管理するために用いるガバナンスのプロセス、統制および手続に関して理解できるよう、具体的には、以下に関する各種情報を開示することが求められます。[S1.26, 27]

(a) サステナビリティ関連のリスクと機会に対する監督に責任を持つガバナンス組織(ガバナンスに責任を持つ取締役会などのボード、委員会または同等の機関を含む)または個人

(b) それらのプロセスにおける経営者の役割


2. 戦略 (Strategy)

一般目的財務報告の利用者が、サステナビリティ関連のリスクと機会を管理するための企業の戦略を理解できるようにするために、以下の事項を開示しなければなりません。[S1.28]

(a) 企業の見通しに影響を及ぼすと合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会

企業の見通しに影響を及ぼすと合理的に予想し得るサステナビリティ関連のリスクと機会を記述し、サステナビリティ関連のリスクと機会の効果が発生することが合理的に予想し得る時間軸(短期、中期、長期)を特定し、どのように「短期」、「中期」および「長期」を定義づけたかを説明し、どのようにそれらの定義が、戦略の意思決定のために企業に用いられている計画の時間軸に結びついているかの説明が求められています。[S1.30]

(b) それらのサステナビリティ関連のリスクと機会が、企業のビジネスモデル※5とバリューチェーンに及ぼす現在および予想される影響

サステナビリティ関連のリスクと機会が自社のビジネスモデルとバリューチェーンに及ぼす現在の影響と予想される今後の影響を理解するための情報として、リスクと機会がビジネスモデルとバリューチェーンに及ぼす影響、およびリスクと機会がどこに集中しているか(例えば、地理上の地域、施設、資産の種類)について開示しなければなりません。[S1.32]

(c) サステナビリティ関連のリスクと機会が、企業の戦略と意思決定に及ぼす影響

戦略や意思決定において企業が、サステナビリティ関連のリスクと機会にどのように対処してきたか、そしてしようとしているか、の開示が求められます。また、定量的・定性的情報を含む、過去に開示された計画の進捗状況、およびサステナビリティ関連のリスクと機会の間のトレードオフ(例えば、新規事業のための立地に関する意思決定を行う際、当該事業が環境に与える影響と、地域社会において創出する雇用機会との間のトレードオフ)をどのように考慮したかについて開示しなければなりません。[S1.33]

(d) サステナビリティ関連のリスクと機会が、現在と将来に及ぼす財務的影響

以下の開示が本基準では求められています。[S1.34]

(i) 現在の財務的影響

サステナビリティ関連のリスクと機会が報告期間の財政状態、財務業績およびキャッシュ・フローに与えている影響

(ii) 将来に及ぼす財務的影響

短期、中期および長期にわたってサステナビリティ関連のリスクと機会が企業の財政状態、財務業績およびキャッシュ・フローに与える予想される影響(サステナビリティ関連のリスクと機会が企業の財務計画にどのように組み込まれているかを含む)

(e) サステナビリティ関連のリスクに対する企業の戦略とビジネスモデルのレジリエンス

企業は、一般目的財務報告の利用者が、企業のサステナビリティ関連のリスクから生じる不確実性に適応する能力を理解できるような情報として、どのように評価が実行されてきたのか、および、時間軸の情報を含む、サステナビリティ関連のリスクに係る戦略やビジネスモデルのレジリエンスの評価に関する定性的情報を開示しなければなりません。また、該当する場合には、定量的情報の開示が求められ、定量的な情報を提供する場合、企業は単一の金額または金額の範囲を開示することができます。[S1.41]


3. リスク管理 (Risk management)

一般目的財務報告の利用者が、以下を達成できるよう、リスク管理に関する開示が必要とされています。[S1.43]

(a) 企業がリスク管理の目的でサステナビリティ関連のリスクを識別、評価、優先順位付け、モニタリングするために使用しているプロセスと、それらのプロセスが企業の総合的なリスク管理プロセスにどの程度組み込まれているか、またどのように組み込まれているかを理解する

(b) 全体的なリスクプロファイルおよびリスク管理プロセスを評価する

具体的に以下の開示が本基準では求められています。[S1.44]

(a) サステナビリティ関連のリスクを識別、評価、優先順位付け、モニタリングするために用いているプロセスと関連する方針。以下の情報が含まれます。

(i) 使用するインプットパラメータ(例えば、データソース、対象となる事業の範囲)、仮定に使用された詳細な情報

(ii) 企業がサステナビリティ関連のリスクの識別を伝達するために、シナリオ分析を用いたのか、およびどのように用いたのか

(iii) これらのリスクの性質、発生可能性および影響の程度をどのように評価しているのか(例えば、評価に使用した定性的要素、定量的な閾値、その他の規準)

(iv) 他の種類のリスクとの比較の中でサステナビリティ関連リスクを優先順位付けする方法

(v) 企業がどのようにサステナビリティ関連のリスクをモニタリングしているか

(vi) 過年度と比較して使用するプロセスを変更したか、およびどのように変更したか

(b) サステナビリティ関連の機会を識別、評価、優先順位付け、モニタリングするために企業が使用するプロセス

(c) サステナビリティ関連のリスクと機会を識別、評価、優先順位付け、モニタリングするプロセスが企業の全体的なリスク管理プロセスに統合および伝達されている程度、ならびにどのように統合および伝達されているか。


4. 指標と目標 (Metrics and targets)

企業がサステナビリティ関連のリスクと機会を測定するための指標や目標を開示することで、一般目的財務報告の利用者は、企業が設定した、または法規制によって達成することが義務付けられている目標に対する進捗を含む、企業のサステナビリティ関連のリスクと機会に関連するパフォーマンスを理解することができます。[S1.45]

具体的には、将来の見通しに影響を与えると合理的に予想し得る個別のサステナビリティ関連のリスクと機会ごとに、以下の開示が求められています。[S1.46]

(a) 適用されるIFRSサステナビリティ開示基準で要求される指標

(b) 企業が以下を測定し、モニタリングするために使用している指標

  • 企業のサステナビリティ関連のリスクと機会
  • それらのリスクと機会に関連するパフォーマンス(企業が設定した、または法規制によって達成することが義務付けられている目標に対する進捗を含む)

開示される指標には、特定のビジネスモデルや活動、ある産業への参画を特徴づけるその他一般的特徴に関連する指標が含まれていなければならないとされています。[S1.48]

企業戦略の最終目標の達成に向けた進捗状況を評価するために設定された目標や、法規制によって達成することが義務付けられている目標に関する情報も開示しなければなりません。具体的には以下の開示が求められています。[S1.51]

(a) 目標を設定し、目標の達成に向けた進捗状況を評価するために使用した指標

(b) 企業が設定または達成が求められる特定の定性的または定量的な目標

(c) 目標が適用される期間

(d) 進捗状況を測定するための基準となる期間

(e) マイルストーンや中間目標

(f) 各目標に対するパフォーマンスと、企業のパフォーマンスにおけるトレンドと変化の分析

(g) 目標の変更および当該変更に関する説明

指標(目標を設定し、目標の達成に向けた進捗状況を評価するために使用したものも含む)の定義と計算は、時間と共に首尾一貫していなければなりませんが、指標を再定義または置き換える場合は、所定の開示が必要となります(詳細は、VI. 3.比較情報の章を参照)。[S1.52]


Ⅵ. 一般的要求事項 (GENERAL REQUIREMENTS) と適用初年度の移行措置 (Transition)

1. 開示箇所 (Location of disclosures)

IFRSサステナビリティ開示基準によって要求される情報は、一般目的財務報告の一部として開示することが求められていますが[S1.60]、当該情報を、その他の要求事項を満たすために開示する情報と同じ場所に開示することもできます。ただし、サステナビリティ関連財務開示が明瞭に識別可能であり、かつ、当該追加的な情報によって不明瞭にならないことが条件となっています。[S1.62]

実際、一般目的財務報告の中のどこで開示するかは、企業に適用される規制や要求事項に従うため、さまざまな箇所になるとされています。また、マネジメントコメンタリーまたは類似の報告が企業の一般目的財務報告の一部を構成する場合には、サステナビリティ関連の財務開示を企業のマネジメントコメンタリーまたは類似の報告に含めることができるとされています。[S1.61]

また、IFRSサステナビリティ開示基準で要求される情報は、相互参照される情報が同じ条件かつ同時に利用可能であること、かつ、相互参照で情報を含めることによって完全な1組のサステナビリティ関連財務開示の理解可能性が低下しないことを条件に、相互参照により企業のサステナビリティ関連財務開示に含めることもできます。[S1.63, B45]


2. 報告の時期 (Timing of reporting)

企業は、サステナビリティ関連の財務開示を関連する財務諸表と同時に報告し(ただし、経過的な救済措置あり。「5. 適用初年度の救済措置」参照)、サステナビリティ関連の財務開示の報告期間は、関連する財務諸表と同じです。[S1.64]

また、本基準では、サステナビリティ関連の期中財務情報の報告をどういった企業に義務付けるか、報告の頻度、または期中報告期間終了後どの程度の期間で報告を義務付けるかを定めていません。しかし、政府・証券規制当局・証券取引所・会計基準設定主体が、債券や株式が公開で取引されている企業に対して期中一般財務報告の発行を求める場合があります。[S1.69]

企業が期中サステナビリティ関連財務開示をIFRSサステナビリティ開示基準に準拠して発行することが求められる、または、選択した場合に関連して、以下の内容のガイダンスが提供されています。[S1.B48]

  • 適時性への関心とコスト面の考慮、以前に報告された情報の繰り返しを回避するために、企業は、年次のサステナビリティ関連財務開示よりも少ない情報を開示することが求められる、または選択する可能性がある。
  • 期中サステナビリティ関連財務開示は、サステナビリティ関連財務情報の直近の完全な一組の年次開示の更新を提供することを意図している。
  • これらの開示は、新しい情報、事象、状況に焦点を当てており、以前に報告された情報とは重複しない。
  • 期中サステナビリティ関連財務開示で提供される情報は、年次サステナビリティ関連財務開示と比較してより要約されたものとなり得るが、企業は、本基準で特定されている完全な一組のサステナビリティ関連財務開示を期中一般目的財務報告の一部として発行することを禁止されたり、阻まれるものではない。


3. 比較情報 (Comparative information)

IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認めるまたは要求する場合を除き、企業は、報告期間において開示されたすべての金額に関する前期の比較情報を開示しなければなりません。また、報告期間のサステナビリティ関連財務開示の理解に有用である場合は、説明的および記述的なサステナビリティ関連財務情報に関する比較情報を開示しなければなりません(ただし、経過的な救済措置あり。「5. 適用初年度の救済措置」参照)。[S1.70]

また、サステナビリティ関連財務開示で報告されている金額は、例えば、指標と目標またはサステナビリティ関連のリスクと機会の現在のおよび予想される財務的影響に関連している可能性があります。[S1.71]

なお、比較年度の指標の見直しに関しては、具体的に以下の開示が本基準では求められています。[S1.B50]


<指標として開示した金額が見積りベースの場合>

企業が過去の期間に開示した見積りに基づく金額に関して新たな情報を認識し、かつ、当該の新たな情報が、過去の期間に存在していた状況に関する証拠を提供する場合、

(a) 新たな情報を反映した見直し後の比較年度の金額の開示

(b) 過去の期間と見直し後の金額との違いの開示

(c) 比較年度の金額を見直した理由の説明

が必要となります。

ただし、以下の場合は、見直し後の比較年度の金額の開示は不要となります。[S1.B51]

(a) 実務上不可能な場合 (*)

(*) 例として、「新しい指標の定義を遡及適用できるような方法で過年度のデータが収集されていないため、データを再構築することが実務上不可能」な場合が挙げられており、比較年度の金額の見直しが不可能な場合は、当該事実の開示が求められます。[S1.B54]

(b) 指標が将来予測的である場合(起こり得る将来の取引、事象およびその他の条件に関連している):なお、企業は、将来予測的な指標の比較年度の金額を見直すことも認められるものの、その場合は後知恵を利用しないことが前提となっています。


<報告期間において指標を再定義または置き換える場合>[S1.B52]

(a) 見直し後の比較年度の金額の開示(実務上不可能な場合を除く)

(b) 変更の説明

(c) 変更理由の説明(なぜ、再定義または置き換えがより有用な情報を提供するのかを含む)


<報告期間において新しい指標を導入する場合>[S1.B53]

比較年度の金額の開示が必要となります(実務上不可能な場合を除く)。


4. 準拠性の表明 (Statement of compliance)

企業のサステナビリティ関連財務開示が、IFRSサステナビリティ開示基準のすべての要求事項に準拠している場合、明示的かつ無限定の準拠表明が行われます。逆に、すべての要求事項に準拠していない場合は、そのような準拠表明を行うことはできません。[S1.72]

また、現地の法律または規制により情報開示が禁止されている場合には、IFRSサステナビリティ開示基準により要求される情報を開示する必要はありません。[S1.73] 当該理由により重要な情報を省略する場合には、開示されていない情報の種類を特定し、当該制限の理由を説明する必要があります。[S1.B33]

さらに、サステナビリティ関連の機会に関する情報が商業上の機密(まだ公開情報ではない、仮に開示することで企業の経済的利益に重大な悪影響が及ぶことが合理的に見込まれ得るなど、本基準における特定の要件が満たされていることを条件とする)に当たる場合では、当該情報を開示する必要はありません[S1.73]が、その場合、企業は当該免除規定を適用している旨を開示する他、引き続き免除規定の要件を満たすか、報告日ごとの再評価が求められます。[S1.B36]

企業がこれらの免除規定を適用して一部の開示を行わない場合でも、上記準拠性の記述を行うことは妨げられません。[S1.73]


5. 適用時期と適用初年度の経過的な救済措置 (Transition relief)

S1基準とS2基準は、2024年1月1日以降に開始する年次報告期間から有効となります。ただし、規制報告におけるIFRSサステナビリティ開示基準の強制適用は、各法域の承認または規制プロセス次第となります。両基準を同時に適用する場合は早期適用が認められますが、その場合はその旨を開示しなければなりません。[S1.E1, E2]

また、ISSBは、適用初年度に以下の救済措置を認めています。

(1) 比較情報

企業は、S1基準とS2基準を適用する最初の年次報告期間において、サステナビリティ関連財務情報の比較情報を開示することを要求されません。[S1.E3]

(2) 報告の時期

企業がIFRS S1を適用する最初の年次報告期間においては、関連する一般目的財務諸表を公表した後にサステナビリティ関連財務情報開示を報告することが認められており[S1.E4]、具体的には、以下の報告期限が規定されています。

(a) 企業が期中報告の提供が求められている場合、次年度の第2四半期または上半期の期中一般目的財務報告と同時

(b) 企業が任意で期中報告を提供している場合、次年度の第2四半期または上半期の期中一般目的財務報告と同時。ただし、本基準を最初に適用した年次報告年度の末日から9カ月以内

(c) 企業が期中一般目的財務報告の提供が求められず、かつ、任意でも提供しない場合、本基準を最初に適用した年次報告年度の末日から9カ月以内

(3) 気候関連以外の開示の省略

「気候関連を優先する」経過的な救済措置により、S1基準とS2基準を適用する初年度には、S2基準に規定されている気候関連のリスクと機会のみを報告することができます。この救済措置を選択した場合、企業はその旨を開示する必要があり、前述の比較情報の救済措置も適用されます。つまり、S1基準とS2基準を適用する初年度には、当期の情報としては気候関連だけを開示し、比較情報は気候関連も含め何も開示する必要はありません。適用2年目には、当期の情報としては、気候関連とその他の重要性のあるサステナビリティ関連財務情報を共に開示し、比較情報としては気候関連についてのみ開示が必要となります。[S1.E5-6]


6. プロポーショナリティの原則 (Proportionality)

IFRSサステナビリティ開示基準には「プロポーショナリティ(企業の成熟度に比例した規定)」の原則がIFRS S1とIFRS S2ともに組み込まれており、S1では特定のサステナビリティ関連財務情報の開示の作成に際して、企業は以下を行うべきであることを規定しています。

(1) 以下を行うに当たって、報告日現在において過大なコストや労力をかけずに利用可能な、合理的で裏付け可能な情報を使用する。[S1.B6]

  • 企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るリスクと機会の識別
  • 上記の個々のリスクと機会に関連したバリューチェーンの範囲の決定
  • サステナビリティ関連のリスクと機会の予想される財務的影響の開示(以下(2)も参照)[S1.37]

(2) 以下を行うに当たって、企業は利用可能なスキル、能力およびリソースに見合ったアプローチを使用する。[S1.37,39]

  • サステナビリティ関連のリスクと機会の予想される財務的影響の開示 (*)

(*) 企業が財務的影響に関する定量的情報を提供するためのスキル、能力およびリソースを有さない場合には、企業は当該定量的情報を提供する必要はない(定性的情報で足りる)。


Ⅶ. 判断・不確実性の測定・誤謬 (JUDGEMENTS, UNCERTAINTIES AND ERRORS)

1. 判断 (Judgements)

サステナビリティ関連財務開示を作成するプロセスの中で行った判断および、サステナビリティ関連財務開示に含まれる情報に最も重大な影響を与えているさまざまな判断を一般目的財務報告の利用者が理解できるような情報を開示しなければなりません。なお、後述2の対象である、金額の見積りに関する判断とは別個に開示されます。[S1.74]


2. 不確実性の測定 (Measurement uncertainty)

企業は、サステナビリティ関連財務開示において報告される、金額に影響を与える最も重大な不確実性を、一般目的財務報告の利用者が理解できるように情報開示しなければなりません。[S1.77]

具体的には、ハイレベルな測定の不確実性の対象となっている開示金額を識別した上で、識別された項目ごとに以下を開示しなければならないとされています。[S1.78]

(i) 測定の不確実性の情報源(例えば、将来起こり得る事象の帰結や、測定技術、企業のバリューチェーンからのデータの入手可能性と品質に金額が依存しているケース)

(ii) 金額を測定する際に企業が用いた仮定、概算および判断


3. 誤謬 (Errors)

重要性がある過去の期間の誤謬は、そうすることが実務上不可能でない限り、開示された過去の期間の比較対象の金額を修正再表示することによって訂正しなければなりません。[S1.83]

これらには、計算上の誤り、指標と目標の定義の適用の誤り、事実の見落しまたは解釈の誤り、そして不正の影響が含まれます。[S1.B56]

過去の期間のサステナビリティ関連財務開示に重要性がある誤謬が識別された場合、以下の開示も要求されます。[S1.B58]

(a) 過去の期間の誤謬の性質

(b)(実務上可能な範囲内で)過去の各期間の訂正箇所

(c) 誤謬の修正が実務上不可能な場合、その状態が存在するに至った状況、および当該誤謬がどのように、そしていつから修正されているかの概要の記述

また、表示されている過去のすべての期間に係る誤謬の影響を算定することが実務上不可能である場合には、企業は、実務上可能な最も古い日付から誤謬を訂正するために比較情報を修正再表示しなければなりません。[S1.B59]

なお、誤謬の修正は、見積りの変更と区別される旨が明確に規定されています。見積りは推定値であり、追加的な情報が利用可能になるにつれて修正が必要とされる場合があります。[S1.85]


※1 主要な利用者が企業に資源を提供することに関して意思決定を行う際に、報告企業に関する有用な財務情報を提供する報告書。これらの意思決定には、以下に関する決定が含まれます。

(a) 株式・債券の購入、売却、保有
(b) 貸付金その他の形態の信用の供与または回収
(c) 企業の経済的資源の使用に影響を与える経営者の行動に投票権を行使すること、あるいは、その他の方法で影響を与えること

一般目的財務報告には、企業の一般目的財務諸表およびサステナビリティ関連の財務開示を含みますが、これらに限定されるものではありません。 [Appendix. A]

※2 報告企業のビジネスモデルおよびその事業を取り巻く外部環境に関連するあらゆる相互作用、資源および関係。バリューチェーンとは、製品またはサービスの構想から提供、消費および終了まで、企業が製品やサービスを創造するために用いる、または依存する相互作用、資源および関係が含まれます。関連する相互作用、資源および関係には、企業の事業における人的資源などの活動、供給、マーケティングおよび流通経路に沿った活動(例えば、原材料とサービスの調達ならびに製品およびサービスの販売と提供など)ならびに企業が事業活動を行う財務的環境、地理的環境、地政学的環境および規制上の環境などが含まれます。 [Appendix. A]

※3 2022年8月のIFRS財団(IFRS Foundation)とバリュー・レポーティング財団(Value Reporting Foundation)の統合に伴い、ISSBが、SASB(Sustainability Accounting Standards Board)基準に関する責任を現在有しています。SASB基準は、各業界におけるサステナビリティ関連財務情報の開示要求事項を含む77の産業別基準で構成されており、各SASB基準には、特定の業界におけるサステナビリティ関連のリスクと機会に焦点を当てた開示トピックと、各開示トピックに関連する指標が含まれています。

※4 IFRSサステナビリティ開示基準またはSASB基準が定めている、特定の産業における企業の活動に基づく、具体的なサステナビリティ関連のリスクと機会 [Appendix. A]

※5 企業活動を通じて企業の戦略上の目的を達成、および企業にとっての価値を生成し、短期、中期、長期にわたる企業のキャッシュ・フローを創出することを目的にインプットをアウトプットおよび結果に変換する企業のシステム [Appendix. A]



【共同執筆者】

大野 雄裕
EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 兼 品質管理本部 IFRSデスク シニアマネージャー

上場企業での経理部門を経て、2005年当法人に入社。国内および外資系企業の会計監査に従事。16年から2年間、EYロンドン事務所に駐在。22年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事。また、サステナビリティ開示推進室メンバーとしても活動している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

2023年6月26日、ISSBは、最初の2つのIFRSサステナビリティ開示基準を公開しました。その内、IFRS S1号では、企業の見通しに影響を与えると合理的に予想し得るサステナビリティ関連のすべてのリスクと機会に関する情報を開示することを要求しており、4つのコアとなる要素に沿った開示要求を定めるとともに、全般的な要求事項や適用初年度の経過的な救済措置についても定めています。


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