ISSBが最初のIFRSサステナビリティ開示基準を公表:IFRS S2「気候関連開示」の解説

ISSBが最初のIFRSサステナビリティ開示基準を公表:IFRS S2「気候関連開示」の解説


2023年6月にIFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board、以下ISSB)が最初のIFRSサステナビリティ開示基準である、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(以下、IFRS S1)とIFRS S2号「気候関連開示」(以下、IFRS S2)を公表しました。


要点

  • IFRS S2は、IFRSサステナビリティ基準の最初のテーマ別基準として、ISSBが従前から最優先事項として取り組むことを表明していた気候変動を取り上げている。
  • IFRS S2では、TCFDフレームワーク(注1)の中核的な4つの提言と11の開示が組み入れられており、SASB基準(注2)の業種分類に基づいた指標の開示も考慮対象となる。
  • IFRS S2は、2022年に公表された公開草案から構成面などの大きな変更はないが、戦略、レジリエンス、温室効果ガス排出量(以下、GHG排出量)、などにおいて変更が加えられている。
  • IFRS S2には、基準適用初年度における企業の課題とコスト軽減を目的とした、いくつかの経過的な救済措置が導入されている。


2023年6月にIFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board、以下ISSB)が公表した最初のIFRSサステナビリティ開示基準である、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(以下、IFRS S1)とIFRS S2号「気候関連開示」(以下、IFRS S2)は、2024年1月1日以降に開始する報告期間より適用されます。(*1)EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)(注3)や米国SECの気候関連開示規則(注4)の動向と合わせて、サステナビリティ情報制度開示への準備は、企業にとって喫緊の課題となっています。

本稿では、IFRS S2号「気候関連開示」(以下、IFRS S2)について解説します。

*1 なお、IFRS S1とIFRS S2の法定開示書類への適用は、各法域の承認または規制プロセスに委ねられています。

これまで各企業が自主的に、そして多くの場合、断片的に開示してきたサステナビリティ情報は、情報開示を作成する企業にとってはその煩雑さやコストが、企業が作成した情報に基づき意思決定を行う投資家にとっては、一貫性や比較可能性における課題が指摘されてきました。こうした市場からの要請の高まりを受けて、ISSBは、サステナビリティ情報開示のグローバルベースラインとなる基準策定に取り組んできました。

ISSB基準設定に向けたこれまでの経緯:

ISSB基準設定に向けたこれまでの経緯

2022年3月の公開草案の公表以降、ISSBは、1,400通を超えるコメントレターとアンケート、400以上の会議などのセッションを開催し、3万人以上のステークホルダーの参加を経て、世界中のサステナビリティ情報作成者、投資家、規制当局、各種の基準設定機関、会計事務所との議論を行い、最終基準の公表へと至りました。(注5

 

この結果、TCFDフレームワークに基づき検討された公開草案から、構成面など大幅な変更はありませんでしたが、戦略、レジリエンス、GHG排出量においていくつかの変更が加えられました。また、IFRS S2付録B「適用ガイダンス」として、シナリオ分析(IFRS S2. B1-B18)、GHG排出量算定(IFRS S2. B19-B63)、業種横断的指標(IFRS S2. B64-B65)、気候関連目標(IFRS S2. B66-B71)に関する開示要求項目の解説を提供しているほか、具体的な開示方法を示す例示的ガイダンスや業種別ガイダンスを含む「IFRS S2気候関連開示の付属ガイダンス」が併せて公表されました。

 

さらにISSBは、企業が基準を適用する初年度における課題とコスト軽減を目的として、いくつかの救済措置を導入しました。

適用初年度における救済措置のサマリー:

適用初年度における救済措置のサマリー

※1 比較情報の開示の省略:

企業によるISSB準拠への準備期間を短縮するため、IFRS S1とIFRS S2の適用初年度においては比較情報(当該開示項目で要求されている開示事項の前年度情報のこと)の開示は省略可能であるとしています。

※2 気候関連以外の開示の省略:

企業は、IFRS S1とIFRS S2の適用初年度において、気候変動のリスクと機会に関する情報についてのみ開示することが認められます。これは言い換えれば、気候変動は、グローバル課題としての緊急性が極めて高く、また利用者の情報ニーズも高いと言えるでしょう。

※3 スコープ3排出量の開示の省略:

公開草案に寄せられたフィードバックの中で、多くのサステナビリティ情報作成者と利用者が、公開草案がスコープ3排出量の開示を要求していることに同意を示す一方で、さまざまな懸念が指摘されたことをISSBは明らかにしています。スコープ3排出量の算定においては、サプライチェーン上のデータを取引先から入手するのが困難なこと、スコープ3排出量の算定方法には曖昧な点が多く、算定結果の正確性に課題があること、が背景にあります。よって、適用初年度においてスコープ3排出量の開示(および適用翌年度においては比較情報)を省略することができます。

スコープ3排出量算定におけるデータ収集や算定に課題のある企業は、経過措置の期間にサプライヤーとの協働による情報収集やデータの品質管理、算定結果の信頼性の向上に取り組むことが望まれます。

※4  GHGプロトコル以外の算定方法が使用可能(注6):

これまで任意でGHGプロトコル以外の算定基準を用いてGHG排出量算定を行っていた企業については、ISSB適用と同時にGHG排出量の算定方法をGHGプロトコルへと変更させることに係る業務負荷を鑑み、救済措置が示されています。適用初年度においてはこれまで通りの算定方法に基づきGHG排出量を算定し開示することができます。

※4の救済措置を適用する場合に求められる情報開示

※4の救済措置を適用する場合に求められる情報開示

また、以下の ① ② の概念は、救済措置ではありませんが、ISSB基準の最終化に当たって特定の開示要求事項に関して導入された、「プロポーショナリティ(proportionality)」に関連するものです。プロポーショナリティ(企業の成熟度に比例した規定の原則)は、新興国の企業や中小企業など、経営資源の限られた企業への配慮として、今回の基準公表に併せてISSBが導入した考え方です。

① 過大なコストや労力をかけずに報告日に利用可能な、合理的で裏付け可能な情報

ISSBは、IFRS S1およびS2において、「報告日現在において過大なコストや労力をかけずに利用可能な、合理的で裏付け可能な情報」(以下、合理的で裏付け可能な情報)という概念を導入しました。この概念は、企業が測定や結果の不確実性が高い開示要求事項を適用する際の助けとなることを意図して導入されたものです。経営資源が限られた企業にとって、情報入手にかかるコストが、経営資源に制限の少ない企業よりも高くなる可能性を踏まえて、資源に制約のある企業は、その情報が合理的で裏付け可能な場合に限り、入手コストがより低い情報を用いて開示を作成することを可能とする概念です。

IFRS S2では、合理的で裏付け可能な情報の概念は、「戦略」における、気候関連のリスクと機会の識別の開示(IFRS S2.10)、バリューチェーン上の気候関連リスクと機会の影響の開示(IFRS S2.13、IFRS S2. BC43)、気候関連のリスクと機会の予想される財務影響(IFRS S2.15(b))、「指標と目標」における、気候関連のリスクと機会によって影響を受ける資産や事業活動の割合の開示(IFRS S2.29(b)-(d))、また、シナリオ分析に対するアプローチの決定、において導入されています。

比較的経営資源の制約の少ない企業であったとしても、取引先企業等などが新興国の企業や中小企業であるといったケースでは、合理的で裏付可能な情報を利用する可能性が高くなります。合理的で裏付け可能な情報には、過去の出来事、現在の状況、将来の状況の予測に関する情報が含まれ、さらには、定量的または定性的な情報、外部ソースから入手した情報、内部で所有または開発した情報も含まれます。(IFRS S2.B9)実務上の運用については今後検討を重ねていく余地がありますが、合理的で裏付け可能な情報の運用方針を社内で検討・決定し、その方針に沿って情報の取得を行っていくという進め方が想定されます。

② 企業にとって利用可能なスキルや能力、リソースに見合ったアプローチ

上記①と同様に、一部の経営資源の制約がある企業の存在を念頭に、利用可能なスキルや能力、リソースに見合ったアプローチに基づき情報開示を行うという考え方です。

例えば、IFRS S2では、戦略の章における、気候関連のリスクと機会の予想される財務影響の開示(IFRS S2.15(b))、企業の気候レジリエンスを評価する際のシナリオ分析のアプローチの決定方法(IFRS S2.22)、においてこのアプローチが導入されています。

また、以下の③は、企業のIFRS S2適用を支援するための追加的な取り扱いです。

③ 財務的影響について定量情報を開示するべきか否かの判断方法

このほかにも、気候関連のリスクと機会の財務的影響の定量的な開示において数値に幅を持たせた開示が可能である旨(IFRS S2.17)や、さらには、財務的影響を個別に識別できないと判断される場合(IFRS S2.19(a))、財務的影響を見積もる際の測定の不確実性のレベルが非常に高く、その結果として得られる定量的情報が有用でないと判断される場合(IFRS S2.19(b))には、財務的影響の定量的な開示を行う必要がない旨が示されています。また、上述②に関連してスキルや能力、リソースが不足している企業については、気候関連のリスクと機会の予想される財務的影響の開示において、定量情報を開示しなくてもよい(IFRS S2.20)と記載されています。これらの定量情報開示に関する一連の取り扱いも、グローバルベースラインとしてのISSB基準準拠に向けた企業の準備をよりスピードアップさせるためにISSBが導入した考え方です。


では、ここからはIFRS S2の目的および適用範囲、さらにはコアコンテンツと呼ばれる、(1)ガバナンス、(2)戦略、(3)リスク管理、(4)指標と目標、について解説します。

目的(IFRS S2.1, 2):

IFRS S2の目的は、一般目的財務報告書の利用者(以下、利用者)の投融資における意思決定に有用な情報開示を企業に求めることです。ISSBは、投資家やその他の利用者の90%が財務上の意思決定において気候変動開示に着目しており、投資家の66%が、金融資産の価格決定に気候変動開示を考慮しているとした、2022年のTCFDの調査結果(注7)などを引用して、企業のサステナビリティ関連のリスクと機会のマネジメントが、投資家の意思決定や投資戦略において重要な要素となってきていることを指摘しています。IFRS S2においては、短期・中期・長期のいずれかの時間軸において、企業のキャッシュフローや資金調達、資本コストに影響を及ぼすと合理的に予想される気候変動リスクと機会に関する情報が、利用者の求める情報開示である、とされています。

適用範囲(IFRS S2.3, 4):

IFRS S2が適用される範囲は、気候変動が企業にもたらすリスクと機会です。本基準におけるリスクや機会はTCFDと整合的である点は公開草案と変わらず、リスクについては移行リスク(注8)と物理的リスク(注9)に分類して情報開示することが求められます。(IFRS S2.3(a))

ISSBは、公開草案から今回の基準最終化に当たって、気候関連リスクと機会の相互関連性を特に重視しました。リスクと機会の相互関連性とは、例えば、低炭素製品に対する消費者の嗜好(しこう)の変化は、既存製品の需要減退のリスクをもたらすかもしれない一方で、代替となる低炭素製品ラインを開発し、市場シェアを獲得する機会をもたらすかもしれない、という点です。

こうした相互関連性に加え、気候変動の影響が広範囲におよび企業に与える影響も多様であることから、IFRS S2は、何が「気候関連」であるか自体については明確に規定していません。

また、今回の基準最終化において、気候関連のリスクと機会のうち、企業の見通しに影響を及ぼすと合理的に予想されないリスクと機会は、本基準の適用範囲外である旨が明記されるようになった点についても言及しておかなければなりません。(IFRS S2.4)企業は、自社の見通しに影響を与えると合理的に予想される気候関連リスクと機会は何であるかを十分に検討し、自ら利用者の意思決定に資する情報開示が何かを判断することが求められます。


(1)ガバナンス

「ガバナンス」においては、気候変動に関連するリスクと機会をモニタリング、管理、監督するための、企業のガバナンスのプロセス、統制、手続を開示します。(IFRS S2.5)。

具体的な開示要求項目は以下の通りです。(IFRS S2. 6)。 

「ガバナンス」における具体的な開示要求項目

ISSBは、IFRS S2の結論の根拠において、多くの企業が気候変動リスクと機会については、その他のサステナビリティ関連のリスクと機会と合わせ、統合的に管理・監督するガバナンスやマネジメント体制を構築していることが実態であることを指摘する、ステークホルダーからのフィードバックが寄せられていたことを明らかにしています。このため、実際の開示に当たっては、上記の気候関連リスク・機会の管理に適用されているプロセスが、企業のその他のガバナンス機能とどのように統合されているかについて開示した上で、これらがその他のサステナビリティ関連リスクと機会とともに統合的に管理されている場合、統合的なガバナンスの開示を行い、重複を減らすよう取り組むこと、と記載されています。(IFRS S2.7)


(2)戦略

「戦略」においては、気候変動に関連するリスクと機会を管理するための企業の戦略について開示します。戦略における開示要求は以下の通り整理されています。

「戦略」における開示要求

(a) 企業の見通しに影響を及ぼすと合理的に予想される、気候関連のリスクと機会

企業がさらされる気候関連のリスクと機会は、それぞれの企業のビジネスモデル、業種業態、ロケーション、バリューチェーン、その他企業固有の事情により異なります。一方で、本項では、同じ業種の企業には共通したビジネスモデルや事業活動などの特徴があるという前提から、業種別開示の要求事項も盛り込まれています。ISSBはIFRS S2の公表に併せて、業種別ガイダンス(注10)も公表しており、企業はこのガイダンスを参照し、その適用可能性を考慮することが求められています。
 

(b) 気候関連のリスクと機会が、企業のビジネスモデルおよびバリューチェーンに及ぼす、現在および予想される影響

本項では、例えば、企業は、自社製品の製造に不可欠な特定の資源の供給に影響を及ぼす物理的リスクが、特定の国や地域に集中しているというような状況があれば、その旨について情報開示することが求められます。
 

(c) 気候関連のリスクと機会が、気候関連の移行計画(注11)を含む、企業の戦略と意思決定に与える影響

公開草案における戦略や意思決定に関する開示要求が分かりにくいとのフィードバックを受けて、ISSBは本項において、企業の全体的な戦略および意思決定に関連する要求事項と、低炭素経済への移行を管理するための移行計画を下記の通り整理しました。

企業への開示要求と、低炭素経済への移行を管理するための移行計画

(d) 気候関連のリスクと機会に関する財務的影響の開示

第15項~第21項では、気候関連のリスクと機会が企業の財務ポジション、財務パフォーマンス、キャッシュフローに与える影響について開示します。開示が求められる項目は以下の通りです。

気候関連のリスクと機会に関する財務的影響の開示

気候関連リスクと機会の財務的影響の開示では、定性および定量的な情報開示が求められていますが、上述した③財務的影響について定量情報を開示するべきか否かの判断方法についてのISSBの記載も踏まえた上で、情報開示を作成することが必要となります。

(e) 企業の戦略とビジネスモデルの気候変動に対するレジリエンス

本項では、企業は、シナリオ分析結果に基づき、自社の戦略とビジネスモデルの気候変動に対するレジリエンスを評価し、シナリオ分析の内容とともに開示します。具体的には、以下の内容を開示します。

なお、レジリエンスとは、気候関連のリスクを管理し、気候関連の機会を享受することも含めた、気候変動に関連した変化・進展・不確実性に適応するための企業の能力、と定義されています。(IFRS S2. 付録 A)

企業の戦略とビジネスモデルの気候変動に対するレジリエンス

本項におけるシナリオ分析の実施については、上述した①合理的で裏付け可能な情報および②企業にとって利用可能なスキルや能力、リソースに見合ったアプローチ、の検討対象となっており、IFRS S2付録B適用ガイダンスのB1~18の内容と合わせて検討する必要があります。


(3)リスク管理

「リスク管理」では、気候変動に関連するリスクと機会を特定、評価、優先順位付け、モニタリングするための企業のプロセスを開示します。また、これらのプロセスが、企業の全社的なリスク管理プロセスに統合されているかについても開示します。(IFRS S2.24)

具体的な開示要求項目は以下の通りです。(IFRS S2.25(a))

気候関連リスクを特定、評価、優先順位付け、監視するために使用するプロセスと関連する方針

ガバナンスの開示と同様、上記の気候関連のリスクと機会の管理に適用されているプロセスが、企業のその他のリスク・機会の管理プロセスとどのように統合されているかについて開示した上で、これらがその他のサステナビリティ関連リスク・機会とともに統合的に管理されている場合、統合的なリスク管理の開示を行い、重複を減らすよう取り組むことが求められています。(IFRS S2.26)

公開草案からの変更点としては、フィードバックで気候変動リスクと機会の識別と評価におけるシナリオ分析の有用性が指摘されたことを受けて、企業のシナリオ分析の活用についての開示要求項目(上記ii)が追加されています。


(4)指標と目標

「指標と目標」では、企業が自ら設定した気候関連の目標や、あるいは法律や規制により要求されている目標に対する進捗状況も含めた、気候変動に関連するリスクと機会に対する企業のパフォーマンスを開示します。開示要求は以下の見出しの通り整理されています。

指標と目標に関する開示要求

(a) 業種横断的な気候関連指標

本項は、気候関連のパフォーマンスの企業間の比較を可能にするために、その企業の分類される業界に関わらず、すべての企業に下記の7つの指標の開示を要求しています。(IFRS S2.29)なお、この7つの指標は、TCFDガイダンス(注1)から派生した指標となります。

業種横断的な気候関連指標

上記の7つの指標についてISSBはIFRS S2の付属ガイダンスにおいて、TCFDガイダンスに基づき策定された例示的ガイダンスを提供しています。例えば、上表の(c) 気候関連物理的リスクの指標の例として、例示的ガイダンスは以下の指標例を示しています。(IFRS S2.IG1) 

指標の例(抜粋)

※(参考)GHG排出量の開示について(IFRS S2.29(a))

(参考)GHG排出量の開示について(IFRS S2.29(a))

(b) 特定のビジネスモデル、事業活動、その他業種共通の特徴に関連した、業種別指標

企業間の気候関連パフォーマンスの比較を可能にするための業種横断的指標に加えて、同じ業種の企業には共通したビジネスモデルや事業活動などの特徴があるという前提から、本項では、業種別の開示も要求されます。上述した(2)戦略(a)と同様、ISSBはIFRS S2の公表に併せて、業種別ガイダンスを公表しており、本項の開示作成においても企業はこのガイダンスを参照し、その適用可能性を考慮することが求められています。
 

(c) 気候関連リスクの緩和・適応(注12)、または気候関連機会の活用についての目標

自社の戦略達成に向けて企業が設定した定量的・定性的な気候関連目標、さらに、GHG削減も含めて法規制により達成が求められる目標を開示します。目標ごとに、以下について開示することが必要となります。

33項:目標ごとに求められる開示

上記に加えて、各目標の設定手法などが第三者により検証されているか、目標を見直す場合の手続などについても開示することが求められています。また、GHG排出量削減に関する目標を設定している場合には追加の開示要求事項があります。特に、削減目標達成のためにカーボンクレジット(注13)を利用する場合には、スキームの公正性や信頼性に関わる詳細な情報開示が求められるため、留意する必要があります。



脚注リスト

注1:
G20の要請を受け、⾦融安定理事会(FSB)により、気候関連の情報開⽰および⾦融機関の対応をどのように⾏うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ⽒を委員⻑として設⽴された「気候関連財務情報開⽰タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を指し、気候変動関連リスクおよび機会に関する開⽰フレームワーク(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・⽬標の観点からの開⽰を推奨する)を提⾔として取りまとめた最終報告書が2017年6⽉に公表された。また最終報告書の付録文書として、開示の実務的な解説を提示する実施ガイダンスも併せて公表された。
“Task Force on Climate-related Financial Disclosures Overview,” Task Force on Climate-related Financial Disclosures website, assets.bbhub.io/company/sites/60/2022/12/tcfd-2022-overview-booklet.pdf (2023年8月10日アクセス)

注2:
SASB(サステナビリティ会計基準審議会)スタンダードは、既存のサステナビリティ情報開示フレームワークの1つである。77の業種ごとに投資家の意思決定に関連するサステナビリティ課題を特定し、財務影響をもたらすことが予想されるサステナビリティリスクと機会について、業種に応じた開示を行うことを可能にする任意の開示フレームワーク。2022年8月以降は、ISSBがSASB基準の維持・強化の責任を引き継いでいる。
“SASB Standards overview” IFRS Foundation website, sasb.org/standards/ (2023年8月10日アクセス)

注3:
企業サステナビリティ報告指令( Corporate Sustainability Reporting Directive、CSRD)は、すべての大企業とすべての上場企業(上場零細企業を除く)に対し、社会・環境問題から生じるリスクと機会、および企業活動が人々や環境に与える影響に関する情報を開示することを義務付けるEUの法律。5万社にも及ぶ対象企業は、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に準拠したサステナビリティ報告書を法定開示書類として作成することが求められる。
“Corporate sustainability reporting,” European Commission website, 
finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en (2023年8月10日アクセス)

注4:
SEC気候関連開示規則案は米国証券取引委員会(SEC)が提案する規則改正で、登録企業に気候関連リスクに関する情報、および監査済み財務諸表への注記における気候関連財務諸表指標を含む、特定の気候関連開示を登録届出書および定期報告書に含めることを義務付ける。
“SEC Proposes Rules to Enhance and Standardize Climate-Related Disclosures for Investors,” U.S. Securities and Exchange Commission website,
www.sec.gov/news/press-release/2022-46 (2023年8月10日アクセス)

注5:影響度分析(Effects Analysis)
ISSBがIFRS S1およびIFRS S2と合わせて公表した付随文書の1つ。ISSBがIFRS S1およびIFRS S2の策定に当たってステークホルダーと行った分析や協議を通じて考慮した、IFRS S1 および IFRS S2 導入のベネフィットとコスト(総称して「影響」)についての洞察を説明する文書。本文書において、最終基準公表に至るまでのステークホルダーとのコミュニケーションの概要についても記載されている。

注6:
GHGプロトコルは、温室効果ガス(GHG)排出量算定のグローバルスタンダード。本稿では、温室効果ガス排出量の測定・管理に係るフレームワークを検討・策定するイニシアチブである「GHGプロトコル」が主体となり策定した、企業における排出量算定や報告の方法を示す「A Corporate Accounting and Reporting Standard」(「コーポレート基準」)のことを指す。

注7:TCFD調査結果
TCFDが毎年発行するTCFD提言に対する企業の開示状況をまとめたステータスレポート(2022年発行)における調査結果。
assets.bbhub.io/company/sites/60/2022/10/2022-TCFD-Status-Report.pdf
Task Force on Climate-related Financial Disclosures, 2022 TCFD Status Report, New York and Basel, 2022, p. 5.

注8:
低炭素経済移行に伴って発生する政策・法務・技術革新・市場嗜好の変化などに起因した損失のリスク(例:座礁資産など)。

注9:
気候変動の物理的な側面により生じる資産に対する直接的な損傷やサプライチェーンの⼨断による財務的損失のリスク。気象関連の事象(例:洪水、干ばつなど)により生じる急性リスクと気候パターンの長期的変化(例:海面上昇など)により生じる慢性リスクに大別される。

注10:
IFRS S2の実施に関する業種別ガイダンス。IFRS財団のウェブサイト「IFRS Sustainability Standards Navigator」において公表されている。
"IFRS S2 Climate-related Disclosures Industry-based Guidance 2023 Issued," IFRS Foundation website,
www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/ifrs-s2-climate-related-disclosures.html/content/dam/ifrs/publications/html-standards-issb/english/2023/issued/ibg/ (2023年8月10日アクセス)

注11:
移行計画とは、実質カーボンゼロなどの野心的な目標を含む低炭素経済の移行に向けた事業計画・戦略を指す。低炭素移行計画とも呼ばれる。

注12:
緩和とは、企業によるGHG排出量削減を意図した、主に気候変動の移行リスクに対する取り組みのこと。例えば、GHG排出量を削減する新製品やサービスを導入するための新規技術開発など。適応とは、主に気候変動の物理的リスクに備えて企業が実施する対応策のこと。例えば、災害の激甚化に備えてインフラ設備の強靭(きょうじん)化に投資することなど。

注13:
カーボンクレジットとは、GHG排出量をオフセットするために、企業が生成または購入する商品。炭素クレジット制度や排出権プログラムによって発行される、GHGの排出削減または除去を表す排出単位のことであり、電子登録によって一意にシリアル化され、発行、追跡、取り消しが行われる。


【共同執筆者】

山口 美幸
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) マネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

2024年以降、ISSB基準は世界中で適用され始めることになります。ISSB対応を単なるコンプライアンスエクササイズにとどめずに、サステナビリティを起点として経営管理を高度化し、強靭なレポーティング体制を構築する契機と捉えて取り組みを推進することが重要です。

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