EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、メンバー一人一人のあらゆる行動の中心に据え、事業活動を展開してきました。
世界経済フォーラム(WEF)が掲げたステークホルダー資本主義の現状に加え、長期的価値(Long-term value、LTV)を創造する上で不可欠なステークホルダーとの信頼構築について、WEF金融および通貨システム部門長 兼 執行委員のマシュー・ブレイク氏をお招きし、EYのパーパスを明示することで企業の信頼回復がかなうとの見解を、EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダーの小林暢子が対談を通じて伺いました。
小林暢子(以下、小林): まずは単刀直入に伺います。WEFではステークホルダー資本主義をどのように定義していますか? 株主主導の資本主義との違いは何でしょうか?
マシュー・ブレイク氏(以下、ブレイク氏): ステークホルダー資本主義は、基本的に資本主義を広義に捉えたものです。株主資本主義の軸にあるのは、ビジネスリーダーは株主のために利益を生み出すことが唯一の責務であるという考え方です。これに対してステークホルダー資本主義では、資本主義が実際に必要としているものは何か、より広い視点で定義します。利益は重要ですが、そのすべてではありません。企業は、利益を上げるだけではなく、ステークホルダーの関心事を受け止める必要があるのです。
ステークホルダー資本主義にのっとったビジネスリーダーは、従業員や取締役会ならびにガバナンスを通じて、ステークホルダーの立場で世界中のコミュニティとの関与方法を考えます。そこで必要になるのは、組織の理念に紐づいたパーパスです。パーパスは、純粋な利益などを超えるものでなければなりません。それを明確にできれば、長期的価値の創出という概念を活用できます。
言うまでもなく企業の繁栄はとても重要です。しかし、社会と共存した広範な繁栄も大切で、将来の世代に自然環境の悪化などによる技術的な負債を残さないよう努めることも必要です。そうした観点の有無がふたつのフィロソフィーを区別する方法だと思います。
小林: 広範な繁栄に関して誰もが関心を寄せているのが、世界的な気候変動問題です。先頃開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では気候変動のリスクが強調され、ステークホルダー資本主義を取り巻く状況においても気候変動の脅威が明らかになりました。この特定リスクに注意を払いながら企業がステークホルダー資本主義を受け入れる際、重要な課題は何だと思いますか?
ブレイク氏: 気候変動問題は目新しいものではありません。世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書でも、気候変動関連に属する水源の枯渇、森林伐採、あるいはパンデミックのリスクなどが長年にわたり取り上げられてきました。
しかしCOP26で議論されたように、気候変動に関する対話はこれまでとは違った緊張感をもって行われなければなりません。地球全体がネットゼロの未来に向かっていくためには、世界経済の主たる部分が調整を図りながら行動する必要があります。それと同時に世界中のCEOに求められるのは、四半期ごとの収益報告だけではなくなりました。今日、正当性を維持して社会から認められるには、企業はパーパスを有していなければなりません。明確に定義されたパーパスを持つことは、企業がソーシャルライセンスを維持し、最終的には経営能力を維持するために不可欠なのです。
そこで問題になるのが、気候変動リスクを含み、純粋な財務会計以外の方法で、どのように優先順位を付け、進捗を測定するかということです。そこで、当フォーラムは、多様なステークホルダーと共に、CEOで構成される当フォーラムのインターナショナル・ビジネス・カウンシルの協力のもと、EYをはじめとするプロフェッショナル・サービス・ファームが編集したSCM (ステークホルダー資本主義メトリクス) を作成しました。
SCMは基本的に優先順位付けを可能にする指標で、私たちはガバナンス、地球、人、繁栄という4つの原則テーマに焦点を絞り込み、現在120社以上の企業が、年次報告義務の一環としてこれらの指標を採用することを誓約しています。
社会課題に向き合うとはいえ、企業およびCEOにすれば飛躍なくして世間の信頼も社会契約も得られません。ではどうやって現代に生きる彼らを後押しすればよいのでしょうか? 必要になるのは、ステークホルダー資本主義が成功する道筋を示す明確な枠組みです。その1つがSCMです。世界経済フォーラムは、IFRS財団やISSB(国際サステナビリティ基準審議会)のグローバルな取り組みに貢献、またこれを支援していますが、SCMはステークホルダー資本主義の測定に向けた重要な一歩になるでしょう。していますが、SCMはステークホルダー資本主義の測定に向けた重要な一歩になるでしょう。
WEF金融および通貨システム部門長 兼 執行委員
マシュー・ブレイク氏
小林: ブレイク氏のご指摘に沿えば、企業がステークホルダー資本主義を受け入れることは難しくないかもしれません。しかし鉄鋼や自動車など、業界によってはSCMやESG(環境・社会・ガバナンス)の基準を適用することで従来のビジネスモデルを見直さなければなりません。企業やその他のステークホルダーは、ビジネスモデルの移行に関わる短期的なコストと長期的な利益とのバランスをどのように取るべきだとお考えですか?
ブレイク氏: 全般的にはまず、株主の期待をリセットする必要があると思いますが、hard-to-abate(CO2低減が困難な)産業では特にコミュニケーションの課題に直面することになるでしょう。
COP26を振り返ってみると、投資と売却という考え方をめぐって金融機関や企業、活動家の間で緊張が生じています。興味深いことに、1957年のフォーチュン500リストに挙がった企業で現在も生き残っているのは10%にすぎません。つまり時間の経過とともに多くの創造的破壊が起こるわけです。
しかし現代のhard-to-abate産業には、運輸分野のグリーンアンモニア、鉄鋼分野の炭素回収と炭素隔離といった技術的ソリューションの可能性がいくつもあり、エンジニアリングのコミュニティでは重要とされる技術的ソリューションを特定済みですが、問題は資金不足です。ひとつのプロジェクトに必要な資金は、おそらく5億米ドルから20億米ドルでしょうか。大きな数字ではありますが、ネットゼロを実現するためには、2050年までに50兆米ドルの投資が必要だと試算されています。
さらに重要なのは、先ほど挙げた技術的ソリューションの多くは初期段階にあることです。この30年間で風力発電や太陽光発電は大きな進歩を遂げてきました。しかし、これから30年待つ余裕はありません。投資のタイミングは今です。関連する多様なステークホルダーを集めた取り組みが欠かせません。
小林: そうした移行をタイムリーに行うには政府の役割が重要です。資金調達にしても、大部分は公共部門が実施しなければならないでしょう。政府はどのような形で移行を支援できるのでしょうか?
ブレイク氏: それらプロジェクトのリスクとリターンの特性を見ると、リスク許容度に基づく資金調達エンジニアリングという観点から、プロジェクトのセグメントを比較的正確にアクターのエコシステムに割り当てることができます。
そしてご指摘の通り、政府はファースト・ロス条項や保証などの面で役割を果たす必要があります。特にhard-to-abate分野の産業に戦略的な道筋をつけることが重要で、研究開発の資金集めや技術的な専門知識の提供など、すべての要素を迅速に進めなければなりません。エコシステムの活性化や商業的に魅力あるプロジェクトの実現についても、政府は触媒の役割を果たすことができるでしょう。
EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダー
小林 暢子
小林: 最後に、「ステークホルダーとの信頼構築と長期的価値創造」について質問させていただきます。株主資本主義が長く続いた結果、世界各地で貧富の差が拡大していることがわかりました。コロナ禍でも広がっています。この格差は、気候変動問題に加え、とりわけ大企業に対する信頼喪失にも原因があるのではないでしょうか。ステークホルダー資本主義に照らし合わせて、企業が信頼を回復するにはどうすればいいとお考えですか?
ブレイク氏: 信頼とは振り子のようなものかもしれません。グローバルな信頼度調査エデルマン・トラストバロメーターによれば、パンデミックの際は政府に対する信頼度が非常に高まりました。不確実な時期に政府が道を切り拓いていたからです。しかし2021年になるとこの傾向は逆転し、全体的な信頼度では企業が第1位になります。次いで政府、NGO、コミュニティ、メディアという順に変わります。
調査結果では、現代の会社経営の複雑さ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の状況、マクロ環境、サプライチェーンの問題、バリューベースの議論への参加、組織の適切な配置など、いくつもの話題が上がりました。これらはいずれも CEOが注目すべき現実的かつ具体的な要素です。
重要なのは、それらの要素を踏まえた上で、企業活動を進めていく目的を明確にすることです。地域社会での支援や、現場のさまざまなステークホルダーとの関わりを通して、自分たちがどのような組織であるかを地域に根ざした形で示す。それを物語とするなら、物語の骨子たる企業理念の裏付けとなる数値的事実を証明しなければなりません。
そこで不可欠になるのは、やはりステークホルダー資本主義の指標という概念の強化です。なぜなら、CEOがさまざまな対話の中から特に重要な側面を定量化し数値化するための最終的な指針になるからです。そしてある期間の時系列と実績を提示し、「私たちは実際にここが改善された」「私たちはこの分野に長けている」と説明し、ステークホルダー資本主義への変遷を率直に語ることです。
小林: 企業にとってパーパスは、従業員にとどまらず、より広いコミュニティに対してどのような存在意義を果たせるかを示すものです。そうであるなら、パーパスを伝えることでこそ大企業の信頼回復がかなうのですか?
ブレイク氏: そうですね。ここに至り、就労者としての自分の生活の見直しが世界規模で起きています。従業員のモチベーション維持に必要なのは給与だけではありません。特に若い世代は確かな手応えを求めています。彼らは毎朝、目覚めた時に、自分が働くのは家賃や光熱費を払うという個人の経済的価値のためだけでなく、その背後に控えているより大きなパーパスがあるからだ、と想像します。そのような期待を具体的な形で実現できれば、組織の財務会計にとどまらず、従業員のエンゲージメントや満足度を数値化しようとするステークホルダー資本主義に関する数字にも反映されます。
また、企業の物語が顧客に対しても浸透すれば、これまでにないポジショニングの獲得や差別化要因になっていくでしょう。目的意識の高い企業、言い換えればステークホルダー資本主義の最前線にいる企業は、すでにそうした手法で信頼を獲得していると思います。
【EY Japan】EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、メンバー一人一人のあらゆる行動の中心に据え、事業活動を展開してきました。パーパスは企業にとってどういう意味を持ち、従業員のモチベーションアップにどのような役割を果たしていくのか。日本たばこ産業(JT)代表取締役副社長 廣渡清栄氏をお招きし、EY Japanのチェアパーソン兼CEOの貴田守亮が対談を通じてひもときます。
【EY Japan】長期的価値(Long-term value、LTV)対談シリーズ 気候変動の潮流を把握する上で、不可⽋なのは情報開⽰による透明性と取り組む意志
COP26が強調した気候変動リスクは、社会と共存した広範な繁栄を軸とするステークホルダー資本主義の発展を加速させました。その一方で、ステークホルダーに向けた評価基準の策定や、新たなビジネスモデル導入への投資など、さまざまな課題の前で硬直している企業は少なくありません。これについて特に日本企業は、SCM(ステークホルダー資本主義メトリクス)をはじめとするグローバルな取り組みを、これまで以上に注視していくべきです。