EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EY Japanは策定した⻑期的価値(Long-term value、LTV)ビジョンに基づき、⽇本で、クライアント・経済社会・⾃社(⾃分⾃⾝)における⻑期的視点での価値創造に努めています。より良い経済社会を築くには、気候変動への取り組みは避けて通ることができません。⼀般社団法⼈ CDP Worldwide-Japan アソシエイト・ディレクター ⾼瀬⾹絵⽒をお招きし、EY Japan SDGsカーボンニュートラル⽀援オフィスメンバーの尾⼭耕⼀が、こうした取り組みについて深掘りします。
尾山耕一(以下、尾山): 2021年6月にEYストラテジー・アンド・コンサルティング編著で『カーボンZERO 気候変動経営』を出版しました。企業経営の目線から気候変動問題を論じる書籍ですが、今回はその内容に合わせる形で気候変動の潮流についてお話を伺います。
高瀬香絵氏(以下、高瀬氏): 私もカーボンZERO 気候変動経営を読ませていただきました。30ページ目くらいでしょうか。要約すると、「環境=コストの時代は終焉。次なる時代での生存・成長をかけた戦い」というメッセージが登場しますが、これが今のリアルなところであると思いました。
尾山: ありがとうございます。EYでも気候変動に対する取り組みを強化しており、カーボンネガティブを実現したことを先ごろ発表しました。
高瀬氏: 自ら率先してやっていくことは、大変重要だし、素晴らしいと思います。次のステップとしては、グローバルに広がるScience Based Targetsイニシアチブ(SBTi)の認定も受けていただくことを検討ください。
尾山: まず始めに、昨今の気候変動の潮流について、具体的といいますか、肌感覚的にどのような認識をお持ちかお聞かせください。
高瀬氏: 企業にとっての潮流を考えると、多少厳しい表現になりますが、気候変動問題に真摯(しんし)に対応しないということは地球を壊すつもりなのか、と問われている状況なのだと思います。そして投資する側も、あるいは消費者も、この問題への対応で企業の在り方を判断するようになりました。ただ、二酸化炭素(CO2)を排出しているから悪い企業ということではないでしょう。現に私もクルマを運転しますし、クルマを造るには鉄も必要です。現時点でそれらは理由があって存在しています。重要なのは、将来どうしていくのか。潮流が問うているのはそこだと考えています。
尾山: まったく同意見です。望ましい未来を明確に発信して企業経営に結び付けていく。それを実行するアイテムの1つに気候変動問題への対応があるという認識が、経営層ならびに企業全体に求められているとわれわれも考えています。
高瀬氏: 気候変動の潮流を語る上で、私の立場から新時代の基本原則となる3つのポイントをお伝えさせてください。1つ目は科学です。最近ではSBT(Science Based Targets、科学的根拠に基づいた排出削減目標)という言葉をよく耳にしますが、それは要するに、科学に基づいた合理的な説明ができるかを自問自答した意思決定が大事、ということです。裏を返せば、恣意的な目標や計画では評価されない時代という認識を持たなければならないわけです。
2つ目は透明性。2017年6月に最終報告書が公表されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、自主開示として始まりましたが、今は多くの国でこの枠組みに基づいた開示を義務化する流れとなっています。こういった活動の透明性を高めようとする流れの中で、規制ではなく衆人評価していくのが新しい規範となりました。
私たちCDPでは、環境への影響を管理する情報開示アンケート(質問書)およびその回答内容の評価を2003年から実施してきましたが、透明性を高めるためにはそうしたアンケートに回答することを推奨しています。
尾山: TCFDに関しては、2017年の最終報告前後から賛同を示す団体を募集していますね。2021年7月には世界で2,330団体。日本は445団体に上っており1、その中でも日本は2019年以降トップであり続けています2。経済産業省や金融庁からの要請が高まっている点もありますが、日本の企業でもTCFDへの対応で気候変動経営を推進していく意気込みが強く表れているものと理解しています。CDPではいかがですか?
高瀬氏: スタートした2003年は数百社レベルの少ない回答数でしたが、2021年7月の締め切り時点では1万を超える企業から回答をいただけるプラットフォームに育ちました。また、情報開示とパフォーマンスの評価で気候変動Aリストに入った日本企業は、2020年で53社となっています。
尾山: それもまた気候変動の潮流を示す具体的な数字となりますね。
高瀬氏: おっしゃる通りだと思います。そして3つ目はSDGs(持続可能な開発目標)です。CO2を減らせるならどんな手段でも構わないわけではありません。科学的合理性に基づいた、誰も取り残さない幸せの基盤を構築すること。これがグランドルールになっています。
尾山: 一方で、企業の方々と気候変動問題に関わるTCFDやSBTについて議論するとき、実現できるかわからないのにコミットするのは難しいと悩んでいる声を聞く機会があります。高瀬さんはそうした企業にどのような言葉を向けられますか?
高瀬氏: 私が知っている大手総合化学メーカーの場合は、担当者の方の意志が強かったですね。まずは旗を立てるために迅速に動き、総合化学分野では世界で初めてSBTを設定されました。それによりSBT対応プロジェクトチームを形づくり、本気で社内の総力を結集して、今は順調に削減結果を出されています。
尾山: 旗を立てることで社内のイノベーションをより活性化させた実例ですね。
高瀬氏: このエピソードで大事なポイントは、SBTという旗を立てなかったらそういうチャンスはなかったかもしれない、ということです。できるかできないかは、正直誰にもわかりません。けれど目指すのか目指さないのか、そういう考え方に切り替えること。それに加え、気候変動の潮流に沿った経営へのトランスフォーメーション――私たちはトランジションとも言っていますが、そこに莫大な投資が必要なのも事実です。それをコストではなくチャンスと捉える考え方に変えていくことも、非常に重要だと思います。
尾山: 企業が旗を立てるためには、まずは現状の把握が求められますよね。われわれが気候変動経営について一緒に検討させていただくときには、「カーボンニュートラルに向けたトランスフォーメーションの推進」をテーマに掲げていますが、そこではカーボンニュートラルに向けたCO2排出量などの実データはもとより、自分たちの立ち位置を認識した上でどこを目指していくのか。その上で最終目標や中間目標をしっかりと定めていく重要性をお話しします。
このときに重要なのは、昨今パーパス経営やステークホルダー資本主義といったワードも話題になっていますが、なぜ自社がそれをやるのか、掲げた目標をビジョンと照らし合わせてどう位置付けられるのか。そういった考えを明確にしておくことは、組織全体で気候変動経営を推進してくために不可欠な条件になっていくでしょう。
高瀬氏: 本当に大きいのは、トップの方の意識だと思います。気付きのあるトップかどうかでスピード感が変わってくるのが一番ではないでしょうか。日本の場合は、再生エネルギーが少ないというのも目の前の課題だろうと思っています。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト パートナー/EY Japan SDGsカーボンニュートラル⽀援オフィス メンバー
尾山耕一
尾山: 企業が動く上でトップの意識が最も重要なファクターであることは、まったくもっておっしゃる通りだと思います。日本の企業の中でも動きが早いところとそうではないところが明らかに分かれているのが現状と認識していますが、高瀬さんの目から見て、トップの意識変革が早い会社に共通する特徴はありますか?
高瀬氏: 動きが早いのは、やはり国際的な企業でしょうか。あくまで肌感の話ですが、市場や工場が外国にある企業のトップは、おしなべて意識変革に向けた感覚が鋭いように感じています。ですが、TCFD自体が気候変動のアジェンダを取締役会レベルで定期的に議論するようなガバナンス体制であるかどうかを問うていますので、TCFD的な考え方に迫られたとき、当たり前のように気候変動の課題がトップレベルで検討されるか否か。検討するにしてもすぐ動くか遅いか。つまるところガバナンスの問題だと思います。
尾山: 最後に、企業に向けて気候変動の潮流を乗り越えるためのアドバイスをお願いします。
高瀬氏: 1つ考えておきたいのは、どんな方も企業で働くと同時に一個人であるということです。気候変動の課題は、どこか遠くで起きているのではなく、この日本に住む人々も近年の自然災害による甚大な被害や、なおかつ被害が増加傾向にあるという予測に直面している中で、深刻な実感として捉えていらっしゃるのではないでしょうか。であれば、自分ごととして真剣に向き合わないと乗り越えられません。それでも、乗り越えなければならない課題です。よく言われることですが、一人ですることはできず、皆でやらないといけません。これが今の潮流ですから、周囲に助けを求めながら共に乗り越えていくことが重要だと思います。
尾山: 気候変動は長期的な取り組みを要する課題でもありますね。この国でも2050年までに脱炭素社会を実現させる宣言がなされましたが、われわれは『カーボンZERO 気候変動経営』の中で、新入社員が定年退職するまでも企業が存続していることを目指す「50年経営の思想」を提案しました。カーボンゼロのその先までビジョンを明確にすること。それが現時点で不安を抱えているステークホルダーを安心させる答えにもつながっていくのではないでしょうか。
高瀬氏: そうですね。すぐには実現できなくても、今からやらなければ到達できませんから、この課題はもはや逆戻りできないものです。そこで最初の、昨今の気候変動の潮流に対する質問に立ち戻り、認識しなければならないのは、真の豊かな社会基盤に向けて企業がどれだけ本業で貢献しているかが問われている時代、ということになりますね。
出所
企業経営の観点から気候変動の潮流に沿って追求するのは不可欠です。こうした問題に真摯に取り組まなければならない状況まできています。科学、透明性、SDGsが3つの重要な条件となっており、推し進める意思を表明することで、活性化させ、長期的に取り組む必要があります。