EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
日本は本格的な人口減少時代に突入しており、公共インフラサービスの維持にも大きな影響を及ぼしています。例えば、自治体が管理するインフラの1つである上下水道では、既存の浄水場や水道管などの老朽化が進み、今後もさらなる更新対応が必要となりますが、上・下水道事業体の職員数(自治体の中で上下水道に関与する職員数)はピーク時から大きく減少しており、特に中小規模の事業体における技術者不足が顕著となっています。加えて、人口減少に伴う料金収入・使用料収入の減少もあり、上・下水道事業の経営は危機的な状況にさらされています。
このような環境の下において、国においては、上下水道事業の経営効率化に向けたさまざまな取り組みを推進しています。例えば、令和5年6月に内閣府が公表したPPP/PFI推進アクションプラン(令和5年改訂版)1)において、上下水道事業を対象とするウォーターPPP2)が示され、より一層の官民連携の活用が推進されているところです。また、同アクションプランでは、施設・分野を横断した地域全体の経営視点を持った「地域経営型官民連携」も推進するとされており、地域企業も参画しながら、官民が協働してさまざまなインフラサービスの運営を担っていき、地域のインフラ持続に向けた基盤となることを目指すことについて、検討が進められています。その他、令和4年度を期限に、各都道府県単位で上下⽔道事業の経営統合や施設の共同化など、市町村の区域を超えた広域連携を推進する⽔道広域化推進プランや下⽔道広域化・共同化計画の策定がなされたところです。
このような取り組み推進の背景には、⼈⼝減少下における上下⽔道事業体の⼈材不⾜や経営の持続性に関する政府の危機意識があるものと考えられます。上下⽔道事業体において、将来を⾒据えた計画的な⼈材マネジメントが必要とされていると⾔えるのではないでしょうか。
EYでは、インフラ・公共サービスを担う事業体として、ドイツのシュタットベルケのモデルが、日本の市町村が抱える人材不足やインフラ管理の効率化などの課題解決へ大きなヒントになると考え、その仕組みについて紹介しました。
詳細は以下の記事をご覧ください。
ドイツ・シュタットベルケにみる市町村が抱えるインフラ・公共サービスの課題解決の羅針盤
そして、今回は、日本の置かれた現状を踏まえ、シュタットベルケの人材マネジメントに焦点を当てたいと考えます。シュタットベルケは長期のライフサイクルを有するインフラの管理者として、事業の根幹となる人材を維持することに多くの努力と労力を費やしています。先進国共通の課題として、公共インフラ分野への人材確保が困難となる中、シュタットベルケは金銭価値に縛られないTotal Rewardの考え方を重要視しています。Total Rewardとは、給与等の金銭的報酬だけではなく、業務を通じた地域社会への貢献、そのための人材育成制度、納得のいく評価制度などの非金銭価値を総合的に捉えた考えです。特に、非金銭価値の中でもシュタットベルケのマネジメントは、「Public Value(公的価値)」を重視しており、組織のパーパスにもひも付いています。Public Valueは、基礎自治体に課せられた市民の生存権の保障を、インフラという具体的なサービスを通して支えるものであり、職員のモチベーションを形成し、ひいては経営の持続性を高めることに貢献しています。
シュタットベルケは、将来の人材計画を見える化し、何年後に誰がどの程度の経験を積み、どのポジションにいるのかを把握できるようにしています。このようなスキルを考慮した組織マネジメントを行うことで、教育コストや人材採用にかかるコストが明らかとなり、長期経営計画にも人材育成に要するコストを織り込んでいます。また、貴重な人材を確保するため、入社前から入社後管理職になるまで一貫した教育制度が整えられています。
日本の上下⽔道事業などの公共インフラは、市町村における財政健全化の取り組みなどもあり、年々技術者が減少し、加えて⼀般事務職や⺠間企業などと⽐べても新規採⽤の競争倍率も低く推移しており、職員数を維持することが難しい状況にあります。しかし、上下⽔道事業体は、サービスを維持し続けることが⽬的であるインフラの管理者として、⻑期的な視点で、どのような⼈材が必要かを計画的に⽰し、市⺠の理解を得ていくことが求められると考えます。
シュタットベルケの経営において、近年特に重要視されているものがPublic Valueです。ドイツの基礎自治体は、ドイツ基本法によって住民に対する生存権配慮義務を課せられています。自治体から出資を受けて上下水道サービスを提供するシュタットベルケは、インフラサービスを提供し続けることで、この義務を果たす役割を担っています。このような背景から、シュタットベルケはPublic Valueを追求し、地域貢献といった自社の存在意義(パーパス)の共有によって、リクルーティングや人材の維持に非金銭面で貢献しています。
人材獲得に課題を抱える⽇本の上下⽔道事業体においても、企業としての経済性の発揮と、公的なインフラサービスの提供者としてのPublic Valueの両立する方法を模索し続けることが重要ではないでしょうか。
ドイツでは、人材の採用・育成だけでなく、シュタットベルケという組織自体が中心となり、近隣自治体と広域的に連携していくことで、人材の広域的な活用を実現しています。中核となる都市のシュタットベルケが、近隣の自治体から水道事業の管理委託を受けたり、新たに共同でシュタットベルケを設立したりすることで効率化につなげるだけでなく、中核都市のシュタットベルケに所属している人的リソースを近隣自治体とも共有できるようになっています。このような人的リソースの共有により、地方の小規模自治体では配置が難しい機械・電機やデジタルなどの専門家を組織の中に抱えることができるようになっています。
このようにシュタットベルケにおいては、人材採用・育成に注力するだけでなく、組織間の連携による人材リソースの共有化を図ることで貴重な人的リソースを確保・維持し、持続的な事業運営を成し遂げています。
このようなシュタットベルケにおける人材確保・組織マネジメントの取り組みは、日本の上下水道事業などの公共インフラ管理にとって大いに参考となるものではないでしょうか。また、地域経営型官民連携時代において、民が果たす役割も大きくなるでしょう。
わが国に振り返り、先進的な取り組みをみると、シュタットベルケのような地域⼈材の維持・育成を⾏っている事業モデルが存在しています。例えば、⽔道分野では広島県の「株式会社⽔みらい広島」、福岡県北九州市の「株式会社北九州ウォーターサービス」、下⽔道分野では秋⽥県の広域補完組織3)など、⾃治体と⺠間が出資設⽴する会社があります。公共インフラを取り巻く環境が厳しくなる中、貴重な⼈材を確保・維持していくことはインフラサービスの提供に⽋かせません。上下水道のみならず、公共インフラ全体が同様の課題に直面している現状を複合的・広域的なインフラ運営で打開していくために、国・自治体だけでなく民間企業も巻き込み、従来の官・民の枠組み・役割を超えた議論がなされていくべきではないでしょうか。
1) 内閣府「PPP/PFI推進アクションプラン(令和5年改定版)」、www8.cao.go.jp/pfi/actionplan/action_index_r5.html(2023年7月28日アクセス)
2) ウォーターPPP:①長期契約(原則10年)、②性能発注、③維持管理と更新の一体マネジメント、④プロフィットシェアを基本としたコンセッションに段階的に移行するための官民連携方式(管理・更新一体マネジメント方式)
3) 秋田県の広域補完組織は、現在民間のパートナー事業者を募集中(2023年7月時点)
【投稿者】
藤木 一到
(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 マネージャー)
八巻 哲也
(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 シニアコンサルタント)
※所属・役職は記事公開当時のものです。
ドイツ・シュタットベルケにみる市町村が抱えるインフラ・公共サービスの課題解決の羅針盤
人口減少に伴う財源収入の減少、施設の老朽化、人材不足。日本の市町村が抱えるさまざまな課題について、ドイツのシュタットベルケの成功事例から課題解決のヒントを探ります。
ドイツの上下水道・電力などの地域インフラ管理者であるシュタットベルケにおいては、戦略的な人材確保・育成によって持続的なインフラ管理が支えられています。また、単一自治体にとどまらず、広域的なインフラ管理を担うことで、効率化の追求だけでなく、人的リソースの共通化にも貢献しています。日本の上・下水道事業体においても、貴重な人材の確保・育成について国全体で議論をしていくべきでしょう。