クロスボーダー上場シリーズ 第4回:クロスボーダー上場の実行プロセス及び上場時の申請書類について

情報センサー2024年12月 FAAS

クロスボーダー上場シリーズ 第4回:クロスボーダー上場の実行プロセス及び上場時の申請書類について


クロスボーダー上場に関する有用な情報をシリーズ形式でご紹介しています。シリーズ第4回となる今回は、米国市場への上場を前提にクロスボーダー上場の実行プロセス、及び上場時の申請書類に焦点を当てて解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部 FAAS事業部 公認会計士 古厩 正英

当法人入所後、会計監査業務に携わった後、2013年よりIFRSコンバージェンス、クロスボーダー支援業務等に従事。2019年から21年まで英国に駐在し日本企業の在外子会社の内部監査支援に従事。

EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部 FAAS事業部 公認会計士 木住野 成則

当法人入所後、会計監査、IT監査、内部統制支援業務等に携わった後、2016年より財務会計アドバイザリーとしてIFRSコンバージェンス、国内IPO、海外IPO支援業務に従事。2024年より企業成長サポートセンターを兼務。



要点

  • IPOプロセスにおいて、関係者間で合意したスケジュールを順守できるよう、適切なプロジェクトマネジメントの実施、IR部門の整備や効果的なロードショーの実施が重要である。
  • SEC(米国証券取引委員会)登録届出書が承認されるために、SECコメントに適時適切に対処する必要がある。
  • Form F-1に含まれる情報は、SECの厳格なルールに準拠しつつ、かつ投資者にとって企業を理解する上で合理的かつ効果的なものである必要がある。


クロスボーダー上場を目指す上で、事前の十分な準備が重要であることを解説してきましたが、シリーズ第4回の今回はクロスボーダー上場の実行プロセス、及び上場時の申請書類について焦点を絞って解説します。

なお、直近の国別証券市場のクロスボーダーIPOのランキングでも、米国市場が常にトップを維持していること(クロスボーダー上場シリーズ第2回:上場市場の選択参照)を踏まえ、米国市場への上場を前提としています。


Ⅰ クロスボーダー上場の実行プロセス

1. IPO実行プロセスの概観

米国市場への上場に際しては、会計基準のコンバージョンを含め事前準備が整っていることを前提として、通常6~12カ月程度の期間を要することが想定されます。

通常IPO実行プロセスは、まず対象企業のマネジメント、監査人、引受会社、弁護士、外部アドバイザー等IPO関係者による全体会議を行い、上場までの具体的なスケジュール/タスク/責任範囲の認識合わせを行うことから始まります。

その後、米国証券取引委員会(以下、SEC)への登録届出書の作成及びファイリング、SEC登録届出書に関するSECコメントへの対応と解決、IR関連の組織体制の構築やロードショー(投資家向け説明会)の実施と対応事項は多岐にわたるため、非常にタイトなスケジュールでの対応が求められます。

IPO実行プロセスの概観

IPOプロセスにおいては、当初設定したスケジュールが変動する場合も珍しくないですが、できるだけ関係者間で合意したスケジュールを順守できるよう、適切なプロジェクトマネジメントを行うことが重要です。


2. SEC登録届出書の作成及びファイリング

米国上場に際しては、「Form F-1」と呼ばれる上場申請書類を作成し、SECに提出する必要があります。Form F-1は、米国証券法(1933年法)に基づく登録届出書であり、すべての外国登録企業が米国上場する際に提出が求められます。

Form F-1に含まれる情報の詳細は、下記の「Ⅱ 米国市場に必要な書類(Form F-1)」において詳述しますが、通常上場を目指す企業を担当する法律事務所が全体を取りまとめながらファイリングを進めることとなります。ファイリング前は、Form F-1の前段、後段の整合性チェックを含む全般的な記載内容のチェックがなされ、関係者は最初のファイリングに向け迅速なアップデートが求められることから、非常にタフな時間を過ごすことになります。

通常、ファイリングしてからSECによる承認までの期間は9~13週が想定されますが、場合によっては追加で期中財務諸表のファイリングが必要となる場合があることからタイムラインに関して留意が必要です。

なお、一部要件はあるもののコンフィデンシャルファイリング(機密扱いによる登録届出書の提出)も認められます。


3. SEC登録届出書に関するSECコメントへの対応と解決

「Form F-1」のドラフトが完成すると、EDGAR(Electronic Data Gathering, Analysis, and Retrieval system)を通じて電子的方法で送信され、SECに提出されます。SECへの提出がなされると、SECによるレビュープロセスが開始されます。

なお、SECに提出する登録届出書は、可能な限り最終版に近づけた形で提出することが重要です。不完全な状態で提出する場合、修正コストがかかるだけでなく、場合によっては審査自体受け入れられない可能性も考えられますので注意が必要です。

SECは最初のレビューを実施し、登録届出書に対するコメントを提出するのにおおむね30日はかかるのが一般的です。SECは、登録届出書において網羅的かつ適切な開示が行われているかどうか、特に、文書内に虚偽の記載又は重要な事実の記載漏れがないかどうかを判断するためにレビューします。

SECによるコメントを受領したら、当該コメントに対し回答を準備・提出する必要がありますが、これらのやり取りは通常1回では終わらず複数回実施するケースが多いです。SECのコメントにすべて対応し、すべて解決して初めてForm F-1が承認されます。

なお、SECコメントは多岐にわたりますが、直近においてはMD&A、Non-GAAP財務指標、セグメント報告、収益認識といった領域に関するコメントが多くなっています。

SECコメントの内容に回答する上では、関係者間でコミュニケーションを取りながら、適切な回答を準備する必要があるため、相当の時間を要します。また、SECのコメントに対しては非常に短期間での回答が要請されることから、SECコメントを受領する前に、どういった領域において、どのようなコメントを受領する可能性があるのか、想定されるコメントに対してどのように回答していくかを関係者間で協議しておくことが重要です。


4. IR機能の整備、及びロードショーの実施

IPO実行プロセスにおいては、前述したファイリングのプロセスに加え投資家とのコミュニケーションという観点において、IR部門の整備や効果的なロードショーの実施が重要です。

① IR部門の整備

IR部門は、経営状況や財務状況、将来の見通しなどの情報を株主や投資家等ステークホルダーに適時に提供することで良好な関係を維持し企業の株式が正当に評価されるよう投資家等にアピールしていく役割が求められます。

米国市場への上場準備を進める企業において、効果的なIR部門の立ち上げは非常に重要であり、グローバル化した資本市場で成功するために、SECの規制を順守し適時に財務情報開示を実施できる体制構築が必要です。海外投資家への情報開示においては、例えばEBITDAといった国際財務報告基準(IFRS)や米国会計基準で定義されていないNon-GAAP財務指標を利用するケースも多々ありますが、どういったNon-GAAP財務指標を利用するかについてもSECの規制を順守する必要があるため、留意が必要です。

なお、IR情報の開示は上場後においても、企業の透明性向上や投資家との信頼性を強固にしていくことを通じた企業価値の向上に資すると考えられることから、IR部門の整備は重要であると言えます。

② ロードショーの実施

IPOを目指す企業は、売り出し価格を最大化するために、自社の魅力をアピールする必要があります。企業が機関投資家に対し自社の魅力をプレゼンテーションする場がロードショーであり、ロードショーは企業と機関投資家が直接コミュニケーションを取ることのできる数少ない機会になることから非常に重要であり、また機関投資家からのフィードバックは価格決定に有用であることから、効果的にロードショーを実施することが重要です。

通常、ロードショーは1~2週間の短期間で集中して行われるものです。ロードショーはアンダーライターが主体となって行われますが、会社の経営陣が説得力を持ってエクイティストーリー(エクイティストーリーについてはシリーズ第2回参照)を語ることにより、自社を最大限にアピールしていくことが重要です。


Ⅱ 米国市場に必要な書類(Form F-1)

1. Form F-1(最初の登録届出書)

米国に上場を目指す場合、Ⅰ章で述べたとおり、 SECにForm F-1という書類(最初の登録届出書)を作成し、SECに提出し登録する必要があります。

Form F-1は実質的には英文での目論見書(Prospectus)に相当し、投資者等への情報提供のために、企業の財務情報等が記載されます。

なお、Form F-1の場合は東京証券取引所に上場する際の目論見書よりも詳細な記述が求められる点に留意が必要です。


2. Form F-1に含まれる財務情報等

Form F-1に含まれる財務情報等のうち、重要なものを解説します。

通常の場合

EGC 注3

適用可能なGAAP

IFRS、USGAAP、及び本国会計基準への調整表(Local GAAP and reconciliation to US GAAP)

同左

必要となる連結財務諸表

主要な財務情報及び期間

連結財務諸表:
過去3年分の監査済連結財務諸表 注1

主要な財務情報:
過去5年分

連結財務諸表:
過去2年分の監査済連結財務諸表

主要な財務情報:
過去2年分の開示のみ

内部統制

上場後2回目の年次決算開示書類(20-F)より内部統制監査が必要

監査人による監査証明はEGCステータスが維持される限り、株式公開から5年間迄(まで)免除可能。ただし経営者による評価レポートは上場2年後までに必要

非公開での書類提出が可能か

特定の要件を満たす場合のみ、非公開で提出することが認められている。注2

Form F-1をロードショー(投資家向け説明会)の21日前までに公開するまでは、非上場で提出することが認められている。

注1)上場時にIFRS適用初年度企業である場合には、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書等のフロー情報は2年分とすることが許容されている。

注2)(ⅰ)米国外の証券取引所への重複上場、(ⅱ)外国政府機関の民営化、(ⅲ)提出書類の公衆縦覧が外国法と抵触する場合等については、EGC以外のFPIについても非公開での書類提出が認められている。

注3)EGS(Emerging Growth Companies、新興企業)への特例
2012年に、米国においてJOBS法(Jumpstart Our Business Startups Act)が制定され、EGC(Emerging Growth Companies、新興企業)に対する上場規制が緩和されている。JOBS法はEGCの要件(直近年度の売り上げが12.35億米ドル未満であり、かつ過去3年間に10億米ドルを超える非転換社債を発行していない等)を満たす米国外のFPI(Foreign Private Issuer、民間発行体)に対しても、適用することができる。

(1) 記載が求められる連結財務諸表

重要な財務情報である連結財務諸表は、IFRSあるいは米国会計基準(US GAAP)に準拠した連結財務諸表を作成することになります。一般的には上場時点から過去2年から3年の監査済み財務諸表が必要になり、上場後も当該基準に基づいて連結財務諸表を適時に作成し監査を受け続けなければなりません。米国上場を目指す場合には、米国公開会社会計監視委員会(Public Company Accounting Oversight Board)の監査基準(PCAOB基準)による監査を受ける必要がありますが、これは日本の監査基準よりも厳格な基準であるため、監査負担と監査報酬が増加することに留意が必要です。

IFRSあるいはUS GAAPに準拠した連結財務諸表を作成するためには、会計基準の変更に伴う財務報告プロセスやそのためのITシステムを構築/維持しなければなりません。また公開企業にふさわしい財務報告に係る内部統制の仕組みも導入しなければならないため、その影響は多方面に及びます。

そのため、上場を目指す場合には連結財務諸表の準備に早期に着手するとともに、上場後の適時開示や内部統制対応までも見据えた検討が求められる点にご留意ください。

なお、必要な監査済財務諸表の作成期間は、申請会社がEGCに該当するか、上場時にIFRS適用初年度企業となるか否かでも異なります(上記参照)。

(2) 連結財務諸表以外の重要な財務情報

連結財務諸表以外の重要な財務情報には、MD&A、プロフォーマ財務情報等、及び重要な企業結合の際の単体財務諸表等が含まれます。

① MD&A

MD&AとはManagement's Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operationsの略であり、経営者が投資者や財務諸表の利用者に財務状況、事業活動の結果、重要な会計方針及び見積り、流動性等の情報を提供するものです。

こちらは経営者視点より、ネガティブな面も含めて、可能な限り客観的に企業の状況を詳述することが求められています。

② プロフォーマ財務情報

プロフォーマ財務情報は、企業結合等、企業の状況に重要な影響を及ぼす事象や取引が発生した際に、企業の未調整財務情報に重要な影響を及ぼす事象又は取引について説明することを目的として、直近の決算日以前に当該事象又は取引が発生したという仮定に基づき作成される財務情報のことを指します。

③ 上場準備中に取得した、あるいは取得予定の重要な子会社、及び持分法適用関連会社の単体財務諸表

投資者の理解を促進するため、上場準備中に重要な子会社を取得した、あるいは取得予定の場合には、当該会社における取得以前の期間の監査済み単体財務諸表について、連結財務諸表と同期間分添付する必要があります。

また、重要な持分法適用関連会社を有していれば、取得期間にかかわらずその監査済単体財務諸表についても連結財務諸表と同期間分必要になります。


Ⅲ おわりに

Form F-1に含まれる情報は、SECの厳格なルールに準拠しつつ、かつ投資者にとって企業を理解する上で合理的かつ効果的なものであることが求められます。そのため、米国上場を成功させるためには、マネジメントを中心とした社内のリソースに加えて、プロジェクトの早い段階から弁護士、財務コンサルタント等の経験のある専門家をチームに加えてプロジェクトチームを編成し、その知見を随時活用することが手戻りなく円滑に作成を進める上で重要となります。


サマリー

シリーズ第4回では、クロスボーダー上場の実行プロセス(SEC登録届出書の作成及びファイリング、SECコメントへの対応と解決、IR関連の組織体制の構築やロードショーの実施)、及び最初の登録届出書であるForm F-1に含まれる情報について解説しました。


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