情報センサー2023年12月 FAAS
クロスボーダー上場シリーズ 第1回:クロスボーダー上場の概要
クロスボーダー上場についてシリーズ形式で紹介予定です。第1回目となる今回は、クロスボーダー上場の直近のトレンドやメリット、必要なタスクの概要について解説します。
要点
- 近年、日本のスタートアップ企業が米国のNASDAQに上場するケースが増えてきている。
- 日本企業がクロスボーダー上場するメリットとして、①ブランド力の向上②優秀な人材の確保③資金調達の優位性が挙げられる。
- クロスボーダー上場は得られるメリットがある一方で、非常に難易度が高いプロジェクトとなるため、早期の準備が必要となる。
Ⅰ クロスボーダー上場とは?
クロスボーダー上場とは文字通り国境を越えて行う株式上場のことであり、日本においては日本企業が外国の証券取引所に株式を上場させること、もしくは海外企業が日本の証券取引所に株式を上場させることを指します。今回はクロスボーダー上場の直近のトレンドを受けて日本企業の外国証券取引所での株式上場に焦点を当てます。
Ⅱ 直近のトレンド
世界の全上場件数に対するクロスボーダー上場の割合は毎年5~10%程度で推移しており決して大きい割合を占めているわけではありませんが、上場先としては米国が常に1位となっており、最近では米国内の全上場件数のうち海外企業によるクロスボーダー上場が20%を超える水準になっています。また、クロスボーダー上場を行った企業の所在国を見ると中国、シンガポール、マレーシア、イスラエル、英国、カナダ等の国が例年上位を占めており、日本がクロスボーダー上場を行った企業の所在国ランキングで上位5位以内に入ることはありませんでしたが、2023年は今まで見られなかった大きな変化が日本企業のクロスボーダー上場において起きています。日本企業のクロスボーダー上場は1970年9月のソニーグループ株式会社によるニューヨーク証券取引所への上場を皮切りに大規模なグローバル企業や金融機関を中心に過去行われてきましたが、2010年代に入ると米国における上場維持コストの費用対効果や日本の証券市場の国際化等を理由に米国での上場廃止を行う企業も増えていました。しかしその一方で、2020年頃から日本のスタートアップ企業が米国のNASDAQで上場するケースが増えてきており、23年には株式会社A.L.I. Technologiesによる日本企業で初めてのSPACとの合併によるNASDAQ上場を含め23年9月末までに6社の日本企業がNASDAQでの上場を果たしています(グローバルでの23年9月末までのクロスボーダー上場は全部で61件)。<表1>のリストに記載されている近年クロスボーダー上場を行った企業以外でもすでに米国での上場に向けたコンフィデンシャルファイリングを実施済みの企業やウェブサイト等でクロスボーダー上場への取り組みを公表している企業もあり、この日本のスタートアップ企業によるクロスボーダー上場のトレンドは今後もしばらく続くことが見込まれます。
表1
|
|
|
|
|
|
|
ハートコア株式会社(HeartCore Enterprises, Inc.)
|
|
|
株式会社A.L.I. Technologies(AERWINS Technologies Inc.)
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
Ⅲ クロスボーダー上場のメリット
日本企業がクロスボーダー上場により得られる代表的なメリットとして、次の点が挙げられます。
(1) ブランド力の向上
海外市場での上場によって、自社の製品・サービスに対する現地国や周辺地域の関心が高まり、知名度やブランドイメージの向上が見込めます。また、投資家保護や透明性について高い評価を得ている取引所における上場企業であることが、現地国や周辺地域における企業の信用力につながります。
(2) 優秀な人材の確保
前述のブランド力の向上によって、現地国での優秀な人材を惹きつけることができます。また、上場株式を利用したインセンティブプランの導入によって人材の流出を防止することも可能です。
(3) 資金調達の優位性
海外取引所はそれぞれの特色がありますが、世界中の機関投資家がアクセスする市場では大型の資金調達が可能であり、上場後の資金調達も活発です。また、業種や事業の内容によっては高いバリュエーションを獲得する可能性もあります。この他、取引所によっては企業はより柔軟な上場要件を利用できる可能性があり、特定の企業や業種にとって有利となる場合があります。
Ⅳ 必要なタスクの概要
クロスボーダー上場の実現に向けては、多くの事前準備や手続が必要となり、また、その過程において多数の関係者との調整が必要となります。<図1>は、クロスボーダー上場の全体スケジュールとタスクの概要です。
図1
(1) 上場の準備
まずは、適時・適切な財務情報を作成するための内部統制及び会計・開示プロセスが自社に備わっているかをチェックする必要があります。外部監査人のショートレビューを受けることにより、自社が抱える複数の課題が洗い出されますが、それらの解決には通常、相当程度の時間を要することから十分な準備期間が必要です。並行して、市場や適用する会計基準についてのメリットやデメリットに関する情報を収集し、自社の事業計画の実現に向けて上場時期のタイミングを決定します。
クロスボーダー上場は多数の関係者が関与する一大プロジェクトであり、実務に精通した専門家をアドバイザーとしてアサインすると共に、適切なスキルを持った人材の採用活動も重要となります。また、通常は専任のプロジェクト・マネジメント・オフィス(PMO)を設置して、課題対応の進捗管理を行います。
(2) 上場の手続
前述で洗い出された課題の対応を進めるとともに、上場申請書類を作成します。会計面では、財務諸表を現地国会計基準、もしくはIFRSや米国会計基準等で作成する必要があり、GAAPコンバージェンスの作業が必要となります。米国への上場を目指す場合には、米国の上場企業に適用される厳しい監査基準で監査が行われるため、監査対応についても十分な工数を確保しなければならない点に留意が必要です。自社の経理部のみでは対応しきれない場合には、会計専門家をアドバイザーとしてアサインします。
(3) 上場の維持
クロスボーダー上場を実現した後は、上場企業として投資家やアナリストとの関係を維持するとともに、上場国証券取引所の規制に基づく継続的な開示書類の提出が必要となります。規制の順守や変更に対応するために、引き続き弁護士事務所や会計専門家と連携するとともに、上場企業としての体制強化が必要です。
Ⅴ おわりに
クロスボーダー上場は得られるメリットがある一方で、海外市場特有の手続や規制等に対応する必要があり、その内容も多岐にわたります。非常に難易度が高いプロジェクトとなるため、早期かつ包括的な準備が重要となります。
サマリー
大規模なグローバル企業が米国での上場廃止を行う一方で、スタートアップ企業が米国のNASDAQで上場するケースが増えてきています。このような直近のトレンドを踏まえて、日本企業がクロスボーダー上場することによるメリットと必要なタスクの概要について解説します。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。
You are visiting EY jp (ja)
jp
ja