クロスボーダー上場シリーズ 第2回:上場市場の選択

情報センサー2024年2月 FAAS

クロスボーダー上場シリーズ 第2回:上場市場の選択


クロスボーダー上場についてシリーズ形式でご紹介しています。第2回目となる今回は、日本企業にとって比較的なじみのある海外の上場市場(米国、香港、シンガポール)について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部  FAAS事業部
公認会計士 米国会計士(カリフォルニア州) 川西 立

EY入所後、日米において主にグローバル企業の会計及び内部統制監査に携わる。2022年より東京事務所の財務会計アドバイザリーサービスに所属し、クロスボーダー上場支援業務、IFRS導入支援業務などに従事している。


公認会計士 金谷 晋介

EY入所後、主に会計監査、内部統制監査、財務デューデリジェンス業務に携わったのち、2016年より財務会計アドバイザリーとして主にクロスボーダーファイリング、IFRS導入支援業務などに従事している。



要点

  • どこの国で上場するのかは、上場の目的、得られるメリット、上場要件等を総合的に判断して決定することが重要である。
  • SPAC上場も、日本以外の海外証券取引所で認められている。
  • 米国証券取引所での外国企業のクロスボーダーIPO件数は近年常にトップである。


Ⅰ はじめに

第1回「クロスボーダー上場の概要」では、クロスボーダー上場の直近のトレンドやメリット、必要なタスクの概要に関して解説しました。第2回「上場市場の選択」では、日本市場と海外市場のクロスボーダー上場を比較して全体像を解説します。


Ⅱ 日本市場との比較

上場を進める上で最も重要な決定事項の1つとして、どこの国で上場するのか、という点が挙げられます。

この点、海外の証券取引所の全てが、海外企業に開放されているわけではありません。

例えば、中国本土の証券取引所(深セン券取引所、上海証券取引所など)では、海外企業の上場は認められていません。

昨今、日本のスタートアップ企業のクロスボーダー上場が増えているため、ここでは、日本企業にとって比較的なじみのある海外(米国、香港、シンガポール)と日本の新興市場の比較をみていきます(<表1>参照)。


表1

日本市場

米国市場

香港市場

シンガポール市場

適用可能な会計基準

  • 日本基準
  • IFRS
  • US基準
  • IFRS
  • US基準
  • HKFRS(香港財務報告基準)
  • IFRS

  • IFRS
  • US基準
  • SFRS(シンガポール財務報告基準)

当該市場上場のメリット

  • 日本市場でのブランド向上
  • 日本語で対応可能等
  • ブランドの向上
  • 優秀な人材の確保
  • 資金調達の優位性
  • スタートアップ段階の赤字企業でも上場が可能等
  • 中国・アジアでのブランド向上
  • 主に中国・アジアでの優秀な人材の確保
  • 資金調達の優位性等
  • アジアでのブランド向上
  • 主にアジアでの優秀な人材の確保
  • 資金調達の優位性
  • IPO後の資金調達についても活発な市場がある等

各国新興市場の上場要件_財務数値要件

【グロース市場】

  • 純資産の額、利益及び売上高基準なし

【NASDAQキャピタルマーケット】※1

(<表2>参照)

【GEM】※2

(キャッシュフローテストの場合)※3

  • 少なくとも過去2年の通常の業務から生ずる営業キャッシュ・フローが黒字で、合計が3,000万香港ドル以上
  • 利益及び売上高基準なし

【カタリスト】※4

  • 利益基準等の数値基準はなし(ただし、証券会社等のスポンサーにより上場の適格性を判断される)
  • 上場申請時に上場後18カ月十分な運転資本を有する必要がある

各国新興市場の上場要件_時価総額要件

【グロース市場】

  • 特になし

【NASDAQキャピタルマーケット】※1

(<表2>参照)

【GEM】※2

(キャッシュフローテストの場合)※3

  • (上場時)1億5,000万香港ドル以上

【カタリスト】※4

  • 特になし

各国新興市場の上場要件_株主分布

【グロース市場】

  • (上場時)150名以上

【NASDAQキャピタルマーケット】※1

  • (上場時)300名以上

【GEM】※2

  • (上場時)株主数が少なくとも100名以上、上場時に流通された株式が上位3者の株主により実質的に50%以上を越えて保有されない

【カタリスト】※4

  • 最低株主数は200名で、上場時に15%以上の一般株主割合が必要

特別買収目的会社(SPAC)上場制度の有無

無し

有り

上場SPACは原則として上場日から2年以内に買収ターゲット企業との統合(DeSPAC)を行う必要がある

有り

  • 上場SPACは原則として上場日から3年以内にDeSPACを行う必要がある
  • Private Investment in Public Equity (PIPE)投資家の参加が必須

有り

上場SPACは原則として上場日から2年以内にDeSPACを行う必要がある

※1 NASDAQキャピタルマーケットは昨今多くの日本企業が上場している新興企業向けの市場
※2 “Growth Enterprise Market”の略で、新興企業向けの市場
※3 GEM市場への上場要件には、キャッシュフローテストと株式時価総額/収益/研究開発テストがあり、いずれかのテスト要件を満たす必要がある。
※4 シンガポール証券取引所の新興企業向けの市場


表2

NASDAQキャピタルマーケットには、資本基準、時価総額基準、利益基準の3つの基準が存在し、いずれかの基準の財務要件を満たす必要がある。

財務要件

資本基準

時価総額基準

利益基準

株式資本500万米ドル400万米ドル400万米ドル

流通株式の時価総額

1,500万米ドル

1,500万米ドル

500万米ドル

事業継続期間

2年間

時価総額

5,000万米ドル

事業利益(直近年度または過去3年のうち2年)

75万米ドル

(出典: Initial Listing Guide)

※ 2024年1月時点NASDAQ上場センターから確認できる財務要件


Ⅲ 米国上場

米国資本市場は世界最大規模を誇っており、そこに名を連ねることは企業家にとって究極の目標とも言われています。近年、米国資本市場の上場要件が緩和されたため、米国市場はより身近な存在になりました。

US-SOX対応等のコスト負担はあるものの、ビジネス拡大やブランド向上を目的として、米国直接上場を目指す日本のスタートアップ企業が増えつつあります(「クロスボーダー上場シリーズ 第1回:クロスボーダー上場の概要」参照)。

また、2012年に、米国においてJOBS法(Jumpstart Our Business Startups Act)が制定され、EGC(Emerging Growth Companies、新興企業)に対する上場規制が緩和されています。JOBS法はEGCの要件を満たす米国外のFPI(Foreign Private Issuer、民間発行体)に対しても、適用することができます。

直近の国別証券市場のクロスボーダーIPOのランキングでも、実際、米国市場が常にトップを維持しています(<表3>参照)。


表3

(単位:件)

各国の証券市場

2021年(通期)

2022年(通期)

2023年(1Q-3Q)

米国

107

36

49

スイス

0

8

6

英国

14

5

2

ノルウェー

8

4

2

スウェーデン

8

4

0

その他

30

8

2

合計

167

65

61

(出典: EY Global IPO Trends 2022 / EY Global IPO Trends Q3 2023 / EMEIA IPO snapshot 2023 Q3)


Ⅳ 香港上場

香港資本市場は、過去、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界三大金融センターの1つと評価されていました。各国(地域)の証券市場別ランキングでは、2019年、20年と2年連続で香港市場は外国企業のクロスボーダー上場件数で米国に次ぎ2位となっていましたが(<表4>参照)、近年では海外マネーの敬遠に加え、中国企業が上場先に本土を選ぶケースが増えたため、同ランキングは減少傾向にあります。

しかし、香港市場は、巨大な中国マーケットへのゲートウェイであり、上場によって中国及びアジアにおけるブランドの確立及び優秀な人材の確保が可能となります。そのため、2012年8月の(株)ダイナムジャパンホールディングスの上場をはじめ、14年3月には(株)ファーストリテイリングが上場しているように、日本企業にとって香港市場への上場は、グローバルな事業展開をするための施策の1つの選択肢となっています。

なお、香港証券取引所に上場する際には、メインボードとGEMの2つの選択肢があります。メインボードは、定められた収益水準及び財政状況を確立させた企業のための資本調達市場であり、GEMは、中小企業のための上場市場として、比較的上場のための要件が緩和されています。


表4

2019年(通期)

2020年(通期)

順位

各国(地域)の証券市場

外国企業のクロスボーダー上場件数(単位:件)

順位

各国(地域)の証券市場

外国企業のクロスボーダー上場件数(単位:件)

1

米国

51

1

米国

63

2

香港

21

2

香港

13

3

オーストラリア

5

3

オーストラリア

10

4

シンガポール

4

4

ノルウェー

7

(出典: Global IPO trends: Q4 2019 /Global IPO trends: Q4 2020)


Ⅴ シンガポール上場

アジアへのゲートウェイであるシンガポール市場は、インド及び東南アジアへのビジネス展開に便利な位置にあり、上場することによりアジアでのブランドの確立及び優秀な人材の確保が可能となります。

特にシンガポール市場は、ビジネスのしやすさや積極的な外国企業誘致などのシンガポール国自体の魅力と制度の透明性や高度なインフラ整備という証券市場の魅力が相まって、世界各国の金融機関や投資家が集まる国際的な金融センターに成長し、多くの外国企業がシンガポールの証券取引所を上場市場として選択しています。

なお、シンガポール市場には、メインボード市場とカタリスト市場の2つの選択肢があります。メインボード市場は、一定規模以上の企業を対象とした市場で、カタリスト市場は、新興企業を対象とした市場となります。

主な日本企業のシンガポール市場への上場として、1976年(株)村田製作所、94年野村ホールディングス(株)がメインボードでのセカンダリー上場を果たしています。


Ⅵ おわりに

最後に、海外市場への上場を考える際は、その上場目的を明確にし、海外市場の所在国が自社の事業展開の方向性と合致しているかなど、事前に自社の経営戦略上のメリットがあるかどうかを見極めることが必要です。



サマリー 

クロスボーダー上場では、どこの国で上場するのかが重要な意思決定の1つであり、企業がクロスボーダー上場を目指す目的、各国で上場することにより得られるメリット、各市場の上場要件等を総合的に判断して決める必要があります。クロスボーダー上場先のランキングでは近年アメリカが常にトップとなっています。


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