金融機関における自然資本開示:TNFDセクターガイダンスの重要ポイントと実務対応

金融機関における自然資本開示:TNFDセクターガイダンスの重要ポイントと実務対応


金融機関が自然資本に関する開示を行う際に、TNFDの開示提言と併せて参考にするべき金融機関向けの追加ガイダンスが2024年6月にアップデートされました。
自社の直接的な操業というよりは、ポートフォリオを通じて自然資本と関わる金融機関にとって、追加で留意すべき開示推奨項目と重要な指標が記されています。
本記事では重要なポイントを解説します。


要点

  • 金融機関向けの追加ガイダンスは、TNFD開示提言の金融セクター特有の内容と、追加開示推奨事項を記載
  • TNFD開示提言の4つの柱それぞれに推奨事項を提示
  • 金融機関向けの指標は、ポートフォリオのエクスポージャー総額、生物多様性フットプリント、SFDRのPAI指標を含む

2024年6月、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は金融機関向けの追加ガイダンス「TNFD-Additional-guidance-for-financial-Institutions_v2.0」を公表しました。ここでは、本ガイダンスの主要ポイントと実務への影響を解説します。

TNFDの開示提言は、ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲットの4つの柱で構成されています。表1はTNFD開示提言の各項目の内容と、金融機関向けの追加開示推奨事項の有無を示しています。


表1 TNFDの開示提言と金融機関向け追加開示推奨事項
LEAPアプローチに関する追加的ガイダンス
出所:TNFD「TNFD-Additional-guidance-for-financial-Institutions_v2.0.pdf」(2024年10月9日アクセス)を基にEY作成

各項目における金融機関向けの主要な追加開示推奨事項と実務上の影響のポイントは以下のとおりです。

ガバナンス

C:自然関連の依存、インパクト、リスクと機会に対する組織の評価と対応において、先住民族、地域社会、 影響を受けるステークホルダー、その他のステークホルダーに関する組織の人権方針とエンゲージメント活動、および取締役会と経営陣による監督について説明 する。
追加開示推奨事項:投資先企業、取引先、顧客との協働について説明。特に、自然関連の評価と対応におけるステークホルダー関与の支援取り組みを記述
実務影響:エンゲージメント戦略の見直しや強化を検討する必要があります。投融資先や取引先の自然関連リスク評価の能力向上を支援するためのプログラム開発や、ステークホルダーとの対話の方法の見直しを行うことが考えられます。

戦略

B:自然関連の依存、インパクト、リスクと機会が、組織のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与えたインパクト、および移行計画や分析につ いて説明する。
追加開示推奨事項:
1.セクター別の基準・方針を説明
2. 自然関連リスク・機会の商品・サービスへの反映
3. 高リスク取引先へのエンゲージメント・デューデリジェンスの説明
実務影響:セクター別ポリシーの見直しや新規策定を検討する必要があります。また、金融商品の開発プロセスに自然関連の考慮事項を組み込むことや、デュー・デリジェンスプロセスの拡充、新たな評価ツールの導入を検討することなどが考えられます。

C:自然関連のリスクと機会に対する組織の戦略のレジリエンスについて、さまざまなシナリオを考慮して説明する。
追加開示推奨事項:金融機関特有の活動やタイムフレームを考慮しつつ、シナリオ分析結果のリスク管理プロセスへの活用について説明
実務影響:自然関連のシナリオ分析手法の開発や導入を検討する必要があります。その際、銀行の融資の満期や保険会社の負債デュレーションなど、金融機関特有の活動やタイムフレームに注意を払う必要があります。また、分析結果をリスク管理プロセスに効果的に統合する方法の検討が求められ、さらには、長期的な事業戦略の見直しにつながる可能性があります。

D:組織の直接操業において、および可能な場合は上流と下流のバリューチェーンにおいて、優先地域に関する基準を満たす資産および/または活動がある地域を開示する。
追加開示推奨事項:優先地域における直接操業の所在地を開示
実務影響:直接的な事業活動の所在地(金融機関における支店やオフィス等)、関連会社の所在地の自然関連リスク評価の評価や、その結果を踏まえた優先地域での事業戦略の見直しやリスク軽減策を検討する必要があります。

リスクとインパクトの管理

Aⅱ: 上流と下流のバリューチェーンにおける自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明する。
追加開示推奨事項:下流のバリューチェーン(金融ポートフォリオ)に焦点
実務影響:ポートフォリオ全体の自然関連リスク評価方法の確立が求められます。
C:自然関連リスクの特定、評価、管理のプロセスが、組織全体のリスク管理にどのように組み込まれているかについて説明する。
追加開示推奨事項:
1.各部門の自然関連リスク・機会のモニタリング方法を説明
2.自然関連リスクの他のリスクカテゴリーへの統合を説明
実務影響:リスク管理プロセス全体について、部門横断的な協力体制の構築や既存のリスク評価モデルの更新等を検討する必要があります。

測定指標とターゲット

A:組織が戦略およびリスク管理プロセスに沿って、マテリアルな自然関連リスクと機会を評価し、管理するために使用している測定指標を開示する。
B:自然に対する依存とインパクトを評価し、管理するために組織が使用している測定指標を開示する。
追加開示推奨事項:
1.TNFD推奨のグローバル中核開示指標や関連する他の指標(セクター中核開示指標、追加指標、金融機関独自の評価指標)を含める(詳細は後述参照)
2.適切なレベル(地理、資産クラス、ポートフォリオ)での報告
3.直接業務・金融ポートフォリオの依存・インパクトの指標を含める
実務影響:新たな指標の設定やデータ収集プロセスの確立が必要となります。既存の報告システムの更新や新たな分析ツールの導入が求められる可能性があり、部門間や外部機関との連携強化を検討する必要があります。

金融機関向けの追加ガイダンスでは、金融機関向けの指標についても解説しています。
金融機関の場合、気候変動におけるTCFDのスコープ3排出量(主にFinanced Emission)の場合と同様に、自然への依存やインパクトのほとんどはポートフォリオから生じると考えられます。したがって指標は金融機関のエクスポージャーに関連したものとなります。

金融機関向けの追加ガイダンスに記載される開示指標は 、TNFDの開示提言と同様に以下の3種類に分類されます。
・グローバル中核開示指標:全セクターの全組織で開示が推奨される指標
・セクター中核開示指標:特定のセクターに属する全組織で開示が推奨される指標
・追加測定指標:組織の自然資本に関する課題を適切に示すために、それぞれの組織が選択し開示することが推奨される指標


図1 金融機関に推奨される指標例と全体像

 

指標例

説明

グローバル中核開示指標

インパクトと依存に関する指標

・ 総空間フットプリント

・ 放出された汚染物質の総量

・ 水不足の地域の取水量と消費量

・直接操業の指標は重要な場合のみ開示

・ポートフォリオにおいては、データ利用可能性の制限を考慮して、可能な限り関連した指標を開示

リスクと機会に関する指標

・ 自然関連の移行リスクに対して脆弱(ぜいじゃく)であると評価される資産、負債、収益および費用 の金額(合計および合計に占める割合)

・直接操業の指標は重要な場合のみ開示

・ポートフォリオにおいては、金融機関はリスクに関連する指標全てではなく、まずは自社のビジネスモデルにとって最も重要なリスクの指標に注力して開示

セクター中核開示指標

業種別エクスポージャー

実態に合わせて開示

要注意地域へのエクスポージャー

データ利用可能性の制限を考慮し可能な限り開示

追加測定指標

生物多様性フットプリント指標

SFDR*の主要な悪影響(PAI)指標

必要に応じて開示


*SFDR:Sustainable Finance Disclosure Regulation

グローバル中核開示指標

主に金融機関にとってのリスクと機会および依存とインパクトについて指標を開示します。金融機関は直接操業よりもポートフォリオにおけるリスクと機会の開示に重点が置かれています。

・リスク指標の概要
金融機関におけるリスクの指標は、自然関連リスクがその財務状況、財務成績、およびキャッシュ・フローに与える財務的な影響を測定したものです。
これにはグローバル中核開示指標の定義に記載されているように、損失可能性のある資産や負債が含まれます。また銀行の貸付、保険会社の引受、資産管理会社やアセットオーナーの投資における、特定のシナリオ下で発生し得る損失額も含みます。
これらの開示は、測定手法の複雑性、データの制約、シナリオの不確実性などの要因により、損失額の定量化が困難な場合があります。そのため、金融機関は開示の質や範囲を継続的に改善していくことが求められます。

・ 機会指標の概要
金融機関における機会の指標は、自然関連の機会がその財務状況、財務成績、およびキャッシュ・フローに与える財務的な影響を測定したものです。これには銀行貸付やアドバイザリー、保険会社の引受、資産管理会社やアセットオーナーの投資機会が含まれます。これらは個々の商品や取引として現れ、絶対額またはポートフォリオ全体に対する相対額として開示します。金融機関はこれらの機会の見積りに関して使用した定義、評価基準、測定手法等を明らかにすることが推奨されます。

図2 金融機関向けグローバル中核開示指標:自然関連リスクと機会

 

分類

指標

C7.0

リスク

自然変動リスクにさらされている資産・負債・収益・費用の総額および総額に占める割合

C7.1

自然に起因する物理的リスクに脆弱であると判断される資産、負債、収益および費用の価値(合計および合計に占める割合)

C7.2

負の自然関連の影響により当期に受けた重大な罰金/科料/訴訟の内容および金額

C7.3

機会

政府または規制当局の環境への投資分類法、もしくは関連する場合には第三者業界またはNGOの分類法を基にして分類された、自然関連の機会に対して実施された資本的支出、資金調達または投資の金額

C7.4

自然に対して明確なプラスの影響を与える製品・サービスの売上の増加、自社製品におけるそれらの割合の増加


依存とインパクトに関する指標の概要
金融機関が直接的に操業するオフィスなどにおいて、組織のビジネスモデルや戦略および財務計画に影響する自然への依存やインパクトは僅少と考えられます。
金融機関の直接操業において重大な自然への依存やインパクトがある場合、TNFD開示提言に記載されているグローバル中核開示指標を開示することが推奨されます。
金融機関向けの追加ガイダンスにおいても、“金融ポートフォリオとは異なり、金融機関自身の直接運営において重大な依存やインパクトを持つことはほとんどないため、これらの開示は金融機関にとって例外的なもの”であることが記載されています。

セクター中核開示指標(金融機関)
金融機関に特化した2つのセクター中核開示指標が提示されています。これらの指標は直接的な依存やインパクトではなく、間接的な自然への依存やインパクトを示していることに注意すべきです。直接的な依存やインパクトを理解するためにはさらなる分析が必要であり、開示指標もTNFD開示提言等を参照する必要があります。

1.業種別エクスポージャー
金融機関向け追加ガイダンスの附則1には、重要なセクターのリストが記載されています(図3参照)。金融機関は自社のポートフォリオにて、このセクターのエクスポージャーを全て開示することが推奨されます。この推奨は、自社のエクスポージャーが少ない場合であっても適用されます。

2.要注意地域へのエクスポージャー
要注意地域とは企業が活動する地域でかつ生物多様性や生態系の重要性が高い地域です。こうした地域の特定や評価についてはまだまだデータ収集や評価上の課題があります。
金融機関は、まずはポートフォリオ内の企業の直接操業に関する本指標の開示が推奨されます。一方で、バリューチェーン全体の影響が考慮されていない場合、これは今後の課題として認識されます。金融機関は、バリューチェーンを含めた包括的な開示を目指して、継続的に検討する必要があります。

図3 金融機関向けセクター中核開示指標のエクスポージャーに関するセクターリストとマッピング

GICS産業グループの名称

サブインダストリー

エネルギー

エネルギー機器

エネルギーサービス

石油・ガス

消耗燃料

素材

化学品

建設資材

容器包装

金属・鉱業

紙・林産物

運輸

航空貨物およびロジスティクス

旅客航空

海上輸送

陸上輸送

交通インフラ

自動車部品

自動車部品

自動車

耐久消費財・アパレル

耐久消費財、ただしホームビルは除く

繊維・アパレル・高級品

消費者サービス

消費財流通・小売ホテル

レストラン・レジャー , レストランのみ

消費財流通・小売

食品・飲料

飲料

食品

タバコ

家庭用品・パーソナル用品

家庭用品

パーソナルケア製品

医薬品・バイオテクノロジー

バイオテクノロジー

医薬品

半導体・半導体製造装置

半導体・半導体製造装置

公益事業 商業・専門サービス

商業サービス & 供給 , 環境 & 施設サービス小産業のみ

公益電気事業

公益ガス事業

公益事業

公益水道事業

独立系電力・再生可能エネルギー事業者

不動産管理・開発
エクイティ不動産投資信託(REIT)
耐久消費財・アパレル
資本財
消費者サービス

住宅建築

建設・エンジニアリング

不動産管理・開発、不動産開発のみ

複数用途型REIT

産業用不動産REIT

ホテル&リゾートREIT

オフィスREIT

ヘルスケアREIT

住宅不動産REIT

リテールREIT

専門REIT

追加測定指標
金融機関は必要に応じて、TNFD開示提言に記載の追加測定指標および金融機関自身の独自指標を用いて、自社にとって重要な自然資本に関連する問題を適切に測定できる指標を開示することが推奨されます。
例えば、生物多様性フットプリント指標、SFDRの主要な悪影響を表すPAI指標などが挙げられています。

金融機関における生物多様性関連指標の開示:今後の展望
金融機関は、自社の直接運営よりも、ポートフォリオ内の企業が直面する自然関連のリスクと機会の特定により注力する必要があります。推奨される開示指標は、自社のリスクエクスポージャーを分類・集計したものですが、データ収集の実現可能性や分析方法に課題があります。適切な開示を行うためには、これらの課題に対応する最新の手法を継続的に取り入れることが重要です。
また、生物多様性フットプリントやSFDRなど、金融機関のポートフォリオ管理に関する最新動向は、新たな測定指標の導入につながります。新しい規制や動向の議論には、自社の開示指標の観点も含めることが望ましいと考えられます。



【共同執筆者】

船木 博文
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) シニアマネージャー

武田 行平
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス) シニアコンサルタント

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー 

TNFD開示提言の金融機関向け追加ガイダンスでは、4つの柱それぞれに金融機関特有の開示推奨事項が示されています。
また、開示指標においても金融セクター特有のエクスポージャー関連指標や生物多様性フットプリントなどの追加測定指標が示されています。

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