金融業界のCROにとってワークフォース・レジリエンスが今重要である理由とは

金融業界のCROにとってワークフォース・レジリエンスが今重要である理由とは


ハイブリッドな働き方が常態化するにつれ、金融業界の最高リスク管理責任者(CRO)は新たな脅威に対処する手段の幅を広げています。


要点

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)収束後は、ワークフォース・レジリエンスの維持が焦点になる。
  • ハイブリッドな働き方が続く中、金融機関は企業文化、リーダーシップの示し方、従業員の全体的なライフサイクルを見直さなければならない。
  • CROは組織が適応し繁栄できるよう、自身の役割の領域を拡大している。

2020年における混乱の影響が金融業界全体に残る中、CROは、ワークフォース(労働力)に関するリスクをこれまで以上に重視しています。多くの企業では在宅勤務が常態化しつつあり、リスク管理責任者は、脅威と機会の両方をもたらす全く新しい人材関連の課題に直面しています。パンデミックが引き起こした混乱の度合いを考えると、ワークフォース・レジリエンスの構築はこれまでになく重要となっています。

金融機関のCROは、自社が競争、規制、技術に関する脅威に直面しても、それらに耐え、適応し、繁栄できるよう支える方法を熟知しています。しかしながら、企業文化やリーダーシップの示し方、従業員のウェルビーイング(心身の健康や快適な暮らし)に関するリスクについては、最近になるまで念頭になかったものですが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、社会動向や緊張の高まり、また気候変動問題の悪化などといった問題のさなかに経営課題の上位に押し上げられました。実際に、第11回EY/IIFグローバルバンクリスクマネジメントサーベイ(global bank risk management survey)の回答者のうち90%以上が、コロナ禍によって優先度が上がった問題はワークフォース・レジリエンスだと述べています。

    Bank Risk Surveyをダウンロードする(英語版のみ)

    ワークフォース・レジリエンスはどのように進化しているか
     

    パンデミック以前のワークフォース・レジリエンスは、悪天候などによる事業の混乱という観点から従業員の安全を重視するものでした。しかし、コロナ禍で状況が変わり、現在ではワークフォース・レジリエンスが一層大きな意味合いを持つようになっています。会社は従業員の身体的な安全の維持だけでなく、全社的な健康の維持を重視するようになり、従業員の心身の健康と経済的安定のための投資を増やしています。
     

    パンデミック中に企業全体に広がった在宅勤務は、以前その権利はごく少数にしか認められていないものでした。このことを考えれば、世界がいかに急速に変わる可能性があるかを実証しています。ほぼ一夜にして会社は大規模なリモートワークに移行し、コアテクノロジー、ビジネスプロセス、そして何より全従業員に対して目に見えない圧力を与えました。これまでも、両親が仕事に追われて育児ができなかったり、独身の人が孤独な期間を耐えていたり、家族が離れ離れになったり、多くの人が愛する人を失い悲しむ状況がありました。今回明確になったのは、こうした極度の個人的ストレスから従業員が立ち直れるようにすることが、これまで以上に重要だということです。
     

    今日、CROの仕事は従業員の採用と雇用の維持だけではありません。スタッフが適切なスキルを持っているかどうか、進行中の大きな変化に適応できるかどうか、また、仕事に従事し生産的であるために必要な心身面のサポートとリーダーによるサポートを受けられているかどうかについて、細心の注意を払っています。組織内での幅広い文化の形成や、上司による従業員の指導・育成の仕方は、CROが力を入れている分野です。というのも、会社の価値観が組織内で一貫していないことの危険性をどのCROも重々理解しているためです。

    新たな働き方に慣れるには

    ワクチンの普及でロックダウンの必要性が減るにつれ、従業員が在宅勤務と出社を組み合わせるハイブリッドな働き方が、新しいビジネスの形になろうとしています。従業員の中にはオフィスに戻りたがる人もいる一方で、一部または全ての時間を引き続き在宅勤務としたい人やフレックスタイム制で勤務したい人も多くいます。EYの働き方改革に関する調査では、銀行・証券業界の従業員の3分の2が、働き方の柔軟性が認められない場合は現在の職を辞めるつもりがあり、そのうちの大多数が始業時刻と終業時刻を柔軟に決めたいと考えていることが分かっています。 

    この変化について、リスク管理責任者には懸念事項があります。リモートワークにおけるデータの保護と業務監督のリスクは大きな懸念事項ですが、最も優先されるのは、会社の文化、行動、価値観の維持としています。とりわけ、調査回答者は対面での関わりが減ったことで、企業と従業員のコミュニティが次第に崩壊してしまうのではないかという懸念を表明しています。ほぼ4分の3の回答者は、従業員が不定期にオフィスにいる状態であることが心配だと回答しています。EYの働き方改革に関する調査では、この結果がさらに裏付けられています。銀行・証券会社の半数以上が、ハイブリッドな働き方における公平さと公正さの考え方には懸念を感じると答えており、これは職場の文化に明らかに影響するものです。

    在宅勤務には通勤がなくなり家族との時間が増えるというメリットがある一方で、各従業員に悪影響を及ぼす恐れがあることを、CROは認識しています。調査によれば、最も懸念されているのは、人とのつながりと協力体制の維持(57%)と燃え尽き症候群/疲労への対処(55%)という2つの分野です。イノベーションに悪影響となる可能性や、家庭と仕事の境界が曖昧になることも懸念されています。

    こうした状況に応えて、銀行・証券会社の半数以上が、リモートでの協力体制を後押しする、新たなツールへの投資を計画しています。また、ウェルネスプログラムが業界全体で急速に増えています。例えば、レジリエンスを高めるトレーニング、カウンセリングサービス、生活様式や健康についての指導、瞑想用の音源、フィットネス特典などです。これらは全て、燃え尽き症候群のリスクに対処するためのものです。

    金融業界は、定期的な調査を通じて従業員に聞き取りを行ったり、仕事ぶりで判断するのではなく成果に基づいてパフォーマンスを管理したりするなど、ワークフォースに関するリスクを管理する別の方法も検討しています。 

    会社がハイブリッドな働き方を完全に常態化させるには、規律あるアプローチで企業文化を定義し、浸透させ、強化することが成功の鍵となるでしょう。


    インクルーシブネス(包摂性)の向上が求められる時

    ロックダウンで余儀なくされた在宅勤務に加えて、この18カ月は金融機関のDEI、すなわちダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂性)が注目を浴びるようになりました。多くの国では、新型コロナウイルス感染症の感染や、仕事と育児の両立など、そのしわ寄せを少数民族や女性が正面から受けている状況です。同じように、世界の耳目を集めた多くの出来事からも、人種間やジェンダー間の不平等が明らかになっています。

    その結果、金融機関も他の企業と同様に、DEIを目指すプログラムや方針に目を向け、(時には重要な)強化を進めてきました。

    金融機関のCROのうち半数以上(52%)の回答者が、DEI戦略が十分に行き渡っていない恐れがあると答えています。民族やジェンダーに加え、ニューロダイバーシティと呼ばれる、神経多様性のある方や、身体に障害をかかえる方など、さまざまなグループを包摂する必要性が認識されているのです。EYのニューロダイバーシティへの取り組みをご覧ください。

    どの従業員も自身が組織の一員であるという意識を持ち、一体感を得られることを、それぞれ心から必要としており、これを提供できなければ、採用、雇用維持、生産性、評判の面で支障となり得ることを、リスク管理責任者は一層認識するようになっています。

    しかし、より大きな人材プールから採用でき、新しい視点を取り入れられるというメリットが明らかではあるものの、ハイブリッドな仕事環境において仕事に必要なものを継続して提供するのは依然として困難を伴います。

     

    激化する人材争奪戦

    コロナ禍が何千もの企業にハイブリッドな働き方を広く普及させたことと経済的な意味で、その影響で生じた予期せぬ結果の1つが人材争奪戦の激化とされています。調査でCROが最も重視していたスキル(サイバーセキュリティ、データ分析、気候変動)は、金融サービスだけでなく、あらゆる業界に通用するものです。また、人工知能やモデルリスク管理に関するスキル人材などの他のスキルもいまだに希少です。どの会社でも、これからの時代での新しい環境に即応でき、別の分野にも方向転換できるような、とても頭脳明敏な従業員を求めています。

    このことは、短期的にも長期的にも金融業界が人材争奪戦に対応できていないことを浮き彫りにしています。短期的とは、技術的革新が続く中、金融機関は新たなリスクの管理に必要な人材を引き付け、雇用を維持できるのかということであり、長期的とは、金融機関は10年後も選ばれる雇用主であり続けられるのかが焦点です。

    人材リスクはある意味、CROが自身のリスク管理部門だけでなく組織全体の問題として力を入れていく必要がある分野ということです。

     

    拡大するCROの役割

    朗報と言えば、組織が適応し前進するための方策や、ワークフォース・レジリエンスと人事を総合的に重視していく点で、リスク管理責任者が大きな役割を果たせるようになったことです。これは、人事やその他の部門の責任者と協力の上、逆境に見舞われても安全で、健全で、適応力に優れたワークフォースを構築することを意味しています。

    成果を得る方法のいくつかをご紹介します。

    • 頭脳鋭敏な人材へ投資する:パンデミックは、想定外を想定するよう私たちに教えています。従業員が変化を受け入れ、迅速に方向転換し、新たな課題に取り組めるようにすることが、今後どうしても必要になるでしょう。頭脳鋭敏なワークフォースの育成には、日常的にあえて実力以上の仕事に挑戦させ、ジョブローテーションを通じて新たな能力に気付かせ、日常的にスキルアップを可能にするような、継続的な学習の場を設け、挑戦が求められる新しい環境で従業員が成功するために必要な自信とサポートを得られるようにします。
    • ワークフォースリスクを管理する:人的資本は、会社にとって最も大切な資産の1つです。従業員の安全や健康が損なわれたり、従業員が大量に離職したりするリスクは、経営幹部に深刻な事業リスクをもたらします。ワークフォースリスク指標の枠組みを確立し、時間をかけてそれらの指標の報告と修正を行うことが、これまで以上に重要となっています。潜在的リスクの指標には、離職率、在職期間、多様性のレベル、従業員エンゲージメント、ネットプロモータースコア(NPS)、ブランド健全性指標に加え、採用までの時間、生産性の尺度などがあります。
    • リーダーシップを再定義する:ハイブリッドな働き方では、リーダーも新たな行動が求められます。従業員を肩越しにのぞき込んだり、オフィスまで行ったりして生産的に働いているか確認することは時代遅れになっています。管理職は、オフィスにいないときでもパフォーマンスの評価や指導を行い、従業員のやる気を引き出せるようなスキルを身に付けるためのトレーニングが必要となるでしょう。これには従業員、特に新入社員とのつながりを確かなものにすることが含まれますが、その反面、対面での交流がなくなる可能性があります。一部の企業では、共感を持って指導し、包摂的な職場を作り出すために、リーダーの役割を捉え直しています。

    CROとそのチームは、リスクカルチャーを常に重視する必要があります。特に、それがハイブリッドな職場でどのように影響を受けるか予測しなければなりません。基幹業務、人事、コンプライアンスなどの部門と協力しながら、CROは組織の統制や従業員の監督をどのように適応させるべきか検討する必要があります。エスカレーションの手段も変える必要があるでしょう。オフィスにいなくても、問題が発生すれば上司への報告が必要なことに変わりはありません。

    成功の鍵となるのは柔軟性です。ハイブリッドな働き方のルールはまだ作成途上なので、新たな試みを検討するチャンスがあります。しかし、融通の利かないポリシーを作成してしまうと自分の首を絞めることになり、一方、ルールが緩すぎると混乱や衝突を招きます。適切なバランスを取ることが、CROの成功につながるでしょう。

    新型コロナウイルス感染症により、金融機関は不測の事態に備える必要があることが示されました。立ち直る強さを持ったワークフォースの育成が可能となれば、次の衝撃が到来してもうまく耐え忍び、繁栄できるでしょう。

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      サマリー

      金融機関がハイブリッドな働き方を受け入れる中、リスク管理責任者には、組織がどのように進化するかを方向付ける機会と責任があります。ワークフォース・レジリエンスを実現するには、従業員のウェルビーイングや企業文化などの分野に配慮する必要があります。


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