気候変動とリスク:銀行が直面する3つの重要課題

気候変動とリスク:銀行が直面する3つの重要課題


気候変動は今や深刻なリスクの1つとして挙げられていますが、銀行が高いレジリエンスを備えるためには、乗り越えなければならない障害が複数あります。


要点

  • 銀行の最高リスク管理責任者(CRO)は、新たに台頭してきたリスクの筆頭に気候変動を挙げている。
  • どのような形で銀行や顧客に影響が及ぶかについては分析が難しいものの、避けては通れない取り組みである。
  • 一方で、銀行にはより気候に優しい経済を構築する大きなチャンスがある。

気候変動は、リスクリーダーらが直面している新たなリスクのうち最も大きなものであり、取締役会も認識していると銀行のリスクリーダーは明言しています。異常気象が全ての大陸に影響を与え続け、世界が低炭素経済の構築に向けて動き出す中、銀行業界は互いに強く絡む、2つの⽬的の達成に取り組んでいます。銀⾏は⾃⾝の戦略と業務運営に気候変動が及ぼす影響を把握すると同時に、顧客とコミュニティが、この複雑で急速に変化する市場⼒学の影響を回避して進む⼿助けもしようとしているのです。
 

最も重要なリスクを特定、分析、軽減するとともに、自行の組織や顧客がチャンスをつかめるよう下地作りに寄与するなどにより、CROは組織における気候変動対策の推進で非常に重要な役割を担っています。しかし、地域金融機関であれ、グローバルに活動するメガバンクであれ、銀⾏が⻑期的に成⻑を続けるためには、数多くの障害を乗り越えなければなりません。

気候変動リスクの本質を理解する
 

第11回年次調査書であるEY/IIF global bank risk management survey(PDF、英語版のみ)によると、今後5年間で新たに台頭してきた最も重要なリスクは気候変動リスクとしています。CROの91%がこのように回答しており、また96%は取締役会にとっても最大の懸念事項だとしています。

環境問題への懸念の高まり
のCROは新たに台頭してきた最も重要なリスクは気候変動リスクとであると回答

銀行で一般的に2つに分類される気候関連リスク:物理的リスクと移行リスク

  • 物理的リスクとは、銀行の店舗と業務、顧客、そして広く社会一般に影響を与えるリスクを指します。具体的には、支店や施設の閉鎖につながり、クライアントの信用力に悪影響を与え、資産価格の下落を招きかねない異常気象事象や長期的な気候変動などです。
  • 移行リスクとは、低炭素経済への移行に伴い銀行の商品やサービスに影響を与えるリスクをいいます。具体的には、温室効果ガス(GHG)を排出する企業に銀行がどの程度資金を貸し出しているか、あるいは出資しているか、また、変化するステークホルダーの期待や関連する法令や規制の変更などです。

言うまでもなく、気候変動リスクは要注意リストに突然加わったわけではありません。銀行は長期にわたって異常気象事象が事業の継続に及ぼす影響を注視してきました。ところが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによるプラスの影響として、排出量が減少したことで、一般社会、政府、企業の関心が高まり、今まで以上に重視されるようになったのです。新型コロナウイルス感染症が拡大する前から交わされてきた、気候変動が及ぼす幅広い影響に関する議論は加速しています。

気候変動は今や、銀行が直面する最大の課題です。ステークホルダーは、銀行がクライアントのゼロ炭素経済への移行を支援することを期待しています。

1つ目の重要課題:リスク評価

まずCROに求められるのは、自行の事業にとっての物理的リスクと移行リスクを把握することです。これは難しい取り組みですが、尻込みしてはいけません。銀行は、物理的インフラ、行員、顧客、外注先がどの程度異常気象事象の影響を受けるかを見極める必要があります。

そのためには、気象や地理、社会的な要因を理解することが不可欠です。例えば、氾濫原の範囲内に位置する支店は洪水時にどのような影響を受けるか、地元で山火事が起きた場合に行員は勤務可能か、自宅が住めない状態になったために顧客が債務不履行に陥るとどうなるのか、また、こうした要因による銀行自身のリスクが低かったとしても、銀行の主要な取引業者はどうなるのかなどです。

移行リスクの場合は、手に余るような、一段と困難な作業を伴います。リスクリーダーは融資取引のある複数の業界を評価し、ゼロ炭素経済に移行するにつれて資金調達ニーズがどのように変化していくかを考えなければなりません。また、セクター別、顧客別に温室効果ガス(GHG)排出関連のリスクついて長期的な視座を持つことも求められます。例えば、エネルギー、製造、農業セクターの企業は今後、最大の排出源となるため、銀行が自らのリスクを判断するためには、これらセクターの脱炭素計画の内容を理解する必要があります。その一方で、気候変動の悪影響を最も受ける国々にサプライチェーンが広がっているセクターなどにも細心の注意を払わなければなりません。

より明確な将来像を把握するためには、テクノロジーの進歩と、規制や政策が変更される可能性も考慮する必要があります。銀行の規模によっては、これは非常に寮力を伴う作業となるかもしれません。そのため、的を絞ったアプローチを取って個々の業界で最も温室効果ガスの排出量が多いクライアントを対象にするというのが最善の方策となる可能性もあります。

2つ目の重要課題:業界標準の欠如

2つ目の課題は、気候変動リスクをリスク管理にどのように組み入れるかについて、業界で標準化されたモデルが現状ないことです。そのため、今回の調査回答者のうち、物理的リスクを定量評価している人は26%、移行リスクを定量評価している人は33%にとどまりました。

業界団体の組織体制や基準については、グローバルレベルでの統一にはまだ至っていません。そのため、短期的には、さまざまな手法を通じて銀行が独自に対応していかざるを得ない可能性があります。起こり始めている変化を確実に把握しておくためにリスクリーダーに求められるのは、コンプライアンスに関し同僚との緊密な連携で取り組むことです。

その一助となり得るのが、適切なガバナンスの体制とプロセスを整備することです。気候変動問題への関心と注目を集められるよう、経営層レベルでの専任の気候変動リスク委員会を設置するか、それができない場合には、CRO自身が所轄または配下の幹部を担当者に据えることが理想的です。ただし、組織の規模が小さい場合、これは不可能であることが多く、CROは重い負担を背負わなければなりません。いずれにしても、組織全体で一致協力して気候変動リスクに対処するためには、環境・社会・ガバナンス(ESG)やサステナビリティを担当するリーダーとの緊密な連携が必要です。

3つ目の重要課題:スキル不足

銀行とCROが直面している第3の課題は、関連スキルの不足です。今回の調査回答者によると、気候変動は、サイバーセキュリティとデータサイエンスに次ぎ、今後3年間で必要とされる3番目に重要なリスク管理のスキルです。しかし、気候科学とリスク管理の専門知識を持つ経営幹部は非常に少ない上、業界を問わず需要が高いのが現状です。そのため、銀行はそれを踏まえて計画を立てる必要があります。

特に世界的な人材不足を考えると、誰もが思いつく対応策は、リスク専門家に気候科学の研修をするか、あるいは気候科学の専門家にリスクの研修をすることです。しかし、いずれにしても、望み通りの成果をすぐに得ることはできません。当面の間、不足を補うことができると思われるのが、外部専門家による第三者サポートです。

変化への足がかり

以上の通り、気候変動には非常に大きな課題やリスクがあるものの、銀行にとって今は、より気候に優しく、持続可能な経済の構築に寄与する商品とサービスを提供し、それを利益につなげるまたとないチャンスでもあります。こうした動きを後押しする原動力となっているのがサステナブルファイナンスです。サステナブルファイナンスとは、企業、コミュニティ、社会により公平かつ持続可能で包括的な利益を提供することを目的に、長期的なESG基準をビジネス上の意思決定に組み入れることを促す、あらゆる形態の金融サービスを指します。

今回の調査回答者は、グリーン/ソーシャルボンド、サステナビリティ関連の企業向け融資、グリーンモーゲージのような商品の提供に大きな商機があるとみています。気候変動リスクが自行の組織に及ぼす影響の分析にCROが取り組んでいることもあり、認識と期待は高まっています。

一方、こうした機会に制限をかける幅広い要因をCROは挙げています。主な要因は、必要なデータの欠如、規制・監督当局が何を期待しているかが明確でないこと、業界で合意された手法がないことなどです。

例えば、バリューチェーン全体での排出量に企業が間接的に責任を負う、スコープ3の排出量の報告が義務化されるまで、銀行はデータ面での完全な透明化の実現に苦慮することになるでしょう。規制はこの方向へとゆっくりと向かっていますが、銀行はその間、自ら情報開示を求めるか、情報に基づいて判断することで対応するしかないでしょう。

気候変動に関する政府間パネルが最新の報告書で気候変動が拡大し、加速し、深刻化していると警鐘を鳴らしており、CROは自行の組織の取り組みを引き続き推し進めていかなければなりません。リスクを軽減し、チャンスをつかむために必要な強い決意、ケイパビリティ、レジリエンスを銀行が持つことができるよう取り組む必要があります。地球全体と同様、銀行業界の未来も、大胆なアクションを迅速に取ることができるかどうかにかかっているのです。

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    サマリー

    高いレジリエンスを備えて気候変動に対応していくためには、難しい課題を克服することが銀行のCROに求められます。特に必要なのは、物理的リスクと移行リスクを適切に評価し、業界基準の欠如とスキル不足という問題を克服することです。


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