企業の長期的価値創造プロセスの中でCFOが担うべき役割の変化とは?

CFOが考えるべきCFOアジェンダ

企業の長期的価値創造プロセスの中でCFOが担うべき役割の変化とは?


長期的価値創造が求められる中で、CFOのマネジメント領域は“単なる財務状況からもたらされる帳簿価値”から“財務・非財務問わず全てのビジネスアクションから生み出される企業価値”へと遷移しています。


要点

  • 優良企業は、短期的な収益獲得だけではなく、株主、顧客、従業員、社会に対する価値を持続的に生み出し、幅広い豊かさを実現する長期的価値(LTV)を重視した経営を実践し、ステークホルダーとの信頼関係を強固なものとしている。
  • 多くのステークホルダーの関心が企業の社会的責任と持続的成長に移行しているため、CFOの役割は従来の財務的な収益管理から、企業価値創造を伝えるCVO(Chief Value Officer)へと進化することが必要である。
  • 日本においても経営環境が複雑化するにつれて、CFOの役割が戦略的CFOへと変化しており、今後の進化に向けて新しいアプローチが求められている。


ビジネス環境の急激な変化の中で、企業はマルチステークホルダーから信頼を勝ち取るために長期的な価値創造を追求することが求められています。

現代の日本企業の多くはパーパス・自社の経営理念の実現を目指し、長期的な価値創造を目標と掲げています。しかしながらその道のりは不確実性が高い険しいものであり、さらには株主の権利確保の必要性から短期的な利益確保も同時に重視しなくてはならないジレンマを抱えています。もちろん株主・投資家の立場からしても、長期的な企業価値を追求することには賛成であり、持続的な成長と社会的役割の発揮への注目は高まっています。しかしながら、測定可能な有形資産を企業価値の根底と考える20世紀の企業活動を基礎とする現在の会計基準に基づいた開示では、ステークホルダーが長期的価値について十分に理解できる情報を提供することは困難です。具体的には、長期的な企業価値を目指すだけではなく、どのように創造していくのかという具体策が分かりづらい側面があります。

デジタル化、グローバル化、消費者の判断基準や嗜好(しこう)性の多様化などに起因してビジネス環境が絶えず変化していく現代においては、企業の成功を裏付ける重要な要素は、目に見える測定可能な有形資産から、知的財産やイノベーション、人的資本、企業文化、顧客からのロイヤルティ信頼といった、目に見えない、かつ測定が難しい無形資産へと変化しています。現在の会計基準において先に述べた無形資産の多くは、コストとして認識されるにとどまり、無形資産が本来持つ価値そのものを表現しているとは言い難く、事実、バランスシート上の正味簿価と時価総額の間には著しい隔たりもあります。長期的価値創造についてマルチステークホルダーから強固な信頼を勝ち取るためには、自社にとっての長期的な価値(Long-term value : LTV)をしっかりと把握し、長期的な成長ストーリーおよび具体的なアクションを提示する経営姿勢が求められます。

LTVは「財務的価値」、「消費者価値」、「人材価値」、「社会的価値」の4つのカテゴリーで構成される複合的な価値です。

さまざまなステークホルダーが存在する中で、LTVは、財務的な利益に限らず、消費者、従業員、社会全体に対する価値を包括する概念です。そのためLTVは「財務的価値」、「消費者価値」、「人材価値」、「社会的価値」という4つのカテゴリーに分類されます。

  • 「財務的価値」は企業の収益性と成長性を示し、株主や投資家にとってのリターンを意味し、企業価値の基礎を形成します。
  • 「消費者価値」は製品やサービスが顧客にもたらす利益や満足度を指し、顧客ロイヤルティロイヤリティや継続的な売上獲得を促進します。
  • 「人材価値」は従業員のスキル、モチベーション、満足度を反映し、企業のイノベーションと競争力の源泉となります。
  • 「社会的価値」は企業の社会的役割や責任を表し、サステナビリティやSDGsへの貢献を通じてブランド価値や信頼性を高めます。

現代のビジネス環境では、さまざまなステークホルダーが存在し、企業に求められる成果の多様化が顕著に見られ、財務的価値だけでなく、消費者、従業員、社会への価値提供も重要視されています。企業はマルチステークホルダーに価値還元する経営を実践するために、既存事業の深化とイノベーション、新規事業の探索を進め、これらの価値をバランスよく創出し、長期的な成功を目指す必要があります。LTVは、広範な価値創造活動を評価し、企業の持続可能な成長を支える指標として重要です。

ただし、LTVの諸元を具体的に見いだすためには、クリアしなくてはならないいくつかのハードルがあります。その一つは先に挙げた無形資産に対する測定基準の課題があります。さらには、デジタル化が進む現代において、日々の企業行動から生み出されるデータ量は膨らむ一方であり、自社にとってLTVを構成する必要なデータを見極めることは極めて困難です。この点、昨今のエマージングテクノロジーの台頭を受けて、データ分析ツールの進化がLTVの理解および分析に貢献することが期待されます。またもう一つの課題として、短期的な取り組みと長期的な取り組みをバランスよく見ながら強固なインベストメントチェーンを作り上げ、LTVを企業の中で誰が管理・実行していく主体を誰が担うのかという問題があります。

Chief Value Officer : CVOは、財務的価値、顧客価値、人材価値、社会価値の側面から指標化された長期的価値を管理し、企業価値創造のストーリーを明確にマルチステークホルダーに伝え、変革を推進していきます。

従来のCFOは主に「財務的価値」に焦点を当て、中期計画や年次予算などを通じた目標設定から、実績収集、予実および予算予測分析、リカバリーアクションの検討と推進を行い、財務的情報を利用して外部に開示する役割を果たしていました。しかし、LTVを念頭に置くと、今後はそのマネジメント範囲は大きく広がります。

 

サステナビリティやSDGsが注目されているように、さまざまなステークホルダーが存在し、企業に求められる成果が多様化することに伴い、LTV、特に消費者価値、人材価値、社会的価値の重要性が増しています。財務的価値だけでなく、LTV視点での重要なドライバーを特定し、事業ポートフォリオの適正化に向けて適切な付加価値分配を行い、関連するKPIを定義して目標を設定し、期中のモニタリングと改善アクションを経て、統合報告書、IR活動などを通じてステークホルダーに情報提供するまでのプロセスをリードすることが求められます。この役割は、ビジネス指標を管理し、企業の顔として多くのIR活動の責任を担ってきたCFOこそ適任であると私たちは考えており、そして、CFOは今後、Chief “Financial” Officerではなく、Chief “Value” Officer : CVOと呼ばれる存在になると考えています。

 

CVOは、短期的な視点においては、企業の長期的な成長ストーリーの原資となる潤沢なキャッシュを創出するために、注力すべきビジネスドメインを特定・資源配分し、ビジネスの加速を促すとともに、事業ポートフォリオ改革を通じて事業の断捨離を進め、財務的に健全な体制を整えます。長期的な視点においては、持続可能な成長戦略ストーリーを実行し、企業の長期的価値を高め、マルチステークホルダーへ投資還元していく役割を担います。短期的かつ効率的にキャッシュを獲得する施策と、長期的に企業価値を築き上げていく持続可能な成長戦略ストーリーの両面を、IR、統合報告書、さまざまな媒体を利用してマルチステークホルダーにアピールすることもCVOの役割です。

ただし、長期的に持続可能な成長ストーリーに関する施策は、より不確実性の高いものです。その不確実性を最小化するために、CVOは企業価値を適切に評価する指標化を検討し、その指標を企業行動に落とし込むようにロジックツリー化を進め、長期的な成長戦略の構造化を図ることが重要なチャレンジと認識します。ロジックツリー化に際しては、例えばPBRを企業価値の代理指標としてROEや利益等の財務指標に分解するとともに、企業アクションである非財務活動の貢献をひも付けることが必要になります。非財務活動の中には、従業員のスキル向上、モチベーションの維持、職場環境の改善など、従業員エンゲージメントへの取り組みや、製品やサービスの品質、顧客満足度、ブランドの信頼性など、消費者に直接関わる価値提供アクションなどが含まれます。

 

実際に、株主・投資家が重視するPBRと非財務指標との相関関係を明らかにするために独自の調査を実施しました。この調査により、PBRと非財務指標の間に存在する相関の強度と有意性を特定することができました。例えば、企業が環境に配慮した製品やサービスを提供している場合、特定の条件下では、β値が2.04と算出され、PBRの向上に寄与している傾向が明らかになりました。これは、消費者の環境意識の高まりが売上やROEの向上につながり、結果としてPBRの向上に貢献していると解釈できます。また、企業リスクの削減やブランド価値の向上が、投資家に評価されている可能性も考えられます。

 

一方で、「総エネルギー使用量に占める再生可能エネルギーの比率」に関しては、特定の条件下でβ値が0.03と低く、PBRの向上にはあまり貢献していないことが分かりました。再生可能エネルギーの利用はブランド価値の向上には寄与するものの、現在のところコスト面での課題があり、ROEへの影響がPBRに悪影響を及ぼしていると考えられます。

 

本調査は、遅効性や因果関係の分析には至っていませんが、相関分析による定量的な結果を基に、自社の取り組みをナラティブで結び付けることで、非財務的取り組みの有効性をステークホルダーにより明確に示すことが可能であることの一例を表しています。このアプローチにより、企業は非財務的活動が企業価値にどのように影響を与えるかを具体的に伝えることができ、ステークホルダーの理解を深め、企業価値の向上につなげることができるのです。

おわりに

以前は、日本企業のCFOは本来の意味でのCFOではなく、単なる経理・財務管掌役員にすぎないという見解が、しばしば問題視されていました。この認識は、彼らが戦略的な意思決定や企業価値の最大化において、中心的な役割を果たしていないという点に基づいています。しかしながら、今日に至るまで、日本企業でもさまざまな変革プロジェクトが実施され、CFOおよび配下のファイナンス部門の役割やケイパビリティも、本来の経営の意思決定に関わる戦略的なCFO機能に近づいてきたと考えます。

さらに、非財務的価値の重要性が社会に浸透することに伴い、企業が持続可能な成長と社会的責任を重視する経営を行うことは、ますます重要になっています。このような変化を受け入れ、CFOがCVOへと昇華していくことで、日本企業はより戦略的な意思決定を行い、長期的な視点から企業価値を高めることができると考えています。これがまさにLTVであり、この変革が日本企業に新たな可能性をもたらし、日本経済がさらなる発展を遂げることを期待しています。

 

【共同執筆者】
中村 裕人
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ファイナンス シニアコンサルタント

※所属は記事公開当時のものです。


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サマリー

企業は長期的な目線で企業価値向上を目指し、さまざまなステークホルダーに価値を配分することに本来的な存在意義があると考えられます。一方で目先の利益獲得を最優先させるプレッシャーは依然として強いため、CVOが積極的に企業の長期的価値創造ストーリーを語り、短期的な収益獲得と長期的な価値のバランスを取ることが必要となります。財務的価値の番人として活躍するCFOが、より戦略的に企業価値をつかさどるVOとして躍動する姿を期待します。



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