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EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 大貫 一紀/甲斐 靖裕/鎌田 善之/久保川 智広/倉持 太郎/柴 法正/田村 智裕/根建 栄/吉井 桂一
化学産業における製品は、消費者にとって身近な最終製品だけではなく、液体や粉体の形態である基礎化学品や中間製品が含まれるため、化学産業全体のイメージを持つことが難しいと思われている方も多いのではないでしょうか。
本稿では、ビジネスや取引慣行、経済環境を踏まえて化学産業全体のイメージをつかみ、さらに化学産業を「上流」事業と「下流」事業に区分して各事業の特徴を把握し、化学産業におけるIFRS動向及び主要な会計上の論点について解説します。
なお、文中の意見は筆者の私見であり、法人としての公式見解ではないことを、あらかじめお断りします。
化学産業は素材産業の代表的なものであり、化学反応を利用して製造を行う産業と定義することができます。
化学産業には、他産業に材料を供給するような事業から、一般的に最終製品と呼ばれるものを製造する事業まで多様な事業があります。本稿においては、化学産業を日本標準産業分類の「製造業」に含まれる「化学工業」から医薬品製造業を除くものとして取り扱いますが、その概要は次のようになります。
日本標準産業分類に基づく「製造業」の製造品出荷額のうち、化学工業の2021年度の出荷額は約31.7兆円であり、製造業全体の9.6%を占め、製造業第2位の出荷額となります(2022年経済構造実態調査二次集計結果<製造業事業所調査>2023年7月31日 総務省・経済産業省)。
化学産業にはあまりなじみがないという印象をお持ちかもしれませんが、例えばパソコン、スマートフォン、液晶テレビなどの部品や自動車のバンパー、インパネ、シートなどの大部分は化学産業の製品であり、実は身の回りをよく見ると化学製品に囲まれています。
すなわち、化学産業は化学産業だけで完結するのではなく、他の製造業にも大きく関連していることから、マクロ的な景気変動の影響を受けることになります。また、製造業全体の成長戦略として生産拠点を国外にも広げていることから、国内の景気変動だけでなく、世界的な景気変動に影響を受けることにもなります。
化学産業は典型的な設備産業であり、製品の生成には大規模なプラントを必要とすることが多いです。自社プラントがどの程度の生産能力を持つかは、シェア確保やコスト競争力の観点からも重要な点となりますが、新規プラントの建設には膨大な投資が必要となります。
世界の石油化学市場では近年、中国や東南アジアなどで大型石油化学プラントの稼働が相次いでいますが、わが国の石油化学企業においては規模的に小さいプラントが多く、他国の大規模なプラントに比べると効率性が劣ると見られています。また、新しいプラントの方が生産性が高いものと考えられますが、わが国のエチレンプラントの多くは1970年代前半までに建設されたものであることから、この点でも劣勢を免れないとの見方が一般的です。
これらに対応して、わが国の化学企業においてはプラント設備投資について次のような戦略をとる傾向にあります。
化学産業における原材料はナフサ(粗製ガソリン:原油より精製)、ソーダ製品(塩電解)、シェールガスをはじめとする天然由来成分などであり、これらは日本国内でほとんど産出されないため、主として諸外国から輸入することとなります。このため化学産業は、原材料価格や為替の動向に大きな影響を受けることとなります。特に原油については、石油化学事業はもちろんのこと、他の事業においても直接的及び間接的に出発原料とする製品が多いため、その価格変動は化学産業の業績に大きな影響を与えることとなります。
このような素材産業である化学産業にとっては、原材料の価格変動をいかに製品価格に転嫁できるかが利益確保のカギとなってきます。そこで、化学企業各社では原油価格などによる原材料の価格変動を製品へ転嫁するよう、得意先と交渉を続けることとなります。価格転嫁は、化学企業にとって、原材料価格が上昇基調にある場合には比較的交渉がしやすいものと考えられますが、取引先との関係によるところが大きいため留意が必要です。近年では価格交渉の手間を省力化するため、主原料等の市場価格を変数とした計算式により製品取引価格が自動的に算出される、フォーミュラ方式が多く採用される傾向にあります。
化学産業においては、過去に公害問題が発生し大きな社会問題となったことがあり、また製品そのもの又は副産物として生産される物質が環境に悪影響を与えるものもあることから、環境対策が必要とされています。EUにおいては07年にREACH法が、米国においては09年に改正有害物質規制法(TSCA)が施行されており、化学物質の総合的な登録・評価・認可・制限が制度化されています。日本では、化学物質審査規制法が設けられ順次改正がなされており、直近では09年に、包括的な化学物質管理の実施によって、有害化学物質による人や動植物への悪影響を防止するため、国際的動向を踏まえた規制合理化のための措置等が講じられています。さらに、法律による規制だけでなく「レスポンシブル・ケア」という企業の自主的な取り組みを行う企業も増えてきています。レスポンシブル・ケアとは化学製品を扱う事業者が環境、安全、健康を確保するために活動し、その活動の成果を公表することで、社会とコミュニケーションする活動のことをいいます。
また、化学産業の二酸化炭素排出量は鉄鋼に次いで多いことから、多くの化学メーカーが2050年カーボンニュートラル実現に向けたロードマップとして、2030年の削減目標を設定しています。2030年の削減目標に対する比較基準年度は各社ばらつきがありますが、政府と同じ2013年度比とし、削減目標数値を基準年度に対して、30%から50%の間で設定している企業が多く見られます。
近年の石油価格の上昇や、二酸化炭素の排出による温暖化など環境問題への関心の高まりから、代替エネルギーの開発が世界的に必要とされています。代替エネルギーとして代表的なものには、太陽電池、バイオ燃料、リチウムイオン電池等が挙げられます。これらの原材料には多くの化学製品が用いられています。例えば、太陽電池での多結晶シリコン、リチウムイオン電池での電解液や負極材などが主なものです。
また、温暖化により地球規模で水不足が懸念される中、化学産業の技術を用いて海水を蒸発させずに淡水化できる逆浸透膜なども開発されています。さらに、通常廃棄時に環境に対して負荷がかかるプラスチックを、微生物の働きで分解可能なものとする生分解性プラスチックの開発も進められています。
これらの技術は地球環境へ貢献するものであり、化学産業にとっては今後の大きなビジネスにつながるものと考えられます。
わが国の化学企業は、中東や中国などに対して原材料調達や生産規模で劣るため、汎用品で国際競争力を維持するのは困難な状況にあるといえます。
世界的に化学企業は汎用品から高付加価値製品にシフトしており、わが国の化学企業が今後も高い収益を継続的に維持していくためには、高付加価値製品の比重をよりいっそう高めることも課題の一つとなっています。
化学企業が市場のニーズをいち早くつかみ、他企業の製品と差別化を図ることができる利益率の高い製品を生み出すためには、高い技術力が必要となります。
しかし、技術革新は次々に行われるため、一度生み出された製品が永続して高付加価値を有するケースは多くはありません。化学産業において高付加価値を維持するためには、常に研究開発活動を継続していくことが不可欠です。またM&Aなどを通じて付加価値を高めるために関連技術を取得するケースも多くみられます。他の業種が伸びているために年々低下していますが、製造業に占める化学産業の付加価値額の構成比は、常に出荷額の構成比よりも高い数値となっています。これは、化学産業が他の製造業と比べて高付加価値の産業であることを示しています。
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