化学産業 第5回:化学産業の収益認識基準に係る主要な会計上の論点

EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 大貫 一紀/甲斐 靖裕/久保川 智広/柴 法正/田村 智裕/根建 栄/吉井 桂一

1. 出荷基準による収益認識:履行義務の充足

化学産業では、その上流において、いわゆる「基礎化学品」を取り扱う企業では素材品が大量に出荷される特徴があり、製品の引渡方法も通常運搬によるほか、パイプライン輸送、タンクローリー車による供給等、さまざまな形態があります。また、化学産業の下流では、ユーザーからの要求に応えるため、多品種少量の生産を行い、納品先ごとに、さまざまな製品形態や引渡形態をとります。


(1) 出荷基準等の取扱い

このように、化学産業では、さまざまな出荷形態が存在しますが、従来のわが国の収益認識に係る実務では、売上高は「商品等の販売又は役務の提供によって実現したものに限る」とする企業会計原則の規定(いわゆる実現主義)の枠内において、通常、出荷基準による収益認識基準を採用していた企業が多いと思われます。

一方、収益認識基準における商品、製品等の販売取引については、これら資産に対する支配が移転した時点で収益を認識することが求められています(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」以下、基準第35項)。したがって、出荷基準によって収益を認識している企業においては、各出荷形態に応じて、商品、製品等に対する支配が出荷時点において移転しているかどうかを検討する必要があります。一般的に商品、製品等の資産に対する支配が取引先の検収によって移転する場合は、当該検収の時点で収益認識を行うことが原則的な取扱いとなります。

ただし、商品、製品等が国内で販売されるケースにおいて、支配が移転する時点を検収が行われた時と判断した場合であっても、出荷時から検収時までの期間が「通常の期間」であるときは、出荷基準による収益認識が容認されます(企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」、以下、適用指針98項)。当該代替的な取扱いである容認規定も、採用可能か否か検討が必要となります。


(2) 通常の期間について

出荷基準による収益認識が代替的な取扱いとして容認されるためには、商品、製品等の出荷から、支配が顧客に移転するまでの期間が「通常の期間」である必要があります。

「通常の期間」は国内における出荷・配送に要する日数を考慮し、取引ごとに合理的と考えらえる日数であることから、一般的には数日間程度となります(適用指針171項なお書き)。

したがって、国内取引において出荷基準が無条件に認められるわけではなく、代替的な取扱いを採用し、引き続き出荷基準を採用する場合には、出荷から顧客が支配を獲得するまでに要する期間を過去実績等と比較し、数日間程度か否か検証する必要があります。

 

2. 仮単価による収益認識:変動対価

資源が豊富でない、わが国においては、原材料は主として諸外国から輸入しています。このため、化学産業の上流事業の業績は、原材料の価格変動、為替変動などにより、大きな影響を受けることになります。

したがって、原材料の価格変動や為替変動等を、いかに製品価格に転嫁できるかが重要となります。その結果、販売先との交渉が長期化し、販売価格が決まらないまま、いったん仮単価で取引が行われることがあります。

従前のわが国における実務では、取引時に過去や類似の取引単価を参照して仮単価を設定、仮単価に基づいて収益を認識し、その後、取引単価が合意された時に、過去の期間の取引に係る、仮単価と決定単価の差額による収益の修正を、一括で認識するケースが見受けられました。

これに対し、現行の収益認識基準では、仮単価は単価改定に伴い、取引価格が変動する可能性があるという点から、このようなケースでは変動対価(基準第50項)に該当すると考えられます。変動対価は最頻値又は期待値による方法のいずれかにより見積もり、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めることとなります(基準第51、54項)。

したがって、直近の価格交渉の内容や、過去の実績など、企業が合理的に入手できる情報を踏まえ、取引単価の設定方針を検討し、認識した収益の著しい減額が生じない金額を、各決算日において見積もる必要があります。

なお、最終的な金額を合理的に見積もれないと判断した場合、収益を計上できない可能性がある点に留意が必要です。

 

3. 交換(スワップ)取引

日本の化学産業では、物流費削減を目的として、他社の製品を自社の製品と交換するような「スワップ取引」が行われる商慣行があります。

スワップ取引のうち「ロケーション・スワップ取引」とは、物流費削減のため、自社工場・倉庫よりも他企業の工場・倉庫の方が納入先に近いような場合、相互に納品先を交換する取引をいいます(下図参照。詳細については本稿第2回「化学産業上流事業の会計処理の特徴」2参照)。

ロケーション・スワップ取引例

ロケーション・スワップ取引例

相互の納品先が交換されるだけであり、A社はC社に対する通常の売上を計上処理することとなります。B社、D社に対する売上は計上されないものと考えられます。 B社との取引については、収益認識基準第106項において、「同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識することは適切ではないと考えられる」とされており、当該同業他社間の交換(スワップ)取引の売上高及び仕入高は純額処理が必要になると考えられます。



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