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EY新日本有限責任監査法人 化学セクター
公認会計士 吉井 桂一
2024年9月、企業会計基準委員会(ASBJ)は企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下、リース会計基準)及び企業会計基準適用指針第33号「リースに関する会計基準の適用指針」(以下、リース適用指針。また、「リース会計基準」と「リース適用指針」を合わせて、「リース会計基準等」)を公表しました。
本連載では、化学産業に関連するリース会計基準等の論点について、借手の会計処理を中心に解説します。なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
リース会計基準等の適用により、原則として全てのリースがオンバランスされ、使用権資産及びリース負債が計上されることになりました。化学産業は典型的な設備産業であり固定資産の重要性の高い業種ですが、多額の資産がオンバランスされる可能性もあり、さらに重要性が高まることが想定されます。
リースとは「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」をいいますが、契約の当事者は、契約の締結時に当該契約がリースを含むか否かを判断することとされました。また、契約の名称などにかかわらず、会計基準の定義に該当する場合にはリースと判定されることから、契約の実質を見て判断する必要があります。ここで、(1)資産が特定され、かつ、(2)特定された資産の使用を支配する権利を移転する場合には、契約にリースが含まれるとされています。
化学産業では原料の仕入、製造、製品の販売までの各段階で多くの資産を利用していますが、自社で所有する資産に限らず、他社が所有権を有する資産も多く利用していることから、リースに該当する可能性のある契約は多岐にわたります。そのため、網羅的なリースの識別のためには、サプライチェーンを通してリースに該当する契約を把握することが必要となります。化学産業で多く見られる取引として、たとえば以下が挙げられますが、契約の実質によっては、リースが含まれるケースが想定されます。
工場では電力やガスといった製造に必要なユーティリティを安定的に確保するために、他社の製造設備を自社工場内に設置して原料の供給を受けていることもあり、他社の設備(たとえばユーティリティ製造設備や保管タンク)がリースに該当する可能性があります。
このような資産の場合には契約等で資産を特定していることも多いと考えられますが、「支配する権利」の考慮に当たっては実質的な検討が必要と考えられます。ユーティリティ設備であれば、自社の計画に従って製造等を行うかどうか、製造されたユーティリティの供給に関する定め(全てが供給されるのか/一部のみが供給されるのか)等を考慮して、また、保管タンクであれば、自社のみが利用するか、他社と共同利用されるため保管タンクの稼働能力の一部を使用するか等の条件を考慮して識別することが考えられます。
自社製品の製造を他社に委託することや、荷役・マテハン等の工場構内業務を他社に委託することもありますが、形態によっては契約にリースが含まれる可能性があります。
たとえば、製造委託先が所有する製造ラインが当社製品の製造専用となっており、当該製造ラインの使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を自社が有していると考えられる場合には、リースに該当する可能性があります。
化学産業では大量の素材品を必要とすることも多く、安定的な物流を確保する必要があることや、化学産業で用いられる原料や製品は危険物に該当する品目や慎重な取り扱いが必要となる品目もあり、輸送や保管には厳格な管理・運用が求められ、特別な設備が必要となる品目もあります。自社が占有して利用することを前提とするような特殊車両や船舶といった輸送用設備、倉庫やストックポイントといった保管用の資産についても、契約の実質に応じて、リースに該当する可能性があります。
特定の方法による運搬を目的とする特殊車両であれば、自社の品目のみを運搬することを意図して製造されているような場合や、契約で車両が特定されたうえで、契約期間中の運行計画等は自社が決定できる契約となっている場合には、リースに該当する可能性が考えられます。
また、安定的な物流確保のために、海運会社と定期傭船契約を締結している場合もありますが、契約で船舶が特定されたうえで、運行計画や運搬対象を自社で決定して運行するような契約には、リースを含む可能性があります。
借手のリース期間は、借手が原資産を使用する権利を有する解約不能期間に、借手が行使することが合理的に確実であるリースの延長オプションの対象期間及び借手が行使しないことが合理的に確実であるリースの解約オプションの対象期間の両方の期間を加えて決定します。
ここで、「合理的に確実」とは、蓋然性が相当程度高いこととされていますが、オプションの行使可能性の判定に当たっては、インセンティブを生じさせる要因に焦点が充てられ、以下の要因が例示されています。過去の慣行や経済的理由は有用な情報を提供する可能性がありますが、一概に過去の慣行に重きをおいてオプションの行使可能性を判断することは要求されておらず、将来の見積りに焦点を充てる必要があります。
また、借手のリース期間は、経営者の意図や見込みのみに基づく年数ではなく、借手が行使する経済的インセンティブを生じさせる要因に焦点を当てて決定されるため、借手が原資産を使用する期間が超長期となる可能性があると見込まれる場合であっても、借手のリース期間は必ずしもその超長期の期間となるわけではないとされています。
(1) 延長オプション又は解約オプションの対象期間に係る契約条件(リース料、違約金、残価保証、購入オプションなど)
(2) 大幅な賃借設備の改良の有無
(3) リースの解約に関連して生じるコスト
(4) 企業の事業内容に照らした原資産の重要性
(5) 延長オプション又は解約オプションの行使条件
設備産業である化学産業において固定資産の利用は欠かせませんが、脱炭素に向けた社会の変化に対応した構造改革が進行しています。また、高付加価値製品へのシフトも進められています。さらに、化学産業は、他社の原料として利用される製品から最終製品にも該当する製品まで、多様な製品が存在し、他の業種の製造業にも大きく関連していることから、各産業の動向にも大きく影響を受けるため、これらの環境も踏まえてインセンティブを生じさせる要因を考慮し、総合的にオプションの行使可能性を判定することとなります。
たとえば、工場用地を賃借している場合において、延長オプションを行使しないケースとして工場移転が想定されますが、この場合の「リース解約に関連して生じるコスト」の一例としては、機械装置の除却や新規投資が考えられます。
短期的には延長オプションを行使する経済的インセンティブが存在する場合においても、定期的な設備の更新投資や修繕が必要となることを考慮すれば年数が経つにつれて経済的インセンティブが相対的に弱まることが想定されるケースにおいては、この点を延長オプションの行使可能性の検討に加味することが考えられます。
また、延長オプションの行使可能性が「合理的に確実」な水準より低いと判断する場合においても、移転の意思決定から実際の移転までに見込まれる実務的な準備期間(たとえば移転先の検討期間や工事期間等)を加味することも考えられます。このような場合には過去の経験を参考として将来の見積りを行うことが有用です。
化学産業は典型的な設備産業であり、従来から固定資産の重要性が高い特徴がありますが、一層重要性が高まることが想定されます。
設備の利用には多様な取引が存在し、また、サプライチェーンを通して調査を行う必要があることから、対象資産の特定やリース期間の決定には多くの労力と時間を要するケースも考えられます。
これに加え、リース会計基準等の適用に当たっては、システム変更等の検討、会計処理に関する内部統制、各種業績指標への影響も想定されることから、検討課題と対応スケジュールを整理したうえで、適用準備を進めていくことが適切と考えます。
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